第八章 イリスとマリー
イリスもまた、マリーと同じ転生者。
親の財産を持って途方に暮れていた少女――イリスに生まれ変わり、しかもそこは乙女ゲーム【ブロッサム ハート セラピー 〜花係メイドの日常〜】の世界だった。
転生者同士で話に上がるのは、当然入り込んだゲームの話。
マリーはゲームのファンで、推しがデルフィだとイリスに熱く語る。
「あなたは誰推し? もちろんゲーム、知っているんでしょ」
当然のように言われてイリスは、もごもごしながら「多少は、知ってる」というしかなかった。
これだけの熱量があるファンを目の前にすると言葉に詰まる。
「あえていうなら、箱推しかな?」
「ああ、にわかか」
一瞬で興味を失ったマリーに、イリスはなんとも言えなかった。
「私、デルフィ様がいるカイン国に行くわ!」
鼻息を荒くしながら、マリーの記憶を頼りにカイン国を目指す。
「じゃあ私は、主人公でも見守ろうかな」
ゲームの中を観光するには主人公がうってつけだろうと、マリーとは逆の方に歩き出した。
記憶を頼りに歩き、無事その日のうちにルーシュ国に入国。
過ごしている間にとある事実に気づいた。それはシナリオが変わっていること。
カイン国に関するシナリオが、ごっそり消えていた。
イリスが思い浮かべたのは、カイン国へ向かったもう一人の転生者。
このままではルーシュ国が魔女に乗っ取られる――イリスはカイン国の代わりに、そのシナリオを進めることにしたのだった。
そのためにまず、スズナとモクセイに自分の正体を説明した。転生者という言葉ではなく【過去・未来・人の知識を持つ能力者】として。
『一緒に、この国を助けてください』
頭を下げ、二人の思いもぶつけ合い、国を救うチームとして立ち回ることとなる。
次に行ったのは、元々ないイベントを作ること。
リリーの庭を管理するイベントはあるが、それはスズナとチューリオの出会い、親密度を深めるもののみ。
そこに国王を呼び出し、モクセイの能力を伝え協力を約束する。
ここで思わぬ人を紹介される、それがアイビーだ。
瞬間移動を使ってルーシュ国と繋がっていた彼は、丁度【リラ】が見つかったと報告に来ていた。
しかし特徴を聞いてすぐわかる。
(そいつは【リラ】じゃない……マリーだ!)
こうしてカイン国のイベントが全て消えた理由と、マリーの狙いを知ることとなった。
(さて、この世界がゲームだと説明するのは避けたいのよね、言っても意味わからないだろうし)
何よりこの世界が作られたものだとイリス自身も思えなかった。
一人一人に人生があり、当然シナリオでは描かれない生活がそこにはあった。だから彼女はこの世界に合わせて口を開く。
「私とマリーは能力者です」
「マリーさんが、能力者……」
「そう、この世界の知識を持ち、過去も未来も知る能力」
本当はそんな能力はないのだが、自分たちの知識を、ゲームの設定に合わせて能力者ということにした。
スズナとモクセイにもそう説明したし、納得しやすいだろう。
「⋯⋯」
「リラ王女?」
「いえ、そんなすごい能力が、あるなんて⋯⋯少し恐ろしいです」
「おっしゃる通りです」
リラの発言にイリスは深く頷く。実際今、その恐ろしいことが起きている。
「ただし、この能力は無理やり変更された未来まではわかりません」
「流石にそこまでわかれば、やりたい放題だろうな」
チューリオと国王には、魔女断罪の際に知識のことを伝えていたが、詳細はこれからだ。
あまりに突飛な内容にリラは困惑していたが、それでも必死に理解しようと、身を乗り出していた。
「あの、それで、マリーさんが私に、なりすましているっていうのは⋯⋯」
「デルフィ様に『自分がリラ』と名乗っているのです」
アイビーがリラに告げると、さらに驚くリラ。
「えっ!? そ、そんな、こと⋯⋯」
「彼女にはできます」
「王子も『リラが生きていた』と喜んでおりました」
生死がわからなかった愛する人が目の前に現れれば、喜ばない人はいないだろう。
それが偽物であっても、バレなければ彼女が本物として受け入れられるだろう。
「マリーは見た目も金髪で青い瞳、そして過去も知っています。デルフィが病弱だったことも、リラが呪文を唱えてデルフィを助けようとしたことも、一ヶ月間同じ城で過ごしていたことも」
「正直俺もイリス様に会うまで信じきっていました、偽物だと言われてもなかなか信じられませんでしたし」
アイビーの言う通り、その見た目と知識をもって『自分がリラ』と言えば、デルフィが信じるのも頷ける。
「ただ不思議な部分もありました、マリーさんは俺の能力を知らないようだったので、王子に言われて気がついたのですが」
「あー…彼女は知らないでしょうね」
(というかデルフィも多少は矛盾に気付いていたのか…)
瞬間移動、それがアイビーの能力だ。しかしそれはゲームにも番外編の小説にも出てこない。
(アイビーの瞬間移動は裏設定だから、知らないのも当然)
「マリーの知識はこの世の全てを知っているわけではないんです、たとえばリラの呪文」
「あ、はい⋯『いたいのいたいの、飛んでいけ』ですね」
「それをただのおまじないくらいにしか認識していません」
「あ、そうなんですか」
「はい、能力だとは思っていないですよ」
(まぁ、あえて出さないように、小説を作ったんだけどね)
イリスは全て知っていた、ゲームや小説に出てきていない能力や出来事を。
だから以前マリーに『にわか』と言われて正直不本意ではあった。
――誰が、にわかだ
と、ここにはいないマリーに毒付く。
マリーは知らない、姉であるイリスが転生する前の、本当の姿に。
彼女がこのゲームのシナリオライター、小説の作者という存在であることを。
「マリーがこの世界の知識を知っている能力なら、私はこの世界の⋯⋯創造主」
「そ、創造主!?」
その場がピリッと静まり返る。
アイビーやチューリオ達には、知識の能力は話していたが、ここまで断言をしたのは初めてだった。
しかし空気を読めない女性が一人。
「そうなんです! イリスは創造主と同じくらいの知識量を持っていて、博学で私の自慢のお友達なんです!」
この場にそぐわぬ熱量で、話し始めたのはもう一人のメイド、スズナ。
「私ドジで、色々失敗するんですけど、その度に色々な知識を教えてくれて、なんと、私のドジじゃなくて嫌がらせで失敗していたことが……」
「スズナ、スズナ、落ち着いて、それは言わない約束でしょ」
「あ」
スズナがハッとしたかと思うと、リラの背後から血を這う声が聞こえた。
「スズナに、嫌がらせ⋯⋯?」
それは怒りを抑えきれていないチューリオの声。
「あ、いえ、ない、ないです! 嫌がらせなんて、受けたことありませんから」
「本当か? 困ったことがあったら教えてくれ!!」
さっきまで冷静なチューリオの変貌ぶりに、妹のリラは驚く。次期国王ということもあり女性には慎重だった兄が、メイドのために取り乱している。
普段は儚げな雰囲気のスズナも、イリスのこととなると表情が明るくなっていた。
「嫌がらせに関しては解決済みです、もう処理してますのでご安心ください」
「そうか⋯⋯すまない、取り乱した」
ひとまず落ち着き、またイリスが話の中心となり、説明を続ける。
「本来私たち姉妹は王族に関わる事なく、魔女の断罪にはリラ王女の婚約者として、デルフィ王子が立ち会うはずでした……。
しかしマリーがリラに成り済ましたことで、魔女を止める者がいなくなってしまった」
ゲームの中では主人公のスズナが、魔女の調査をするキッカケと、断罪時の調査書読み上げにデルフィが関わるはずだった。
モクセイ本人も知らなかった『記憶再生』も、魔女断罪時には出てこなかった裏設定の一つ。
(デルフィ王子が断罪に立ち会えば、第三者という立場と王族という説得力で、魔女もあっさり罪を認めるはずだったんだけど)
「……うちの妹が、本当に申し訳ありません」
「い、いえいえ、イリス様が謝ることではありませんので」
「いやいや、しかし実の妹ですので……」
「いえ、本当に、大丈夫ですから」
と、お互い謝りあいつつも、少しずついい方向に向かっていると、イリスは胸を撫で下ろした。




