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2-23 ぼくはこんなところで死ぬわけにいかないからさっ!

「ちくしょう……。こんなのってあんまりだよ……」


 悪態を吐き捨てながら、うっそうと茂る草木をかきわけて進む。

 すでにぼくは全身ズタボロ。

 赤ずきんちゃんの爆裂魔法をもろに食らって骨はバキバキ、自慢の銀毛はいたるところが焼け焦げて、ただれた皮膚が露出してしまっている。

 即死しなかったのが不思議なくらいだし、生命力の高い銀狼じゃなかったら間違いなく助からなかったはずだ。

 いや――今もまだ全然、安心できるような状態じゃないのだけど。


「あっちのほうで物音がしたぞ!!」

「よおし、俺たちの力を見せてやれ! 冒険者をナメるんじゃねえぞ、クソ狼!!」

「あいつ、ミチルさんを食っちまいやがった!! 絶対に許さねえ……!!」


 すこし離れたところから、怒号の混じった声が聞こえてくる。

 ぼくを追ってきているのは、気さくな冒険者とその仲間。

 ひとりはあのまま衰弱死してしまったのか、トータルで三人。

 ミチルさんの亡骸を操っていた〈青い鳥〉と赤ずきんちゃんもいる可能性はあるけど、今のところ彼女たちの気配は感じない。

 切迫した状況の中、冷静になろうと自分の心に問いかける。

 

(……ていうかなんで、ぼくがミチルさんを食べたことになってるのさ。そういう幻を見せて、冒険者たちを操っているのかな)


 昼間の記憶と、チルチルさんの幽霊から聞いた話。

 そのふたつを繋ぎあわせてみると、邪悪な魔物のやり口が見えてきた。

 赤ずきんちゃんはミチルさんの幻に、亡くなったおばあさまの面影を感じていた。

 彼女にとっての幸福。森で穏やかに暮らしていたころの、大切な思い出だ。


(で、今はその幸福をぶちこわした狼をみんなで退治しようとしている、と。くそ……あいつ、赤ずきんちゃんのつらい思い出まで利用しているじゃないか)


 そう思うと、邪悪な魔物に対する怒りがふつふつとわいてくる。

 おかげで不安や痛みはどこかに消し飛んで、なんとしてでも生き延びてやろうという気持ちになってきた。

 

 正気を失って爆裂魔法をぶっ放してきた赤ずきんちゃんを、責める気にはなれない。

 ぼくのパパがおばあさまを食べちゃったことの罪悪感もあるし、なにより彼女にとってお友だちや家族の話は唯一の弱点なのだ。

 感傷的な気分になっちゃうだけにつけこまれやすいし、今回はクソ鳥に弱みをうまく利用されたかたちになる。

 不注意といえば不注意。だけどそれはぼくもいっしょ。

 君にも弱いところがあるのは知っている。

 そういうところが可愛いと思うし、大好きだと感じている。

 だから相棒がカバーしてあげなくちゃ――こういうときは。


「まずは赤ずきんちゃんを正気に戻す方法を考えないと……。でもその前にうまく逃げきらないとだよなあ。嫌な予感はしていたけど、ありえないくらい最悪の状況だよ、これ」


 追っ手は三人。

 沼地エリアを抜けている冒険者だから、格上の相手なのはまちがいない。

 赤ずきんちゃんの気配がしないだけマシとはいえ、それはそれで不穏な感じがする。油断したところでいきなり飛びだしてくるかもしれないし、十分に警戒したほうがよさそうだ。

 といってもぼくは死にかけだから、相手が誰だろうと見つかった時点で終わりだ。


(うーん……でも心配していたわりに、追っ手の気配がなくなったような。声が聞こえてきたときはマジやばいと焦ったけど、もしかしてあいつら、別の魔物を追いかけにいったのかも。ハハハ、だとしたら間抜けだなあ。赤ずきんちゃんと比べたら全然ツメが甘いよ)


 そう思いつつ周囲を見ると、草木の背丈が異様に高くなっていた。

 地面もなんだかぬかるんでいるし、追っ手から逃げているうちにいつのまにか、高地エリアを抜けて沼地エリアまで戻ってきていたらしい。

 なるほど。これじゃ見つかるはずがない。

 魔物の生息数が多いから痕跡をたどるにしてもぼくのものか別の魔物か判別するのは難しいだろうし、周囲は真っ暗だから足跡や血痕を探すだけでも一苦労のはずだ。

 暗闇と茂みをうまく利用して身を隠しつつ、この調子で逃げ切ってしまおう。

 

(沼地エリアの木の洞にザックを保管してあるから、採取しておいた食料を食べて休めば傷も癒やせるかな。……こういうとき、自分が銀狼で本当によかったと思うよ。暗くても目は見えるし方向感覚はばつぐんだし、生命力も赤ずきんちゃんより上だろうからさ)

 

 勇気が出てきたところで前方の暗がりを見すえ、ザックのある木の洞を目指す。

 だけどぼくはひとつだけ、重要なことを忘れていた。

 幻に取り憑かれた三人の冒険者。正気を失った赤ずきんちゃん。青い鳥に操られたミチルさんの亡骸――どいつもこいつも見つかった時点で終わりの、ヤバいやつ。

 なので魔物の生息数が多い沼地エリアに身を隠す。その選択はたぶん正解のはず。

 ただしそれは、ほかの種族がぼくに襲いかかってこないならの話だ。


 暗がりの奥でこちらの様子をうかがっている巨大な爬虫類系の顔と目が合って、ぼくは思わずひきつった笑みを浮かべる。

 そしてどうにかして戦闘を避けようと、陽気に声をかけてみた。

 

「とりあえず落ちついて話をしようか、ワニくん。ぼくと君は同じ魔物なのだし、お互いのことをよく知ればきっとわかりあえるはずだよ」

「グルルルルル……」


 無理だった。めっちゃ食う気だこいつ。 

 暗がりからのっそり顔を出したのは、たぶん〈百脚鰐ヘカトンダイル〉だ。

 ぼくの倍以上はありそうなワニの魔物で、名前のとおり身体の側面に数えきれないほど脚が生えている。

 見たところ動きが速そうだから、普段ならともかくズタボロになった今の状態じゃ、とても逃げきれそうにない。

 ちなみに脅威度はBランク以上。

 赤ずきんちゃんいわく『ぼくが単独で出くわしたらまず助からない相手』

 でも、


「こうなったらやるしかない、か。激しく動いたらバラバラになっちゃいそうなくらい身体が痛いけど、ぼくはこんなところで死ぬわけにいかないからさっ!」

「――ギャバアアアッ!!」


 ぬかるんだ地面をうしろ脚で力強く踏みしめた直後、巨大なワニの魔物がお口をいっぱいに広げて突っこんでくる。

 ……マズい。バカみたいに速いぞ、こいつ! 

 ぼくは慌ててジャンプ。目の前でばっくんと閉じる顎をすんでのところで回避したものの、空中でふらついて着地に失敗。ぬかるんだ地面に顔から激突してしまった。

 元々折れていた骨がきしむような音を立てて砕け、焼けただれた傷口が泥にまみれて激痛が走る。

 全身がじんじんと痺れてきて、戦闘の最中だというのに倒れたまま悶絶してしまう。

 だけど〈百脚鰐〉は容赦しちゃくれない。

 よっしゃ、トドメをさしてやろうって雰囲気だ。


「ガルルウウウ、ガルルルルウ」

「ごめん、なに言ってるかわからないや。どうせ『命乞いはしないのか』とか『冥土の土産に聞いてやろう』とかそんなところだろうけど……」


 そう呟いている最中にも、意識が朦朧としてきた。

 脚の感覚はほとんどないし、左側だけ音が聞こえてこない。

 もしかすると鼓膜が破れたか、耳の一部がちぎれてしまったかもしれない。

 このままだと死ぬ。まちがいなく食われて死ぬ。

 だけど頭の中は、赤ずきんちゃんのことでいっぱいだった。


「ああ、ぼくは弱いよ。赤ずきんちゃんと比べたら、嫌になっちゃうくらい弱いさ。でも勇敢な騎士マロックとして、大好きな君を守ってあげなくちゃって――そう決めたから、お前なんかに絶対負けたりしないんだっ!」


 目の前にいるのはワニの魔物。

 命乞いはもとより、男の決意だってロクに聞いちゃくれないクソ野郎だ。

 こんなやつさっさとぶちのめして、赤ずきんちゃんを助ける方法を考えないと。

 ぼくは最後の力を振り絞って、のろのろと立ちあがった。

 だけどその心を折るように――茂みの奥からもう一匹、恐ろしげな魔物が現れる。


「フウウウ……コポオオー……」


 ぼくは唖然とした。

 地獄の底から響いてくるような呼吸音。宵闇を塗り固めたような黒い体躯。

 無理だ……。絶対に勝てるはずがない。

 そう思わせるだけの威圧感を漂わせていた。


「グルルルル!?」

 

 その異様な姿を前に、凶暴な〈百脚鰐〉ですらぶるぶると震えて身をすくめている。 

 新たに現れた魔物は甲冑のような頭に長い角を生やしていて、見るからに強そ――ん?

 待って。

 どっかで見たことがあるぞ、こいつ。


「なんか超ピンチっぽいが、助けてやったほうがよいかのう。ワンちゃんよ」

「あ、はい」


 びっくりするくらい気さくに話しかけられて、ぼくは素直に返事をしてしまう。

 魔物じゃない。

 冒険者。

 このカブトムシ、親指姫さんだ。

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