なんでいるのよ
6話の続き
「……なんでここが……」
絞り出すように問いかける。
だが、レイはそれに答えなかった。
倒れているヴェルナのそばにしゃがみ込み、無言で様子を観察する。
「……神経毒か」
淡々とした声。
いつの間にか、ヴェルナが置いてきた袋を横に置くと、そのまま立ち上がる。
「少ししたら動けるようになるな」
それだけ言って、視線を外す。
そして泣きじゃくる女の子のほうへ向かった。
「もう大丈夫だよ」
静かに声をかける。
女の子は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、必死に縋りつく。
「怖かったよぉ……」
「……痛いよぉ」
短く応じると、そのまま抱き上げ去ろうとする。
「ちょっと」
思わず声が出る。
「放置していく気?」
レイの足が、わずかに止まる。
だが、振り返らない。
「俺はこれから医者に連れていく」
それだけ言い残し、再び歩き出す。
「ちょっと……!」
止める間もなく、その姿は闇の向こうへ消えていった。
「……なんなのよ」
小さく吐き捨てる。
(……でも)
思い出す。あの一瞬。
目を閉じていたとはいえ、確かに感じた。
(私、あいつがいなかったら……)
死んでいた。
しかも、何が起きたのかすら分からないまま。
(武器を使ったのかすら……分からなかった)
自分との差を、嫌というほど理解させられる。
(……私なんかじゃ)
いくら命があっても、足りない。
沈黙。
そして、ふと考える。
(……やっぱり、逃げよう)
ここにいる理由なんてない。
捕まって、管理されて。
あいつに従う義理もない。
動かない身体を、無理やり動かす。
ふらつきながらも、その場を離れる。
どれくらい歩いただろうか。
視界が揺れる。限界だった。
近くの茂みに腰を落とす。
「……お腹、空いた」
ぽつりと呟く。その時。
「おい」
背後からの声。
「っ!?」
反射的に振り返る。
そこに当たり前のように、袋を持ったレイが立っていた。
「どうしているのよ!」
思わず声が上がる。
レイは少しだけ首を傾ける。
「聞きたいか?」
一瞬の沈黙。
「……どうせ、ろくでもないだろうからいい」
「そうか」
あっさりと引く。
だが、そのままじっとこちらを見つめてくる。
「……何よ」
言い返した瞬間。レイが懐に手を入れる。
「!」
ナイフが取り出される。
「何をする気……!」
一瞬、身構える。
だが。
レイは何の躊躇もなく自分の手のひらを切り裂いた。
血が、溢れる。「血が欲しいんだろ」
その言葉に、息が止まる。
目の前にある。求めていたものが。
本能が、強く反応する。
だが
「……いらない」
絞り出すように拒む。意地だった。
ここで受け取れば、完全に管理される側になる気がした。
レイは何も言わない。
ただ、無言で近づいてくる。
抵抗する間もなく、腕を掴まれる。
「ちょっと」
「無理やりでも飲め」
そのまま、口元へ押し付けられる。
「っ……!」
一瞬の躊躇。
だが次の瞬間理性が、弾けた。
噛みつく。
流れ込んでくる、温かい血。
「……っ!」
目を見開く。
(なに……これ)
今まで飲んできたものとは、まるで違う。
濃い。深い。
そして
「……美味しい」
思わず、零れる。
止まらない。夢中で、貪る。
レイはその様子を、ただ静かに見下ろしていた。
「……毎日やってたら、俺の血が持たなくなるな」
ぽつりと呟く。
だが、ヴェルナの耳には届いていない。
(なんなの、これ……)
今まで、どんな血を飲んでも何も感じなかった。
ただの栄養でしかなかった。
それなのに
(これが……生の人間の血……?)
しかも。
恐怖も、絶望もない。
純粋な状態の血。
(……だから)
頭をよぎる。
直接捕食するヴェイルたち。
(あいつらの気持ち……少し、分かった気がする)
やがて、ゆっくりと口を離す。
満たされていた。
「満足したか」
「……えぇ」
短く答える。
「戻るぞ」
背を向けるレイ。
その背中を見ながら、ヴェルナは問いかける。
「ねぇ」
足を止める。
「……本当に、何が目的なの」
レイは振り返らない。
「……あれだけの強さと洞察力があるのに」
「わざわざリスクを冒してまで、私を置いておくメリットがあなたにはない…」
少しの沈黙。
そして
「言っただろ」
変わらない声。
「ただの気まぐれだって」
納得は、できなかった。
今の状況も。こいつの考えも。
何も分からない。
それでも
(いいわ…使えるものは、全部使ってやる)
強くなるために。
レイの背中が、再び歩き出す。
ヴェルナは、少しの迷いもなくその後を、追った。




