2-14 マズいですわね。いつものノリでぶっ放すつもりでいました。
「デュフフフ……。煉獄ノ炎ヲ浴ビテ骨マデ焼カレルカ、我ガ剣閃ヲ受ケテ地ベタニ臓腑ヲ撒キ散チラカシテ息絶エルカ。貴様ノ命運ハ尽キタゾ、赤ズキン」
黒甲冑の冒険者はくぐもった声で、赤ずきんちゃんに呪詛の言葉を吐く。そして肩に担いだ大剣を前に構え、鉄板のようにぶ厚い刃を向けてくる。
尋常でない威圧感が周囲にぶわっと漂い、ぼくの身体は自然と震えてしまう。
しかし隣の赤ずきんちゃんは、針を刺すような殺気をもろに浴びても表情ひとつ変えることなく、不遜な笑みを浮かべてこう言い返した。
「なんとまあ、勇ましいこと。どこのどなたか知りませんけど……わたしが最強の冒険者、赤ずきんちゃんと知ってなお挑むというのなら、容赦はいたしません。カスパールより受け継がれしティンカーベルをもって、天上の神々の前まで吹き飛ばしてさしあげましょう」
「あれ、待って」
「どうしたのですか、マロック。急に変な声を出して」
「君さあ……もしかしてあの銃、ザックの中に入れっぱなしじゃない?」
赤ずきんちゃんはすこし間を置いて、自分の装備をゆっくりと確認する。
手持ちの装備は腰にかけたミスリル銀のメイスとバックラーだけ。
ザックは食材の詰まった籠といっしょに木の洞に置いてきてしまったから、中に仕舞っておいたティンカーベルも今はない。
密林の迷宮に生息する魔物(しかも獲物は強くないやつ)をぶちのめすくらいなら問題なさそうだけど、目の前の黒甲冑はランクAかそれ以上の魔物並に強そうな感じ。そのうえ赤ずきんちゃんの言葉が事実なら、相手が構えている大剣はティンカーベルと同じ古代遺物なのだ。
大丈夫なの? という顔でぼくが見つめると、
「マズいですわね。いつものノリでぶっぱなすつもりでいましたのに」
「赤ずきんちゃんて、大事なところで間が抜けてるよね……」
そういうところも可愛いと思うけど、困った展開になってきたのも事実だ。
この様子だと勝ちめは薄そうだし、やはり武器をおさめてもらったほうがいいのでは?
だけど黒甲冑はやる気満々。
ぶ厚い刃を持つ古代遺物、ドロッセルマイヤーを振りあげて、
「フゥウー……コポォ……。赤ズキン、殺ス! 絶対ニ殺スッ!」
剣を一閃。
直後――ぬかるんだ地面を吹き飛ばしながら、凄まじい衝撃波が襲いかかってくる。
「うわあああっ!! もう絶対に説得できないやつじゃん、これ!!」
「もとより売られたケンカは買う主義ですので! 望むところと言ってあげますわ!」
うろたえながらもぼくは右に跳躍、赤ずきんちゃんは白のエプロンドレスをふわりとひるがえして左にステップ、二手にわかれて衝撃波を回避。
ところが最初から牽制が目的だったようで、黒甲冑はとくに驚いた様子もなく赤ずきんちゃんめがけて一直線。
見ためのわりに――驚くほど足が速い!
「待ってて、すぐにそっちへ向かうよっ!」
「心配ご無用。今ちょうど楽しくなってきたところですし!」
ぼくはぬかるんだ地面に足をとられながらも反転。
一方の赤ずきんちゃんは足元の泥土をものともせずに軽やかに回り、流れるような動きでメイスとバックラーを構える。そして距離を詰めてきた黒甲冑めがけて、痛烈な一撃を浴びせた。
パッと火花が散り、黒甲冑が足を止める。だけどすぐさま立ち直り、大剣の一撃を振りおろしてくる。
結果、押し負けたのは赤ずきんちゃんのほう。とっさに構えたバックラーごとなぎ払われ、小さな身体が木の葉のように宙を舞った。
彼女はどうにか受け身を取って着地したあと、泥まみれになった顔で悪態をつく。
「……ああ、もうっ!! だからパワータイプは嫌いなのです!!」
「どこが心配ご無用だよお、さっそくヤバいじゃないか」
「こんなものは窮地のうちに入りませんてば。まあ見ていてください。あんなカブトムシ野郎、ちゃちゃっと倒してみせますから」
慌てて駆け寄ったぼくを見て、赤ずきんちゃんは歯を見せて笑いかけてくる。そして余裕しゃくしゃくといった様子で立ちあがり、再び近づきつつある黒甲冑を見すえた。
「潔ク負ケヲ認メヨ、赤ズキン。ソシテ自ラガ犯シタ罪ノ重サヲ理解シ、泣キ叫ビナガラ詫ビルガイイ。サスレバ苦痛ナキ死ヲ与エテヤル……シュポォ」
「あら、お優しいのですね。しかし一度刃を交えただけで勝利宣言とは、早とちりもいいところ。そんなせっかちさんなあなたに、わたしから素敵なものをプレゼント」
赤ずきんちゃんは黒甲冑に、ゆっくりとメイスを向ける。
そして声を張りあげ、一撃必殺の呪文を唱えた。
「暴虐の魔王よ! 我が願いに応じ憤怒の鉄槌を振るいたまえ! ――破壊の鎮魂歌!」
「……ヌゥウウッ!! 小癪ナッ!!」
メイスの先からまばゆい光がほとばしり、視界を真っ赤に染めるほどの爆発が巻き起こる。それを間近で見たぼくは目がチカチカして、何度も瞬きをするハメになった。
今ぶちかまされたのは、赤ずきんちゃんが使える中で最強の攻撃魔法。ドラゴンですらハンバーグに変えちゃうほどの、圧倒的な威力がある。
だからカブトムシみたいな鎧がフランなんとかの最高級防具だろうと、直撃を受けて無事でいられるわけがない。すくなくとも爆発の衝撃で、吹き飛ばされたはずだ。
だというのに――黒甲冑は傷ひとつ負った様子もなく、依然としてその場に佇んでいた。
ぼくは唖然として、赤ずきんちゃんに泣きごとを言う。
「なにあれ……。どう考えても人間じゃないでしょ……」
「無詠唱の防御魔法、しかも衝撃を受け止めるのではなく、術式そのものを打ち消したようですね。そのような芸当、よほどの使い手でなければ不可能でしょう」
「ねえどうすんの、これ。なんでか知らないけど赤ずきんちゃんを恨んでるみたいだし、ぶざまに泣きながらあいつの具足でも舐めてやれば、もしかしたら許してくれるかもよ」
「あなたもめちゃくちゃなこと言いますわね。ていうか心配はご無用だと言っているでしょうに。今ので大体あちらの力量は把握しましたし、思っていたより御しやすそうな相手でほっとしているところですもの」
負け惜しみを言っているように聞こえるけど、本当に危険な状況のとき、赤ずきんちゃんは嘘をついたりしない。だから窮地のように見えても、彼女が心配しなくていいと言うのなら、本当に大丈夫なのだ。
……なにか策があるのか、弱点を見破ったのか。あるいはその両方かもしれない。
黒甲冑が再びドロッセルマイヤーを構え、ぼくたちに向かって一直線に駆けだしてくる中、赤ずきんちゃんは魔物を狩るときのような嬉しそうな顔で、こう言った。
「向こうは悪そうな黒甲冑。こちらは愛らしいお嬢さん。舞台の主役はどう見たってわたしですし、華麗に踊ってみせましょう。観客はあなたしかいませんけどね、マロック」




