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2-12 ……は? 誰がちっちゃいですって?

 翌日。マンドラゴラの生息地をすこし先に進んだところで、ぼくらは赤ずきんちゃんが言うところの沼地エリアにたどりついた。

 この辺りまで来ると緑の香りが濃くなり、うっそうと茂る樹木のせいで日中だというのに周囲はうす暗く、なんとなく空気はじめっとしてくる。

 沼地というだけあって地面はひどくぬかるんでいて、前にいる赤ずきんちゃんの白いエプロンドレスやタイツは泥で茶色に染まり、ぼくの銀色の毛に包まれた脚も歩くたびにでろでろに汚れていく。

 正直に言って、あまり気分のいいところじゃない。そのうえ、


「生えている植物の種類が変わってきたね。花にしても草にしてもやたらと背丈が高いし、オバケみたいな樹が増えてきたよ。ゴツゴツした岩もちらほらあるし、なんだか自分たちのほうが小さくなっちゃった気になるなあ。あ、でっけえキノコ」

「魔物も大型化していますからくれぐれもご注意を。低地エリアのギガントードより大きな〈百脚鰐ヘカトンダイル〉と呼ばれるワニや、鹿を丸呑みしちゃうほどのどう猛な食肉植物〈死臭花ラフレシア〉などなど、Bランク以上の魔物がうようよ生息していますから、酒場に麦酒エールを呑みに行くような気軽さで死ねますよ」

「うへえ……。いよいよ冒険らしくなってきたね。しかも最高難易度」

「くれぐれもわたしから離れないように。密林ですからすぐに遭難しますし、あなたが単独で〈百脚鰐〉あたりに出くわしたらまず助かりません。もし迷子になったときは、ここより危険の少ない低地エリアに戻るよう心がけてください。できますか?」

「これでもぼくは魔物だから、赤ずきんちゃんよりも方向感覚には自信があるよ。侵入者を翻弄するような迷路や行く手を阻む罠がある古代遺跡とかだと、さすがに場慣れした君のほうが遭難しにくいだろうけど」

「あら、頼もしいお言葉ですこと。メインとなる〈青い鳥(ブルー・グレイス)〉の生息地はまだまだ先ですので……その前に別の、簡単なほうの獲物を狩りに行きましょう。どうせ通り道ですし、今のところ競合相手になりそうな冒険者の気配は感じませんから」


 赤ずきんちゃんはそう言うと、ぬかるんだ地べたにザックをおろし、縄やら網やら、金属製のフックのようなものを準備しはじめる。

 ぼくはその様子を見守りながら、いつものように彼女にたずねる。


「これからなにするの? ていうかどんな獲物を狩るのかな」

「ランバージャックという甲殻類です。沼地エリアに生息している魔物の中では小型の部類、大体わたしの膝くらいの背丈しかありません。全身真っ黒でカサカサと素早く動くのでめっちゃキモいんですけど、火を通すと殻が真っ赤に染まり、食べてみると味はカニ。でっかいカナブンみたいな姿のわりに、びっくりするほど美味しい憎いやつ」

「なるほど。で、今やってるのは罠?」

「そうですね。魔物としては厄介な相手ではないのですけど警戒心が強くてすぐ逃げるので、罠を仕掛けて捕獲したほうが手っ取り早いのです。慣れていないと難しいものの、わたしは何度も猟師さんとランバージャック狩りを経験しているのでコツはつかんでおります」


 赤ずきんちゃんは説明と準備を終えると、すくっと立ちあがる。

 そしてぼくにこう言った。


「ではではさっそく、罠を仕掛けていきますか。そのあとはひたすら待ちですけど、運がよければ半日くらいでゲットできるかも。その間、メインディッシュの魔物めしに使う木の実やキノコでも集めておきましょう」

「……待つのって苦手だし、すぐに捕まえられるといいなあ」


 ていうか赤ずきんちゃんてせっかちだから、やることがなくなって退屈するとすぐに機嫌が悪くなって面倒くさいんだよね。

 あえて口には出さないけどさ。





 ところが罠を仕掛けたあと、やることがなくなるなんてことはなかった。

 沼地エリアはとにかく植物の種類が豊富で、野生の食材に詳しい赤ずきんちゃんにとっては宝の山。すくなくとも半日で採取しきれるほどの数じゃなかったのだ。

 ちんちくりんの背中からはみ出そうなほど大きなザックを背負っているのに、彼女は木の枝で編んだ籠まで腰にかけて、楽しそうな表情で食材を採取し続ける。

 

「あら、こんなところにカレドの実が生えていますね。煎じて飲むと精力剤になりますから採取しておきましょう。それにこの、洗わないで放置した雑巾のような匂い……近くにバンシィ草があるのかしら。ぬかるんだ地面を手でかきわけてっと、ほおら出てきた出てきた」

「ねえねえ、赤ずきんちゃん。赤くて美味しそうなキノコがあるよ」

「それ毒がありますから絶対に採取しないでください。溶岩茸マグマタンゴといって食べたら死ぬどころか触れるだけで指が溶けていきます」

「げえ……。いきなり物騒なやつだなあ、キノコのくせに」


 なんて言っていたら足元の地面がせり上がって、岩みたいな甲羅をつけた亀がコンニチハ。見るからに凶暴そうなやつで、挨拶代わりに牙の生えたアゴを向けてくる。


「ぎゃああ! さっそく出てきたあ!!」

「まったく……世話が焼けますわね! えいやっと!」


 ばちこんと音を立てて、ミスリル銀のメイスが岩のような甲羅をうち砕く。ご挨拶して早々に口からお腹の中身をぶちまけた亀さんは、ぴくぴくと痙攣したあと動かなくなった。


「こいつはソードタイタス。ランクBのちょい下くらい」

「さすがは赤ずきんちゃん、ベテランの冒険者が苦戦するような魔物でも一撃だね……。ていうか今気づいたんだけど、密林の迷宮って爬虫類とかドラゴン系の魔物が多い気が」

「だって元々は竜のねぐらだったのですから。強大な魔物の縄張りにはその眷属が集まることが多いので、当時の影響が今なお残っているのです。かつてこの密林の迷宮には、ランクSの魔物でもかなりの上位、前回戦った〈雪の女王(スノウ・ホワイト)〉が可愛く思えるほど強大な真龍ウィルムが生息していたのですよ」

「ええっ!? あのクソ女王より強い魔物!? そんなの全然想像できないよ」


 ぼくがそう言うと、赤ずきんちゃんは絵本を読んで聞かせるような顔で、


「歴史上、ほかに類を見ないほどの凶悪さを誇った厄災の象徴、その名も〈蒼天の暴君(シャフリヤール)〉。空を埋め尽くす巨大な翼をもったドラゴンで、王都の城壁を一巻きできるほど長い髭と、サファイアのごとく煌めく羽毛に包まれていたとか」

「うわ、想像するだけでヤバそう。やっぱり物理遮断の結界も?」

「当然のように使ってきたらしいですね。今より数十年前――ちょうど闇の軍勢がネバー・ネバーに攻めてきたころに、猟師さんと七人の幼き勇者たちが総出で討伐に赴いてようやく退治できたというほどですから、その強さは推して知るべし」

「そいつが今回のターゲットです……なんて言われた日には、ぼく尻尾巻いて逃げ帰る」

「安心してください。真龍は死後も転生を繰り返す不滅の存在ですが、それゆえ一種につき一個体しか存在できません。仮に再臨していたとしても、猟師さんたちが戦ったときほど成長していないはず」


 赤ずきんちゃんはそう言ったあと、ふうと息を吐いて腰に手をあてる。

 長々と話している間も食材の採取を続けていたから、すこし疲れたのかな。


「ま、倒されたのが数十年前ということを考えると、まだ転生すりゃしていませんよ。いたとしても案外、わたしと同じくらいの背丈しかないトカゲかも」

「アハハ。そんなにちっちゃいなら成長する前にぶちのめしときたいね」

「……は? 誰がちっちゃいですって?」


 げ、そこで怒るの。

 赤ずきんちゃんてば、自分で言ったくせに。


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