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2-19 なにせケンカを売る相手を選ばないからね、君の場合。

 ぼくと赤ずきんちゃんは森の妖精にでも化かされたような顔で、気さくなお兄さんのあとをついていく。

 幸福を招く〈青い鳥(ブルー・グレイス)〉を飼っているという料理店に向かうまでの道のりは、歩けど歩けど平穏な風景ばかりが続いている。

 遠くに感じていたバジリスクや飛竜の気配すら今では消え失せ、前を歩く冒険者がそうしているみたいに、本当に手ぶらで散歩していても危険がなさそうな雰囲気だ。

 赤ずきんちゃんも不思議に思ったのか、気さくなお兄さんの背中にたずねる。


「そんな格好で歩いていて平気なのですか。今のところ周囲に魔物の気配はありませんけど、バジリスクやドラゴネットが生息している高地エリアで、武器を持たずに徘徊するというのはあまりにも不用心なのでは」

「あー、普通はそう考えるよな。俺っちも最初のころはミチルさんが手ぶらで歩いているのを見て、ぎょっとしたもんさ。でも大丈夫。この辺りは〈穏やかな幸福(グレイス・リング)〉の範囲内だから」

「……なんですか、それ。聞いたことがありませんけど」


 珍しいことに、赤ずきんちゃんがそう言って眉をひそめる。

 猟師さんのもとで修行した彼女が知らないっていうのはつまり、伝説の冒険者ですら把握していない知識――王都で編集される魔法図鑑や魔物図鑑にも記されていないような、未知の情報ってことだ。


「ミチルさんが飼っている〈青い鳥〉の加護だよ。ちょうどお嬢ちゃんと会った場所あたりまでが境界だったかな。料理店をぐるっと囲むように魔除けの結界が張ってあって、ほかの魔物は近寄ってこられないようになっているのさ」

「てことは周辺エリアが丸ごと、件の魔物の勢力下にあるわけですか……?」

「おおげさに言うとそうなるのかな。小さいわりにたいしたやつだよ、あの鳥は」


 またもや珍しいことに、赤ずきんちゃんが素直に驚いていた。

 念のため魔物だとバレないように、気さくなお兄さんの前で喋らないようにしているぼくは、小声で彼女に囁きかける。


(ねえねえ、それってすごいことなの? 話を聞いた感じ、ご主人さまをほかの魔物から守っているわけでしょ。めっちゃ健気なやつじゃん、鳥)

(簡単に言ってくれますわね。高地エリアの一部を縄張りにしてるって話ですから、とんでもないですよこれ。バジリスクやドラゴネットはさておき上級のドラゴンである花竜相手に「おうおう、うちのシマに入ってきたらどうなるかわかっとるわな、ワレ」と脅しつけて従わせているわけですから。単純に考えると彼らよりも上の存在ということになってしまいます)

(え、じゃあAランク以上じゃん。厄介な相手じゃないって話だったのに)

(ちょっとややこしい話になりますけど……上の存在だから、すなわち狩るのが大変ってわけではないのですよ。人間の王様だって別に強くはないですから、ボコボコにして地べたを這いつくばらせるのは簡単でしょう。そのあとが面倒なだけで)

(なるほど。そうなると鳥のくせにめっちゃ身分が高いのかな)

(あるいは危害を与えると不都合があるか、危害を与えないでいたほうが恩恵があるのか、のどちらかでしょう。真龍ウィルムとかならともかくしょせんは鳥ですし、こっちのほうがありそうな感じ。魔物とはいえケンカを売る相手はちゃんと選びますからね)


 うーん。だとするとやっぱり、食べようとしたらバチが当たりそうで怖いな。

 でも今の赤ずきんちゃん、究極の魔物めしを作ってみたい願望が前に出ちゃってるから、今さらやめようって提案したところで聞いてくれそうにないんだよね。

 慎重に、用心して、と口癖のように言うわりに考えなしで行動するから、たぶん、


(ま、なんとかなるでしょう。わたしなら)

(やっぱりそういうノリになるよね、わかってた)

 

 幸運をゲットしようとしてわざわざ不幸を招いちゃうの、赤ずきんちゃんらしいと言えばらしいのだけど……ロクなことにならないだろうから覚悟だけはしておくよ。

 なにせケンカを売る相手を選ばないからね、君の場合。







 で、件の料理店に到着すると、ぼくとしちゃなおさら「鳥さんを狙うの、やめたほうがいいんじゃない……?」という気分が高まってきた。

 まず、周囲の景色がバカみたいに平和。敷地内のいたるところに花壇があって、色とりどりの可愛らしいお花のうえで、ひらひらと蝶々が舞っている。

 目の前を小さな影が横切ったかと思えば野兎の親子で、でっけえ狼であるぼくの姿を見ても警戒するそぶりすらなく、彼らのために設置された餌箱から木の実を漁って食べている始末。真横に家庭菜園らしきものがあるというのに、そこに生えた野菜には手をつけないことからして、相当にお利口な兎さんたちだ。


 そして極めつけは、ミチルさんなる人物が経営しているという料理店の外観だ。

 こんな危険な場所にどうやって建てたのか、こじゃれた雰囲気の赤煉瓦造りの建物で、王都の若者が言うところの『ポップ』な雰囲気の看板が、でかでかと掲げられている。


 【注文メニューの少ない料理店☆可愛いピーちゃんがお出迎え】


 と、看板にカラフルな文字で書いてある。

 そのうえに青い羽毛の鳥がウィンクしているイラストが描かれていることからして、この料理店で件の魔物(たぶん名前はピーちゃん)が飼われているという話は事実みたいだ。

 あっけにとられた表情で看板を眺めている赤ずきんちゃんに、ぼくは小声で囁きかける。


(ねえねえ、どうすんの。今さらの話だけど、料理店のペットになってる鳥さんを狩るわけにもいかないし、希少な種族だったら二匹めがいるとはかぎらないじゃん)

(わたしとしても今とても困っております。強引に奪ったらガチの悪党ですものねえ。エルフの村を焼くオークとかと変わりない感じになっちゃいます)

(ていうかこれも今さらなんだけどさ、こんなところに料理店なんて出して儲かるのかな。危険な密林の迷宮ダンジョンを越えてこなくちゃ、たどり着けないわけでしょ)

(ところがですね、こういう隠れ家的なお店、実はけっこうあったりするのですよ。さすがに普通は広範囲に魔除けを張るなんて大がかりなことはしませんけど、猟師さんのロッジみたいに魔法で隠しておいて、高級な素材を採りにきた冒険者相手に商売するのです)

(へえ……。世の中にはぼくの知らないことがいっぱいあるなあ……)


 なんて話をしていると、料理店にたどり着くなり建物の中に入っていった気さくなお兄さんが、外で待っていたぼくたちのところに戻ってきた。


「ミチルさんに聞いてみたけどよ、ペット同伴もおっけーだとさ。お嬢ちゃんにはあえて確認しないでも大丈夫だろうけど、そこの狼くんにはくれぐれも言い聞かせておいてくれよ。料理店で飼っている〈青い鳥〉を見ても、絶対に襲ったりすんなってな」

「あら……マロックが人の言葉を喋れるの、バレていましたか」

「俺っちだって冒険者だぜ。魔物を連れ歩いているくらいで驚いたりしねえさ」


 そう言ってお兄さんに見つめられたので、ぼくは苦笑いを浮かべて、


「大丈夫だよ。今ちょうど、やっぱピーちゃん狙うのやめない? って相談してたところ」

「賢明な判断だな。料理店の客としておとずれるなら、ミチルさんお手製の美味しいメニューを食べさせてもらえるし、寝床だってあるから安全な宿として利用してもいい。だが、この幸福な空間を提供してくれているピーちゃんに手を出すつもりなら――俺っちやほかの常連客が容赦しねえぞ。ヒイヒイ泣かせてやるぜ、お嬢ちゃん」


 気さくなお兄さんの下品な忠告に、赤ずきんちゃんは顔をしかめてみせる。

 だけど相手は熟練の冒険者、しかも建物の中にはほかにもお仲間がいるみたいだし、あえて事を荒立てるのは得策じゃなさそうだ。

 彼女はやれやれとため息を吐いたあと、降参というような表情でこう言った。


「……だいぶ予定が狂ってしまいますけど、狙う獲物を変えたほうがよさそうですね。わたしだって他人のペットを狩るような悪党にはなりたくないですし、この料理店のメニューにもすこしばかり興味がわいてきたところですから」 

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