1-29:レベル999999の冒険者になってみせましょう。
ここは辺境は辺境、なにせネバー・ネバーの世界地図において最北端に位置する町ですから、あえて足を運んでみたいと思うような名所はありません。
しいて言えば中央の噴水広場と、そのそばにある展望台でしょうか。
といっても住民たちの憩いの場所である広場はともかく、展望台のほうはさほど背が高くないうえに老朽化が進んでおり見るからにみすぼらしいため、月のきれいな夜に若い男女が隠れて逢い引きに使うくらいのもの。
おかげで昼間は人気がなく静かなものでした。
展望台のうえから澄み渡った辺境の空を眺めつつ、わたしがしばし物思いに耽っていると、マロックが器用にらせん階段を登ってくる姿が見えました。
「いつになっても帰ってこないから迎えにきたんだけど。……もしかして赤ずきんちゃん、ひとりで泣いてたの?」
「バカ言いなさんな。朝早くに起きたのであくびをかみ殺していただけですってば」
嘘でした。さっきまでグズグズと泣いていたのです。
マロックもわたしの目尻についた涙のあとを見て、おおかたのところは察したのでしょう。わざとらしく陽気な声を出して、話題を変えてきました。
「猟師さんが宿に赤ずきんちゃんの装備を送ってくれたよ。雪原に放り投げたやつをわざわざ回収してくれたんだってさ。これで大赤字にならなくて済んだんじゃないの」
「かもしれませんね。あとで報酬の一部を送っとかないと」
しおらしくそう言ったあとで、心の中にふつふつと怒りがこみあがってきます。
冷静になろうと大きく息を吐くと、つぶらな瞳がこちらの様子をチラチラとうかがっていました。だからわたしは目の前の相棒くんに、穏やかな声でこう言ってあげます。
「あなたはきっと知っていたのでしょう、マロック。黙っていたことについて怒ったりしませんから、わたしのことを探るような真似はやめてくださいませんか?」
「うん、ごめんね。てっきり君は気づいているもんだと思ったし、そうでなかったとしてもここまでショックを受けるとは思っていなかったからさ。だってほら、女王に捕まったときに猟師さんの名前を出してたじゃん」
「そうですね……。異形の契約者カスパール。伝説の冒険者である彼ならば、使い魔やゴーレムの監視をかいくぐり、誰にも気づかれぬまま遺跡に侵入することも不可能ではないはず。わたしもそう考えていましたから、女王の動揺を誘うときに利用いたしました」
わたしはそこで目を瞑り、会話に間を置きます。気が高ぶっているので油断するとまた泣いてしまいそうでしたし、自分の考えを整理する時間がどうしても必要だったのです。
「……でもまさか本当に、〝あの場に彼が潜んでいた〟とは思ってもいませんでした。猟師さんが密かに手を貸してくれていたことに気づきもしないで、わたしは自分の力で女王を打ち倒したのだと、そう勘違いしてはしゃいでいたのです。これほど間抜けな話があるでしょうか、これほど悔しい事実があるでしょうか?」
話の核心に触れると、マロックはバツが悪そうに尻尾を垂らしてうなだれます。
女王との戦いでは何度も窮地に陥りました。
そのたびに機転を利かせ、あるいは幸運に助けられ、なんとか無事に切り抜けることができた……わたしは愚かにもそう思っていたのです。
しかし実際は、ほとんど猟師さんが助けてくれていた。だから報酬の一部を要求するのは正当な権利。なぜなら半分以上は、彼の功績とみるべきなのですから。
「思い返してみれば入り口で視線を感じたときから、なんとなく違和感はあったのです。でも状況的にみて、敵に監視されている可能性をまず考慮すべきでしたし、おまけにそのあと女王の使い魔にも会いましたから……いえ、これも言い訳にすぎませんか。わたしがそう考えると踏んだからこそ、猟師さんは使い魔の視線の中に自らの気配を潜りこませたのかもしれませんもの」
だとすればなおさら彼の術中にはまったことになりますし、ほかにも違和感を覚えるべきポイントはいくつもあったのです。
町に帰還したあとで本人から直接ヒントをもらってようやく気づくというのは、やはり遅すぎるというもの。
これで最強の冒険者を自称しているのですから、我ながら呆れてしまいます。
「マロックはわたしと別行動をしているときに、猟師さんに助けてもらったのですよね? 合流するときに追いかけてきていたゴーレムはともかく、厨房の前に転がっていた個体はあまりにも手際よく倒されていましたし」
「ぼ、ぼくだって自分の手柄にしたかったわけじゃないんだよ! でも黙っていろって言われたからさあ、素直に従っただけで……。今の赤ずきんちゃんの反応を見て、猟師さんがそう言った理由がわかった気がするけど」
「あの人はたぶん、すべてお見通しなのでしょう。わたしは昔からなんでもひとりでやりたがりましたし、猟師さんに泣きべそかいて頼るのが大っ嫌いでしたから」
図らずもトゲのある言い方になってしまったからでしょうか、マロックが落ちこんだ表情で頭を垂れました。彼の行動を責めているつもりはなかったので、わたしはその銀色の身体を優しく抱き寄せてやってから、静かにこう語りかけます。
「わかっています、わかっていますとも。力が足りないのであれば潔く頼るほうが利口ですし、討伐すべき対象が格上の相手だからこそ、猟師さんはもしものときに備えてわたしたちを見守っていてくれたのでしょう。……仕分け部屋に都合よくマジックポーションがあったのも、氷柱が落ちてきたタイミングで女王がわたしのハッタリに引っかかったのも、ティンカーベルで最後の一撃をお見舞いするときに横から突風が吹き付けたのも、ただの幸運ではなく、彼の援護のおかげだったのかもしれません」
隣のマロックはなにも言いません。猟師さんから大体の話は聞いているような雰囲気があるますから、この子があえて否定しないということは、たぶんわたしの推測は正しいのでしょう。
だとすれば鮮やかな手並みすぎて、もはやため息しか出てきません。
「いずれにせよ……わたしに独力で女王を倒せるだけの実力があったなら、あのひとはただ眺めているだけでいたでしょう。そうでなくとも違和感の理由をちゃんと考えていれば、少なくとも己の未熟さを指摘されることはなかったはず。つまり赤ずきんちゃんもまだまだ半人前のひよっこで……ああ、でもでも悔しいったらありゃしない!! あーもうやだやだやだやだやだあああっ!!」
最後のほうは我慢しきれず感情が爆発してしまい、わたしは駄々をこねるように地べたを転がってしまいました。
展望台の床に敷き詰められたタイルを何度もガンガン叩いたあと、
「うう、強くなりたい……。もっと強くなってあのクソじじいを見返してやりたい……」
「自分の弱さを認めるのってしんどいよね。ぼくも色々と思うところはあるよ。今回だって君の足を引っぱったり、捕まってるときに助けられなかったり、相棒としてダメダメだったから」
「そうは言ってもあなたは幼いのですから、これから成長すればいいだけじゃないですか。なんだかんだでけっこう助けてもらいましたし」
「それを言ったら赤ずきんちゃんだって同じじゃないか。ぼくたちまだまだ若いんだしさ」
マロックがそう言って頬をぺろりと舐めてきたので、わたしはついおかしくなって笑ってしまいました。
するとその反応が不満だったのか、可愛い相棒くんはちょっとムッとしたような声で、
「せっかく励ましてあげたのにこれだからなあ……。相手が猟師さんだったらポッと頬を染めちゃったりするんでしょ、どうせ」
「なにをバカなことを。あのじじいがそんな狼藉をかましやがったら鉄拳制裁ですってば」
「本当かなあ。やっぱりぼくも強くなるよ、赤ずきんちゃんを誰にも渡したくないもん」
まったくなにを勘違いしているのやら、マロックは鼻を鳴らしてわたしを見つめます。
そういえばこの子って銀狼ですし、成長すれば人間に化けることができるようになるかもしれないのですよね。
今はまだ想像するのは難しいですけど、もしかしたらとんでもない美男子に……いやいやいや、どうしても失笑のほうが先に出てしまいますよ、これ。
「個人的には今のあなたが一番可愛らしくて好きですけど。もっと成長して身体がでかくなるというのもそれはそれで邪魔くさいですし。いっそ手のひらに収まるくらい小さくなってくださらないかしら」
「またそうやって無茶なことを。ぼくは真面目な話をしてるんだけどさあ」
「ええ、もちろん承知しておりますとも。賢いあなたの言うとおり、わたしたちは自らの弱さを認めなければなりません。今回はそれがわかっただけでも大きな収穫です」
わたしは地べたに寝転がるのをやめて、二本の足で立ちあがりました。
そしてこちらを見つめているマロックに、こう語りかけます。
「猟師さんはわたしをレベル99まで育てたと言いました。ネバー・ネバーとは異なる世界の言葉なので詳しいことは知りませんけど、レベル99というのは『限界まで強くなった』という意味もあるらしいのです。そう考えると、訂正してやりたくもなりませんか?」
「なんで? いい褒め言葉だと思うけど」
「だってわたし、これからもっともっと強くなるのですから。あのクソ忌々しい師匠は可愛い弟子の限界を勝手に決めやがりましたけど、そんなものは軽く凌駕してやりませんとね。99なんてみみっちいですし、景気よく999……いえ、レベル999999の冒険者になってみせましょう」
「赤ずきんちゃんらしいなあ。でも、そういうところが大好きだよ」
彼がそう言うので、わたしはにっこりと笑みを返しました。
これからやるべきことはたくさんあります。
誰よりも強くなるために。あの日憧れた背中に追いつくために。
「そういえばさ、赤ずきんちゃん。辺境の領主さまから感謝状が届いていたよ。娘の仇である女王を退治してくれてありがとうって。あと君の栄誉を称えて石像を立てたいとかなんとか」
「本来であれば喜んで受け入れるべきなのでしょうけど……わたしはヴァージニアさんを助けられませんでしたから、石像まで立ててもらうほどのことはできていませんよね。彼女の亡骸も結局、遺跡の瓦礫に埋もれてしまいましたし」
依頼を受けた時点で手遅れだったとはいえ、最後まで孤独のまま生涯を終えた彼女の気持ちを思うとやりきれない気持ちはあります。
わたしはそこまで考えたあと、ひとつのアイディアを思いつきました。
領主さまからの提案にどうお返事するつもりなのか、マロックに話してみると、
「うん、いいと思うよ。彼女も喜ぶんじゃないかな」
「ただの自己満足かもしれないですけどね」
でもきっと、そうするべきでしょう。展望台のうえからのどかな町並を眺めると、彼らもわたしの意見に賛成してくれたように、日の光を浴びてキラキラと輝いておりました。
◇
後日。噴水広場の片隅に、少女の石像が立ちました。
モデルとなったのは女王討伐を成しとげた冒険者……ではなく、恐ろしい魔物に囚われながらも懸命に立ち向かった美しい姫。
石像の可憐な姿はたちまち評判となり、遠地より見学にやってくる旅行者までいると聞きました。
そして彼らは台座に刻まれた文字を読み、自然と笑みをこぼしてしまうのだとか。
――わたしと友だちになってくれませんか?
ええ、もちろんですとも。
多くの旅行者はそう答え、彼女に優しく手をさしのべるというのです。
(雪の女王編:終)
第一話『雪の女王編』完結になります。ここまで読んでいただきありがとうございました。評価やレビューなどありますと励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします!




