表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/21

部屋の惨状

8話の続きです


数時間後。

レイの家。

小さなアパートの一室。

扉が開くと同時に、ヴェルナは小さく息を吐いた。

(……結局、戻ってしまった)

時刻は深夜。

外は静まり返り、物音一つしない。

部屋に入って最初に感じたのは違和感だった。

(……なんか、汚くない?)

さっきまでは気にする余裕もなかった。

だが改めて見ると、床にはゴミが散乱し、机の上は物で埋め尽くされている。

生活感はある。

だが、それ以上に荒れている。

「……あれ?」

ふと気づく。

「そういえば、ベッドは?」

「そんなものはない」

即答だった。

「じゃあ布団は?」

「そんなものもない」

「はぁ?」

思わず声が出る。

「どうやって寝てるのよ」

「適当だ」

そう言って、レイはその場に腰を下ろし、壁にもたれかかる。

そしてそのまま目を閉じた。

「……」

(こいつ……!)

(典型的なダメ人間だわ)

しかも。

(ヴェイルの私がいるのに、警戒もせず寝るとか……)

信じられない。

でも

(まぁ、寝床があるだけマシか)

そう思い、ヴェルナも壁際に座る。

そのまま、ゆっくりと意識が落ちていった。

翌朝。

「おい、起きろ」

声で目が覚める。

目を開けると、コートに身を包んだレイが立っていた。

外はまだ暗い。

「……早くない?」

「俺はこれから仕事だ」

それだけ言うと、背を向ける。

「ちょっと待ってよ」

呼び止めると、レイは足を止める。

そして、何かをヴェルナに向かって投げた。

「……っ」

反射的に受け取る。

それは血液パックだった。

「これがあれば十分だろ」

それだけ言い残し、レイは出ていく。

扉が閉まる音。静寂が戻る。

「……あいつ、いつ休んでるのかしら」

ぽつりと呟く。

少しだけ、ほんの少しだけ心配になる。

だが。

すぐに別のことが気になった。

「……それにしても」

視線を巡らせる。

改めて見る、部屋の惨状。

床一面のゴミ。

使われていないのか分からない食器。

乱雑に置かれた物。

「……無理」

一言だった。

元々の家柄もあり、綺麗好きなヴェルナにとっては耐えられない。

「一応、共有スペースなんだから」

「私にも掃除する権利はあるわよね」

そう言った瞬間。

身体が動いていた。

そこからは早かった。

手際よくゴミをまとめ、床を拭き、机を整理する。

止まらない。

気づけば、時間は昼を回っていた。

「……ふぅ」

一息つく。

部屋は見違えるほど綺麗になっていた。

床は光り、机にはスペースができ、空気すら変わった気がする。

「やっぱこうでなくちゃ」

満足げに呟く。

風呂、トイレ、洗面所、台所

隅々まで掃除は行き届いている。

足元には、大量のゴミ袋。

「……よくこれで生活できてたわね」

呆れる。

だが。

改めて見渡すと

「……殺風景ね」

綺麗にはなった。

だが、何もない。

最低限の生活用品すら揃っていない。

掃除道具ですら、雑巾一枚だけ。

苛立ちが湧く。

「どうやってこれで生活してるのよ」

そして、視線が止まる。

机の上。

レイがいつも無造作に置いているもの。

財布。

「……」

少しだけ迷う。

「……いいわよね、別に」

ずぼらなのか、札がそのまま突っ込まれている。

ヴェルナはそれを手に取る。

「これは投資よ」

自分に言い訳をして

そのまま外へ出た。

夜。

扉が開く。

レイが帰ってきた。

「……なんだこれは」

一歩、足を踏み入れて止まる。

視界に広がるのは見違えた部屋。

整えられた空間。そして、増えた家具。

「……」

周囲を見回す。

明らかに、自分の知っている部屋ではない。

「あ、やっと帰ってきた」

声がする。

台所から、香ばしい匂い。

「何突っ立ってんのよ」

ヴェルナが顔を出す。

「座って」

有無を言わせず、椅子に座らせる。

目の前には、大きめの机。

その上に置かれるのは出来立てのカレー。

「私人間の料理は専門外だから」

「味は保証できないけど」

レイは無言で、ヴェルナを見つめる。

「……何よ」

少し視線を逸らす。

「ただ、施しを受けてばかりじゃ嫌なだけ」

「……あくまで、対等なんだから」

沈黙。

レイはゆっくりとスプーンを手に取る。

一口。口に運ぶ。

「……」

無言。

「……」

沈黙が続く。

(……あれ)

(もしかして、不味かった?)

不安になる。

「ちょっと……何か言いなさいよ」

様子を伺う。

その瞬間

「……っ」

目を見開く。

「……え?」

レイの頬を、何かが伝っていた。

「……泣いてるの?」

涙だった。

静かに、確かに流れている。

「ちょ、ちょっと待って」

慌てる。

「そんなに不味かった……?」

すると。

「……いや」

レイが、ぽつりと呟く。

「すごく、美味い」

そう言ってもう一口、カレーを頬張る。

止まらない。

「……っ」

言葉を失う。

(……なによ、それ)

今までそんな表情しなかったじゃない。

感情なんてないと思っていた。

冷たくて、合理的で。

そんなやつだと思っていたのに。

(……こんな顔、するんだ)

少しだけ。

ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ