番外編 サキの尊敬する人
サキがメイドとして仕えてから一ヶ月過ぎていた、主に厨房にて毒のチェックを行っている。
能力は学園で使用した以来使っていない、とても平和な日々を過ごしていた。
「俺は恵まれているんでしょうか」
「アイビーさん、突然どうしたんですか?」
おもむろに出た言葉に、庭の手入れをしていたモクセイが怪訝そうな顔をする、今日も協力の依頼にきたアイビーだったが、さすがに唐突な呟きだったのか、怪訝そうな表情で見つめられる。
「すみません、俺は能力者として、最近思うことがありまして」
「能力者として、ですか。そりゃあ瞬間移動はかなり恵まれているでしょう。
俺もほしいですよ……確実に悪用しそうですけど」
冗談めかしてそういうものの、モクセイにとって割と本気で瞬間移動がうらやましい。
「悪用は勘弁してください……ではなく、生まれつき城に仕えていたので、すぐ保護していただいたのですが、モクセイさんはそうじゃないんですよね」
「ああ、そういう恵まれているですね」
そう言われてモクセイは思い出す、能力者だと分かった時、モクセイ自身も最初はお金持ちになれると喜んでいた。
「俺は酷い目に遭いましたね、まず家庭崩壊です。母親が一人でもうけようと俺と一緒に逃げたんです。
で、別の男作ってその男がまたくそやろうで……」
「ごめんなさい、もう、大丈夫です、俺が悪かったです」
怒濤の生活に思わずアイビーがストップをかける、思い出すのも辛いであろうないように、気軽に聞いたことを後悔した。
「一番ショックだったのは、母親が俺を金のなる木としか見てないのが分かったときですね……これほど心の中が分かる能力を呪った日はありません」
(本当に気軽に聞くもんじゃなかった……)
後悔すると同時に自分がいかに恵まれていたか認識出来た。
なぜこんなことを思ったのか、それは今回モクセイに依頼する内容にも関わっていた。
「実はですね、メイドの子が母親の気持ちを知りたいと、リラ様に頼み込んで来たんです。
その子は能力を使うときに、少し困った顔というか、悲しそうな顔をするんですよ」
毎日料理をチェックし毒を見極めるのは、責任が重いことは分かっている。アイビーが毎日護衛としてついているので、さすがに表情の変化にも気づくようになっていた。
「ほう、それで母親の気持ちが、何か関係しているんじゃないかと」
「そうなんです……リラ様は思い当たる節があるようなんですが、プライベートなことなのでうかがうわけにも行かず」
「その子のこと、大分気になってんだ」
モクセイに言われて目を丸くする、気になるという意味があまり分からなかった。
「まあ、表情は、気になりますね……うん」
「ふうん」
含みがあるようなモクセイの返事に、少しむっとしながらも、アルビ―自身も不思議な気持ちになっていた。
(確かに、気にはなる、か……)
確かに何でこんなに気になっているのという疑問と、最近リラのことを考える頻度が減った事に、アイビーはまだ気づかないでいた。
――コンコン
「リラ様、サキです。お待たせして申し訳ありません」
「大丈夫よ」
ドアから聞こえる優しい声に「失礼します」と一礼して開けると、そこにはリラとデルフィも一緒にいた。
サキの後ろにはアイビーとモクセイもいる。
「私の我儘で集まって頂きありがとうございます」
サキが深々と頭を下げる、どうしてもモクセイが調査したものを、一人で見る勇気がなかった。
「リラから話は聞いているし、俺たちもサキのことが心配なんだ」
「そんな……ただのメイドの願いを叶えてくださってありがとうございます」
頭を下げるサキに、モクセイは一冊の本を取り出した。
「これが、依頼されたものだ」
モクセイから渡されたのは、サキの母親の本心が書かれた調査書。
「君一人で読むことも、母親の心の声で流すことも可能だ」
「一度、読ませてください」
そう言いながら深呼吸をし、震える手で表紙に手を添える。
ここから先を開くのが、サキは恐ろしい。
「無理しないで、ゆっくり、自分のペースで」
優しいリラの声は、学園で能力を使った時と同じ声色。
不思議と落ち着くその声に、手の震えは止まらないものの、ゆっくりとページを巡っていく。
――パラ、パラ
サキがページを捲る音が響く中、とあるページで指が止まる。
「……ぐずっ、うぅ」
サキの瞳から涙が溢れた、母親の気持ちを知ったのだろう。
しばらく涙を流した後、サキはゆっくり話し始めた。
「私の父は幼い頃に亡くなっていて、貧しいながらも母親と二人で幸せに暮らしていたんです」
二人で仕事をしながら食い繋ぐ日々、しかし母親は体が弱く、ベッドから動けない日々もしばしば。
サキも看病のため仕事にいけず、稼ぐことができなかったある日。
「私の食事が紫色の霧で包まれていました……その時初めて、毒を見破ったんです――母が、私に毒を盛ったのを……」
声を震わせながら声を絞り出す、その姿に誰も……リラも声をかけることができない。
母親に毒を盛られる、それを自分が暴いてしまう辛さ。
「ぐずっ、私が毒を指摘して、それで自分の能力が分かった時、うぅ、母親にっ、なんで、もっと早く分からなかったのか、と……その能力が、あれば、はぁ、もっと裕福だった、と」
辛くても必死に話すサキ、あまりの事に彼女は家を飛び出して、そのまま城に自分の能力を売り込みに言ったのだという。
「どうして、私に、毒を盛ったのかっ、もう、私の事が、好きじゃないのか……しりた、かった……」
「サキ……がんばったね」
声をかけるリラは、彼女の頭をなでる。本当は母親に頭をなでてほしかった、その気持ちを見透かしたようにリラの手は優しい。
「初めての給与をほとんど母親に送っていたから……母親おもいなのね」
「……大好き、なんです、毒を盛られても……それまでの思い出が、楽しかったっ、ずずっ、貧乏でも、幸せだったんです」
涙を流している顔を上げ、サキはモクセイにお願いした。
「この本には沢山の母の気持ちが記されていました、この本を作っていただきありがとうございます、それで、このページを、母親の、声で、聞かせてほしいんです」
サキが開いているそのページには、なぜ毒を盛ったあとの本心が書かれていた。
「……分かった、記憶再生」
ゆっくりと頷き、呪文を唱えると、弱々しい女性の声が聞こえてくる。
『サキが亡くなったあと、私もあとを追うつもりだった』
それは衝撃的な言葉だった、母親が毒を盛った理由は【心中】だった。
自分の体が弱いせいで思うように働けない、自分がいなければサキはもっとましな生活を出来たかもしれない。
『だけど私のかわいい娘、願わくはこのまま一緒に過ごしたい』
罪悪感と家族愛から起こした悲劇。
『サキの能力が早く分かっていれば、サキに迷惑をかけることも、こんな馬鹿な計画を立てることもなかったのに……と、責めてしまった。
分かるわけないわ、毒を盛られない限り……』
サキの母親が犯した罪は許される事ではない、しかし【娘に毒を盛った】事実を知るのはサキしか知らなかった。
つまりこの場にいる全員が黙っていれば、国として処罰する事はない。
『私のかわいい娘、愛するあの人との大事な結晶。
願わくは、こんな酷い母親のことは忘れ、自分の幸せを、掴んでほしい』
全ての声が終わったあと、リラは一つの封筒をサキに差し出した。
「実はね、仕送りした給与なんだけど、受け取って貰えなかったのよ」
中にはサキが送ったそのままのお金が入っていた。
その真実にサキの涙は止まらず、さらに溢れた。
「お、かあ、さん、ううぅ、おがあさんっ」
「サキのお母様は、確かに間違った事をしてしまったけど、サキへの家族愛は本物だと思うわ」
「うぅ、はい、私も、そう思います……ぐすっぐすっ、私は母に嫌われているのか、はぁ、と思っていました……毒のことを許せるか、うぅ、許せないかは…分からない、です」
「そうね」
「だけど、私も母のことは、今でも愛しています」
そう呟いたサキの表情は、涙で濡れていたものの、どこかすっきりしていた。
「俺は何も役に立てなかった」
リラの部屋から出て、廊下を歩く途中で、アイビーはモクセイとデルフィにそう愚痴る。
「俺だってそうだ、ただ見守って、何も力になれない…ああやって全て包み込むリラが、すごいと感心するばかりだった」
デルフィも少し不満を漏らす、王子という立場ではあるが、家臣に寄り添える事も大事だと日々感じている。
「良いんですよ、信用できる人が側にいて、聞いて貰えるだけで、心強いもんです」
モクセイは優しい笑顔で、二人を慰める。母親の気持ちを【一緒に聞いてほしい】と思う時点で、彼女が信頼してくれている証だ。
「まぁ、それなら、よかったのか、な」
納得したような言葉を呟いたものの、その表情は晴れない。
「あとはアイビーさんが、これから日々の業務で、フォローしてあげれば良いさ」
「その通りだな」
モクセイの言葉にデルフィも納得をする、アイビーもそれは納得できることなのだが。
「そうですねー…リラ様には遠く及ばないですけど」
今リラの部屋では、サキが落ち着くのを待っている。
リラにかなり心を許しているらしく、悪く言えば三人は追い出されてしまったのだ。
「それはそうだ、リラはとても素晴らしく、どんな人でも温かく包んでくれる。
サキも『リラ様に仕えられる事をとても光栄に思います』と言ってくれる、とても見る目がある子だ。
なかなかリラの素晴らしさに勝てるものはいないだろうな」
また始まったデルフィのリラ自慢、アイビーとモクセイは顔を合わせて苦笑することしか出来なかった。
「なるほど、聖女様が……」
「はい、リラ様がご依頼してくださったらしく……母の病気が治る、と」
また家臣として過ごしていたある日、嬉しそうなサキがアイビーに報告している。
母親の気持ちを知ったおかげで、今は能力を使っても悲しそうな顔をすることはなくなっている。
「私は母に、会う勇気はありませんが、病気が治るのはとても嬉しいです」
今まで見たことのないサキの笑顔に、目を細めるアイビー。
(サキの笑顔はなぜかとても満たされる、リラ様とはまた違う、良い笑顔だ)
そう思うと同時に。
(でも、母親とリラ様の時にしかこの笑顔に、ならないんだよなぁ)
と少し不満でもある。
「こんなメイドに気をかけてくださるリラ様は、本当に素晴らしいです。
私もリラ様のような人を包み込めるような人になりたいです。
デルフィ様が最初、リラ様を沢山褒めていた理由が、今ならよーく分かります。
はぁ、リラ様に仕えられて、私は本当に幸せ者です」
(まあ、言っていることは分かるけど、なんだか複雑だっ)
ふと浮かんだのは、最近の笑顔。
(いつか、俺に向けて笑わせてやる)
――その想いの正体に、本人が気づくのはまだ先の話。
小話 サキの設定
おわかりになると想いますがサキは乙女ゲーム続編の主人公となります。
マリーとイリスがいない世界では【サキ―♡→アイビー―♡→リラ→♡←デルフィ】という構図からだんだんとアイビーが振り向いていく設定でした。
母親の本音ももっと後になるし、モクセイの【記憶再生】もサキきっかけで目覚めるはずでした。
しかしモクセイは【記憶再生】を習得済み。
加えて実際には発生しないイベント、学園での毒混入事件をきっかけにサキがリラを崇拝し、アイビーとの恋愛イベントが発生しない、という事態になっています。
極め付けはリラへの恋心はデルフィが自ら本物のリラに気づいた事により、完全に諦めがついています。
その為【アイビー―♡?→サキ―尊敬→リラ】という構図になりました。
こう考えるとマリーはとんでもない影響を出していますね。




