1-17:ではでは、わくわくする狩りをはじめましょ。
遺跡の奥にしばらく進んでも、女王の姿はおろか、ゴーレムの気配すらありませんでした。 しかしわたしはふと視線を感じ、背後を振り返ります。
やはり、なにもいません。
目玉の使い魔は倒したはずですし、ほかに同じような魔物はいないという話だったはずですけど……姿はないのに気配は感じるというのが、なんとも不気味でありました。
それはさておき、
「いい加減に泣きやんでくれませんか、マロック。隣でしくしくやられると、いっそう気分が滅入ってくるのですけど」
「だってだってえ……ヴァージニアちゃんがかわいそうで……うう」
わたしが彼女の日記帳を読み、通気口を抜けた先でその亡骸を見つけたことを話したところ――魔物のくせに感受性の豊かな相棒くんは、このようにポロポロと涙をこぼしてしまったのです。
マロックはずびずびと鼻をすすりながら、
「赤ずきんちゃんだって、実はけっこう落ちこんでいるんでしょ? なんのかんの言っても、君は優しい女の子だからさ」
「救出対象を助けられなかったことは今回だけにかぎった話ではありませんし、こんなことでいちいちヘコたれていられませんよ。それが冒険者の心構えというものです」
「またそうやって強がるんだから。素直に泣いたり怒ったりしていいと思うけどなあ……」
「あら、ごめんなさい。ごらんのとおり可愛げがありませんので」
マロックの言葉を鼻で笑いつつも、我ながらムキになっているのを自覚していました。慣れているふうに語ったところで、やはりモヤモヤしたものを抱えているのでしょう。
わたしは感傷的な気分を振り払うように、大きくかぶりを振ったあと、
「泣いたり怒ったりしたところで、なにかが変わるわけではないのです。だとすれば、やるべきことをやったほうがよほど有意義ではありませんか」
「やるべきことって?」
「それはもちろん、これですよ」
わたしはウインクしてから、ズドンと銃を撃つ真似をいたします。
すると相棒くんは納得したように、こう言いました。
「確かにそのほうがよっぽど君らしいや。……よおし、ぼくらでいっちょやってやろう」
「滅多にお目にかかれない大物なのですから、感傷的な気分は捨てて狩りの興奮を味わいましょう。あのクソ女王の顔面に鉛玉をぶちこんで、ヴァージニアさんの墓前に添えたら爽快な気分になれるでしょうし」
わたしがクスクス笑ってそう言うと、マロックもようやく泣きやんで、ふさふさした尻尾を陽気に振ってくれました。
するとちょうど通路の先に、今までになく大きな広間が見えてきます。
「うわ、いかにもヤバい気配が漂ってるじゃん」
「……ほぼ確実に〈雪の女王〉がいると見ていいでしょう。前に話したとおり、あなたが囮でわたしが狙撃します。ですがそれよりもまず、奪われたままのティンカーベルを取り返さなくては」
なにせ神に近い存在ですから、女王は相当な力を秘めているはずです。
しかし最強の冒険者のプライドにかけて、必ずや仕留めてみせましょう。
わたしは頭にかぶった赤いずきんを整えると、にっこりと笑ってこう言います。
「ではでは、わくわくする狩りをはじめましょ」
◇
『……やけに賑やかだと思ったら、捕らえたはずのネズミが逃げだしていたのね。うす汚い動物というのは、どうしてこうもしぶといのかしら』
やたらと天井が高い、円形状の劇場めいた大広間。
相変わらず妖艶な美しさを醸しだす魔物の女王は、中央に位置する古代の祭壇に寝そべって、わたしたちを待ち構えておりました。
どうやら予想どおり、ティンカーベルは彼女のお気に入りになっているようです。
祭壇の傍らに視線を移すと、妖精の彫刻がなされた銃がキラキラと輝いているのが確認できました。
わたしはエプロンドレスの裾をつまむと、まずは遺跡の主にご挨拶。
「このたびは晩餐会にお招きいただきまして光栄に存じます、女王さま。お美しいという噂はかねがね耳にしておりましたけど、思いのほか期待外れでございますね」
『はて……今なんと?』
「あらあら、魔物のくせにお耳が遠いのですか。さきほどこの世でもっとも美しい女性を目にしたからかもしれませんけど――あなたのお姿は品性に欠けると言いましょうか、どうにもケバケバしくて、いまいち心が揺さぶられないのです」
そう言った次の瞬間、大広間にぶわっと冷気が漂いはじめます。
女王は壇上で相変わらず余裕の表情を浮かべておりますが、その心中は決して穏やかではないのでしょう。
今や全身から剣呑な魔力の気配を放っており、その凄まじさと言ったら、幾度となく強大な魔物を倒してきたわたしですら、油断すると震えてしまいそうになるくらいでした。
しかしここで弱気になれば相手の思うツボ。
わたしは毅然と背筋を伸ばしたまま、女王の冷酷なまなざしを軽く受け流します。
「残念ながらヴァージニアさんは、すでに天へ召されておりました。しかし彼女は閉じこめられたエリアから自力で脱出し、嫉妬深い女王の陰湿な行いに屈することはありませんでした。最後までそのお顔は恐怖によって歪むことなく、誰よりも美しくあり続けたのです」
『あら、いつのまにか姿が見えなくなったと思ったら、知らないところで死んでいたのね。あなたは勘違いしているようだけど……別にあの娘の美しさを羨んで、この遺跡にご招待したわけではないの。きれいな花が咲いていると聞いたから、摘んでみただけだもの』
女王は今の今まで、ヴァージニアさんことをすっかり忘れていたようにそう言いました。
しかし実際はそうではなく、些末な人間ごときに意固地になっていた事実を認めたくないだけでしょう。最上位の魔物だけあって、無駄にプライドが高いご様子。
だからわたしは彼女を挑発するように、こう言い放ちました。
「しかし今一度、真実を告げる鏡に問うたところで、あなたの名前が告げられることはありません。そろそろ本来の自分に戻って、魔物らしい姿をご披露なさってみては?」
『お前……ッ!! どうしてそれを……!!』
「うふふ、やはりそうなのですか。なんとなく怪しいと思っていたので、カマをかけてみただけです。いくら魔法で己を偽ったところで、わたしの目をごまかすことはできませんよ」
余裕をなくした女王は、お上品な態度すら保てなくなったようでした。
今や全身はぷるぷると震え、ご自慢の美しい顔は憤怒によって大きく歪んでおります。
この様子からすると、彼女の正体はさぞかし恐ろしい姿をしているのでしょう。
「どうぞどうぞ、遠慮なく変化を解いてください。漆喰のように塗り固めた化粧が剥がれたところで、あなたの魅力が損なわれることはないはずです」
『その忌々しい口を閉じるがよい。今なら苦しまずに死なせてやる。だが――』
「あら、どうしてかしら。この世でもっとも美しいと自負するくらいには恥を知らないのですし、イボイボの生えた尻尾とかカエルのようなお顔を笑われたところで、別に痛くもかゆくもありませんよね?」
『フフフ……アハハハハハッ!!!!』
突如として、女王のけたたましい声が大広間に響き渡ります。
全身をのけぞらせて笑うその姿は、正気を失ったのではないかと疑ってしまうほど。
彼女の様子を見て、隣のマロックが怯えたように小声で囁きかけてきます。
(ねえ、やばくない? なんでわざわざ煽るような真似をするのさ)
(冷静さを失った獲物は大抵、攻撃が単調になりますから。それに強大な魔物は自らの力に自信を持つあまり、冒険者をナメてかかる傾向にあります。今回はただでさえ条件が悪いのですから、心理戦で可能なかぎり優位に立っておかなくては)
(なるほどなあ。でもそれって、いきなり全力でぶちこまれる危険はないわけ?)
(あー……)
(待って。なにその反応)
調子こいて言いすぎちゃったかな? と、今ちょっと思ったところなので。
そのうえ女王の反応を見るかぎり、マロックの不安が的中している可能性のほうが高いかも。
わたしがごまかすように頭をかくと、彼女の笑い声もぴたりと止まります。
そして、
『ならばお望みどおり、今宵は晩餐会を開くとしよう。お前の四肢をじわじわと凍らせたあと、その小さな腹を突き破り、血にまみれた臓腑を喉の奥までねじこんでやろうぞ』
女王がおぞましい言葉を吐いた直後――遺跡全体を痙攣させるように大気が鳴動し、莫大な魔力の気配が周囲に満ちていきました。




