2-24 フフフ、哀れんでくれてもいいのだぞ。
知能の低いドラゴン相手ならば問題ない――親指姫さんは赤ずきんちゃんとの決闘のあとでそう語っていたけど、見るからにバカそうなワニ相手の力勝負で、自らの言葉が事実なのだと証明してみせた。
ものすごい速さで突っこんできた巨大な体躯を真正面から受け止めると、彼女は肩に担いだ古代遺物ドロッセルマイヤーを豪快に一振り。
「どっせい! ……とな」
「ギャパアアンッ!!」
ドラゴン並に硬そうな鱗頭をたやすくうち砕かれた〈百脚鰐〉は、丸い目玉を飛びださせてぴくぴくと痙攣する。
さすがは赤ずきんちゃんの旧友にして、彼女と同じくらいやばい冒険者だ。魔法を使って戦うのが本来のスタイルらしいのに、脅威度Bランクの魔物を薪割りくらいの気軽さでぶちのめしてしまった。
親指姫さんはエグい感じになったワニの頭を踏みしめると、勝ち誇ったように笑い声をあげる。
「ヤハリ我ハ最強ナリ!! デュフフフ!! オウフドプフォ、フォカヌポウ!!」
「うわー……。親指姫さんて、興奮すると変なテンションになるんだね……」
赤ずきんちゃんいわく、冒険者の中にはたまにこういうやつがいるらしい。
中身が豆粒みたいにちっちゃくて可愛い女の子だと知っていても、気持ち悪い笑い声をあげるカブトムシの姿はめちゃくちゃ不気味だった。
それはさておき。
当面の危機が去って安心したぼくは、その場でへなへなと倒れてしまう。
「助けてくれてありがとうございます。マジで死ぬかと思いました……」
「なあに、かまわんさ。しかしクソずきんの姿が見えないようだが、ワンちゃんがピンチだというのにどこで遊んでおるのか、まったく」
「そのことについては色々と事情がありまして。ほんとにぼくはどうすればいいのやら……うう、安心したら泣けてきたよ。ちくしょう、ちくしょう……」
「うーむ、よくわからんがお困りの様子だな。クソずきんの横暴な待遇に嫌気がさしたとかなら、我が中途で採用してやってもよいぞい」
赤ずきんちゃんに爆裂魔法をぶっ放されたあとだったから、親指姫さんの冗談はけっこうキツいものがあった。
それに……頼りにできそうな相手を見つけたからか、いつものウジウジしたマロックが戻ってきた。魔物に操られていたとわかっていても、信頼していた相手に殺されそうになったのはやっぱりショックだったみたいで、あらためて思いだすと自然と涙がこぼれてくる。
身体のあちこちが痛むし、気を抜くと意識を失ってしまいそうだ。
だけどぼくは、泣きじゃくりながら話した。
高地エリアでなにがあって――赤ずきんちゃんが今、どうなっているのかを。
「……なるほど。それはつらかったであろうな。めげずによくがんばったと褒めてやるぞ、ワンちゃん」
ぐずぐず鼻をすすりながらだったし、意識が朦朧としていたから話の要点もろくに整理できなかった。親指姫さんからすれば、かなり聞き取りにくかったはずだ。
それでも彼女は最後まで辛抱強く聞いてくれて、黒光りする大きな手で銀毛に包まれた頭をなでてくれる。そして傷だらけになっているぼくの身体を眺めて、
「我は回復術の資質を持たぬゆえ、薬草を集めて手当してやろう。魔法でちゃっちゃと治すわけではないのでちょいと時間はかかるが……その間に情報を整理すれば、おのずと光明も見えてくるであろう」
見ためはでっけえカブトムシなのに、親指姫さんの声は優しく心に染みいってくる。
だからぼくは安心して、そのまま眠ることができた。
◇
「広範囲に効果をおよぼす幻覚、か。それが事実なのだとすれば、めちゃくちゃ厄介な魔物よな。文献のたぐいが一切ないというのが不思議なくらい、強大で邪悪な存在だ」
「でもぼくは嘘をついていないよ。実際に赤ずきんちゃんは〈青い鳥〉に取り憑かれちゃったわけだし……いったいどうすれば助けられるのやら」
翌日。
ぼくが眠っている間に親指姫さんが傷の手当をしてくれたみたいで、目を覚ましたときには骨の折れたところに包帯がぐるぐる巻き、焼けただれた皮膚は変な匂いの薬草がたっぷりと貼ってあった。
そのうえ寝起きにめちゃくちゃマズい薬膳スープを飲まされて、今も口いっぱいに不快感が残っているのだけど、おかげで身体はだいぶ楽になってきた。
部屋を出るときに持ってきたティンカーベルは、ザックといっしょに木の洞に再び保管してくれたらしい。
料理店に置きっぱなしにしておいたら助けにいくとき鉛玉をぶちこまれていたかもしれないわけだから、もしそうなっていたらと思うと身震いしてしまう。
とまあ……そんなわけで。
今はズタボロになった絨毯よろしく地面に寝転びながら、どうやって赤ずきんちゃんを助ければいいか、親指姫さんに相談しているところ。
「そういえば我も高地エリアに足を踏みいれたとき、妙になれなれしい兄ちゃんに話しかけられたな。危険を感じてすぐに逃げだしたが、あれで正解だったのか」
「へえ。怪しいってよくわかったなあ」
「んにゃ、我はこう見えてめっちゃ人見知りでな。知らない人に声をかけられるの苦手なのだ。ぶっちゃけワンちゃんみたいな魔物相手のほうが落ちつく。人間は無理」
やっぱり赤ずきんちゃんの知り合いなのだなあ。
なんというか不憫なひとだ。
そこでぼくはひとつ気になって、親指姫さんにたずねてみる。
「そういえばどうして沼地に? てっきり高地エリアで花竜を狩っているものだと思ってたのだけど。えっとなんだっけ、呪いを解く薬の材料を集めるとかで」
「竜の血晶な。すでに採取は終えておるし解呪の妙薬も作ったぞ。んで、目的は果たしたし帰ろうとしてたところでワンちゃんと出会ったわけだ」
「てことは元の大きさに戻れたの? なんていうか雰囲気が明るいし」
「せっかくだし、見せてやろうか」
狼のミイラみたいになっているから顔を動かすのも億劫だったのだけど、親指姫さんの本来の姿に興味があったので、こっくりとうなずいてみせる。
すると黒甲冑の胸元がぱっくりと開いて、中から妖精みたいな女の子が出てくる。
うーん……? やっぱり小さいな。
ぼくならひとくちで食べられそうなサイズ。
「おいワンちゃん、なんか物騒なこと考えておらぬか? 我の姿を見た感想をどうぞ」
「正直に言えば返答に困るかな。ていうかなんも変わってないじゃん」
「ばかばかばか、よく見ろ。前よりでかくなっておるだろうが」
親指姫さんはふわふわと宙を漂って、ぼくの真っ黒な鼻のうえにちょこんと乗る。くすぐったくてムズムズするのだけど、うっかりくしゃみでもしようものなら吹き飛ばしてしまいそうだ。
でも……言われてみれば、前に見たときは豆粒くらいしかなかったはずなのに、今は手のひらくらいの大きさになっている。てことは背丈が倍になっているわけか。
「でもあんまし意味ないような。結局ちっせえままだし」
「フフフ、哀れんでくれてもいいのだぞ。苦労して集めたのにこのざまだ……」
げ、なにげにけっこう落ちこんでいた。
明るく喋っているように見えたけど、あれはただの空元気だったのか。
ぼくが気まずい空気を味わう中、親指姫さんは不気味にクククと笑って、
「そんなわけでムシャクシャしていてな、ちょうどいい具合にワンちゃんが襲われていたから腹いせにでっけえワニをぶちのめしてやった。だが、あとのことは知らん。がんばって飼い主さまを助けにいくがよい」
「え? 手伝ってくれないの? ぼくはてっきり……」
「おいおいおい、図々しいやつよのう。助けてやったうえに怪我の手当もしたのだし、それだけでもありがたいと思えよ。お前はともかくクソずきんのほうは邪悪な魔物に取り憑かれたところで『ハハハ! ざまあ』くらいのもんだし、元々あいつに復讐するつもりだったのだぞ、我。それがどうして助けてやらにゃならんのか」
困ったことに、そう言われてしまうと反論の余地がなかった。




