1-21:盛大なフィナーレといきましょう。クソ女王さま。
わたしが伝説の冒険者の名前を出すと、女王は驚いたように目をみはります。
世事に疎い魔物といえど、さすがに猟師さんのことは知っていたようでした。
『天上より喚ばれし七人の勇者たち――我らにとっては忌々しいガキどもを育てあげた男が師であるのなら、ただの人間のわりにしぶとい理由もうなずける。嫌な気配の漂う古代遺物すら、こうして携えていたこともな』
女王はそう言って、祭壇の傍らに置かれたままのティンカーベルに目を向けます。どうやら納得してくれたようなので、乙女の秘密をごまかすことには成功したようでした。
わたしはひとつ息を吐き、冒険者となったのちの話を語ります。
「そんなわけでカスパールの弟子になったものの、彼はいきなり、わたしにこう言いました。厳しい修行を乗り越えたところで、俺のような力を手にすることはできない、と」
『当たり前であろう。ゴブリンがドラゴンのように火焔の息を吐きたいと願ったとしても、到底叶わぬように――人間であろうと魔物であろうと、生まれながらにして強さの限界というのは決まっておる』
「そうですね……あなたのお言葉には一定の真実が含まれております。しかし彼が言わんとしていたのは、決してそういうことではなかったのです」
すると女王は、あからさまに眉をひそめました。
ヴァージニアさんの言葉を借りるなら――プライドが高く、好奇心が旺盛。そんな性質を備えた魔物だからこそ、わたしの言葉に興味を惹かれたのでしょう。
「火焔の息が吐けぬからといって、ゴブリンが弱いとはかぎりません。バジリスクの毒を鏃に塗り、数百単位の群れで攻めれば、あるいはドラゴンすら討ち滅ぼすほどの力を発揮するでしょう。師の言うところの『強さ』とは、わたしが考えていたよりもずっと懐の広いものだったのです」
いくら腕を磨こうとも、わたしは猟師さんのように戦うことはできません。
か弱い女の子で、ごらんのようにちんちくりんですから、腕力に任せてオークの額をぶち割ることも無理ですし、手足の長さを活かした華麗な剣さばきで、相手を翻弄することも難しいはずです。
でも、わたしにだって彼より優れたところはあります。
手先の器用さ、すばしっこさ、魔法の才能、疲労や痛みに負けないド根性。
とっさの閃き、愛嬌、キューティクル、お肌のハリ、腰のくびれ。家事全般。
誰もが一目を置く、いかなる逆境にも動じないふてぶてしさ。
「若かりしカスパールがそうしたように、自らの武器を最大限に磨きあげることができたなら……赤ずきんちゃんは彼と同じではなかろうとも、幼きころに憧れた強さを手に入れられるはずです。いわば長所を活かすことが、偉大なる冒険者となる唯一の手段なのですから」
わたしが結論を述べると、女王は腹を抱えて笑いだします。
彼女は面白い冗談を耳にしたような表情で、こう言いました。
『得意げに語ったところで、脇腹に大穴を開けてプラプラと宙づりにされた姿では、まるで説得力というものがない。ハハハ。これほど愉快で間抜けなものを見るのははじめてだ』
「まあ、当然の反応ですよね。カスパールはわたしをレベル99まで育てあげたと言っておりましたが……実際はまだまだ半人前だった、ということなのかも」
わたしはそう言って、深々とため息を吐きます。
天の神さまに祈るように顔をあげると――女王が使った攻撃魔法の名残なのか、天井に生えた氷柱のひとつが、床に落ちまいともがくようにプラプラと揺れておりました。
あの氷柱が自重に耐えきれず落ちたときこそ、わたしの命運もまた尽きるのでしょうか。
ならばいっそ開きなおって、長所のひとつであるクソ度胸を活かしてみることにいたしましょう。
わたしが覚悟を決めて女王を見据えると、彼女は冷めたまなざしを返してきました。
『で、話は終わりか。お前の時間稼ぎにつきあうのも飽きてきたぞ』
「マロックも苦戦しているようですからね。あの子にしてはがんばってくれたとは思いますけど、わたしともども修行が足りません。これからビシバシ鍛えていかなくては……」
『フフフ、まるで次があるような言い方だな。しかし最後まで聞いてやったのだから、もはや思い残すことはあるまい。生きたまま首をねじ切られるときの、苦悶の叫びを聞かせてもらうとしよう』
「律儀にお喋りにつきあってくださり、ありがとうございました。おかげさまでどうにか間に合ってくれたようです。まったく……助けに来るのが遅いのですから」
わたしがそう言って不敵な笑みを浮かべると、女王はわずかに動揺した様子を見せます。
しかしマロックがいまだ広間の途中で、触手の群れに足止めされているのを確認すると、彼女は吐き捨てるようにこう言いました。
『下手な芝居はよせ。お前の仲間はあの狼だけであろう』
「あなたの敗因は、冒険者の力を侮っていたことです。この世界には、常識がまったく通用しない人間というのがいるものです。……たとえばそう、わたしの師匠とか」
異形の契約者、カスパール。
歴代でもっとも多くの魔物を退治した、伝説の冒険者。
その卓越した技と経験をもってすれば、使い魔やゴーレムの目をかいくぐり、遺跡に侵入することも決して不可能ではないはず。
女王もきっと、そう考えたのでしょう。ふいにガシャンと物音が響いたとき、彼女はぎょっとして背後を振り返りました。
わたしはそれを見て、ニンマリと笑みを浮かべます。
「あらら、ビビっちゃいましたか。あなたの可愛らしい一面を見ることができて満足です。でもごめんなさい、今のってただ――氷柱が落ちただけかも」
そう、下手な芝居とて、巧みに演出すれば騙されてしまうもの。
自らが生みだした氷柱を新たな敵と誤認したのは、女王からするとほんのわずかな時間だったはず。
しかし、わたしにとってはそれで十分でした。
「あはははは!! あのズボラ爺、自分が受けた依頼を弟子に丸投げしてきやがりましたからね!! 今ごろは酒場で飲んだくれていびきをかいているでしょうし、こんな寒いところまでわざわざ出向いてきたりしませんてば!!」
ずきんの裏から二振りのナイフを取りだし、拘束の緩んだ触手に一閃。わたしはそのまま勢いに任せて宙を舞いつつ、再びこちらに顔を向けた女王と視線を交錯させます。
『……貴様ッ!!!!』
「マロックとわたしで、二度も騙されましたからっ!! これでおあいこにしてもらいましょう!! ――か弱き子羊に慈愛の接吻を!! 星女神の聖誕歌!!」
わたしは空中で呪文を唱え、着地と同時に治癒の魔法を発動させます。そして脇腹の傷が完全に癒えるまで待たずに、すぐさま前方の祭壇めがけて駆けだしました。
一方の女王はこちらに向かって無数の触手を伸ばしながら、
『バカめ!! 仕掛けたトラップがひとつだけと思うたか!!』
「もちろん、わかっていますとも。ですが事前に承知さえしていれば、どうということはありません。ダンスは淑女の嗜みですから、優雅にワルツを踊ってみせましょう!!」
わたしはその言葉どおり、床から次々と突きあがってくる魔法の槍を、タタン、タタタンと小刻みにステップを踏みながら、最小限の動きで回避。
トラップの発動と同時に伸びてくる触手の群れは、殿方を招くように腕を振りあげて、手にしたナイフでバラバラに寸断していきます。
やがて祭壇の傍ら――キラキラと輝く装飾銃の間近に迫ったとき、わたしはナイフを投げ捨て、ずきんの裏から新たに鞭を取りだしました。
そして高らかに声をあげて、マロックとは別の、もう一人の相棒に呼びかけます。
「仲間外れにされて、拗ねているのではありませんか!? 赤ずきんちゃんといっしょに楽しいパーティーをはじめましょう、ティンカーベル!!」
勢いよく放った鞭に弾かれて、くるくると飛んできた彼女を器用にキャッチ。再び前を見ると、古代遺物を奪い返された女王が憤怒の形相を浮かべ、こう言ってきました。
『よかろう……招待客から誘いを受けたのだから、踊らぬわけにはいくまい。わざわざ玉座からおりてやるのだから、せめて退屈させてくれるなよ』
わたしは銃身の重さを両腕でしかと受け止めつつ、とびきりの笑顔を返してあげます。
「ええ、盛大なフィナーレといきましょう。クソ女王さま」




