1-3:ぼくは誰かさんみたいに、夜中にポエムを呟くクセはないんだからさ。
「やんちゃな狼さん。あんまり急いでいるとすっころびますわよ」
「大丈夫だよ。ぼくはそこまで間抜けじゃないんだから」
あれから数日後。冒険者ギルドから正式に依頼を受けたわたしたちは、〈雪の女王〉なる魔物が住まう北東の縄張り目指して、町を出発しておりました。
山間にあるこの辺りの土地は北に向かえば向かうほど寒さが険しくなり、緑と茶のまだら模様を描いていた草原は、徐々に真っ白な雪原へと変わっていきます。
おかげでマロックは銀色の体毛を周囲の景色と同化させながら、今まであまり見ることのなかった雪道を歩いておおはしゃぎ。
こどもっぽいのやら、ケモノっぽいのやら。
「額面どおりに言葉を受け取りなさんな。冒険には危険がつきもの。用心しなければ思わぬところで怪我をしますと、わたしは言っているのです」
「そんなら最初からわかりやすく教えてよ。ぼくは誰かさんみたいに、夜中にポエムを呟くクセはないんだからさ」
わたしの高尚かつ奥ゆかしい趣味を小馬鹿にしておりましたので、前を歩くマロックの尻尾を思いっきり引っぱってやりました。
すると相棒くんは狼らしく「ぎゃん!」と吠えたあと、ブツクサと文句を吐き続けます。
実のところ、マロックの気持ちもわからなくはありません。
今回の標的である雪の女王は、最強で可愛いわたしとしてもなかなかにハードなお相手。だから町で入念に計画を練り、必要になりそうな道具を集め、しっかりと下調べをしたうえで出発しています。
つまりそれだけ町に長く滞在していたわけで……その間、やんちゃな相棒くんはずっとお行儀よくしていたのですから、ようやく野生の本能を解放できて嬉しいでしょう。
とはいえ急いていると危ないのも事実ですから、
「いいですか、マロック。予期せぬアクシデントが確実に起こると計算に入れながら、慎重に進むのが冒険を円滑に進めるコツなのです」
「それって猟師さんの受け売り? 赤ずきんちゃんっぽくないよね」
「よくわかりましたね。かつて地下迷宮にて毒矢のトラップに引っかかったとき、彼からこの言葉をいただきました。そのときのわたしは全身が紫に変色し、生死の境をさまよっておりましたが」
「わお、そりゃまた愉快な思い出だなあ。ぼくも見てみたかった」
「でしたらそのうちあなたにも、わたしと同じ苦しみをあじわってもらいましょう。もしかしたらお肉になったパパにご挨拶ができるかもしれませんよ?」
怯えたように「くぅん」と鳴くマロック。うふふ、楽しみですわねえ。
ついでにもうすこしばかり、冒険の怖さを知ってもらおうかしら。
「数年前に行った冒険者ギルドのアンケート調査によると、討伐系の依頼において標的となる魔物との戦闘で死亡する確率は、一割にも満たないという結果がでています」
「……ふうん、思ってたより安全なんだね。もっと死んでるのかと思った。骨になってる人をよく見かけるし」
「実際のところかなり死んでいますわよ。この統計は標的との戦闘に限定しているため数字が低いですが、冒険にはほかにも危険がありますから。予期せぬ魔物との突発的な遭遇戦、ダンジョンや宝箱のトラップ、雪崩や落盤などの自然災害、あと地味に迷って遭難死」
「なるほど。だから慎重に歩けって言っているんだね」
ご理解いただけたようでなにより。
わたしはにっこりと笑みを浮かべ、マロックの横腹を蹴りとばしてあげました。
「――んぎゃあ! 急になにすんのさ!!」
「実例を体験してもらおうかと。油断しているとあっさり死にますので」
「いくらなんでも横暴すぎるよ!! ……ん?」
そう、しかと見ればわかるはずです。
さきほどまでマロックが立っていた地面に、ぶっすりと矢が刺さっているのが。
「ようやく気づきましたの。なぜ私が今、こんな話をしていたのかを」
「まさか……敵襲?」
彼がそう言ったときには準備をすませておりましたので、わたしは赤いずきんの内側に仕込んでおります暗器を何本か、振り向きざまに投げ放ちます。
不意打ちをカマしてきたお相手に鋭く命中いたしましたのは、スコップを平らに潰したようなかたちの投げナイフ。
ノーモーションで使えるので、とっさのカウンターに便利です。
ぜひお試しあれ。
「バ、バオッ!」
「射たらすぐにその場から離れなさい。狙撃の鉄則ですわよ」
たぶん聞こえちゃいないでしょう。ドサリと倒れる音が響き渡ります。
そして次の瞬間。
頭に雪をのせた岩や樹木の陰から、ワラワラと襲撃者が姿を現しました。




