2-13 君さあ、どこでカブトムシさんの恨みを買ったわけ?
「転生したばかりのドラゴンを狩って魔物めしを作るのもよさそうですけど、わたしたちの獲物はランバージャック、そしてメインは〈青い鳥〉です。たいへん希少な種族であるかの鳥は、小型かつ気性の穏やかな魔物で、その身を捕らえたものに幸運をもたらすと言われているのです」
「手強い相手のほうが赤ずきんちゃんは嬉しいだろうけど、前回の冒険でひどいめにあったし、たまには殺伐としすぎない狩りも悪くないよね。ていうかよくそんな無害そうな魔物を食べようなんて考えるなあ、君」
「だって捕らえたら幸運が得られるのですよ? 食べたら超ラッキーになれそうじゃないですか。まあ文献が少ないので真偽は定かじゃありませんし、そもそもの目的はあなたを成長させるためですけど」
うーん。今の言葉を聞くかぎり、本当にそうだか怪しくなってきたぞ。
もしかしなくても赤ずきんちゃん、自分が幸運を呼ぶ鳥をゲットしてみたいだけなのでは。
そんな話をしつつ食材を採取していると、半日も経たずに籠がパンパンになってきたので、
「すこし早いですけど一度、仕掛けた罠の様子を見てきますか。食材を入れた籠とザックは荷物になりますから、手頃な木の洞を見つけてぶちこんでおきましょう。魔物避けと風化を防ぐ魔法をかけておけば、数日は保管できるはずですから」
というわけでその作業をすませたあと、ぼくらは来た道を戻ってランバージャックがかかっていないか確認する。
すると肝心の獲物が捕まっていないどころか、仕掛けておいた罠すら影も形もなくなっていた。
おかげでぼくと赤ずきんちゃんは、揃って首をかしげてしまう。
「おかしいね。この辺に仕込んでおいたはずなのに。密林の迷宮って似たような景色が多いし、場所を間違えたのかな?」
「そんなはずはありません。わたしの記憶は確かですし……見てください、罠に使った紐や網が地面に落ちていました。餌はたぶん魔物に食べられてしまったのでしょう」
「じゃあランバージャックは餌だけ食べちゃったの? あるいはほかの魔物がかかったけど罠ぶっこわして逃げちゃったとか。やっぱりそう簡単にはいかないのかあ」
「バカ言わないでくださいまし。赤ずきんちゃんの罠スキルは『底意地が悪いだけに絶妙な配置だな』と猟師さんも認めるほどの腕前なのです。キモでかカナブンごときに裏をかかれるはずがありませんし、ほかの魔物が食べてしまうような餌は仕掛けておりませんので」
「また変なところでプライドが高いなあ……。じゃあいったいどういうことなのさ」
ぼくがそう言うと、赤ずきんちゃんは忌々しげな表情で、地面に落ちていた網を見せる。
木の枝と枝の間に繋いだ紐と連動して、ランバージャックが引っかかると網ごと宙に吊りあげられる罠。
だけど今はズタズタに引き裂かれて、獲物を捕らえる役目は果たせそうにない。
「アリアドネの糸を束ねた縄で作られた網ですので、ランバージャックはおろかこの辺りに生息している魔物ですら、こんなふうに破くことはできません。おまけに切り口をごらんなさい。牙や爪で裂いたというより、鋭利な刃物で斬ったように見えませんか?」
「ほんとだ。じゃあもしかして――」
「ええ。網にかかったランバージャックをくすねたやつがいるのです」
そいつが何者なのかは、ぼくにもすぐにわかった。
赤ずきんちゃんと同じ冒険者。それも他人が仕掛けた罠だとわかったうえで、獲物を横取りするような盗人野郎だ。
「それでどうするの? 赤ずきんちゃんのことだし、犯人を見つけてこらしめるわけ?」
「できればそうしたいところですけど、交渉次第で返してくれるかもしれません。しらばっくれやがったらぶちのめしますけど」
「君にしちゃずいぶん穏やかな対応だなあ。てっきり問答無用で殴りかかるのかと」
「あなたやっぱり、わたしのことを超ヤバいやつだと思っていません? 冒険者と揉めると後々面倒なことにもなりますし、あとここだけの話、わたしもよく他人の獲物を横取りします」
「思っていた以上に最低な理由だった……。君も相当マナーが悪いよね……」
魔物にマナーが悪いと言われて心外だったのか、赤ずきんちゃんはむっとしたような顔で鼻を鳴らす。
ところが当の獲物をくすねた冒険者は、マナーが悪いどころの話じゃなかった。
だってぼくらと出くわすなり――挨拶もなしに攻撃魔法をぶっぱなしてきたのだから。
「あぎゃあああっ!! 焼けた!! 尻尾が焼けたよ赤ずきんちゃあん!!」
「落ちつきなさい!! 先っちょがすこし焦げただけでしょうに!!」
罠を仕掛けた三ヶ所のうち、二ヶ所めに向かう道の途中。
沼地エリアに生い茂るシダっぽい植物の先から、ガサガサと物音が響いてきたと思ったら――くぐもった声の詠唱とともに、いきなり炎の槍が飛んできた。
赤ずきんちゃんはなんなく回避したけど、ぼくはわずかに反応が遅れてこのとおり。尻尾の先に火がついて、自慢のふさふさ銀毛が焦げちゃった。
そんなわけで今は体勢を立て直すべく、追ってくる敵と距離を取ろうとしているところ。
「いやだなあ、ほんとに冒険者ってヤバいやつばっかりなんだ! てっきり赤ずきんちゃんだけおかしいのかと思ってたよっ!」
「マロックさん、どさくさにまぎれて言いたい放題じゃないの。今の術式は王都の学園で習うようなお行儀のいいやつではなく、より実戦に特化した炎魔法です。詠唱から着弾までの速さを考えるとだいぶ洗練されているので、本職の魔法使いかもしれません」
冒険者の戦い方に詳しくないからよくわからないけど、赤ずきんちゃんの緊張した表情からして厄介そうな相手の雰囲気がぷんぷん漂ってくる。
そのうえ彼女は一瞬だけ足を止めて耳をすませると、
「でも妙ですわね。草木をかきわける音の感じからしてかなりの大柄、足音もズシンズシンと響いてきますので重装備の気配。あの練度の高さで接近戦もできる、魔法戦士……?」
「赤ずきんちゃんも、音だけでそこまでわかるのがすごいなあ」
銀狼であるぼくのほうが聴覚は優れているはずなのに、こういうところで経験値の差を感じちゃう。少ない情報から敵の強さから攻撃手段まで把握しちゃうの、さすがは超一流の冒険者って感じ。
……だけど相手も強そうなんだよな。大丈夫かな、ぼくたち。
で、その後もちまちま炎の槍が飛んできたのだけど、赤ずきんちゃんがすぐに気づいてくれるからぼくもなんとか回避できて、やがて見晴らしのいい高台にやってきた。
「さあさあ、舞台は整えてあげました! あなたも誇り高き冒険者なら、せめて堂々と姿を見せて、最強の冒険者たる赤ずきんちゃんと勝負しなさい! でないと爆裂魔法をぶっぱなして、この密林の迷宮ごと粉砕してさしあげますわよっ!」
大きく足を開いて腕を前に組み、姿の見えぬ冒険者に声をはりあげる赤ずきんちゃん。
暴れたがり屋だから、こういう決闘みたいなの大好きなんだよね、彼女。
すると向こうも誘いに乗ることに決めたのか、ガサガサと草木をかきわけて僕らの前に姿を現した。
「フゥウウウー……コホオオオオオー……」
おぞましい呼吸音を響かせる冒険者を見て、ぼくは恐怖のあまりちびりそうになった。
まずデカい。ほんとに人間なのかこいつって思うくらいデカい。
低く見積もっても赤ずきんちゃんの倍以上はある背丈、横幅はもっとすごくてぼくの全長と同じくらい。
とくに上半身の幅が異様に広くて、逆三角形のシルエットは古代遺跡で見たゴーレムによく似ている。だけど動きがカタカタしてないから、中身はきっと人間。
そしてなにより恐ろしいのは、全身を包んでいる黒光りする甲冑と、宿屋の看板でもかっぱらってきたのかって思うほど刃渡りが長くてぶ厚い、両手持ちの大剣だ。
完全にビビってしまったぼくは、隣にいる赤ずきんちゃんに小声で囁きかける。
「君は見ため強そうじゃないけど、あれはもう一目でヤバさがわかる。なにあれ、完全にオーガかワービーストだよ。しかも絵本にしか出てこないような将軍クラス」
「強そうじゃなくて悪うございましたね。甲冑の胸元にフランケン工房の刻印がありますから、王都でも最高ランクの防具でしょう。兜に角まで生やしてカブトムシかってくらいダサいですけど、ヘタなドラゴンよりも装甲は硬いはず。肩に担いだ大剣は古代遺物かも」
「それってティンカーベルと同じじゃん!! めっちゃ強いやつじゃん!!」
「ご冗談でしょう? ひとくちに古代遺物といっても彼女は格が違いますってば。見たところネバー・ネバーに七振りしか存在しない響剣のひとつ、ドロッセルマイヤーかしらん。まあティンカーベルほどではないにせよ、厄介な武器であることに違いはないでしょう」
「ねえねえ、今からでも穏便に済ませてもらえないかな。ぼくらの目的って魔物めしを完成させることだし、君だってこんなところで無駄に消耗したくないでしょ」
「気は進みませんけど……あなたがそう言うなら、話だけしてみますか。もしかすると向こうもマロックを従えてるわたしを、魔物かなにかと勘違いしたのかもしれませんし」
なんてヒソヒソと話していたところで、黒甲冑の冒険者がなにごとか呟く。
ぼくの聞き間違いでなければ、彼はこんなことを言っていた。
「ヨウヤクダ。ヨウヤク見ツケタゾ、赤ズキン。今コソ復讐を果タストキ」
赤ずきんちゃんはきょとんとする。
一方のぼくはげんなりとした表情を浮かべた。
「君さあ、どこでカブトムシさんの恨みを買ったわけ?」
「ごめんなさい。心当たりがありすぎて、こいつが誰かもわかりません……」
まあ、そんなことだろうとは思ったけど。
今のところ、確かなのはひとつだけ。
目の前にいるクソ強そうな冒険者と、戦わなくちゃいけないってこと。




