1-9:赤ずきんちゃんは結局、魔物をぶちのめすことしか考えてないんだよなあ。
幸いにも扉に罠は仕掛けられておりませんでした。
ゴーレムが門番の役を担っていたからか、錠らしきものもとくに見あたりません。
なのでそのまま普通に開けて、お邪魔することにいたしましょう。
「どなたかいらっしゃいますかー」
「ねえねえー。助けにきたよ子猫ちゃん」
わたしとマロックは扉から半分だけ顔を出し、奥に向けて声を響かせます。
しかし返事はなし。
さきほどまでいた通路と同じく、この部屋も古代の謎技術によって明るさが保たれているようです。
念のためティンカーベルに弾丸を装填したあと、わたしは魔物の不意打ちを警戒しつつ、マロックを従えて室内に足を踏みいれます。すると……。
「あら、ずいぶんときれいなところですね」
「ほんとだ。お姫さまのお部屋って感じ」
古代の遺跡とは思えぬほど、豪奢な空間が広がっていました。
部屋そのものは通路と同じ大理石のような素材で作られているものの、上から金や銀の模様が縁取られており、王族の屋敷に招かれたのかと錯覚してしまいそうでした。
そのうえ豪奢なのは、キラキラと輝く壁や床だけではありません。
まず目に入りますのは、色とりどりの糸で編みこまれたお花畑のような絨毯。
中央にはいかにも上等そうな光沢を放つ木目のテーブルがどんと構えており、その脇には揃いの意匠が彫りこまれた椅子が、いくつも並んでおります。
卓には絹糸で織られた純白のクロスが敷かれ、陶磁器のティーポッドとカップが用意されています。
驚くべきことに中身も入っているのか、紅茶のいい香りが漂ってきました。
……あきらかに人がいる。ここで暮らしている気配があります。
やはり領主の娘が囚われているのでしょうか、見たところ待遇は悪くなさそうです。
わたしは調度品を見まわすのをやめてもう一度、部屋の奥に向けて声をかけてみようと考えます。しかしそうするまでもなく、
「……どなた?」
なんとも可憐な女性が、ひょっこりと姿を現しました。
髪は艶やかな黒髪で、肌は雪のような白。見たところ十四か十五歳くらいでしょう。全体的に丸みを帯びたお顔ではありますが、鼻筋はすっと通っており、あどけなさを残しつつ、大人の色気をほのかに漂わせております。
薄茶色の簡素なドレス姿であるにもかかわらず、豪奢な室内に決して負けていない――いえ、キラキラとした壁や床、色とりどりの調度品ですら、その美しさの前に印象が霞んでしまうほどでありました。
そのうえ、
(……おっぱいがおっきいぞ!! 赤ずきんちゃんの五倍くらいあるんじゃないの!?)
隣のマロックが興奮のあまり囁きかけてきたので、危うく鈍器でぶちのめそうになりました。
ケンカ売っていやがるのでしょうか、この子。
しかし相棒くんを地獄に突き落とすのは後回しにして、
「冒険者ギルドに依頼され、この地に住まう〈雪の女王〉なる魔物にさらわれたご令嬢を救出に参りました。ちなみにあなたは――」
「辺境伯クレメンスの娘、ヴァージニアでございます。ああ、冒険者さんだったのね。あまりにも可愛らしいから、てっきり私と同じようにさらわれた子なのかと」
「なるほど。その誤解はもっともですね」
わたしはそう言って笑みを浮かべますが、内心は釈然としないものがありました。
あきらかに自分より美しい子に容姿を褒められると、皮肉を言われたような気分になってしまうのですよね。
まあ、我慢するほかないでしょうから、ひとまず隣のマロックに小声で囁きます。
(一応、依頼を受けたときに聞いた名前と一致します。彼女から名乗られるまでド忘れしてましたけど、わたし)
(赤ずきんちゃんは結局、魔物をぶちのめすことしか考えてないんだよなあ……。でもやっぱり領主の娘が囚われていたんだね。しかもぼくの理想を絵に描いたような子じゃん)
(性格がありえないほどクソかもしれません。あと足がクサいとかお食事するときにクチャクチャ音を立てるとか、なにかしらの弱点はあるでしょう。まずはそれを探さなくては)
(なんであら探しするのさ。この子を助けにきたんじゃなかったっけ)
言われてみればそのとおり。
相手が美少女だからといって対抗心を燃やす理由にはなりません。
若干の警戒心があるのか、囚われのご令嬢ことヴァージニアさんとわたしたちは一定の距離を保っております。
ひとまず彼女について、いくつか確認しておかなくては。
「そういうわけなので、ここから脱出しましょう。見たところ生活に不自由はしていなさそうですけど、あなたもおうちには帰りたいですよね?」
「もちろん。あの魔物は私に優しかったですけど、できれば素敵な殿方に飼われたいもの」
彼女がつまらない冗談を言ってきたので、わたしは愛想笑いを浮かべます。
すると隣のマロックが小声で、
(素敵な殿方ってぼくのことかな。ねえねえ、あの子に首輪をつけて飼ってもいい?)
(お黙り。ていうかあなたがペットでしょうに)
(そりゃまあ、君に飼われている自覚はあるけどさ。……でも〈雪の女王〉って名前を聞いた感じメスっぽいのに、可愛い女の子をさらって飼おうとするんだね)
(世の中にはいろんな趣味がありますし、魔物はとくにその辺アバウトですから。わたしもかつてヴァンパイアの女性に言い寄られたことがありますので、とくに意外とは思いません)
(え、なにそれ詳しく。えっちな話の予感がする)
(だからお黙り。今ちょっと彼女との会話に集中したいの)
マロックと小声で話しているからでしょうか、ヴァージニアさんはいまだに近寄ってきません。どころか、わたしの肩にかかったティンカーベルにチラチラと視線を注いでいます。
もしかして銃が気になるのかしら。
でも狩猟は貴族の嗜みですし、辺境とはいえ領主であれば一丁くらい所有しているはず。冒険者をともなって弱めの魔物を狙うとなれば話は別ですけど、鹿や野兎を狩るくらいならご令嬢が付き添うことだって当然あるはずですから、見慣れていてもおかしくないのですけど。
キラキラ輝いているとはいえ、これが強力な古代遺物なのだと一目で判別できるとも思えません。もしそうだとしたら、たいした審美眼です。
わたしはしばし考えたあげく、あえて思いきった行動を取ることにいたしました。
ヴァージニアさんの顔面めがけてティンカーベルをぶっ放したのです。




