1-7:あのキラキラしたやつをぶちのめしておやりなさい。
雪原にぽつんと佇む巨大な遺跡は、間近で見るといっそう壮観でありました。
外壁は周囲の景色と同じ白、建物自体は籠を逆さにしたようなかたちで、等間隔に並ぶ柱の表面には、今や誰もその名を知らぬ古き神々の彫刻で彩られています。
旧世界と呼ばれる時代は今より千年以上も昔。つまりわたしたちの祖先が文明を築く以前から、この遺跡は雪原にそびえたっていたわけです。
……古代人はいったいどうやって、これほど堅牢かつ美しい建造物を作りあげたのでしょうか。その知識と技術のほとんどが失われてしまった今では、想像することすらできません。
遺跡の入り口に立ってしばし眺めておりますと、隣のマロックがこう呟きました。
「まさにダンジョンって感じ。ヤバそうな雰囲気がビンビンに漂ってるよ」
「……こんな仰々しいところを住処に選ぶとは、今回の獲物は相当に自意識が高いのでしょう。鉛玉をぶちこんでさしあげたら、とっても気持ちがよさそうです」
「でもその前に、さらわれた領主の娘を助けなくっちゃ」
「生きていればですけどね。正直あまり期待できないとはいえ、生存確認を優先しますか」
わたしはそう言ったあと、くるっと背後を振り返ります。
するとマロックは不思議に思ったのか、
「どしたの、急に」
「いえ、誰かに見られていたような気がしたのです。気のせいでしょうか」
「魔物じゃなくて? すでに監視されているのかも」
遺跡に住まう〈雪の女王〉に、でしょうか。ありそうな話です。
しかしわたしは気配を察知する能力に、かなりの自信を持っております。
強大な魔物には相応の存在感がありますから、敵意をもった視線を向けられたのであれば、絶対にそうだと断言できるはずでした。
だからさっきのは気のせい。
あるいは――敵意を抱くほどの脅威と認識されていないか、です。
「……なんだか嫌な感じですわね。中に入れば〈雪の女王〉の縄張り。手下の魔物が徘徊しているかもしれませんし、どんな罠が仕掛けられているかもわかりません。注意して進まなくては」
「赤ずきんちゃんがうっかり落とし穴にかかったら、ぼくが引っぱりあげるから安心して」
「なにを言っていますの。前を歩くのはあなたですよ、マロック」
すると相棒くんは「くぅーん」と子犬のような鳴き声をあげます。
あら、可愛らしい。
でもわたしに媚びを売ったところで無駄ですからね。
◇
遺跡の内部に怖々と足を踏みいれたものの、思いのほか安全に進むことができました。
魔物と出くわすこともなければ、罠が設置されているような気配もありません。大理石のような素材で作られた通路を歩けど歩けど、危険らしい危険と遭遇することはなく、単調な探索が続きます。
ダンジョンの内部はうす暗くじめじめとしているのが定番なのですが、この遺跡は古代の謎技術によって明るさが保たれているため、余計に緊張感がそがれてしまいます。
先頭のマロックがあくびをしたところを見計らって、わたしはこう言いました。
「油断は禁物ですよ。死ぬときは一瞬ですから」
「嫌なこと言うなあ……。でもごめん、今ちょっと気が抜けてたかも」
「ここらで休憩するのもアリかもしれませんね。ついでに猟師さんに教えてもらった『本当に怖い! 冒険者の嫌な死に方トップ10』を話してさしあげましょう」
「絶対にやめてよそれ」
「デンデデンデン♪ 第10位、回復の泉と見せかけてスライム。飲んだら内側から溶解」
「待って。10位の時点でもう無理」
などと会話しておりましたら、通路の先からかすかに物音が響いてきます。
わたしたちは即座に緊張感を取り戻し、
「生き物の気配はしません。しかし剣呑な空気を感じますわ」
「なんだろ、鼻がヒクヒクするよ」
マロックはそう呟いてから、ぽつりと「あ、魔力だっけ。この感じ」と続けました。わたしはうなずいたあと、彼にこう言いました。
「覚えておいてください。この世界には生命のない魔物というのも存在します。そういった相手の気配を察知するには、魔力の痕跡をたどるほかありませんの」
「じゃあ、この先にいるのは……」
候補として挙げられるのは、降霊術によって冥府から呼びだされたスケルトンやゴースト、錬金術によって生みだされたスライムやホムンクルス。
それらの魔物であれば、なんなく退治できるでしょう。
しかし通路の先、奥の扉を守るように突っ立っておりましたのは――黄金色に輝くゴーレムでありました。
「げえ、あきらかに強そうなやつ」
「ベテランの冒険者ですら余裕で死ねるお相手ですから、まあ強いっちゃ強いですね」
わたしは肩にかけたティンカーベルを使うべきか、しばし迷います。
できることなら鉛玉をぶちかましてちゃちゃっと始末したいところですが……この古代遺物は〈雪の女王〉の結界に唯一対抗できる切り札。
しかも手持ちの弾丸はたった三発しかないわけですから、無闇にぶっ放すのは考えもの。
それにわたしには依頼を達成する以外にもうひとつ、やらなければならない目標があります。
だからこそこの場は、
「出番ですよマロック。あのキラキラしたやつをぶちのめしておやりなさい」
「え? 赤ずきんちゃんもいっしょに戦うんだよね?」
「今回はサポートに徹します」
「なぜぼくだけで」
「わたしはあなたを拾ったとき、一人前の銀狼に育てあげると心に決めたのです。そろそろ自分の力だけで、格上の魔物を倒すくらいの根性を見せなさいな」
「あのさ、格上と一対一でやりあったら普通に負けない?」
「己の限界を超えて」
「またそうやって無茶を……」
狼のくせに意気地のないマロックは、強敵であるゴーレムを前にしてブツブツと不平をこぼします。
わたしが猟師さんのところで修行したときは、寝ている間にドラゴンの巣穴に放りこまれたりしましたし、パジャマで竜殺しキメるのに比べたら、手ぬるいほうだと思うのですが。
いずれにせよ、彼にやる気を出してもらわないことには話が進みません。なので、
「あのゴーレム、奥の扉を守っていますよね? もしかするとこの先に、領主の娘が囚われているのかも」
「ほんとだ。ということは、ぼくがあいつを倒せば」
「助けてもらった勢いで惚れちゃいますね。わたしだったら絶対にキュンとしますもの。ああ、なんて素敵な狼さま……」
「よっしゃ!! おっぱいゲットだぜ!!」
クソみたいなかけ声をあげてマロックは突っこんでいきました。
単純ですねえ。おかげでコントロールしやすくて助かりますけど。




