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2-25 だってぼくはマロックだから。

 でもぼくだけじゃ不安しかないし、親指姫さんの力はぜひとも借りたいところ。

 どうにかして説得できないものかと考えあぐねていると、彼女は追い打ちをかけるように、


「あえて言うまでもないと思ったが、ワンちゃんの手助けをするとなれば我とて命を賭けるハメになる。最悪の場合クソ鳥が使う幻術の餌食となって、年収一千万キデックの美形貴族に養われて毎日優雅に暮らす妄想に耽りながら、干物になって死ぬかもしれんのだ。そしたらお前、どうやって責任を取ってくれる。地獄の淵で謝られたところで遅いのだぞ」

「う……でも、赤ずきんちゃんと昔は友だちだったんでしょ。君だって本当は彼女が優しくて頑張り屋でけっこう泣き虫だってこと、知っているんじゃないの」


 親指姫さんは、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。

 彼女はまるで自分の顔を見られるのが嫌みたいに再び宙をふわふわと漂うと、ぼくの鼻先から頭のうえにちょこんと移動した。

 そして銀色の毛を乱暴に引っぱりつつ、


「我らは冒険者なのだぞ。いつ死ぬともわからんし、情に訴えかけられるたびに助けておったらキリがない。ゆえに命を賭けるには相応の対価をもらわねばならん。お前にそれが用意できるというのなら、まあそうだな……考えてやらんこともない」

「えっ!? じゃあやっぱり手伝ってくれるんだっ!?」

「相・応・の・対・価・! 言うておくが我を雇うのは安くない。話を聞いた感じ〈青い鳥(ブルー・グレイス)〉とやらは脅威度Aランクかそれ以上であろうし、最低でも二百万キデックはもらわんと割に合わん。なにが幸福を招く、だ。とんでもねえ詐欺があったものだな」


 それはぼくも同感。

 だけど二百万キデックといえば、辺境の街なら半年は豪遊できる額じゃないか。

 赤ずきんちゃんだって手持ちで用意できるか怪しいところだし、あとでやっぱ無理ですという話になったら、ただでさえ恨み恨まれの間柄なのに余計に関係が悪化しそうだ。

 しばし考えたあと、ぼくはあることを思いだして、


「そういえば親指姫さんて、薬草の調合が得意なの? さっき手当してくれたし、呪いを解くのだって薬を作ってたでしょ」

「うむ。回復術が扱えぬのでな、ひとりで冒険するとき用の技能として習得した。基本となる精霊系統以外の魔法は個々の資質によって左右されるので、性格が悪い我は呪詛をかけたり弱体したりという物騒な術式以外は不得手なのだ。しかしクソずきんもほんまクズなのに、どうして回復術のたぐいが得意なのだろうな。マジで納得がいかぬ」

「あれでけっこう世話好きだからじゃないかな。横暴さのほうが目立つけど……ってそうじゃなくてさ。貴重な薬草がいっぱい採取できる場所を教えるってのじゃダメ? マンドラゴラがいっぱい生えているところなんだけど」

「種類が豊富なのであれば、二百万キデック以上の価値があるかもしれん。我ならかなり有効に活用できるし悪くないぞ。ちなみにお前は案内できるんだろうな、先払い以外は認めぬからな」

「銀狼だから方向感覚に自信があるし、場所はしっかり覚えているよ。本当は猟師さん秘蔵のスポットだから教えちゃダメなんだけど、まあ赤ずきんちゃんを助けるためだし」


 場所も低地エリアというよりは沼地エリアのほぼ手前だから、今いるところからそう遠くない。案内しようと思えばすぐにでもできるはずだ。

 親指姫さんはぼくの頭のうえで「てことはカスパール様の花園か。我めっちゃファンなのよな。やばい、興奮してきたぞい」とブツブツ呟いたあと、


「さらに成功報酬としてクソずきんの土下座もつけてもらおうかの。あやつが屈辱にまみれた姿で泣きながら我に謝罪するのだ。であれば命を賭ける価値があるというもの」

「そこはまあ、正気に戻ったときに聞いてみないとわからないかな……。でもきっと感謝すると思うよ。なんだかんだで赤ずきんちゃんって義理堅いから」


 ぼくがそう答えると、親指姫さんは黒甲冑の胸元に戻っていく。

 彼女が中に入った直後、角の生えた兜の奥からピカーンと魔法の光が赤く灯る。


「ソウト決マレバ作戦会議ダッ! トモニ邪悪ナ魔物ヲ打チ破ロウゾ、銀狼!」 

「あ、はい。でもそのテンションのまま話しあうの……?」


 やっぱり赤ずきんちゃんの知り合いだけあって、かなーり面倒くさい感じ。

 だけど強力な助っ人であることも、まちがいなさそうだった。 





 そして日が暮れてから、ぼくらは高地エリアにある〈青い鳥〉の住処に向かった。

 幻に取り憑かれた赤ずきんちゃんの体力を心配するなら、もっと早くに行動を開始するべきだったかもしれない。

 だけどぼくは全身ズタボロの状態だったから傷が癒えるまで休まなければ満足に戦えそうになかったし、親指姫さんをマンドラゴラの生息地に案内したり作戦を考えたりと、事前にやることも多かった。

 それに暗闇に乗じて襲撃を仕掛けたほうが勝率は高い、という判断だ。


「クソずきんは人間とは思えんほどタフだから、まだピンピンしておるだろう。作戦を立てるときにも説明したが……幻術のたぐいは心か身体、あるいはその両方に強いショックを与えれば解除できる。簡単だろう?」

「うん。ぼくもあのとき、チルチルさんの幽霊にショックを与えてもらったのかな。マジで死ぬかと思うくらい苦しかったけど、そういえばあれってなんだったんだろ」

「おそらく〈死手デスハンド〉だな。高位のゴーストが使う強力な呪詛攻撃だ。生命力の低い魔物なら余裕で魂を奪える威力だし、ずいぶんな荒療治を受けたものだな」

「へえー……。マンドラゴラを引っこ抜いて死にかけたり親切な幽霊さんに魂抜かれかけたり、ここのところ即死系の攻撃ばかり食らっているような気がするよ」

「デュフフ。それだけの死線をくぐり抜けたのなら、あるいは潜在能力も開花するやもしれぬ。魔物というのは瀕死状態に陥ると、急激に成長することがあるらしいからな」

「今のところそんな感じはまったくしないけど、まだ追い込みが足りないのかなあ」


 だからといって何度も死にかけるのは、さすがに遠慮したいところ。

 そうこう言っているうちに邪悪な魔物の住処、ミチルさんの料理店が見えてきた。

 ぼくらは最後に、お互いの役割を確認する。


「ワンちゃんが三人の冒険者を引きつけている間に、我がクソずきんの相手をする。件の〈青い鳥〉が店の奥から出てきた場合はワンちゃんの担当だな。お互い幻覚攻撃に耐性がつく妙薬を服用しておいたが、敵の術式がどれほど強力なものかわからん。すでに一度解除しておるお前が相手したほうが得策だろう」

「うん、わかった。かなり大変そうだけど、囮役に専念すればたぶん大丈夫。暗闇と茂みをうまく使って引きつけてみせるよ。逆に赤ずきんちゃんが追っかけてきたら逃げきれないだろうしね」

「あいつは根っからの狩人だからのう、正面からやりあうとなれば我も死を覚悟せねばならん。とはいえ今回はショックを与えて正気に戻すだけだし、学生時代の苦い記憶でも思いださせてやれば、まあなんとかなるのではないか」

「え、そんなのでいいんだ……。ぼくの言葉なんて全然聞いちゃくれなかったのに……」

「うんにゃ、効果がなかったわけではないと思うぞ。なぜならワンちゃんは、爆裂魔法を食らったのに生きておる。あの術式はバカみたいに威力が高いゆえ、いかに銀狼とて直撃を受けたらミートパイが焼きあがるだろう」

「そうなの? てことは――」 

「攻撃する直前に加減したのだ。幻に囚われていてもなお、心の奥底ではお前を傷つけることを拒否して、な」


 言われてみれば、不自然な話だった。赤ずきんちゃんが本気で殺そうとしていたなら、ぼくは絶対に生き延びることなんてできなかったはずだ。

 つまり彼女も必死に抵抗しているのだ。

 邪悪な幻に囚われまいと。

 ぼくが今こうしている間も――ずっと。


「さて、今回の獲物はドラゴンを一撃で屠る威力の爆裂魔法と、達人級の武芸をくりだしてくる超一流の冒険者。ティンカーベルがあやつの手元にないのは不幸中の幸いとはいえ、魔物でいえばSランク相当だ。おともに腕利きの冒険者が三人、黒幕ボスは厄介な幻術を使う〈青い鳥〉だ。ぶっちゃけ相当ハードな戦いになるが、それでも助けにいくか?」

「もちろんだとも。だってぼくはマロックだから」


 君の頼れる相棒として。お姫さまを守る騎士として。

 すぐに助けてあげるからね、赤ずきんちゃん!

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