1-20:あら、わたしはただの可愛くて強い女の子ですって。
しばしの間、攻撃を受けたショックで気を失っていたようです。
再び意識を取り戻すと、わたしの身体は一本の触手によって巻きあげられ、広間の中央に宙づりの状態になっておりました。
脇腹に受けた傷口からどくどくと血が垂れていく中、邪悪な魔物の本性を隠そうともしない〈雪の女王〉の、おどろおどろしい声が耳朶に響いてきます。
『おやおや、ようやくお目覚めか。あの状況でとっさに身をかわし、即死をまぬがれたことは褒めてやろう。しかしいずれにせよ、その傷ではそう長くは持つまい』
「……最強の冒険者である赤ずきんちゃんを、侮ってもらっては困ります。脇腹を貫かれた程度でくたばるほど半端な鍛え方はしていませんし、これしきの窮地は幾度となく経験しております。下界を眺めている神々が拍手喝采を送るほどの、華麗なる逆転劇を披露してごらんにいれましょう」
空中で身体をプラプラと揺らされながらも、わたしはそう言って高らかに笑ってみせます
しかし女王が触手の締めつける力を強めると、眼下に見える床めがけて盛大に血を吐いてしまいました。
……ドス黒い血の色を見るかぎり、内臓のいくつかが損傷しているのでしょう。わたしは冷静に残された猶予を計算し、どうにかして突破口を開こうと頭を働かせます。
しかし胸のまわりにがっちりと巻きついた触手はもがいたところでびくともしませんし、ずきんの裏に仕込んだ暗器を取りだそうにも、眼前の女王には隙というものがありません。
自力での脱出は諦めて視線を下に向けると――わたしのいる祭壇付近からすこし離れたところで、マロックが触手の群れをなぎ払いつつ、必死に向かってくる姿が見えました。
「……赤ずきんちゃああん!! ぼくが今すぐ助けにいくから!!」
「いけません、もうすぐ魔法の効果が切れてしまいます! わたしは大丈夫ですから、あなたは自分の身を守ることに専念いたしなさい!!」
「そんなことできるわけないでしょ!! 見るからに死にそうじゃないか!!」
「バカバカバカ、わたしの言葉が信じられないのですか! ……うぐっ!」
しかし言っているそばから、またもや口から血を吐いてしまいました。
これではいつぞやと立場が逆。うかつにも罠に引っかかったわたしを助けようと、マロックが犠牲になってしまいかねません。
そのうえ腹立たしいことに、こちらのやりとりを見て、女王が悦に入った笑い声をあげておりました。
彼女は相当にご機嫌な様子で、わたしにこんな提案をしてきます。
『晩餐会もいよいよ佳境といったところか。さんざん礼を尽くしてもらった礼として、女王から直々に褒美をくれてやってもよいぞ』
「それはそれは光栄でございます。でしたら顔面に一発、鉛玉をぶちこませてくださらないかしら。火花を散らして吹き飛べば、よりいっそうお美しくなれるはずですけど」
『腹に穴が開いた状態でもなお、へらず口を叩いてみせるとは。ただの人間とは思えぬふてぶてしさ……さてはお前の中には、なにやら別のものが混じっているのではないかな?』
「あら、わたしはただの可愛くて強い女の子ですって」
死に瀕しているとはいえ、乙女の秘密をあばかれることだけは我慢なりません。
しかし女王は人間とそっくりのお美しい顔に醜悪な魔物の笑みを貼りつけると、密かに焦りをにじませるわたしに向けて、こう言いました。
『それではお前がいったい何者なのか、小さな腹を開いて確かめてみるとしよう。腸の中に詰まった汚物を最後の晩餐として、絶望の美食を己が舌で味わうとよい』
「さすがにそれは……勘弁してもらいたいところ。できれば穏やかな最期を迎えたいですし、現世に思い残すことがないよう、わたしのお喋りにつきあってくださいな」
『ハハハ!! ようやく素直になったようだな!! あの狼が助けに来るまでの時間稼ぎにすぎないのであろうが、ここはあえて耳を傾けようではないか』
女王はこちらの狙いに気づきながらも、興味本位で話に乗ってきてくれました。
最上位の魔物だけに、自分が倒されることは絶対にないと確信しているのでしょう。
しかし実際のところ、マロックの加勢はあまり期待できません。女王の思いあがったプライドをへし折ってやるには、自力で触手の拘束から逃れるほかなさそうです。
わたしは口いっぱいに広がった血を一度ぺっと吐きだすと、身がねじれそうなほどの鈍痛に耐えながら――女王につけいる隙を作ろうと、思いつくままに言葉を紡ぎます。
「みなさんによく誤解されるのですけど、超一流の冒険者である赤ずきんちゃんとて、最初から今のように強かったわけではありません。おばあさまと森で暮らしていたころは、薬草摘みと編み物が上手なだけの、妖精のように可憐な乙女でしかなかったのです」
生まれつき手先は器用でしたから、暗器や銃を扱う才能はあったのでしょうけどね。
口から血を吐きつつ、最後にそう付け足して笑うわたしのしぶとさを見て、さすがの女王も呆れたような表情を浮かべました。
彼女の反応に満足し、わたしは遺言めいた思い出話を続けます。
「でも……おばあさまが狼に食べられてしまったとき、幼い赤ずきんちゃんは悟りました。可愛いだけでは外敵と出くわしたとき餌食になるだけですし、大切なひとを守りたい、仇を討ちたいと願ったところで、力がなければ望みを叶えることはできません」
そんなとき、猟師さんと出会いました。
泣いていることしかできなかった少女に、唯一手をさしのべてくれた冒険者。
もし彼がいなかったら、わたしは孤独と絶望に負けてのたれ死んでいたころでしょう。
当時の記憶をたぐりよせたとき、まだ白髪の少なかったころの彼の顔を思いだし、わたしは脇腹の鈍痛に苛まれながらも、ふっと笑みを浮かべてしまいます。
「おばあさまの仇討ちに手を貸してくれた猟師さんは、酒場でワインを頼むような気軽さで、恐ろしい狼の顔面に鉛玉をぶちこんでみせたのです。当時の赤ずきんちゃんからしてみれば、今までの価値観を大きく変えてしまうほどの衝撃でありました」
怒りや悲しみを笑いに変える力。恐怖を喜びに変える力。
生きるか死ぬかの絶望ですら、凶悪な魔物との死闘ですら、狩りという名の娯楽に変えてしまう。
虐げられながら生きることしかできなかった少女にとって、笑いながら銃をぶっ放す猟師さんの背中は、目指すべき理想の象徴のように見えたのかもしれません。
「……異形の契約者カスパールは、あらゆる理不尽を覆す圧倒的な力を持っておりました。だからこそ赤ずきんちゃんはその強さに憧れ、彼の弟子になる道を選んだわけです」




