第六章 帰る場所
学園の喧騒は、外に出た瞬間に嘘のように遠のいた。卒業式から追い出され、帰路につく。
石畳の道を迷いなく進むアイビーの後を、ライラは早足でただ黙ってついていった。
やっと涙は止まった。だが代わりに、ため息がこぼれる。
「…すまない、早かったか」
不意に、低い声が落ちてきた。
「え、あ、いえ、違うんです、ちょうどいいです」
「そんなわけないですよね」と、小走りになっている足を指さしアイビーは眉をひそめた。
「いえ、これでいいんです、罪を背負った悪女と、歩幅を合わせる騎士なんていません」
さっきまで絶望に震えていたライラだったが、今は前を向いて少したくましい表情をしていた。
「その、少し、思い出していただけですから」
(デルフィ様を……)
ライラのいうとおり罪人と騎士の関係だと、歩幅を合わせる訳にはいかない。アイビーにはマリーに知られてはならない情報がある。そのためライラと馴れ合うわけにはいかない。
「本当は、泣きたいでしょうに」
小声でそう声をかけられると、ライラは小さく首を振った。
「……大丈夫です」
たくましい表情に反して、その声はかすれていた。
「…そう、ですか」
それ以上、アイビーは何も言わない。
『俺には素顔を見せてほしい』……という言葉は飲み込んだ。
やがて二人は、ユリとライラの家へとたどり着いた。
「お母様…」
卒業できなかった罪悪感から、扉を開けて震えた声で呼ぶ。だが。
「え?」
そこに、ユリの姿はなかった。代わりに、ファムス家の娘スミカと奥様がいた。しかも。
「スミカちゃん、奥様…その格好は」
それぞれユリとライラの服を着ていた。加えてアイビーと同じ鎧を着た騎士が、二人の後ろに控えている。俯いているため騎士の顔は見えない。
混乱するライラの横で、アイビーが静かに口を開く。
「影武者だ」
「え…?」
「リリー様と、ライラ…リラ様の」
あまりにも自然に告げられた言葉に、思考が追いつかない。
「さすがに金色の髪にはできなかったけど」
いたずらっぽく舌を出すスミカに、アイビーは「影が似ていればいいので」と付け加えた。
「…どういう、こと…? まさか二人を危ない、目に…」
恐ろしい考えに声が震える。しかしアイビーは首を振り小声で言った。
「貴方にはどうしても、行かないといけない場所があるんです」
その一言でライラ――改め、リラの表情に緊張が走る。
「でも、だからといって、二人は私たちの恩人なんです!!」
強く訴えるリラだったが。
「リラ様、大丈夫です、わたくしが付いておりますから」
そう言って騎士が顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃな顔をリラに向けた。
「っ、グラオス」
「うぅ、リラ様、よくご無事で……お助け、できず、ズズッ、申し訳ありませんっ」
「もう、グラオス、あいかわらず泣き虫なんだから」
「涙を、止めてっ、ひっく、顔を上げる、つもり、ズズッ、だったんですがぁ」
グラオスはルーシュ国の騎士。こんなに泣いているが、どんな攻撃も無効化できるバリアを出す能力を持っている。
「今まで、助けられず、申し訳…」
「謝らないで、お父様とグラオスのおかげで私とお母様は逃げられたのですから」
リラを崖から落とす際にバリアを作り、国王が分身を作る能力を使い、死んでいるように見せかけた。
「おかげで私たちは、この町で生きられました。感謝しております」
「リ、リ、リラ様あぁぁ」
もっと泣いてしまった彼に苦笑するしかないが、能力者としても騎士としても優秀な為、グラオスがいればリラも安心できる。
「お二人には影武者として、この国から逃げるふりをして頂きます。グラオス様には俺のふりをして見張りを巻いてください」
「承知!」
がたいはいいのに感情屋で、熱血なグラオスは頼もしい返事をする。
「それではリラ様……皆様お待ちです、行きましょう」
アイビーに告げられ、差し出された手を取る。幼少期から彼の能力を知るリラに、不安な気持ちはなかった。
「瞬間移動」
アイビーが呪文を唱えた次の瞬間、視界が歪む。足元の感覚が消えて、すぐ感じられる。歪んだ視界がはっきりすると、そこには懐かしい光景が広がっていた。
重厚な扉。高い天井。真紅の絨毯の先には王座があった。座るべき王は突然現れたリラを愛おしく見つめ、ゆっくりと近づく、王の隣には母親のリリーが涙を浮かべて立っていた。後ろには兄のチューリオとメイドが二人。
「お父様、お母様……」
「リラ、リラ!!」
両親同時に抱きしめられて、父親に名前を呼ばれて……リラはようやく理解した。自分がリラに戻れたことを。
「お父様っ、お父様ぁぁぁ」
「ああ、良く無事で……私のかわいい娘――」
卒業式とは違う、嬉しいだけの涙。
三人を見守っていた第一王子のチューリオも、涙を流す。
「おかえり、リラ」
優しい声で話しかけられ、リラは三人の顔を見つめながらにこりと笑った。
「ただいま……帰りましたっ」
まだ少し信じられない気持ちで、大広間に移動して、各自寄り添いながら椅子に座る。二人のメイドがテキパキと、お茶や菓子を準備してくれた。
やっと落ち着いた状況で、国王が口を開く。
「偽聖女の悪事が全て明らかになった」
「最悪な魔女だったよ、呪いで人を病気にして、さも治すふりして呪いを解いていただけだ」
「そしてこの次はこの国を乗っ取ろうと……」
恐ろしい女だった…と、国王が呟く。
「彼女たちのおかげで、僕たちは助かったんだ」
チューリオから嬉しそうに紹介されたのは、テキパキと動いているメイド二人。
「スズナ」
呼ばれたメイドは茶色の長い髪をふわりと揺らし、まっすぐリラを見つめ自己紹介をする。
「初めまして、花係メイドのスズナ・ブロッサムです」
初めて見るメイドと聞き慣れない係、ふわりと笑うがどこか儚げで、チューリオはそんな彼女をうっとりと見つめているようにも見える。
そしてもう一人はオレンジ色でボブほどの長さ、自己紹介をするために向けられたその顔は。
「……え!?」
その顔には、初めて会うはずなのに見覚えがあった。
「同じくメイドの」
「どうして……」
彼女の自己紹介を待たず、リラは思わず口を開く。
「どうした、リラ?」
チューリオが怪訝な顔で声をかけるが、リラはそのメイドから目が離せない。
「な、何で……」
見覚えがある。
あり得ないはずの顔が、そこにはあった。
「あなた……マリーさん!?」
そう。その顔は確かに、さっきまでリラを断罪していたデルフィの婚約者。
「どうして、ここに……」
驚くリラに対して、特別な反応をすることなく、彼女は口を開いた。
「ご安心ください、私はあなたを傷つけません」
そう言うとスカートをつまみ、丁寧に自己紹介をする。
「メイドの、イリス・ゴールドです、初めまして」
まるで驚かれることを予想していたように、イリスは冷静に種明かしをした。
「マリー・ゴールドは、私の双子の妹です」
「え!? あ、双子…」
確かにそっくりだ。髪色と髪型が違うものの、目の色は同じ青色をしている。
「ご、ごめんなさいっ、本当に、そっくりで…」
途中で言葉に詰まる、彼女の顔はさっきの卒業式を容易に思い出させてくれる。
リラの様子を見て、イリスの表情がふっと、優しくなった。
「事情はアイビーから聞いております…姉として謝罪致します」
そういうと深く頭を下げる、確かに顔はそっくりだが、話し方や態度がマリーとは全く似ても似つかない。
他にも気になる点は幾つかあるが、謝罪に慌ててフォローをする。
「い、いえ、謝られることでは…その、妹さんが婚約されたことは、いいこと、ですし」
「卒業式で婚約発表⋯⋯ほんと、悪趣味なことを」
リラの言葉にイリスは首を振り毒付く、そして彼女に衝撃的な言葉を発した。
「マリーはリラ王女になりすまして、デルフィ王子と結婚しようとしています」
「は、え? なり、すまして?」
「はい…わかりやすく、偽聖女のことも含めて、説明しますね」
イリスは困惑するリリーに、言葉を選びながらゆっくりと、昔のことを思い出しながら説明した。




