2-26 わたしはわたしは、満月のように輝く究極の美☆天使。
魔物退治というのはいつだって、予定どおりには進まないもの。
今回もそれは例外じゃなく、ぼくらは早くも作戦を変更しなければならなくなった。
料理店の敷地に入るなり、三人の冒険者と正気を失った赤ずきんちゃんがお出迎え。
ぼくに食べられたことになっているせいか、白骨化したミチルさんの姿はどこにもない。
親指姫さんによると――幻覚を操って共倒れを狙う魔物は自身の戦闘能力が低いことが多く、本体は奥に隠れてなかなか出てこないものだという。
ところが今回の元凶たる〈青い鳥〉は見ためのわりに勇敢な性格らしく、前線で指揮を執ることに決めたようだ。
よりにもよって、赤ずきんちゃんの頭のうえで。
(うーむ。このケースも想定しておくべきだったな。ちょいとばかしマズい流れだ)
(どうするの? 赤ずきんちゃんは親指姫さんの担当で、鳥のほうはぼくの担当だけど、あの様子だととてもじゃないけど引きはなすことなんてできないよ)
ぼくらは小声で相談しつつ、じりじりと近づきつつある三人の冒険者と、邪悪な魔物の土台となった赤ずきんちゃんに目を向ける。
彼女はぼくらを見て、無邪気な声でこう呟きはじめた。
「ねえねえ、おばあさま。また悪い狼さんがやってきましたよ」
『あら怖い。このままでは食べられてしまうしどうしましょう……ピヨピヨ』
「わたしにまかせてください! あんなやつらなんてひとひねりですっ!」
彼女はトレードマークであるずきんの代わりに〈青い鳥〉を乗せていて、鮮やかなブルーの羽が耳に貼りついているせいか、魔物と一体化しているように見えてしまう。
ぼくがその姿に不穏な気配を感じていると、隣の親指姫さんがこう呟いた。
(まるで青ずきんだのう。見た感じ件の魔物はあやつの頭に直接取り憑くことで、幻術の効果を高めておるようだ。これではちょっとやそっとのショックで正気に戻すことはできぬし、殺すつもりでやるしかなさそうだな)
(ちょっ……さすがにそりゃマズいでしょ。ほんとに死んじゃったらどうするの)
(しかしほとんど一体化しておるし、手を抜くとこちらの身が危ない。運悪く致命傷となったとしても、魔物に精気を吸いつくされるよりはマシであろう)
親指姫さんは本気だ。
彼女は冒険者だから、情を捨てて合理的な判断ができる。
でも……ぼくは自らの命を投げうったとしても、大切な女の子を助けたかった。
(じゃあ作戦変更ってことで。ぼくが赤ずきんちゃんをなんとかするから、親指姫さんは冒険者の相手をよろしく。あいつらをぶちのめしたあとで合流できそうなら手助けしてよ)
(……ワンちゃんだけでやれるのか? こう言うのもなんだがめっちゃ不安だ)
(問題ないってば。ぼくはこう見えて賢いからさ)
無謀といえば無謀。だけど覚悟を決めるしかない。
そうこうしているうちに赤ずきんちゃん――いや、青ずきんちゃんが間近に迫ってきていたので、ぼくはその頭に乗った邪悪な魔物を挑発しようと、大声で叫んだ。
「ほおら見ろ、超強力なカブトムシさんが助っ人にきてくれたぞ!! ぼくはいい狼だから手を貸してくれる仲間が多いんだよね。ほかの冒険者も呼んでこようかなあ」
『…………ピ、ピヨッ!!』
「調子こいてるからだよ、ばーか! 幻術を使うってこともバレてるし、対策を立てとけば楽勝だってさ! 今度は王都の騎士団を呼んでくるから串焼きになる準備しとけや、このチキン野郎!!」
すると青ずきんの身体がびくんと震え、彼女を操っている魔物が動揺したのがわかった。
邪悪な鳥はおばあさまの真似をする余裕がなくなったのか、男らしい低い声で怒鳴った。
『我が下僕よ、あの狼を殺せ! 絶対にこの密林の外に出すなッ!』
◇
青ずきんちゃんがぐるりと向きを変え、ぼくのところに走ってくる。
三人の冒険者たちもそれに呼応して動きはじめたところで――親指姫さんが豪快にドロッセルマイヤーを振るう。
「おいおい、我のことを忘れるなよ! どっせいい!!」
『……ピ、ピヨ! お前らはそっちだ!』
横から放たれた衝撃波を青ずきんちゃんに回避させたあと、邪悪な鳥は三人の冒険者に指示を出す。
すると彼らは一斉にうめき声をあげながら、親指姫さんのところに向かっていった。
「ウウー」「アアー」「グワー」
「さあ、かかってくるがよい! ひざ小僧が魅力的な美少年たちだろうと容赦はせん!」
「……親指姫さあん! それ幻覚! 実際は亡者みたいなやつらだよっ!」
「なんだとっ!? 騙しやがったなこの野郎っ!!」
だ、大丈夫かなあ。
あっさり幻術にハマってるじゃん。
とはいえ思惑どおり敵が分断されたので、ぼくらも二手にわかれて作戦を開始する。
相手は最強の冒険者。
本来なら間違っても敵にまわしたらいけない相手。
だけどほかでもない彼女を助けるために、覚悟を決めて立ち向かわなくちゃならない。
『ピヨピヨピヨ……どこに隠れた、あの狼め!!』
「あら、今日はお月さまが見えませんわね。宵闇のカーテン、愛しいあなたはどこにいる? そう問いかけるわたしはわたしは、満月のように輝く究極の美☆天使――」
『わけのわからんことを言ってないで探せ!! このお花畑娘が!!』
ぼくはひとまず木の陰に身を潜め、青ずきんちゃんの様子を観察する。
夜が更けているせいか趣味のポエムが絶好調。さすがの〈青い鳥〉も言動の読めない彼女を扱いあぐねているみたいだった。
しかしひとたび戦闘態勢に入れば爆裂魔法が飛んでくる。心の奥底で加減していたとしても重傷になったわけだし、直撃を食らったら今度こそ助からないかもしれない。
だから慎重に、仕掛けていかなくちゃ。
『こう暗いのでは埒があかん! とにかく攻撃魔法をぶっ放してあぶりだせ!』
「わかりましたわ、おばあさま。今宵のわたしは残酷な悪魔。あの悪い狼さんを見つけたら、生きたまま首をねじ切られるときの、苦痛の叫びを聞かせてもらうとしましょう」
……いやそれ、前に〈雪の女王〉が言った台詞のパクりでしょ。
思わず心の中でツッコミを入れてしまうけど、悠長にそんなことを考えている場合じゃなかった。
なぜなら彼女は続けざまに無邪気な声で、爆裂魔法をぶっ放してきたからだ。
「暴虐の覇王よ! 我が願いに応じ憤怒の鉄槌を振るいたまえ! ――破壊の鎮魂歌!」
「うぎゃあああっ!! なんでぼくがいるところがわかるのっ!!」
やばいやばいやばい。言ってるそばからミートパイになるところだった。
距離が離れていたから避けられたけど、間近でぶっ放されたら絶対に無理。
そのうえ周囲は真っ暗でほとんど見えないはずなのに――全速力で逃げるぼくのうしろを、青ずきんちゃんが一直線に追いかけてくる。
待って待って待って。速い速い速い。怖い怖い怖い。
「あはははは! 追いかけっこは得意なのですよ、わたし!」
『殺せ殺せ殺せ!! 今だぶっ放せ!!』
「じゃあ盛大にいっきますよー! うまく避けてくださいね、狼さんっ!」
直後に詠唱とともに爆炎が巻き起こり、ぼくの視界が真っ白に染まる。
距離があったので直撃しなかったけど、続けさまに稲光のような轟音が何度も響き、そのたびに周囲の地面が噴火したように爆ぜていった。
慎重に仕掛けるなんて無理。
魔物と一体化してるせいか手加減なんて全然してくれないし、走るのをやめた時点でぐちゃぐちゃにされちゃいそうだ。
ずっと間近で見ていたはずなのに、ぼくは彼女の恐ろしさをまるで理解しちゃいなかった。
今はとにかく――逃げ続けるしかない。




