第35話 私をスノボに連れてって ② ゲレンデでバーン
第35話――私をスノボに連れてって②
早朝の高速道路は、思ったよりも空いていた。
フロントガラスの向こう、冬の空はまだ薄く青い。
「思ったより静かですね、休日の高速ってもっと混むものかと」
キャンピングカーの助手席でレンがそう言うと、ハンドルを握る女神こずえが鼻歌交じりに答えた。
「今日は平日寄りだし、時間も早いからね〜」
キャンピングカーの広い居住スペースでは、銀髪の美少女が優雅に車窓を眺め、その隣ではメイドがお嬢様にお茶を入れていた。
「映画では、深夜に出発して雪山へ向かう描写がありました。あの渋滞もスキー旅行の醍醐味だったのでしょうか」
ソファで寛ぐ僧侶サマンサが問いかける。
「渋滞も楽しめるなんて、上級者だね」
後輩女神エアリスが元気よく身を乗り出した。
「そうそう。でも今日は空いてるから、この分だと昼には着きそうね」
車内は和やかで、どこか浮ついた空気に包まれていた。
目的地はまだ遠いが、全員が“非日常”へ向かっているのを感じている。
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最初のサービスエリアに立ち寄ったのは、出発から一時間ほど経った頃だった。
「うわ……すごいですね」
「抹茶ソフトだ」
「お嬢様、ソフトクリームを召し上がりますか?」
「何か買って車内で食べよっか?」
「ボクは自販機のコーヒー飲も!」
「ここがガイア掲示板で噂の、ニホンのサービスエリアですか」
自動ドアの向こうには、妙に充実した売店。
土産菓子、地方限定ドリンク、なぜか巨大なソフトクリーム看板。
「お姫様、一緒にたこ焼き食べましょ。あーんし合いっこしよ」
「こずえ先輩、いっその事、ここにある軽食全部買って行きましょうよ」
「あそこにご当地きてぃさんグッズ売ってますね」
「買う」
「すみません、これ全部ください」
「もう皆さん落ち着いてくださいよ」
エアリスとこずえがハイタッチし、色々と注文し始める。異世界ガイア出身のサマンサは、苦笑いしながらも初めてのサービスエリアに感動していた。
お嬢様とメイドは、ご当地きてぃさんグッズを見繕っている。
『わかるわかる。SA来るとテンション上がるよね』
『SAで一日過ごしちゃう』
『大きいキャンピングカーだから、キャビンでゆっくり食べられるよね』
『ここの独特な雰囲気が最高なんだよね』
ソフトクリームや唐揚げ、コーヒーなどを手に、全員でベンチに腰掛けてしばしの談笑。
ドローンの視聴者たちからも、コメントが飛び交っていた。
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「ねえ、こずえ先輩、ちょっとボクに運転代わってほしいんですけど」
後輩女神エアリスが手を挙げる。
「え? エアリス運転できたっけ?」
「できますよ。ボク、最近天界の免許取りましたもん。地上免許も一応取得しました」
女神こずえが一瞬だけ躊躇するが、
「まあ大丈夫か、じゃあお願いね」
後半は後輩女神エアリスが運転を担当することになった。
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エアリスはシートに座るなり、シートベルトを締め、ミラーを微調整した。
ハンドルを両手で握ったエアリスの目が、すっと細くなる。
「行きますよ」
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「ひいいい、エアリスちゃんはやい、速いーー」
「やっぱこの子こうだったか」
僧侶サマンサが悲鳴をあげる。
女神こずえは冷静に、車に衝突回避バフをかける。
「何人なりとも」
低く、冷たい声。
「ボクの前は、走らせないゾ」
アクセルはベタ踏み。最速キャンピングカーが高速道路を疾走する。
「前方の軽、車線変更が遅い。邪魔」
「いやいやいや!?」
ハンドル操作は正確で完璧。
だが速度計が、明らかに常識を超え始めている。
『エアリス様!?落ち着いて!ここ制限速度110kmだから!』
『ボクっ娘女神様、ハンドル握ると豹変するタイプだったか』
『やばいよ、さっきからオービス光りまくってる』
『後ろから覆面パトカー追いかけてきてない?』
配信ドローンを通して、視聴者達が何とか落ち着かせようとするが、
「安心して。視界良好。誰もボクの前は走らせないから。ふふふ、オービスはチョイチョイっと記録をいじっちゃえば良いもん。覆面?ボクに付いて来られるかな?」
完全に別人。
後部座席で、サマンサが青ざめた顔で神に祈り始め、
レンは車体と全員に霊刀富士山のバフを重ね掛けする。
銀髪の少女は、面白そうに窓の外を眺め続け、メイドは優雅にお茶を入れている。
「……はい、そこまでね」
パンッ、と乾いた音。
こずえのチョップが、エアリスの首筋に綺麗に入った。
「ぐえっ」
情けない声を残して、エアリスはそのまま前のめりに気絶した。
こずえはため息をつき、高速で運転席に移動し、ハンドルを握り直す。
「もう、ちょっと嫌な予感がしたのよね
エアリスは“ハンドル持つと激しくなりそうなタイプ”だって」
「先に言ってくださいよ!?」
「ごめんごめん。言うの忘れてた」
速度は元に戻り、車内にようやく平穏が戻る。
追いかけてきたパトカーには、メイドが瞬間移動し対応したようだ。
後部座席で、気絶したままのエアリスが小さく寝息を立てていた。
「……起きても、もう運転させないですよね?」
「さすがにね」
女神こずえはそう言って、前方の雪山を見据えた。
「さあ、気を取り直して。
これからが本番なんだから」
スキー場は、もうすぐそこだった。
『誰かが、女神様は変なの多いって言ってたな』
『それキャバ嬢聖女が言ってた気がする』
『予定よりかなり早く着きそう』
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「……なんだか、みんなから見られてますね」
レンが言うと、こずえはウインクした。
「それも含めてエンタメ!」
ゲレンデに到着した頃には、太陽はすっかり高く昇っていた。
一面の白。
空気は澄み、吐く息が白く揺れる。
「……雪だ」
銀髪の少女が小さく呟く。
「寒いけど……悪くないですね」
「では、転倒防止の祝福を――」
「サマンサ、それは後で!」
すぐに着替え、準備を整え、初心者コースへ。
「よーし、まずは軽く滑ってみよっか!」
こずえが滑り出し、エアリスが後に続く。
「ボク、意外といけるかも!」
「……あっ」
その直後、盛大に転んだ。
「雪、冷たい……」
「コツは掴みました」
お嬢様とメイドはゆっくり滑る。
そんな中、さすがはSランクのダンジョンハンターレンは、一人、スイスイとコースを滑っていく。運動神経は抜群。
「レン君は本当に上手ね、じゃあ映画の名シーンをみんなでやりましょっか?」
「あの指でバーンってするやつですか?」
「そうそう、それそれ。みんな構えて」
白く妖精のようなウェアを着た銀髪の美少女。
メイド服型ウェアのメイド。
ギャルウェアの女神こずえ。
ボクっ娘ウェアの女神エアリス
司祭服ウェアの僧侶サマンサ。
5人の美少女、美女が指を銃の形にして、レンへ向けた。
「いくよー、せーの」
「バーン!」
「あぶべえ!」
レンが勢いよく吹き飛び、木に激突。
真っ白い雪原に広がる赤いシミ。
「な、何が?ス、ステータスオープン!」
瀕死になりながらも、レンはステータスオープンで状態を確認する。
霊刀富士山のバフである自動蘇生( 一日99回 )
の数字が28回へと減っていた。
「今の一撃で71回死んで蘇生した!?皆さん、敵襲です!」
「ちょ、ちょっとみんな!撃つ振りだけよ?」
「どなたか指弾を撃ちましたか?」
「ボクちょっと撃っちゃったかも」
「レンさん、今すぐ回復を!」
「レン大丈夫?」
『誰か俺以外でスキル使った?』
『考えてみるとさ、ハーレムっぽくね?』
『美少女と美女に囲まれるクそが』
『ちょっと殺気が漏れてしまったでゴザル』
『儂も可愛い子にさ、バーンってやられるのが夢だったのによ』
『ち、99%物魔カットで命拾いしたな』
『あの富士の木刀の加護か、厄介だな』
『次で確実に』
女性陣が配信ドローンを見ると、禍々しい紫色のオーラが出ていた。
「なるほど……みんな大丈夫。ただの嫉妬よ」
「ちょっと皆さん、本当に僕は死にかけましたよ」
雪山に ( 舌打ちや ) 笑い声が響く。
だが、そのはるか向こうで。
古びた建物がひっそりと佇んでいることに、
まだ誰も気づいていなかった。




