2-11 やはり赤ずきんちゃんの料理スキルは豊穣の神レベル
バジリスクとマンドラゴラの生姜焼き風ソテーから漂う香りは、密林の迷宮を冒険する中でスカスカになった胃袋を、暴力的なまでに刺激した。
赤ずきんちゃんがその辺に生えていた大ぶりの葉っぱをお皿代わりに料理を盛りつけてくれたので、ぼくは天国のパパにお祈りすらせず、よだれを垂らしながらガツガツと食べはじめる。
「なにこれ、めっちゃうまい!! 脂身の少ないお肉は弾力があって、噛めば噛むほど中からじゅわっとうまみが溢れてくるし、すり下ろしたマンドラゴラの根っこのツンとした風味が、爬虫類系特有のお肉の臭みを見事に中和しているね。甘塩っぱい味つけもアクセントになっていて食欲をそそるよ。あまり馴染みのない匂いもするけど、マンドラゴラ以外にもなにか使っているのかな?」
「猟師さんからいただいた秘蔵のタレを少々。幼き勇者のひとりから教わった調味料らしくて、生姜焼きの味つけにかかせないものなんです。しかも今回使ったのは、彼の自作」
「じゃあこれがショウガなのかな」
「いえ、お醤油とか言っていたような。見ためは怪しげな黒い液体ですし、猟師さんのことですから、得体の知れないものを材料に使っているかも。ダークマターとか」
「ええー。怖いなあ……」
「でも美味しいからいいじゃないですか。たぶん身体に害はないですし」
赤ずきんちゃんは平然とした顔でそう言いながら、自分も生姜焼き風ソテーを食べはじめる。
謎の調味料を使っているとはいえ、やっぱり彼女の料理は最高で、さきほど食べた生のレバーやはらわたとは比べものにならない美味しさだ。
「バジリスクの肉汁、マンドラゴラのツンとした香り、お醤油の甘塩っぱい味つけが織りなすハーモニー。やはり赤ずきんちゃんの料理スキルは豊穣の神レベル。ああ……自分の才能が怖い。天はわたしに二物どころか四、いや、十くらい授けまくっておりますの」
「自分で自分にうっとりするのって、かなりヤバめだよ。でも不思議だなあ、バジリスクやドラゴンのお肉ってチキンに近い感じあるよね。なんでだろ」
「祖先が同じだからでしょう。鳥類と爬虫類、それらに属する魔物のほとんどは真龍から枝分かれした種族なので」
「え、そうなの? 見ためがまるっきり違うような」
「環境に適応するために、あるいは邪悪な魔力の影響で、ひとつの個体が変異した結果として新たな種族が生まれることがあります。そして長い時間の中でさらに変遷し、始祖である存在とはまったく異なる姿となったものたちも多いのですよ」
と、赤ずきんちゃんはそこで生姜焼き風ソテーを一口食べてから、
「種族としての系譜を遡っていくとニワトリやトカゲも一匹のドラゴンにたどりつくわけですから、今や小さな動物にすぎない彼らとて竜の末裔ということになります。ほかにもコカトリスとバジリスクは鳥とトカゲの魔物で姿こそ似ていませんが、同じ邪竜を始祖としているため、どちらも石化毒を持っています。だから食べてみると味も近かったり」
「へえー……。そんな話、全然知らなかったよ」
「魔物生物学だとこれを進化というのですが、種族によっては内なる魔力の成長とともに同一の個体で進化が発生し、幼体と成体で姿がまったく異なる魔物も存在します。さながら芋虫が蛹となり、やがて蝶として羽化するように」
彼女の講釈を聞きながら、ぼくは最後のお肉をぺろりとたいらげた。
もっと食べたい気もするけど、赤ずきんちゃんのぶんがなくなっちゃうから我慢しよう。
で、ふと思いついたことをたずねてみる。
「ぼくも成長したら姿が変わったりしないかな。体毛が銀から金になるとか」
「ギラギラして目ざわりですからやめてください。進化とはまた違うのですけど、銀狼は幻系統の魔法を得意とする種族なので、あなたも変化の術が使えるようになるかも」
「それって人間に化けたりするやつ?」
「ええ。精霊系統以外の――己が己であろうとする魔力を用いた術式の、種族由来のやつです。だからわたしには使えませんし、資質があると同時に耐性もつくので、銀狼は幻覚もしくは肉体変化を伴う状態異常攻撃に強かったりしますの。個人的はそっちのほうが羨ましい感じ」
思いがけない話を聞いたぼくは、変化の術を覚えた自分を想像してみる。
ぶきっちょだから今はまだ全然だけど、もし魔法が使えるようになって、人間の姿になることができたなら……街の人々がいる前でも赤ずきんちゃんと普通に話すことができるし、いっしょにお洋服を買いに行ったり、貴族がもよおすパーティーに足を運んだり、それこそお姫さまを守る騎士のような生活を送れるかもしれない。
「なる!! ぼく絶対に変化の術を覚えて、人間の姿になるよ!!」
「うわ、急にでかい声出さないでくださいよ。でもこう言っちゃなんですけど、わたしはあんまり気が進まないかも。銀狼という種族は変化の術を使って、昔から悪さをしてますからねえ……」
赤ずきんちゃんはそう言って、表情を曇らせる。
悪さなんてしないよ――軽はずみでそう言いそうになったけど、この話が思っていた以上にデリケートなものだと気づいて、慌てて口をつぐむ。
だってぼくのパパ、赤ずきんちゃんの大切な家族を食べちゃったのだから。
変化の術を使って。人間の姿になって。
優しいおばあさまを騙して。
「そっかあ……。だから君、ぼくになかなか魔法を教えてくれなかったんだね」
「まあ不安があるっちゃありますし。でもわたしはあなたを信じてあげたいですし、そのうえでちゃんと悪さをしないと約束してくれるのなら、今後もビシバシ鍛えてあげましょう」
「絶対にしない。魔法を使って誰かを騙したりしないし、食べたりもしない」
「ん? そっちは最初から心配していませんけど?」
赤ずきんちゃんが首をかしげてそう言ったので、ぼくもきょとんとする。
それから彼女は、
「服も着ないで抱きついてきたり、わたしの履いたタイツをむしゃむしゃしたり匂いを嗅いだり、お風呂入ろういっしょに寝ようと言ってきたり、あまつさえ頬をぺろぺろしてきたり――というのをあなた、人間の姿になってもやってきそうなので心配しているのです」
「ええ!? それ我慢するのキツいってば!!」
「じゃあ想像してごらんなさい。マロックの人間モードがどんな感じになるかわかりませんけど、全裸ボーイが今言った行動を取ってくる姿を。ぶっちゃけド変態じゃないですか」
「仮にイケメンでもきつそう……。やっぱり今のままが一番なのかなあ……」
急に約束を交わす自信がなくなったぼくを見て、赤ずきんちゃんが困ったように笑う。
だけど彼女はふんと息を吐いてから、こう言ってくれた。
「ま、いずれにせよ魔法は使えたほうが便利ですからね。予定どおり明日からまた食材を集めて、あなたを成長させるための魔物めしを完成させましょう。狙う獲物はあと二匹、マンドラゴラよりずっと難易度が高いやつもいますから」
「そういえば、なにを狩りにいくの? ずっと気になってはいたのだけど」
「残る片方のうち一匹は、さほど大変ではないはず。しかし肝心の、とっておきの手料理を作るうえでメインとなる魔物は、数十年ぶりにようやく目撃情報が出たレアもの中のレアもの。競合相手の冒険者に出くわせば、間違いなく争奪戦となりましょう」
赤ずきんちゃんはそこで、びしっと指を立てる。
そしてようやく、今回のメインターゲットの名前を教えてくれた。
「幸福の象徴にして、あらゆる願いを叶える祝福の魔物――その名も〈青い鳥〉」




