視線が冷たい
17話の続き
「はぁ……わかったよ」
門番の男は大きくため息をついた。
「これ以上は止めねぇけど。どうなっても知らねぇからな」
そう言って、重々しい門がゆっくりと開いていく。
軋むような音とともに、道が拓かれた。
レイは当然のように一歩踏み出す。
その背中を追うように、サイカとヴェルナも中へ入った。
フードで顔を隠しているとはいえ、誤魔化しきれるものではない。
一歩進むごとに、周囲の視線が突き刺さる。
冷たい。明確な敵意。
(……やっぱりバレてる)
門番だけではない。
中にいる人間たちも、同じ目をしていた。
ただ襲ってはこない。
「気にしなくていいのよ」
隣でサイカが小さく笑う。
「ここに連れてきたのは私たちなんだから」
軽い口調。
だが、その言葉には確かな責任感があった。
建物の内部は、ヴェイル領とは比べものにならないほど整っていた。
扉はすべて自動で開閉し、無駄のない構造。
「……すごい」
思わず漏れる。
人間社会の技術の差を、嫌でも実感させられる。
ロビーに出ると、受付には一人の女性が立っていた。
「お久しぶりですね、レイさん、サイカさん」
柔らかな笑顔。
「久しぶり、ソフィアさん」
サイカが軽く手を振る。自然な会話。
だが
「……そちらの方は、ヴェイルですか?」
その一言で空気が変わり、周りの視線がヴェルナに集まる。
笑顔のまま、核心を突く。
「一応、気配は隠してるはずなんだけど」
ヴェルナが気まずそうに言う。
「町中ならともかく、ここは本部ですから」
ソフィアは穏やかに答えた。
完全に見抜かれている。
「ボスのところに案内してほしい」
レイが本題に入る。
「ボスでしたら85階にいらっしゃいます」
「わかった」
そう言って歩き出そうとしたその瞬間。
レイが、銃を構えた。
「え?」
ヴェルナに向けて。引き金が引かれる。
乾いた発砲音。
弾丸は、ヴェルナの顔のすぐ横をかすめる。
金属音。
何かとぶつかり、弾かれた。
空中で軌道を失ったそれは、床へと落ちる。
クナイだった。
「……小賢しいことしてないで、正面から来たら?」
レイが淡々と告げる。次の瞬間。
空間が歪むように、一人の男が姿を現した。
高身長の金髪の男。
「流石にやれないか」
軽く笑う。
「流石だね」
コードネーム風磨。忍者の末裔。
忍者刀と暗器を操る暗殺者だった。
「レイくんさぁ」
風磨は疑問そうに言う。
「前から何考えてるか分からなかったけど……ヴェイルを連れてくるなんて、気でも狂ったの?」
「御託はいいからかかってきなよ」
レイは一切動じない。
「へぇ、余裕そうだね。中に戦闘員がいないからかな?」
戦闘科の人間は大抵任務に出ていて、本部には数人程度しかいない。
その時だった。入口の方から、足音。
二人の男が入ってくる。
全身に返り血を浴びたまま。
日本刀を携えた兄弟。
兄の恭太郎と弟の恭介。
「仕事帰りでこっちは疲れてんのによ」
「いいよ。俺、ヴェイル大っ嫌いだから」
冷たい目。
「ヴェイルを庇う奴は敵」
完全に包囲された。前に風磨。
後ろに兄弟二人。
(……強い)
ヴェルナは直感する。
「サイカ」
レイが一言。
「わかってる」
サイカはヴェルナを引っ張って下がる。
「安全は、私が保証するから」
三対一。
それでもレイの表情は、一切変わらない。
次の瞬間。斬撃が交錯した。
風磨の忍者刀、兄弟の日本刀。
三方向からの同時攻撃。
だがレイはナイフ一本でそれを捌く。
火花が散る。常人では視認すらできない速度。
「……すごい」
息を呑む。
一進一退の攻防。
しかし徐々に、かすり傷が増えていく。
完全に防ぎきれてはいない。
対する三人は、無傷。一方的だった。
その光景を見たヴェルナの表情が暗くなる。
(分かっていた…ヴェイルは嫌われている。)
ここまで露骨に。胸が、少しだけ痛む。
それでも
(なんで……)
わからなかった。
どうしてレイは。
ここまでして、自分を連れてきたのか。
仲間と衝突してまで。
自分が死にそうになってまで。
訳がわからないよ。
その答えが出ないまま、気づけば。
体が動いていた。
「ちょっとヴェルナちゃん!?」
サイカの制止を振り切る。止まらない。
風磨に向かって、爪を斬りかかる。
「――!」
意識が一瞬逸れた隙。だが風磨は回避する。
「ついに本性を現したか、ヴェイルめ」
その瞬間。
「よそ見してていいの?」
「!」
気づいた時には、レイが懐に入り込んでいた。
横薙ぎ。
「ちっ……!」
深い。確実なダメージ。
風磨の表情が歪む。
しかし。
「死ね」
背後からの殺気。
恭介の一撃。
ヴェルナは避けられる態勢ではなかった。
その時。
「ごめんね」
金属音。サイカがドスで受け止めていた。
「守るって約束だから」
軽く笑う。
「ちっ……」
恭介は舌打ちし、距離を取る。
「はーい、そこまで」
場違いなほど軽い声。
ソフィアだった。
「おいおい、受付嬢までヴェイルを庇うのかよ」
恭太郎が睨む。
「気持ちは分かりますけど」
「これ以上待たせたら、ボスに怒られますよ?」
ソフィアが微笑む。空気が一変した。
「やり合ってもいいですけど……その場合、ここからは4対3になります」
静かな圧。
三人は顔を見合わせ舌打ちしながら刀を納めた。
「……いくぞ」
レイが歩き出す。
去り際。ヴェルナは振り返る。
そして。
「べー」
思いっきり舌を出した。
「……あの野郎ッ!!」
兄弟がキレる。
今にも飛び出しそうな勢い。
「落ち着いてください」
ソフィアが必死に止める。
「いいね、ヴェルナちゃん」
サイカがくすりと笑う。
三人はそのまま奥へ。
エレベーターの扉が静かに開く。
そして、乗り込んだ。




