1-14:ただのお友だちではなく、親友にだってなれるかも。
日記帳を読み終えたわたしは、すぐさまヴァージニアさんのあとを追いかけるべく行動をはじめます。
しかし助けにきた冒険者のために目印をつけておいた、というのはどういうことなのでしょう。
いくら周囲の床や壁を調べてみても、それらしきものはどこにもありません。
……ひょっとすると、なにか見逃しているのかも。
そう思ってもう一度日記帳を確認してみますと、最後のページの端に小さな文字で、こんな言葉が添えられておりました。
追伸:歴代でもっとも多くの魔物を討伐した、偉大なる冒険者の名前は?
その問いかけを読んで、わたしはクスリと笑ってしまいました。
なぜなら彼女が求めている答えは、ほかでもない師匠のことだったからです。
「短気なうえにズボラで、最近は白髪が増えてきたことを気にしている、いびきがやたらとうるさい猟師さん。異形の契約者カスパール」
たぶん、それが合い言葉になっていたのでしょう。
わたしが陰口をたたいた直後――手に持っていた日記帳がまばゆく輝き、何処かに向かって一筋の光を放ちはじめました。
なるほど。日記帳と所有者の間に魔法の繋がりがあることを利用して、言葉を文字に変換する際に使われた魔力の流れを可視化させたわけですか。
技術的にみると初歩の術式ですけど、今回にかぎってはかなり有効です。
あらためてヴァージニアさんに感心しつつ光の道筋を追っていくと、とくになにもない壁の前に行きつきます。
しばし立ち止まって様子をうかがってみたところ、ほかの地点よりも一段と寒さが険しいことに気づきました。
わたしは壁の表面にじっと目をこらします。すると、
「言われてみれば、うっすらと境目があるような……。アリアドネの糸を使えば簡単に剥がせそうですね」
試しにやってみると、日記帳に書かれていたとおり、隠された通気口がこんにちわ。外の冷気が流れこんできているだけあって、穴の中は魔法の効果があってもなお、寒すぎて死んでしまいそうな感じ。
とはいえヴァージニアさんとて凍てつく冷気に耐えて進んだはずですし、最強の冒険者である赤ずきんちゃんが、この程度の苦難で弱気になるわけにはいきません。
というわけでいざ、突入。
「それにしても……ヴァージニアさんと同じ結論にたどり着いたところで、自力で見つけだすのはかなり骨が折れたでしょうし、大幅に時間を短縮することができましたね。助けに向かう立場とはいえ、ぜひとも彼女にお礼を言っておきたいところです」
遺跡の通気口は狭くて暗く、そのうえクソ寒いので、普段のわたしであればブツブツと悪態をついていたことでしょう。
しかし今はまだ見ぬヴァージニアさんと会うのが楽しみで、心の中はぽかぽかと暖かい気持ちでいっぱいでした。
日記帳を読んだだけですからまだわかりませんけど、わたしたちはきっと、いいお友だちになれるはずなのです。
なぜなら孤児だったわたしも生まれてからこのかた、同年代でなかよくしてくれる女の子なんて数えるほどしかいませんでしたし、可愛すぎるこの容姿のせいで、男性の冒険者にナメられることのほうが多かったから。
同じ悩みを抱えているもの同士、ただのお友だちではなく、親友にだってなれるかも。
そんなふうに考えるだけで、わくわくしてきちゃうのです。
やがて通気口を抜けて、遺跡の外周付近の雪原に着地。正確な位置こそわかりませんが、ざっと景色を見た感じ、わたしたちが来た入口の反対側でしょう。
試しにぐるっと歩いてみたところ別の入口があったので、そのまま中に侵入。
すると通路の先で、自分と同じくらいの背格好の女の子が座っていました。
わたしは本当に本当に嬉しくて、すぐさま彼女のもとに駆けつけます。
「ようやく見つけましたわ、ヴァージニアさん。わたしは最強の冒険者にして、あなたに負けないくらい可愛らしい女の子。その名も赤ずきんちゃんでございます」
辺境とはいえ一応は貴族のご令嬢ですから、わたしは深々とおじぎをいたします。
今は下着姿ですから様にはなっていませんでしたけど、それでもヴァージニアさんはにっこりと笑みを浮かべてくださいました。
わたしは彼女に、手に持っていた日記帳を差しだします。
「失礼ながら、中を読ませていただきました。あなたが手がかりを残してくれたおかげでこうして無事に抜けだすことができましたから、まずはそのことについて最大限の感謝を。そしてもしよろしければ、こちらからもお願いさせてください」
――わたしたち、お友だちになりません?
そう、伝えたかったのです。
しかしその言葉は、わたしの口からなかなか出てきませんでした。
だってヴァージニアさん、ひとことも返事をしてくれないのです。
最初は眠っているのかなと思いました。
いえ、本当は最初に見たときから、なんとなく気づいていたのかもしれません。
辺境伯クレメンスの娘ヴァージニアさんは、わたしが今までに見た女の子の中で、もっとも美しい姿をしておりました。
艶やかな黒髪に、妖精ですら裸足で逃げだしそうなほど可憐なお顔。
とくに肌は透きとおるような白さで、この世のものとは思えないと感じた〈雪の女王〉の印象ですら、かすんでしまうくらいでした。
でも、ぴくりとも動かないのです。
まるで一休みしているうちに、凍りついてしまったように。
たぶん、まだ見ぬお友だちがやってくることを期待して、にっこりと笑みを浮かべていたのでしょう。
わたしがようやく口を開いたとき、彼女に伝えたかったはずの言葉は、過去のものとなっておりました。
「……残念です。あなたとなかよくなれそうでしたのに」
涙を流してしまうほど、わたしはヴァージニアさんのことを知りません。
さきほど日記帳を読んだだけですし、見たところ依頼を受けたときにはすでに、彼女は天に召されていたようですから。
助けられるはずもなかった命を見て、後悔を抱くつもりはありません。
言葉を交わしたことのない人の亡骸を見て、感傷にひたるつもりはありません。
ごらんのとおり白馬の王子さまでもありませんから、キスで目覚めさせることもできないでしょう。
しかし――最強の冒険者である赤ずきんちゃんが、ひとつだけお約束いたします。
「あなたの記念すべきお友だち第一号として、必ず仇は討ってあげますから」
だからゆっくり休んでいていてくださいね、ヴァージニアさん。




