06│君の願いが叶うように -01-
訓練を終えたあと、金の光がゆっくりと消えていく。
静けさの残るドームの中で、フィーナは小さく息を吐いた。
以前より、暴走への不安は減っていた。
隣にいる闇の魔力が、不思議なくらい自然に光を落ち着かせてくれる。
向かいでは、ルークランが黒い手袋を外しながら小さく息を吐いた。
「……君の魔力は落ち着くな。」
琥珀色の瞳が、わずかに揺れる。
「え?」
「疲れが和らぐ。」
淡々とした口調だった。まるで事実を確認するみたいに。
フィーナは少し心配そうに眉を寄せる。
「……疲れてるんですか?」
ルークランは少しだけ沈黙したあと、頷いた。
「ああ。夏至祭が近いからな。」
「夏至祭?」
「……誘いを受けている。」
フィーナは首を傾げた。
「学院、最近その話ばかりですね。」
「ああ。」
「灯籠を流すお祭りですよね?」
「そうだ。」
「……どうして、お誘いを?」
フィーナは不思議そうに続ける。
「シルヴァリアでは、灯籠って一人で静かに願い事を込めて流すものなので、不思議で……。」
ルークランは一瞬だけ黙った。
説明するのが、少し面倒だった。というより、自分で言いたくない。
数日前から続いている女子たちの誘い文句が脳裏をよぎり、ほんの少し眉間に皺が寄る。
「カルディナに聞いてくれ。……俺が説明するより早い。」
フィーナはますます不思議そうに首を傾げた。
*
昼休み。
フィーナはミアとラナと一緒に中庭のベンチへ座っていた。
春から初夏へ移り変わる風が、木々を揺らしている。
周囲では、夏至祭の話題でもちきりだった。
「ねえ聞いた?」
ミアが身を乗り出す。
「ルークランさん、お誘い今のところ全部断ってるんだって。」
「全部?」
フィーナが目を丸くする。
「うん! 誰と花火を見るのか、女子たち大騒ぎだよ。」
ミアは楽しそうに笑う。
「さすが“闇の王子様”。」
フィーナは少しだけ困ったように視線を落とした。
昨日の訓練を思い出す。
“疲れが和らぐ”
そう言っていたルークランの顔。
本当に疲れていたんだな、と今さら実感した。
「……でも、どうしてそんなに?」
フィーナが素直に尋ねる。
ミアはきょとんとしてから、ああ、と頷いた。
「そっか、フィーナ知らないんだ。」
それから声を少し潜める。
「アストレイドってね、高位貴族では珍しく、結婚相手を自分で選ぶ家なんだよ。」
琥珀色の瞳がまるくなる。
「自分で……?」
「うん。身分とか政治とかより、“本人が選ぶこと”を大事にしてるらしいよ。」
ミアは肩をすくめた。
「だからみんな、ルークラン・アストレイドに選ばれたいんだよね~。」
その言葉に、フィーナは何となく視線を上げた。
ちょうど中庭の向こう側。
黒髪の少年が、何人もの女生徒たちに囲まれているところだった。
ルークランは困った様子もなく、いつもの落ち着いた顔で話を聞いている。
穏やかに返事をしている。きっと、断っているのだろう。
遠目からでも分かるくらい、周囲の女生徒たちの視線は熱っぽかった。
――別世界だ。
ふと、そんな言葉が頭をよぎる。
フィーナは小さく視線を落とした。
「……夏至祭と、関係あるの?」
ミアとラナが同時に「え?」という顔をした。
「フィーナ、ジンクス知らないの?」
「有名ですよ。」
ラナが静かに続ける。
「夏至祭の花火を一緒に見た相手とは、“縁が結ばれる”と言われています。」
フィーナの肩がぴくりと揺れた。
「えっ……。」
ミアはにやにやしながら続ける。
「だからみんな必死なの!特にアストレイド様は本命中の本命だし!」
フィーナはもう一度、囲まれているルークランを見る。
遠くからでも目を引くくらい綺麗で、眩しくて、手の届かない世界の人みたいだった。
「……そうなんだ。」
ぽつりと呟いた声は、自分でも驚くくらい小さかった。
そんなフィーナをよそに、ミアが明るい声で尋ねる。
「フィーナはどうするの?誰かと参加するの?」
フィーナは少し考えてから、小さく頷いた。
「……私は一人で行こうかな。シルヴァリアでは、灯籠って一人で静かに願いを流すものだから。」
その言葉に、ラナが穏やかに目を細める。
「……それも素敵ですね。」
吹き抜ける風が、灰青の髪をさらりと揺らした。
「私も、そうしようと思います。」
「ええー!まさかの二人とも、単独参加!?」
ミアがベンチの背にぐったりともたれかかる。
「私はどうしよう~!一人で見るの寂しいんだけど!」
すると、その時。
「おっ、ミア!」
明るい声が中庭へ響いた。
振り向くと、焦げ茶の髪の少年――カインが片手を上げながら近づいてくる。
同じBクラスのミアは、すっかり打ち解けているらしかった。
「夏至祭の話?」
カインは楽しそうに笑った。
「なになに?俺と参加したいって?」
「言ってませーん!」
ミアが即座に返す。
カインは「ひっど!」と大げさに肩を落としてみせた。
そのあと、フィーナに気づく。
「あ、フィーナじゃん。」
ぱっと笑顔になる。
「ミアと仲良かったんだ?」
フィーナも自然に笑い返した。
「うん。カインこそ。」
そのやり取りを見て、ミアがぱちぱちと瞬きをする。
「えっ、なに?」
ぐいっと身を乗り出した。
「二人ってどんな関係?」
カインはあっけらかんと答える。
「友達になったんだよな。」
フィーナもこくりと頷いた。
「うん。」
ミアは数秒固まったあと、急に顔を輝かせた。
「えっ!? いつの間に!?」
「いいだろ、別に。あっ!そうだフィーナ!」
突然、カインがぱっと顔を上げた。
「夏至祭、俺と参加してくれない?」
中庭に響くくらい大きな声だった。
「えっ?」
フィーナが目を丸くする。
その瞬間。
少し離れたところで、ルークランがふと顔を上げた。
淡い水色の瞳が、まっすぐこちらを見る。
カインはそんな視線に全く気づかず、ぐいっとフィーナへ身を寄せた。
「な、頼む!」
そして急に声を潜める。
「実はさ、クラスの奴らが賭けしてんだよ。」
「…賭け?」
「俺が夏至祭、女子と参加できるかどうか。」
カインは真顔で続けた。
「で、全員“できない”に賭けてる。」
フィーナが思わず吹き出しそうになる。
「ええ……。」
「ひどくね!?」
カインは自分の太腿を叩いた。
「だからここでフィーナが来てくれたら、俺一人勝ちできるじゃん?」
「そういう理由なの!?」
フィーナはとうとう苦笑した。
「ええー……。」
困ったように笑うフィーナを見ながら、カインは「頼むって!」と拝み始める。
その様子をルークランが静かに見ていた。
「……ちょっとだけなら、いいよ。」
フィーナは困ったように笑った。
「灯籠は一人で流したいから、最初の方だけでよければ。」
カインがぱっと顔を輝かせる。
「マジ!?」
次の瞬間、勢いよく立ち上がった。
「やったーー!!」
声が大きい。
中庭の視線が一斉にこちらへ向いた。
「えっ、カイン、誰かと夏至祭参加するの!?」
「うそでしょ!?」
「相手誰!?」
ざわざわと空気が揺れる。
フィーナは恥ずかしくなって小さく肩を縮めた。
その少し離れたところでルークランの動きが、ぴたりと止まっていた。
だが誰も気づかない。
カインはまだ嬉しそうに騒いでいる。
「助かったー!」
その声を聞きながら、ルークランは無意識に視線をフィーナへ向けた。
ちょうどフィーナが困ったように笑っている。
周囲のざわめきで、細かな会話までは聞こえない。
だが。
カインが夏至祭へ誘ったこと。
フィーナが断らなかったこと。
それだけは分かった。
胸の奥が、妙にざらつく。理由は分からない。
ルークランは小さく視線を落とした。
*
翌日。
教室へ入ったフィーナは、すぐに違和感に気づいた。
――今日は、ルークランさんが囲まれてない。
ここ数日、休み時間になるたび女生徒たちに囲まれていたのに、今日は妙に静かだった。
代わりに、教室のあちこちでひそひそ声が飛び交っている。
「聞いた?」
「ルークラン様、リーザ様と参加するんだって。」
「えっ、やっぱり?」
「あの二人、すごくお似合いだもんね。」
「じゃあこのまま婚約するのかな……。」
フィーナは思わず窓際を見る。
ルークランの隣には、いつものようにリーザが座っていた。
白金の髪。
整った横顔。
自然に並ぶ姿。
あまりにも絵になっていた。
まるで最初からそう決まっていたみたいに。
「……そっか。」
フィーナは小さく呟く。
「やっぱり、ヴェリアス様なんだ。」
胸が少しだけ、きゅっとした。
けれど、それが何なのかは自分でもよく分からなかった。




