第七章 偽聖女と花係系聖女
イリスは花の世話係として、城に泊まり込みで勤めることになったメイド。
一緒に入ったのはスズナ――枯れた花を咲かせることができる能力を持つ、儚げな雰囲気を持つ少女。
「聖女様が家臣たちを精査したため、新人多いが、早く業務に慣れるように」
メイド長から配属されたのはチューリオの窓から見える庭全体。
花係は各担当が命じられ、城専属の庭師の下、庭を整えていく。
「新しい花の世話係さん? と言っても俺も入ったばかりだけど。
毎日どこかの庭にいるから、いつでもお茶に誘ってくれ。
可愛いメイドさん二人に囲まれてお茶が飲めるなら、どこからでも飛んでいくから」
庭師のモクセイは男前だが発言がチャラく、茶色い髪を後ろに一つ結びしている。
しかし腕は確かで、お茶以外の用事でもすぐ駆けつけてくれた。
そんな中、スズナが声をかけられる。
「あの、もしよろしければ、こっちの庭もやってくれないだろうか……チューリオ様も喜ばれるだろうから」
聖騎士グラオスの頼み事に、スズナは躊躇なく「かしこまりました」と答え、イリスに「勝手に決めてしまってごめんなさい」と、相談してくれた。
「大丈夫、お花大好きだから」
イリスはにこりと笑い、二つ返事で了承する。
頼まれた庭は誰のものかわからなかったが、だいぶ荒れて、枯れている花も多い。
しかし持ち主が花好きなのは、庭を見ればわかったので、モクセイに相談しながらメイド二人で面倒を見ることとなった。
そんなある日。
「この花……昨日まで枯れていたのに」
庭の持ち主らしき男に声をかける、王族だとわかったスズナは、優しく微笑みながら。
「グラオス様に頼まれました、何より素敵な花壇でしたので、花を枯らしておくのは、もったいないです」
綺麗になりつつある花壇を愛おしげに見つめる彼に、スズナが不思議そうな声色で。
「……恐れ入りますが、どちら様ですか?」
と、聞いた。
「あっはははっ」
「も、申し訳ございません! ご、ご無礼を」
必死にイリスが謝罪する、大爆笑の男は出てきた涙を拭きながらスズナに答えた。
「これは失礼、くくっ、第一王子のチューリオです、ふふっ」
「まあ、王子様でしたか、それはご無礼を」
「はははっ、あーおかしっ」
正体が分かっても焦る様子は無く、丁寧に頭を下げる。
スズナは儚げで無口と思われがちだが、ただの天然でマイペースなだけだ。
「スズナは側から見ているとハラハラするわ」
そういうイリスに嗜められながらも、彼女は花係としては優秀な働きをしていた。
とある日の夜、イリスとスズナのおかげで花が咲き、美しい庭が戻っていた庭に、一人の男が立っていた。
その男に近づいたのはイリス。
「ご足労いただきありがとうございます、この度のご無礼をお詫びします」
うやうやしく謝罪から入る、目の前にいたのは権力を偽聖女に取られた国王の姿。
「いやいや、あんなに荒れていた、リリーの、妻の庭をここまで綺麗にしてくれてありがとう」
リリーの庭を見事に美しい庭に戻した二人、スズナは最近その事実をチューリオから聞いて驚いていた。
「最近な、ふさぎ込んでいたチューリオに、元気が戻ってきていてな……。
母親と妹が居なくなったのは、病気になった自分のせいだとずっとふさぎ込んでおったから……ありがとう」
「恐れ多いです」
イリスは、声を潜め真剣な顔で、言葉を続けた。
「実は、この庭の他にもう一つ、お伝えしたいことがありまして……庭師のモクセイのことですが……」
次のイリスの言葉に国王は目を見開き、そして「おお、神よ……」と呟きながら、熱くなる目頭を押さえるのだった。
「麗しい聖女様、お目にかかれて嬉しいです」
偽聖女が国民から献上された教会では立派で、少し派手にも見える装飾品がちりばめられている。
偽聖女もいい生地を使った、足にスリットの入ったドレスを身にまとい、訪問した男を招き入れた。
「ああモクセイ、待っていたわ……あなたの評判は聞いていたの」
「光栄です、庭師として、こんなに名誉なことはございません」
「ふふふっ、庭師としてだけじゃないわ、夜はすごく紳士的だって……」
体をモクセイに預け、ねっとりとした視線で見つめる偽聖女、彼も答えるように色っぽく笑い。
「その評判も光栄ですね……それではまず、お話から、始めましょうか」
「あら、意外と奥手なのね?」
怪しく笑う偽聖女につれられて、モクセイは奥の部屋へと消えていった。
しばらくたったある日のこと、それは突然だった。
――ガシャン
「きゃー!!」
「こ、国王陛下っ!」
急に倒れた国王陛下、意識がなくなり寝たきりの状態になってしまう。
「またも呪いが、国王を襲った……悲しいかな、犯人はチューリオ王子、彼もやはり悪女の息子…」
城に集まる国民が見守る中、偽聖女がバルコニーで高らかと発言する。
「彼は国の金を使い込み、証拠隠滅のために国王に呪いをかけた!」
国の予算名簿を高らかと掲げ、言葉を続ける。
「だが安心してほしい、チューリオ王子はすでに捕らえている。私はこの腐りきった王族を、もう許すことが出来ない」
熱く語る偽聖女の声に賛同の声を上げる国民たち、しかし次に聞こえた声に静まりかえった。
「こちらも、証拠がある」
と現れたのは、病に伏せていた国王と、捕らえられているはずのチューリオ王子。
護衛のグラオスが、憎しげに偽聖女を睨む。
「な、何で……病は? おまえは出られないはずじゃ……」
「自分がかけた呪いが解かれたから、驚いているのか」
「……何のこと?」
動揺を抑えたようにとぼける偽聖女、しかし実際は今どういう状況か、理解が出来ないでいる。
「これが我々の証拠と、その裏付けだ」
そう言って国王が取り出した本と、手を後ろで縛られた、貧相な男を連れてきた。
それはリリーと密会を行っていたという男性。
「……」
「大分表情が硬いようだな」
チューリオの言葉に偽聖女の眉間に皺が寄る。
連れてこられた男性は、必死に懇願するような顔でチューリオを見ている。
「この本は調査報告書だ、聖女と語る女がリリー女王を陥れる全てが書かれている」
「その証人がこいつだ……おい、おまえは何者だ」
チューリオが促すと男は、堰を切ったように話し始めた。
「俺、俺は、そこにいる、魔女の下僕だ……彼女が望めば恋人のように愛し合い、命じられれば、王女の密会相手だと、嘘の証言だってする」
「ほう、じゃあ、リリー女王と会ったことはあるか?」
「ないっ! 密会の事実も恋人関係という噂も、そもそも会ったことすらない」
「確かに、この調査書と同じ……リリーの罪は全て嘘だと記載がある。
あと聖女と言うのは偽りの姿で、実際は人を呪いで病気にし、そして呪った相手だけ、回復させることが出来る魔女とも書かれているが」
「そう、その通りだ! 人に呪いをかけては、さも祈りで治療したように見せかける……それで莫大な治療料を、とって……そのうちこの国を乗っ取ろうと」
「嘘だ!! 国王たちが無理矢理嘘をつかせている!」
「嘘じゃねー、あんたがっ、俺を捨てなければ、こんなことには! ……若い男に走ったのはおまえだろー」
まさかの下僕の言葉に顔を歪める偽聖女……いや、魔女。下僕は魔女が若い男……モクセイに入れ込んだため捨てられたのだ。
国民たちはざわざわと騒がしくなるが、信じ切れる者はそう多くない。
「今までの悪行を、聖女である私になすりつけようなんて……まさか、国民投票で決めた女王の処刑が、間違っていたとでも?」
魔女のその言葉に国民は静まりかえる、確かに国王たちの発言を信じると言うことは、今まで信じてきたものを否定し、そして手放したものに後悔する事になる。
――だけど、本当だったら? 呪いをかけられ、治すために莫大なお金を用意しないといけない。
国民たちは葛藤していた、真実に導くには、まだ、説得力が足りない。
「……ちょっ、あと一歩なのに」
バルコニーの影にいるモクセイが、小声で悔しそうな声を出す。
「……俺すげぇ頑張ったのに、信じて貰えないのかよ」
「……私は信じますよ、モクセイさんの能力はすごいですから」
「……嬉しいけどスズナちゃん、みんなが信じないと意味ないのよ」
一緒にいたスズナも小声で慰めるが、それではこの場は収まらない。口を開いたのはイリスだった。
「……モクセイ、叫んで」
「……え?」
「……今から言う言葉、叫んで」
とある一言をモクセイに伝えた。
「モクセイ、今よ!!」
「――記憶再生!!」
その声が響くと、突然チューリオが持っていた本から、声が聞こえる。
『ほんと、信じさせるのは簡単、噂を流して適当な男を用意して、そいつに嘘の証言をさせる……会っていない証明とか、無理でしょ。
金持ちを定期的に呪えば、お金は勝手に入ってくるし、はー、聖女って儲かるわー。
国王のじじいはこのまま呪いで殺すとして、王子は若くてかわいいから、監禁して私無しでは、生きられないように、調教してあげなきゃ』
聞こえてきたのは、今まで演説していた、魔女の声。誰も聞き間違えることはないだろう。
時が止まったように静まりかえっている……モクセイ本人も驚いて声が出ないようだった。
こんな使い方は想定していなかったのか、モクセイは驚いた様子でイリスを見ていた。
そのイリスは、躊躇なくバルコニーへと動いていく。
「今の声は、魔女の本当の声です」
静まりかえる状態でも、イリスは続けた。
「私の能力により、魔女の本心を言葉にしたものです」
イリスの言葉にモクセイが息を飲む。
――本心を文字にする能力
それはモクセイの能力だった。
偽聖女の真実を調査するにあたって、彼の能力はなくてはならない……しかし。
「悪いがこの能力は使いたくない、この国の危機なのはわかるが……俺だって自分が可愛い」
申し訳ない表情ではあったが、その声には頑固な意志があった。
「金儲けを企み、上手くいかなければ、みんな俺を責める……もうあんなひどい景色…見たくないんだ」
その言葉には、過去を思わせる重さがあった。
彼の言葉を聞いたスズナが、静かに口を開いた。
「……私も同じです、お金や名声を子供を使って得ようとする……この能力を求めて争いが起きたこともあります。
だけど、幼い頃、同じくらいの年齢の子のために、力を使ったことがあって……とても喜ばれました。
その子の笑顔を思い出すと、能力を持って良かったと思うんです」
いつもはボケっとしてマイペースな彼女だが、たまに見せる暗い表情に影を感じさせた、それでも優しく微笑むスズナを見て。
(女神のようだ……)
見惚れてしまった。
そこでイリスは、絶対モクセイの能力だと言わないことが条件に出した。
彼女は自分を身代わりとして、約束を守ったのだ。
「そして声のまま再生しました、これでもうわかるでしょう。
本当にこの国の悪は、誰なのか」
静まり返った国民たちは、おのおの考えさせられていた。
「メイドごときがー! うるさい、黙れ!!」
聖女の仮面を剥がされた魔女が、イリスを指さし叫ぶと、
――ドサッ
足から崩れ落ちるように倒れる。それは魔女が呪いをかけた瞬間だった。
「ははは、私が魔女だから何? 呪いを解けるのは私だけ、こうなったら呪い殺してやる!」
「いやーーー、イリス!!」
魔女の笑い声に反するように、スズナが飛び出し、イリスの前に座り込む。
「またメイド…おまえも呪ってやる!!」
魔女はもう狂っていた、スズナにも指さして呪いをかける。
しかし。
――パンッ
「!?」
何かがはじけて、スズナは倒れもしない。
彼女は何も気にせず、イリスに祈るように手を組んだ。
「あなたの痛み、全部消えますように」
その声は祈りというより、癒しの言葉。
――パァッ
イリスの体が淡く光り――目を覚ます。
「……スズナ、ありがとう」
「え…なん、で」
信じられないように呟く魔女、答えるようにイリスは起き上がって口を開く。
「彼女が本物の聖女、どんな病でも治し、呪いをはねのける力を持つのよ」
「そうよ、何人呪ったって、私が全部治すんだからっ」
花を甦らせるスズナの本当の力――それは、花に限らず人も、どんな病をも治せる力。
二人のメイドの前に、聖女と呼ばれた魔女は膝をつき……彼女の敗北となった。
「本当に二人には助けられた、牢に捕らえられたチューリオを、鍵を持ったイリスが出してくれたり。
私の病気を治してくれたスズナには、感謝しても仕切れない。
私ができる事は魔女の処刑。
傷ついた国民に『リリーは生きている』という事実と、今回のことは『悪い悪夢』として忘れることを伝えるくらいだ」
「それが国民にとって救いとなるのです、国王にしかできません」
話を終えたイリスは、ぽかーんとしているリラを見る。
「色々思うところや、わからないこともあるでしょう。
しかし、リラ王女には、ここからの話が本番です」




