1-22:あいつ、いよいよ正体を見せるつもりなのです。
最強の冒険者たる赤ずきんちゃんと、神に近しい力を持つ魔物の女王。
両者は激しく視線を衝突させ、周囲に殺気の渦をまき散らしながらも――相手の出方を警戒してか、しばしの膠着状態に陥りました。
ティンカーベルを空中でキャッチしたときに手早く装填を済ませておいたので、わたしは相手が動きしだい鉛玉をぶっ放すことができます。
一方の女王も全身から魔力の気配を漂わせ、一瞬でも隙を見せればただちに致命的な攻撃を放ってきそうな、尋常でない威圧感を放っておりました。
と、そこでようやく、わたしのもとにマロックが駆け寄ってきます。
「頼れる相棒が来たからもう安心だよ、赤ずきんちゃん!」
「……自力で脱出したあとにそう言われましても」
空気を読まずに明るく声をかけてきた相棒君に、わたしは冷たい視線をそそぎます。
すると彼は思いのほかショックを受けたらしく、
「う、うん。でもぼくだってがんばったんだよお」
「はいはい、ありがとうございました。あとでご褒美をあげますからね」
「やった!! 裸エプロンだ!」
いや、それは絶対にやりませんけど。
わたしたちが呑気に掛け合いをはじめたのを見て、女王も毒気が抜かれたのでしょうか。
彼女は悪鬼のごとき憤怒の表情から一転、再び余裕の笑みを取り戻してこう言いました。
『しかし、実に嘆かわしいことだ。女王としては礼節を保たねばならぬがゆえ、公の場でドレスを脱ぐわけにはいかないのだが……招待客がこうも品性に欠けるのであれば致し方あるまい。今宵は思う存分、肢体を晒して乱れ舞うとしよう』
彼女の言葉を聞いたマロックはちょっとうわずった声で、
「え、嘘。もしかして……えっちな流れ?」
「んなわけないでしょ。あいつ、いよいよ正体を見せるつもりなのです」
わたしが呆れてそう返した、次の瞬間――目の前にいたはずの女王がすぽんと、身につけていたドレスだけを残して姿を消してしまいました。
「ええっ!? どこどこどこ!?」
「まさか、クソ女王!! 逃げるつもりじゃないでしょうね!?」
まったく予想していなかった展開にマロックともども慌てて、キョロキョロと周囲を見まわします。
するとどこからともなく、女王のおどろおどろしい声が響いてきました。
『ウフフフ……ウフフフフ……。脆弱なお前たちのために、少し時間をくれてやろう。瓦礫に潰されて終わりというのは、さすがに興ざめであるからのう』
その言葉と同時に、突如として遺跡全体を震わせるほどの、激しい地響きが発生します。
わたしがハッとして上を見ると、天井に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、今にも崩れ落ちてきそうな有様でした。
……唐突に姿を消した女王が今、なにをしているのかはわかりません。
しかしひとつだけ、確かなことがありました。
「マロック、急いで脱出しましょう!! このままでは天井の下敷きになってしまいます!!」
「ええええええっ!?」
ガラガラと音を立てて遺跡が崩壊しようとする中、わたしたちは巣を追われた野兎のごとく、脇目も触れず外に向かって駆けだしたのでありました。
◇
「はあ、はあ……。マジで死ぬかと思ったあ……」
「気持ちはわかりますけど、安心するのは早いですよマロック。まさか遺跡ごとぶっ壊してくるとは思いませんでしたけど、女王はまだ生きているはずですから」
悠久の時を耐え抜いてきた古代の建造物は今や見る影もなく、ただの白い瓦礫の山と化しておりました。
わたしは変わり果てた遺跡の姿に寂寥を覚えつつも、入り口付近に置いておいたそりを見つけだし、ひとまずマロックとともにその場から離れることにいたします。
真っ白な雪原めがけてそりを駆り、遺跡の残骸がもはや手のひらに収まりそうなほど小さくなっても、女王は一向に姿を見せる気配がありませんでした。
わたしはそれがどうにも腑に落ちず、そりのうえでしきりに首を傾げます。
「てっきり不意打ちを仕掛けてくるものかと思っていましたが……女王はいったいどういうつもりなのでしょう。あの態度からすると逃げだしたとは思えませんし、遺跡の下敷きになったというのも考えにくいですし」
と、そりを牽くマロックの背中がふいにびくんと震えます。
彼は崩れ去った遺跡に顔を向けて、慌てたようにこう叫びました。
「赤ずきんちゃんっ!! あれ、あれ……なんかいるよ!! 瓦礫の頂上っ!!」
「えええ? どこですか?」
わたしは目を凝らして、今や遠くにある遺跡の残骸を眺めます。
言われてみれば確かに、瓦礫の天辺になにやら蠢いているものがありました。
「あれは蝶、いえ……蛾でしょうか。白くてふさふさした毛の生えた、瓦礫の山よりちょっと小さいくらいの、蛾のように見えますね」
「いやいやいやいや!! 小さくない!! 小さくないって!! だって遺跡がほら!!」
そうでした。
あの遺跡はどこぞの神殿かと見まごうほどの、巨大な建造物だったのです。
つまりその残骸よりちょっと小さいくらいの蛾も、実際は雪原の丘と同じか、それ以上の大きさをしているはずでした。
彼方に見える蛾は今まさに飛び立とうと、大きく羽を広げようとしています。
わたしが呆然とその姿を眺めていると、マロックは急にそりを牽く速度をあげて、
「赤ずきんちゃん……。あれってさ」
「ほぼ間違いなく、女王でしょうねえ」
わたしたちがケンカを売ったのは、神に近しい力を持つ〈雪の女王〉。
かの魔物の正体はわかりやすく強そうな、途方もなく巨大な蛾だったのです。




