2-7 わたし、触れるものすべてを爆発させたい人みたいでヤバい感じ
「ご存じのとおり、この世界のいたるところに魔力の源は存在します。たとえば穏やかな風の中に、この湖に満ちた水の中に、あるいはわたしたちの身体の中にも……目に見えなくとも確かに宿っているのです」
彼女はそう言いながら翡翠色に輝く水面をすくって、手のひらからさらさらとこぼれ落ちる水を愛おしそうに見つめる。
そうしていると本当に女神様が湖に舞い降りたみたいで、ぼくはその艶やかな姿に見惚れてしまった。
「そして命あるものは魔力の源を体内に取りこみ、凝縮させることができます。いわゆる内なる魔力、と呼ばれているものです」
「で、魔法ってのはその内なる魔力を使って、奇跡を起こすすべなんだよね?」
「簡単に言うとそんな感じですかね。魔力の源をさらに紐解いていくと『世界がそうあろうとする作用』です。風が風であろうとする、水が水であろうとする、火や土、光や闇がそうあろうとする――それらの根源的な性質を凝縮し指向性を持たせることで、わたしたちは世界の法則を担う万物の精霊に干渉し、魔法と呼ばれる術式を発動させるわけです」
赤ずきんちゃんの講釈が小難しいものになってきたので、ぼくは必死に頭を働かせて理解しようとする。
そして間違っていたらどうしようと怯えつつも、
「ええと、たとえば赤ずきんちゃんの強化魔法――風精霊の加護を受けて足がびゅうびゅう飛んでいくみたいに速くなったり、爪から衝撃波を起こしたりできるようになるのは、風が風であろうとする力を利用して、自分も風みたいになるってことでいいのかな?」
「理解が早くて助かります。ここまでは単純明快なのですけど、魔力の性質にはまだまだ未解明の部分が多いのですよね。なので基本となる精霊系統以外の術式になると『よくわかんないけどなんとなくノリでやってみたらすごいことができた』みたいにふわふわしてきちゃいます」
「うわ……。急にすっごい雑……」
「だって仕方がないでしょう。人知を超えた奇跡を起こすすべを、わたしたちは魔法と呼んでいるのですから」
強引な説明ながら、そういうふうに言われると納得せざるをえない。
まあ未解明な部分がたくさんあったほうが面白いし、仕組みがわからないからこそ、どんなことだってできる可能性もあるわけだから、そう悪いことではないのかもしれない。
「具体的な例をあげると前回討伐した〈雪の女王〉が使ってきた物理遮断の結界とか、わたしの爆裂魔法などは、いまだにその仕組みを説明できないタイプの魔法と言えます」
「なるほど。基本から外れた魔法ほど強力なのかな」
「かもしれませんね。一説によると術者あるいは種族そのものが持つ魂の性質、つまり『己が己であろうとする力』を利用しているのではないかとも言われてますけど……そうなるとわたし、触れるものすべてを爆発させたい人みたいでヤバい感じ」
「ぼくとしちゃ正しい気がしてきたよ、その説」
魔力の仕組みについての講釈が終わったところで、赤ずきんちゃんは水面を指す。
彼女はぼくに向かって、
「最初ですし基本的な術式から覚えていきましょう。わたしがさきほどやったみたいに湖の水を操って丸い玉を作ってみてください。意識を集中して、見えない手――あなたの場合は前足ですか、それを使って粘土みたいに水をこねこねするイメージです」
「わかった! じゃあさっそく試してみるよっ」
ぼくは言われたとおり、頭の中で魔法を使うイメージを思い浮かべてみる。
視界の端っこにあるのは自分の黒い鼻、中央にキラキラと輝く湖の水面があって、かすかに銀色の狼くんの姿が映っている。水面の先を見れば素っ裸の赤ずきんちゃんがいて、腕を組んでこちらを見つめて――おっと、そっちに意識を向けると集中力が乱れちゃうな。
だから見るのは湖の水面だけ。
粘土みたいにこねこね、こねこね。見えない前足を使って、こねこね。
「ぐぬぬぬぬ」
「あらあらマロックさん。力を入れすぎてうんこ漏らさないでくださいね」
「――ちょっと!! 真剣にやってるんだから茶化さないでよっ!!」
だけどしばらく意識を集中し続けても、眼前の水面は微動だにしない。
見守るのに疲れた様子の赤ずきんちゃんが、困ったような表情でこう呟いた。
「初歩の初歩ですし、すぐにできるものかと思っていたのですけど……。もしかするとマロック、あなたってめちゃくちゃ才能がないのかしら」
「そ、そんなあ……」
自分ではけっこうできるほうだと思っていたのに、まさか落ちこぼれだったなんて。
ぼくはショックのあまり、またもや湖の中に顔を沈めて泣きべそをかいてしまった。




