若葉の過去
――諒子回想――
――最初はね、一枚の紙だったの。
「紙、ですか?」
「そう、一枚の紙。『CABが欲しい』って書いてあったのよ」
紙に書いてあった? どういう事だろう。
「あの子はね、ずっと部屋から出てこなかったの」
「ずっとって、どういうことですか?」
「何年だろうな。一年、いや二年かしら。若葉はずっと部屋の中に居たわ」
アタシはその言葉を聞いて唖然とした。
何年も部屋から出てこない。
それがどれだけ異常な事か、すぐに分かったから。
「あ、それでも私が居ない時は流石に出てきてたわよ。トイレとかお風呂とかあるしね」
「でもそれ以外は全く。顔も見ないし、声も聞かない。あの子はずっと、あの部屋に閉じこもったまま」
「父親が死んで、足が動かなくなって。友達ともなかなか上手くいかなかったみたいでね。口数も少なくなったと思ったら、部屋に閉じこもっちゃったのよ」
「最初のうちはどうしていいか分からなくてね。鍵をこじ開けて、無理矢理部屋から出したり。色々したけどダメだった。ますますあの子は心を閉ざしていったわ」
「ある時ね、自由にさせてあげようって思ったの。若葉は若葉なりに辛い思いをした、それは私にどうこう出来る事じゃないって思ってね」
「心の傷が癒えるのを待とうって思ったのよ。鍵は開けようと思えばいくらでも開けれるわけだし、自分から出てきてくれるのを待とうってね」
「それからは、ドアの隙間から渡される紙が若葉の声。ちゃんと生きてるの? って言えば生きてるって返ってくるし。欲しい物ある? って聞けば、あればそれを書いて寄こしたりね。まぁ殆ど欲しい物なんて無かったんだけどね。たまに何か食べたいとかはあったけど」
知らなかった。
そんなの全然気付かなかった。
アタシはわかばんの事、勘違いしてたんだ。
車椅子のハンデなんてものともしないような強い子。
勝手にそう思ってた。
でも違ったんだ。
わかばんは苦しんで、傷ついていたんだ。
強くなんてなかったんだ。
「そんな日がずーっと続いて、突然CABが欲しいって言われてね。調べたらすごい値段するじゃない? 流石に驚いたわ」
「でも、あの子が初めて自分から欲しいって言った物だし、ゲームの中で自由に動けるってのも分かってね。少しでもあの子が楽しんでくれればって思って買ったの」
「買って少し経ってからかな、部屋からあの子が出て来たのは。今までごめんなさいってね。驚いたし、何より嬉しくてね。あの時は二人でわんわん泣いたわ、一生分泣いたんじゃないかって位」
「それからは部屋に鍵を掛けることもなくなって、ご飯だって沢山食べるようになってね。ゲームの話を楽しそうにするのよ。今日は何をしたとか、何を倒したとか、私には良く分からなかったけどね」
「そして貴方達に会って、ますます変わったの。一人で外出したって聞いた時は本当に驚いたのよ。だから感謝してるのよ、貴方達と、CABにはね」
「そうだったんですか……」
衝撃的だった。
まさかわかばんがそんな過去を持っていたなんて。
ルミエスタは彼女の人生も変えた。
そしてイゾウと君も、わかばんの人生を変えたんだよ。
強くなろうと、彼女は頑張っていたんだ。
「まぁそういう事だから、もし良かったらこれからも若葉と仲良くしてあげてね」
「はい。若葉ちゃんは私達にとって大事な友達です」
――良かった。嬉しいわ。
今、わかばんはまた心を閉ざそうとしてる。
絶対ダメだよ。折角三人揃ったのに。
これからなんだよ。私達の物語は。
リビングから見える、閉ざされた部屋の扉。
アタシにはそれが、わかばんの心の扉の様に感じた。
「わかばん、りょうこだよ。いきなり来てごめん、聞こえてるかな?」
返事がない。
「もし、昨日の事でわかばんに嫌な思いさせたなら謝る。本当にゴメン。アタシも気をつけるから、もう一度皆で遊ぼうよ」
「折角三人揃ったんだし、これからいっぱい色んな事して遊べるじゃない。温泉だって一緒に行こうって約束したし。アタシ達は仲間だし、大切な友達じゃんか」
「だから、何も言わないまま一人で辛い思いしないで、何でもアタシに言ってくれよ。何でも聞くし、アタシが嫌ならアキラにでもいい。アタシ達が傍に居るよ! 頼むから一人にならないでくれよ!」
その時、部屋の中から突然大きな音か聞こえた。
何か金属が倒れたような、車椅子?
「わかばん! どうしたの!? わかばん!」
何かあったのだろうか。わかばんは大丈夫だろうか。
大きな物音に、アタシは少しパニックになった。
そして、部屋の鍵が開く音。
開いたドアの中、床に座り込むわかばんの姿。
瞳からは大粒の涙が零れていた。
「ど、どうしたの!? 何があったの!?」
「車椅子が倒れちゃったからぁ……」
それでドアまで這って来たの? この身体で。
わかばんの小さい身体を抱きしめると、涙が溢れてきた。
「ごめんね。わかばんごめんね」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
しばらくそのまま、二人で抱き合って泣いた。




