2-18 びっくりするほどスローライフな流れじゃないの。
赤ずきんちゃんが仕掛けた罠は、実際はそれなりの成果があったらしい。
決闘のあとに渡された親指姫さんのズタ袋には、二匹のランバージャックがギチギチに詰められていた。
「カブトムシみたいな格好したやつがカナブンの魔物をよこしてくるの、なんというか奇妙な感じがするよね。しっかし親指姫さんもこれを見てよく、うまそうだと思ったよなあ」
「メグも今は冒険者をやっているみたいですし、何度かランバージャックを食べたことがあるのでしょう。あなたもこいつの味を知れば、食べる前からうまそうに見えるかもしれませんよ」
そういえば前に赤ずきんちゃんと海沿いの土地を冒険したとき、滞在した宿で名物のクラーケンを食べたことがあったけど、あれも実物はかなりのキモさだった。
見ためはアレでも美味しい魔物や生きものってのはけっこう存在するのかも。
というわけで……赤ずきんちゃんはマンドラゴラのときと同じようにミスリル銀のバックラーを鍋にして、ランバージャックを調理する。
今回はシンプルに塩ゆでだ。沸騰させたお湯にでっけえカナブンを一匹ぶちこんで待つこと数分、徐々に甲殻が赤く染まり、これまた海沿いの土地で食べたことのあるカニのような色合いになっていく。
「ではでは、実食といきましょう。殻から肉をほじくりだすのが大変なのですけど、あなたは手が使えませんしわたしがやってあげます。赤ずきんちゃんの優しさに感謝しなさい」
「ありがとう!! でも待遇が悪くてもぼくは恨んだりしないから安心してね」
「べ、別にそういうつもりではないのですけど……」
なんだかんだで旧友の親指姫さんに恨まれていたことを気にしているふうの赤ずきんちゃんに、ぼくは安心してもらおうと声をかける。
基本メンタルが強くて異常にタフなのに、孤独な時期が長かったからお友だちとか家族が絡むとやたらと感傷的になっちゃうところがあるんだよね。
ある意味、彼女の唯一の弱点かもしれない。でもそういうところだって可愛いと思うよ。
で、いざ食べてみると、ランバージャックの塩ゆではやっぱりとても美味しかった。
繊維質の肉は噛む必要がないほど柔らかくて、舌先でほぐれていくごとに中に詰まったうまみが口の中いっぱいに広がっていく。
密林に生息する魔物だけに香りの強い茸やハーブみたいな独特の風味があり、塩で味つけしただけなのに、山の幸をふんだんに使ったスープのような肉汁が溢れてくる。
赤ずきんちゃんも一口食べただけでうっとりとした表情になって、
「ふへえ……。手の込んだ料理もいいですけど、採りたての新鮮な食材をシンプルにいただくのもよいですよね。素材の味! やはり塩! タレは邪道! みたいな」
「マンドラゴラの料理も美味しかったけどね。でもこうやって、いろんな魔物を食べていくのってのが一番楽しい気がするよ。次はいよいよ〈青い鳥〉を探しにいくのかな」
「ですね。このまま先に進んでいくと、かの魔物の目撃情報があった高地エリアにたどりつきます。密林の最奥と言ってしまうとおどろおどろしい感じですけど、実際は手前にある沼地エリア、つまり今いるところですね――のほうがよっぽど危険だったりします」
「そうなの? てっきりAランク以上のヤバい魔物がうようよいるのかと」
ぼくは返事を待つのだけど、赤ずきんちゃんはランバージャックの殻から中身をほじくりだすのに夢中で、しばし会話が途切れてしまう。
やがて彼女はお行儀の悪いことに、殻にこびりついたカスみたいな肉をぺろぺろしつつ、
「昔は〈蒼天の暴君〉の住処だったのでネバー・ネバーでも屈指の危険地帯だったのですが、かの真龍が討伐されて以降はそれなりに穏やかな場所になっています。上級のドラゴンである花竜こそ生息しているものの、彼らは基本的におとなしいので、あえてケンカを売ろうとしなければ襲ってきません。といってもバジリスクやドラゴネットと呼ばれる中級の竜人種も生息していますから、決して油断はできませんけどね」
「へえ……。じゃあ単純に獲物を探すほうが大変なのかなあ」
「そうなりますかね。メグの言っていたように〈青い鳥〉は実在すら疑われるくらいですから」
「でも美味しいのかな。その感じだとまだ誰も食べたことないでしょ」
「わかりません。でもだからこそ、食べてみたいのです。幸運を招くと言われていることからしても、強い種族ではなくても高位の魔物であることは確かでしょうし、ならばきっとうまいはず。それに希少な食材のほうが燃えますもの。珍味ですよ、珍味」
赤ずきんちゃんはそう言ったあと、急に熱が入ったのか早口で、
「マロックを強くするための、とっておきの手料理――というのはぶっちゃけ建前で、実のところわたし自身が究極かつ至高の魔物めしを作ってみたいのです」
「あ、言っちゃったよ……。たぶんそうじゃないかと察していたとはいえ……」
「まだ見ぬ食材、まだ知らぬ味、これもまた冒険。とはいえもし見つからなかったときは、大型の花竜でもぶちのめして代用しますか。それでもきっと、あなたを強くするための魔物めしを作るには十分ですから」
「それを聞いてちょっと安心したかな。実在するかどうかもわからないと言われちゃうと、ほんとに見つかるのかな? って不安になるもの」
「できれば捕まえてラッキーガールになりたいですけどねえ。なにせ運がないですし」
あ、それもついに言っちゃったか。ぼくも自覚していたにせよ。
でも親指姫さんが言っていたように、縁起のいい魔物を食べたらバチが当たらないかな。
容赦なく鍋にぶちこんじゃうほうが、赤ずきんちゃんらしいけども。
◇
翌日。道中にて大量の食材を採取したこと、そしてターゲットである〈青い鳥〉を捕まえるには身軽なほうがいいと判断して――ザックの中身やティンカーベル以外のかさばる装備を沼地エリアの木の洞に保管したあと、ぼくらはいよいよ密林の迷宮の最奥、高地エリアまでやってきた。
傾斜のある道を登っていくにつれ、ぬかるんでいた地面は乾燥していき、周囲に生えている植物の種類もまた変化していく。バケモノじみたキノコや木々は次第に姿を消し、代わりに青々としたごく普通の草花が増えていった。
標高が高いせいか気温が低く、時折さらさらとした微風が吹きつけてくる。遠くから響いてくるバジリスクのギャーギャーという鳴き声や、花竜の群れが晴れ渡った空を横切っていく姿さえなければ、ごく普通の山々と変わりなさそうな雰囲気だ。
密林の迷宮はかつて存在していた〈蒼天の暴君〉の膨大な魔力の影響で、エリアごとに土地の気候がだいぶ変わるらしいのだけど……それにしたって極端すぎるような気がする。
しばらく並んで歩いていると、赤ずきんちゃんがぽつりと呟いた。
「あー、うっかりすると落ちついてしまいますね。前に来たときよりも、のどかになっている気がします。ヘタすると手ぶらで散歩できそうですもの」
「さすがに赤ずきんちゃんでも危ないでしょ。バジリスクとかいるわけだし」
「まあ、そうなのですけど。しかしメグは今、どの辺にいるのですかねえ。たぶんわたしたちと同じように高地エリアで、花竜あたりを狩っているはずなので」
ごっつい黒甲冑で、かあ。
目の前の光景があまりにも穏やかすぎて、同じ場所でカブトムシ野郎とドラゴンが戦っているというのをうまく想像することができない。
ていうか運が悪いとまたバッタリ会うかも。面倒だしできれば避けたいな。
なんてことを考えていたら、赤ずきんちゃんが前方を指さして、
「あ、冒険者」
「ええー……。もしかして親指姫さん?」
「たぶん別のひと。それがいいことか悪いことか、わかりませんけど」
赤ずきんちゃんにそう言われて、今度こそ同じ獲物を狙うライバル、という可能性があることに気づいた。
もしそうなのだとしたら、親指姫さんに出くわすよりも厄介だ。
ぼくが『……どうしよう?』と見つめると、彼女は手をスッと払って『見つからないようにやりすごします』という合図をする。きっとそれが正解のはずだ。
ところが相手も冒険者。
それも危険な沼地エリアを抜けてくる程度には腕利きだ。
こちらが気づいたのと同時に向こうもぼくらの姿に気づいたようで、手を振りながら近づいてくる。
今のところ敵意は感じないけど、だからといって油断は禁物だ。
「よー。お嬢ちゃんたちも〈青い鳥〉を探しにきたのかい。しかもペット連れで」
「ええ……そうですけど。では、あなたも?」
「だったと思う。だけどもう見つけたし、今はここでダラダラしてるよ」
「はい?」
気さくな兄ちゃんふうの冒険者にそう言われて、赤ずきんちゃんが変な声を出す。
ぼくは人前なので喋るのを我慢したけど、同じくらい驚いていた。
だって……こんなにあっさりと情報が出てくるものなの? しかも見つけたって。
と、ぼくはもうひとつ妙なことに気づいて、彼女に小声で囁きかける。
(ねえねえ、変だよこの人。武器をひとつも持ってない。それに服装も軽装備すぎるっていうか、柄シャツに短い下履きだよ。完全に手ぶらで散歩しているひとじゃん)
(本当ですね……。それに言っていることもアレですし……探りを入れてみますか)
「あのう、幸福の〈青い鳥〉を見つけたというのは事実ですか? もしそうなら詳しい話を聞かせてもらいたいのですが。どこで見たとか、どんな姿だったとか」
「じゃあ案内してやるよ。この先に冒険者向けにやってるうまい料理店があってな、そこにいるから」
「へ? 料理店? なんで?」
赤ずきんちゃんが変な声を連発する。
気さくな冒険者は苦笑いを浮かべながら、
「そりゃもちろん、店主のミチルさんが飼っているからさ」
ぼくと赤ずきんちゃんは揃って顔を見合わせる。
なんていうか……びっくりするほどスローライフな流れじゃないの、これ。




