本部に行こう
16話の続き
あれから一週間。
ヴェルナはゆっくりと目を覚ました。
見慣れた天井。
静まり返った部屋。
視線を巡らせるが、やはりレイの姿はない。
「……またいない」
小さく呟く。
この光景にも、もう慣れてきてしまった。
相変わらずレイはふらふらと姿を消すし、サイカもあの一件以降、一度も顔を見せていない。
最初は戸惑いだらけだった生活も、今ではすっかり日常になりつつあった。
家事をこなし、週に二回のゴミ出しを忘れず、近くの商店街にも顔を出す。
気づけば顔見知りも増えていた。
特に、先日助けた精肉店のおばさんには、何度もお礼を言われた。
「あなたがいなかったらどうなっていたことか…」
「本当にありがとう!」
あの言葉を思い出す。
(……変な感じ)
自分が感謝される側になるなんて。
ヴェルナはぼんやりと天井を見つめる。
(この生活も悪くない)
そう思ってしまう自分がいる。
だがその穏やかさは、長くは続かなかった。
「やっほー」
軽い声とともに扉が開く。
反射的に身体が強張る。
「レイ…」
その隣には、見慣れたもう一人の姿。
「久しぶりね、ヴェルナちゃん」
サイカだった。
「ヴェルナ、ついてこい」
「え、任務?」
説明はない。
有無を言わせずコートを着せられる。
「ちょっ、ちょっと!」
そのまま外へ連れ出された。
今回の移動は、珍しく自動車だった。
後部座席に押し込まれ、エンジン音とともに車が走り出す。
ふと、前を見る。
運転手がミラー越しにこちらを見ていた。
その視線は明らかに冷たい。
(……感じ悪い)
「ねぇ、どこに向かってるの?」
沈黙に耐えきれず、ヴェルナが口を開く。
サイカはあっさりと答えた。
「今から行くのはね…ブレイドの本部よ」
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
「万が一、戦闘になるかもしれない」
レイは軽く続ける。
「だからサイカも連れてきた」
「レイくんが私を頼ってくれるなんて、嬉しいよ」
サイカは楽しそうに笑う。
ヴェルナだけが、状況を飲み込めずにいた。
車は長い時間をかけて街を離れ、人の気配のない道へと入っていく。
やがて森へ。
窓の外は、木々で埋め尽くされていた。
不安が胸をよぎる。
そして森を抜けた瞬間。
視界が開ける。
その先に現れたのは巨大な高層タワーだった。
空を貫くようにそびえ立つ、異様な存在感。
「……まさか、あれ?」
「そう、あれだよ」
サイカが平然と答える。
ヴェルナは息を呑む。
見覚えがあった。
ヴェイル領からでも遠くに見えていた、あの塔。
(あれが……ブレイドの本部)
車はタワーから少し離れた場所で止まった。
外に出る。圧倒的な威圧感。
遠くから見ても分かる異質さが、肌に刺さる。
入口には巨大な門。
そこからしか中には入れない構造になっている。
ヴェルナは無意識に足を止めた。
「……」
「警戒しなくていい」
レイが淡々と言う。
その一言で、しぶしぶ歩き出す。
門の前に近づいたときだった。
「おいおい……」
低い声。
視線を向ける。
そこには槍を持った男が立っていた。
明らかにただ者ではない、強面の男。
その目は、ヴェルナを鋭く射抜いていた。
「今月はもうヴェイルの来訪はないはずだが」
「どういうことなのか説明してくれよ」
空気が一気に張り詰める。
「ボスには許可は取ってる。開けろ」
レイが淡々と言う。
「ボスが良くてもなぁ……」
男は鼻で笑う。
「他のやつがそれを許すと思っとるのか?」
槍が横に構えられ、道を塞ぐ。
完全な拒絶。
「時間の無駄だから早く開けろ」
レイの声が一段低くなる。
「……死にたいの?」
その一言で、空気が凍りついた。
殺気がぶつかる。
目に見えない圧力が周囲を支配する。
(やっぱりこうなった……)
ヴェルナは息を呑む。一触即発。
今にも戦いが始まりそうな空気。
なのに。
「ふふっ」
隣で、サイカが笑っていた。
まるで面白い見世物でも見ているかのように。
(なんでこの人はこの状況で笑ってられるのよ)
ヴェルナの不安だけが、膨れ上がっていくのだった。




