第九章 違和感の正体
卒業式が終わってから、デルフィは誰もいない一室で考え事をしていた。
(悪女の娘、ライラ、彼女を見たのは今日が初めてのはずだ)
断罪されたはずなのに微笑んだ彼女の表情が、頭から離れない。
(アイビーと何か話していた? 何に対して笑ったんだ、あれは)
諦めの笑み、それとも何かを企んでいる笑み?
(いや、あれは喜んでいた、見たことある……俺が子供の頃、病気から目を覚ました時の、笑みに似ている)
行き着く答えはそこだが、その答えはおかしいと、すぐ頭から払いのける。
(あの笑顔をするのはリラだけ、でもリラは俺の隣にいた…)
何度も頭を駆け巡り、日々感じていた違和感を思い出していく。
(…再会した時、リラだと気づかなかった)
それは会えなかった月日のせいだと、深く考えなかった。
しかしライラの笑顔には、リラの面影がはっきりとあった。
(何より彼女の話す思い出は断片的だ、アイビーの能力も知らなかったし)
アイビーの能力は優秀がゆえに、王族しか知らない。
リラは幼少期の一か月間、数回ルーシュの城に帰っている。その時アイビーの瞬間移動で行き来していたのだ。
全ての違和感を、幼いころだったから忘れたんだろうと、見て見ぬふりをしていた。
(そもそも喋り方もおかしいし)
確かに幼少期のリラは舌足らずでよく噛んでいたが、それは幼さ特有の喋り方だ。
(大人であの喋り方は、わざとらしい)
違和感に目を向けようとすると、次々と出てくるマリーへの不信感。
(リラが生きていた、手が届く位置にいてくれる…その幸せに逃げていたのか)
何より記憶にあるリラの笑顔は、マリーと重なることがなかった。それも無理やり気にしないようにしていたが。
(試そう)
そう思い立つと同時に、デルフィは護身用のナイフを取り出す。躊躇はなかった。
確かめるためなら、痛みなどどうでもいい。
(教えてくれ、違和感の正体を)
―ピッ―
勢いよく指先を切る。赤い血が滲むのを確認し、部屋を出た。
―コンコン―
「マリー、待たせてすまない」
「いえ、殿下ぁ、大丈夫ですぅ」
にっこりと微笑みながら近づくその姿は、やはり幼いころのリラとは重ならない。
「マリー」
何も気づいていないふりをし、普段と同じ声色で名前を呼ぶ。
「少し、怪我をしてしまって」
「大丈夫ですかぁ!?」
そういうと彼女はすぐに手を取り、心配そうな表情をしている。
そして口を開いた。
「いたいのいたいのぉ、飛んでいけぇ」
その言葉とともに取り出したのは布と、絆創膏。優しく手当をしてくれる。
(……やはり、違う)
その違和感が、確信に変わりつつあった。
この手当を、リラがするわけない。
(マリーはリラじゃない、こいつは…誰だ?)
デルフィは思いと裏腹に、優しい笑顔を浮かべて言った。
「ありがとう、マリー」
「ふふふっ、どういたしましてぇ、二人きりの時はリラでぇいいですよぉ」
(おまえは、誰だ――反吐が出る)
自分の発言もマリーの笑顔にも、不愉快に思いながら、デルフィはマリーを家に帰した。




