2-10 バジリスクとマンドラゴラの、生姜焼き風ソテーの完成です
「んあばばばばっ! べひっ! (ここで盛大に漏らす)」
「……あのさ、赤ずきんちゃん。痙攣したぼくのマネをするのやめてくれないかな」
「うふ、傑作でしたよねアレ。もう一度見たいので二匹目のマンドラゴラを採りませんか?」
「絶対にいやだよ!! 次こそほんとに死んじゃうからねっ!?」
ぼくが必死に拒否すると、赤ずきんちゃんはお腹を抱えてケラケラと笑う。
普段は乙女ですし淑女ですしとか言って気取っているくせに、すぐにこうやって幼稚な悪ふざけをするのだから、まったく付き合いきれないよ。
猟師さんが言っていたように、昔はきっと馬や牛の糞をつついて遊んでいたようなおてんば娘だったんだろうなあ。
育ちが悪いのは間違いなさそう。あと性格も悪い。
なんて呆れた視線を向けていたら、彼女はすっと背筋を伸ばして、
「さて……そろそろ低地エリアを抜けますし、今日はこの辺にキャンプを張って休みますか。せっかくですし今回の目的であるとっておきの魔物めし以外にも、旅の途中で簡単な料理をふるまってあげましょう。メインディッシュに必要なのはマンドラゴラの葉っぱだけですし、根っこの部分を使ってなにか作ろうかしら」
「ほんと? 身体を張って採取した甲斐があったなあ」
「わたしは野営の準備をしつつマンドラゴラの下ごしらえをしておきますから、その間にマロックは具材になりそうな獲物を狩ってきてください。別に魔物でなくとも野兎とか鹿とか蛇で大丈夫ですから」
「よしきた。どうせなら大物をゲットしてくるよ」
「威勢がいいのはけっこうですけど、くれぐれも無理しないように。この密林の迷宮には、あなただけでは倒しきれない相手もたくさん潜んでいるのですから」
心配そうに見つめてくる赤ずきんちゃんに無言でうなずいてから、ぼくは具材を採りにいく。自分が力不足なのは痛いほど自覚したし、またギガントードと出くわしてひどいめにあうのは遠慮したいからね。狩りの相手は慎重に選ぶとしよう。
で、一時間後。
獲物を口にくわえて戻ってきたぼくを見て、赤ずきんちゃんは驚いた顔をする。
「バジリスクですか、それ? まさか本当に大物を狩ってくるとは思いませんでしたよ」
「だいぶ小さいやつだけどね。こいつの攻撃でヤバいのって石化毒だけだから、生命力が高いぼくならなんとかなるかなあと思ってさ。実際マンドラゴラの叫び声に比べればたいしたことなかったし、同じBランクの魔物でも、鱗がやたら固い低級のドラゴンよりは楽な相手だったかも」
「なるほど。人間であれば苦戦する相手でも、銀狼であるマロックなら労せず倒せるということもありますか。相性というのは重要ですしね、よくできました」
赤ずきんちゃんが自分のことのように喜んで頭をなでてくれたので、ぼくは失いかけていた自信をすこし取り戻した。自分より強い相手はこのネバー・ネバーにたくさん存在しているけど、だからってぼくが弱いわけじゃない。
あとはこれからもっと、強くなっていけばいいだけなのだ。きっと。
「こちらも準備は万全です。マンドラゴラの根っこをすり下ろしておきましたから、バジリスクのお肉といっしょにお鍋で炒めて、生姜焼き風のソテーを作ることにいたしましょう」
「ショウガヤキ? 聞き慣れない感じの言葉だけど、なにそれ」
「猟師さんから教わったメニューですよ。彼も幼き勇者のひとりに教えてもらったという話ですから、ネバー・ネバーとは異なる世界の料理なのでしょう。だからショウガという言葉がなにを指しているのか、わたしは存じません」
「……ふうん。美味しければなんでもいいけどさ」
「味の保証はします。めっちゃうめえやこれってなりますから」
赤ずきんちゃんはそう言いながら、ぼくが狩ってきたバジリスクをさばいていく。
小さな個体とはいえ彼女と同じかそれ以上の大きさがあるトカゲなのに、彼女は器用にナイフを使って内臓をとりわけると、流れるような手さばきでお肉に変えてしまった。
料理に使わないレバーやはらわたは、地べたに放置しておけば密林の仲間たちのエサになる。
だけどもったいないので、ぼくがそのままガツガツとつまみ食い。バジリスクは好戦的だけど草食系の魔物だから、生のままでも臭みがなくて美味しかった。
その間、赤ずきんちゃんは事前に集めていた薪に魔法で火をつけると、なにをするかと思えば、今回のメイン装備であるミスリル銀のバックラーを鍋代わりにする。
ぼくの驚いた視線を感じたのか、彼女はバックラーの表面にバジリスクから採った脂を引きつつ、こう説明してくれた。
「軽くてちょうどいいサイズ。防具になり調理器具にもなる優れもの。ちなみに王都の職人さんに頼んで内側にフッ素加工をしてもらっていますから、お肉を炒めても焦げつき蛾でないのです。これもまた幼き勇者のひとりが伝えた技術らしく、フッ素という言葉がどういう意味なのかわたしはよく知りません」
「ていうかけっこう普及してるよね、天上の知識」
「彼らのおかげで数えきれないほどの技術革命が起きましたからねえ。猟師さんとともに闇の軍勢を退けただけでなく、異なる世界の叡智を伝えたことも大きな功績といえるでしょう。今はなにをしているのか、誰も知りませんけど」
元いた世界に帰ったとか今もネバーネバーのどこかにいて人々を見守っているとか、様々な説が唱えられているものの――天上より召還されし幼き勇者たちが戦いを終えたあとどうなったのかは、数十年経った今も謎のままだとか。
赤ずきんちゃんはこういうおとぎ話が大好きだから、いっしょのベッドで寝るときにぼくもよく聞かされる。
でも当時の生き証人である猟師さんは、昔のことをたずねると不機嫌になるらしい。
まあ闇の軍勢との戦いは熾烈をきわめたというし、いやな思いだってたくさんしたのかもしれない。
だから異形の契約者カスパールを伝説の冒険者にした数十年前の出来事について、いつしか彼女も本人にたずねようとしなくなったのだとか。
なんてことを考えていると、食欲をそそる香りがぼくの真っ黒な鼻先をくすぐってきた。
お肉が焼ける香ばしい匂い。
あと今まで一度も嗅いだことのない、ツンとくる匂い。
たぶんマンドラゴラの根っこかな。刺激が強そうけど、悪い感じじゃない。
自然と口からよだれが垂れてくる。
赤ずきんちゃんがお顔の汗を拭きながら、ぼくに言った。
「さ、バジリスクとマンドラゴラの、生姜焼き風ソテーの完成です。すべてあなたが採ってきたもので作ったのですから、最初に食べていいですよ」
「やったああ!! 今日はごちそうだあ!!」




