番外編 未来の王妃として
その後の話がもう何話か続きそうです。
カイン国の城の中、国王と女王に挨拶に来たリラ。
しかし隣にいるデルフィが、なぜか彼の母である女王に睨まれていた。
「ありえない! リラちゃんのことを間違えるなんて、まず上品さが違うでしょう。それに見た目も違うし」
「いえ、金髪に青色の目は同じでよく似ていたんです……それに幼少期とは、私もずいぶん変わりましたし」
「……まぁ、でも幼い頃とはいえ、一ヶ月も過ごしていたんだから」
「それが過去と未来を知っている能力だったので、幼い思い出も知っていたみたいで……」
「リラ王女、デルフィへの愛が深いのは分かったが、妻も王女のことが心配で、こんなことを言っているのだよ……分かってくれるか」
ついついデルフィをかばってしまうリラに、国王が止めに入る。
愛する人をかばってしまう乙女心に、女王も苦笑するしかない。
「しかし違和感を持ちつつ、マリーの誘惑に負けたのは事実だ。
母上の言うとおり、ありえないし情けないことこのうえない」
「でもでも、違和感をもたれたことがすごいと思います!
自ら私の正体に気づかれたのも、さすがデルフィ様です」
「……俺は褒められすぎて、うぬぼれそうだよ」
デルフィの困った顔ににっこり笑って、リラは続けた。
「ゲストが大勢いる中で、私に謝ってくださいました。
それに自分がリラと名乗る前に気づいてくださっただけでも嬉しいのに、これ以上私が責めるなんてことは出来ません」
「まぁ、リラちゃんがそう言うなら……私も出しゃばりすぎたわ」
リラの言葉と優しさは、女王もこれ以上言うことはなく、このあとは穏やかに結婚の挨拶が執り行われたのだった。
マリーの騒動から一ヶ月がたった頃、アイビーはデルフィに呼び出され、一人の少女を紹介された。
「紹介する、新しいメイドのサキだ」
「は、はじめまして、サキと、申しますっ」
見るからに緊張しているサキだが、それもそうだろう。わざわざ第一王子が紹介しているのだから。
その理由はアイビー自身がよく分かっていた。
「彼女も、もしかして」
「そう、能力者だ……しかも最近気づいたらしい」
そう言われて色々納得した、能力者は家庭環境に恵まれないことが多い。そのため国で保護・極秘にする。
保護しなければスズナやモクセイのように、親や周りの大人のせいで、争いや酷い扱いを受けることが多い。
アイビーは元々城に仕える家系なので、能力に気づいた時から城に保護されていたし、リラは王族なので幼い頃から理解していた。
「酷い扱いを受ける能力者もいるから……早めに保護されてよかったね、ここには能力者を守ることには長けているから」
緊張をほぐすようにそう明るく振る舞うが、サキの緊張は解れない。
(緊張というか、元気ない? ……何か思うところでも…?)
アイビーがそう考えるほど、サキの表情に緊張以外のものが見え隠れする。
「のちのちお互いの能力を俺から口にすることはないが、何か相談事があればアイビーに聞けば間違いない。
なんなら同じ女性のリラに相談してもいい、彼女は時期我が妻だが、能力者として理解があり有能。
加えてどんな相手にも優しく、美しく強く、だからといって偉そうでもなく、謙虚で……」
「デルフィ様、リラ様自慢はそのくらいにしておいてください」
「あ? あぁ、失礼……ともかく、自分で抱え込まず、いくらでも頼ってくれて構わないから」
「はいっ、リラ王女がとても素敵だということがわかりました、ふふっ」
「ほら、デルフィ様が自慢するから、本質が分かっていませんよ」
「……すまない」
一瞬サキの表情が気になったアイビーだが、デルフィの婚約者自慢に笑う姿を見て、特に気にしなかった。
(まだ実感わかないんだけど)
城の中を見回しながらとぼとぼ歩くサキ。
今まで普通の生活をしていたと思ったのに、突然城のメイドとして生活することになった。
(保護……か)
まさか自分が能力者だとは思わなかったが、保護されたのはラッキーだと思う。
――目の前にあった生活が、突然消えてしまい、この先が見えていなかったあの頃よりは、大分ましだろう。
「……大丈夫?」
「え?」
声をかけられて顔を上げる、いつの間にか自分がうずくまっていたのだ。
「具合、大丈夫ですか?」
心配そうな顔が自分を見つめているが、サキ本人は。
(うわぁ、綺麗な人……)
と、声をかけて来た人に見惚れる。
金色の髪に青い瞳、そのたたずまいは気品であふれている。
そして気づく。
「っ、リラ王女!!」
大慌てで立ち上がり、勢いよく頭を下げた。
「し、失礼しましたっ」
「あ、急に立っては、危ないですよ」
「あっ」
そう言われたとおり、サキは立ちくらみに襲われ、ふらりと体が揺れる。
「うぅ」
「大丈夫!? 落ち着いて……あなたの体調が第一よ」
リラはサキの体を支えて、優しく言葉をかける。
「申し訳、ありません」
「大丈夫、大丈夫だから」
何度も励ましてくれるリラの声に。
(デルフィ様のおっしゃるとおり、優しくて素敵な人……)
と、納得していた。
「あなたは新しいメイドの、サキさん?」
「はっ、はいっ! そうです」
元気よく返事すると、リラの瞳が少し揺れた様な気がした。
が、すぐに優しい笑顔に戻る。
「何かあったらいつでも私に相談してね」
そう言いながら立ち去るその姿に。
(素敵な人、だけど……相談なんて……人なんて、まだ信じられないよ)
そう思いながら、サキは業務に戻るのだった。
たくさんの生徒たちが通う学び舎、再び門を潜る、今は学生としてではなく、時期女王としての視察だ。
隣にはデルフィが、後ろにはアイビーとサキがついてきている。
リラにとってはあまり良い思い出はないが、全てにつながり今がある。
「お待ちしておりました、リラ王女」
校舎の前で恭しくお辞儀をしているのは、この学園の生徒であり、リラの友人。
「スミカ嬢、わざわざありがとうございます」
他人行儀なお互いの挨拶に、思わず顔を見合わせて拭きだした。
「あはは、変なの、ライラちゃんの方が、やっぱりしっくりくるわ」
「そうね、私もスミカちゃんって呼びたいもん」
そう言い合い、二人で伺うようにデルフィを見た。
「二人はそのままがいいよ」
デルフィのお墨付きを貰い、二人はにっこり笑い、スミカ先導で校舎の中に入っていった。
「私も学園に通えるようになって、色々学んでいるよー。まぁ、ライラちゃんの教え方の方が優しくて好きだけどね」
「そんな事ないでしょ、褒めすぎだよ」
「えー、嘘じゃないって」
和気藹々と世間話をしていたスミカだったが、徐々に近づく目的地に、急に彼女が真剣な表情になる。
「例の令嬢たちだけど、今は三人対一人に分かれているわね」
声を潜めて話すのは、留年した貴族令嬢、四人の話。
「今日の奉仕は、三人しかいないしね」
到着したのは食堂、入るとそこには出迎えが数人、奥に話題に出した貴族令嬢が、三人のみ。
彼女たちは誹謗中傷の荷担に加え、いじめへの罰則として食堂の清掃を命じられていた。
今日の視察は彼女たちの様子を確認するのがメインとなっている。
案内を終えたスミカは、軽く礼をして、自分の教室へ戻る。
「やはり、リーダー格の令嬢がいらっしゃらないですね」
リラは呟く、思い出すのも辛いが、食堂でぶつかってきた令嬢……四人の中でも積極的にリラを虐めていた令嬢がいない
「今日はよくお越しいただきました」
食堂の女シェフが深々とデルフィとリラに頭を下げる、リラが微笑み同じく頭を下げた。
彼女は以前リラの昼食がだめになった時、食事の提供と清掃をしてくれたシェフだった。
「在学中はお世話になりました、お食事いつも美味しかったです」
「いや、私はデルフィ様に指示されただけなので……というか、まさか王女様とは思わず……無礼な態度をとり、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、シェフにはとても感謝しております」
実際悪い噂があったため、シェフがそっけない態度が、それ以上の虐めを抑制となり、昼食を取れたのは事実だ。
「今日は学食で昼食をとられると聞いておりましたので、準備させていただきました」
並べられる四つの食事、メインは魚介類ととれたて野菜のパエリアだ。
アイビーとサキの分も準備されている。四人が席に着くと、見計らったように奉仕していた三人の令嬢が声を上げる。
「お待ちください、デルフィ様、リラ様!」
「そちらには毒が入っております」
「私たち見たんです、シェフが毒のお米を入れているところ!!」
突然の声に驚いたのは女シェフ、一体何のことかわからないと言わんばかりに、目を白黒させている。
「まあ」
リラはわざとらしくそう声を上げて席を立つ、デルフィはそんなリラを見て、一緒に席を立つ。
「い、いえ、毒など……私がそんなことをするわけが……」
慌てるシェフに、リラは伝えた。
「念のため、調べさせていただきます」
そういうとチラリとサキを見る、彼女は料理に手をかざした、が。
「っ」
少し躊躇いが生じる。
やることはわかっているのに、過去の記憶が蘇る。
『そんな能力っ、持ってたなんて!!』
初めて自分に浴びせられる強い口調。
思い出し、手が細かく震えた時。
「ゆっくりで、大丈夫ですよ」
思い出を和らげるような、優しい声が聞こえた。
「自分のペースで」
その言葉に、サキは深呼吸して手の震えを止める。
「パエリアさん、毒を入れたのはだぁれ?」
サキが呪文を唱えると、パエリアの上に映像が映し出される、そこには確かにおどろおどろしい紫色の米を入れているシェフの姿。
「紫色の靄がかかっている食材に毒が入っております」
その説明を終えると、シェフは顔が真っ青になる。
「そんな、わ、私は、毒など」
「ではサキさん」
シェフの声を遮り、リラはもう一つ先に依頼した。
「お米に、毒を入れたのは誰でしょう」
リラがそういうと、今度は令嬢三人の顔色が変わる。
「お米ですね、わかりました」
そういってお米に質問する。
「お米さん、毒を入れたのはだぁれ?」
そういうと、またパエリアの上に映像が流れる、そこには令嬢の 1 人が、お米に何やらふりかけている。
それは当然紫色。
彼女の後ろに、隠す様に二人の令嬢が並んでいる。
「彼女たちを捕らえよ!」
デルフィの一言に、アイビーは即座に動き、三人の令嬢をあっという間に拘束した。
サキの能力は食事に毒が入っているかどうか見破り、毒を入れた様子を映像に映し出すことができる。
「ち、違います、これは、何かのっ」
「全然違うことはないだろう」
拘束された令嬢たちの前に、デルフィが近づき、強い口調で伝える。
「君たちの行動に対して、密告があった」
「え、え?」
アイビーの言葉に困惑している令嬢たち、デルフィが差し出したのは、一冊の本。
「この本には、身に覚えがあるだろう」
「そ、れは……」
狼狽える令嬢たちの後ろで、リラはサキの耳元で説明する。
「あの本には人の本当の感情が書かれています」
「え?」
「どんなに嘘をついても、真実が記される……これも能力者の力です」
「……」
その説明にサキは声が出ず、その様子にリラは表情を変えることなく、デルフィと令嬢達に視線を戻す。
デルフィが持っているのは、卒業式の真実を証明した、人の本心が書かれた本。モクセイの協力の下、密告者の話を聞いた。
「この本は君たちの本心を書かれたものではない……一人だけこの場にいない令嬢のものだ……読んでみろ」
渡された本に、三人はおそるおそる目を通す。
[最初は制裁のつもりだった、悪女の母を持っている平民にもかかわらず、学園に通うなんて許せなくて。
自分が正義だと信じて疑わず、制裁だと思い罪悪感はなかった。
そのうち楽しくなって、アグロ様からお金まで貰えるからエスカレートしてしまった。
だけど全て暴かれたとき、虐めた相手は何の罪もない王女だと知ったとき、悪は自分だと気がついた。
もちろん王女が悪だと信じていた自分が愚かではあるが、たとえ相手が本当に悪女だったとしても、被害を受けていない自分が、そんな資格があるはずがない。
だから留年を受け止めた。
しかし他の三人は違った。一度卒業できたからと、授業を受けず、どうにか留年を撤回する方法を模索していた。
奉仕だって『あんたが一番虐めていたんだから』と、全て丸投げ。
今ならライラさん……リラ王女に素直に謝られる……もう遅いのは分かっているけど。
だから止められなかった懺悔として、彼女たちの企みを、お教えします]
「……」
三人の令嬢が、本を読んだまま固まっている。
そこには毒を盛り、シェフに全てなすりつけて、リラをかばったふりをして恩を売るという計画だ。
うまくいけば命の恩人として、留年の撤回の可能性も企んでいたようだった。
「私は彼女の謝罪を、受け入れました」
リラはデルフィの隣にたち、まっすぐに三人を見て伝えた。
「私は信頼できる友人にお願いされたのです、『令嬢たちはマリーに巻き込まれた、ただの令嬢、時が来たら許してほしい』と」
リラはマリーを断罪した次の日に、イリスからお願いされていた。
妹が起こした不祥事、令嬢たちはリラに対して【加害者】だが、マリーの【被害者】でもあると。
「あなたたちのお友達は、昨日付で卒業資格を再取得しました」
「え、う、うそ……」
「一人で、そつ、ぎょう?」
「そんな、だって、一番、虐めて、たのに」
その反応を見てデルフィは顔をしかめた。
「なぜそんなに驚く、リラ王女は彼女の謝罪を受け入れ、反省を認めた。今の話で分からないのか?」
そう言われて何も言葉が出ない三人、そんな彼女にリラは悲しそうな声で話した。
「本日、あなたたちは毒を盛り、その罪をシェフになすりつけようとした……反省をせずに、逆に罪を重ねた自覚はありますか?」
「……」
彼女たちは誰も口を開かない、その様子にリラは。
「貴方たちには処分として、退学を言い渡します」
「そっ、んな、二度とこの様なことはしませんので、どうか、どうかっ」
「うそぉ、私は、この二人に、唆された、だけで」
「お、お許しくださいっ、デルフィ様っ」
リラの処分に泣き叫ぶその姿は、断罪した時と何も変わらない。
「結局、反省も何もしていない、ということか」
ガッカリとしたデルフィの言葉に、リラは厳しい表情のまま口を開いた。
「二度としないという言葉は、以前もおっしゃっていましたよね?
唆されたとしても、実行していれば同じです。
謝るのはデルフィ様だけではなく、罪をなすりつけようとしたシェフにこそ必要では?」
リラのその言葉に、自分たちが結局何も変わっていないことに気づく、令嬢たち。
「この後のことは、君たちの親に任せるとしよう」
付け加えられたデルフィの言葉に、取り返しのつかない未来に絶望する令嬢たちであった。
「サキさん、初めての仕事お疲れ様でした」
「い、いえ、とんでもないです」
「とても助かりました、あなたの能力は素晴らしいです」
優しく微笑みながらねぎらいの声をかけてくれるリラ、しかし疲労の表情が見える。
企みを知っていたとは言え、毒を盛られ、令嬢たちが自分の与えたチャンスを踏みにじったのだから。
(それにリラ様は優しいから……苦渋の決断なんだろうな)
また会って間もないのに、リラの人の良さが見ただけで分かるほど、にじみ出ていた。
ちょっと前まで、悪女の娘として避けられていた理由が分からないほどだ。
「お役に立てたなら、光栄です」
「ふふっ、ありがとう」
その優しさにデルフィの愛を一身に受ける理由が分かる気がした、そしてリラをいとおしそうに見つめている、アイビーの視線も分かる気がした。
(この人の元で働けるなら、もう、悲しい思いをしなくて済むかもしれない)
サキはそう思える様になっていた。
「イリス様に顔向けが出来ません」
学園の客間にてリラが苦しそうに呟く、この結果は明らかに三人の令嬢が悪い。リラの判断は間違っていない。
「大丈夫、あそこで許したら、イリスも納得しないだろう……彼女らにはその『時』が来なかったんだ。
代わりに俺が処分を伝えても良かったのだが……」
「いえ、ここで逃げてしまうわけには行きません、デルフィ様の、妻、として……」
少し照れたように微笑むリラに、デルフィは愛しさがあふれる。
「リラ……」
呼ばれる声に、リラの顔はますます赤くなる。
二人きりの時に呼び捨てにされるのは、恥ずかしいが嬉しい。さっきまでの悲しく冷たい感情が、暖められて癒やされる。
「デルフィ……」
リラも呼び捨てにすれば、デルフィも満たされたように微笑む。そんな彼に少しわがままを言いたくなった。
「あの、良ければ、その、こう、えっと…」
なんとか伝えようと、自分の右手を左手で包み込む。どうやらその言葉を言うのが恥ずかしい。
「こう、あの、ぎゅっと、ですね」
「……こうか?」
察したデルフィが、両手でリラの手を包み込む。
「……はい」
リラが頷くと、デルフィは優しく手の甲を撫でる。大切なものを扱いように優しく。
リラの表情から厳しさが消え、穏やかに微笑んでいる。
「ありがとう、ございます。落ち着きます」
穏やかな声がデルフィの耳に届く、張り詰めていた心がお互いの熱で溶かされて行くようだった。
段々求めるようにお互いの指が絡みつく、それはとても甘く、幸せな時間。
「リラ、必ず幸せにする」
そう言いながら片方の手を離し、その手がデルフィがリラの頬をなでる……。
――コンコンコン
「アイビーです、次の公務がありますので、ご用意が出来たら出発しましょう」
「っ、あ、ああ、わかった」
「はっ、はいっ!」
驚きの声を上げたと同時に、ここがまだ学園だと思い出す。
おそらくアイビーも場所をわかっていてもわざとノックしたのだろう。
「ちょっと、場違いだったな」
顔を見合わせた二人は、苦笑しながら手を離す。
この時間でお互いの気持ちが癒やされたのだから、少しくらいアイビーに怒られてもいいかな、と思う二人だった。




