第十二章 偽りの宴、真実の想い
『大変心苦しいですが、デルフィ王子には今まで通りマリーと接していただきます』
デルフィはイリスから指示を受けたものの、何とも言えない感情と戦っていた。
「デルフィさまぁ、お怪我が治って、何よりですぅ」
「リラ、の、おかげだよ」
「ふふっ、照れますよぉ」
(お前じゃねぇよ)
心の中で悪態をつきながら、内なる苦悩なんておくびにも出さない。
(答えを知ってしまえば、こんなにも粗が見えるものなんだな)
そんなことをしみじみと思う。
マリーとアグロにはいくつかの偽情報をつかませている。
ルーシュ国王は未だに寝たきりで、チューリオは地下牢にと幽閉中。
モクセイ、グラオス、スズナの能力者は、混乱に乗じて城から消え行方不明。
(有能な能力者もいなくなり、王の命もわずか、そして王子は閉じ込められている…お膳立ては――完璧だな)
そして三日後に執り行われる、アグロ提案の饗宴の準備を着々と進めている。
表向きは、次期国王の正式な婚約発表。
そしてルーシュ国へ出撃する前の、結束を高めるためのパーティ。
実際はマリーとアグロの罪を暴く、断罪の場。
(父上にも饗宴開催の許可は得た…かなり頭を抱えられていたけど)
まぁ友好国だと思っていたら、いつの間にか復讐対象だったとか、笑うに笑えない。
(それが嘘で、実はこの国も乗っ取られかけてました…とか、父上、心労で倒れないか心配になってきた)
とはいえ、確実に事態は好転している、リラも自国へと帰れるようになったし。
まだ悪女のうわさが訂正されていないこの国にいるよりは、気がかなり楽だろう。
(俺はリラにはふさわしい男じゃないから、あまりそばにいないほうがいい)
『私のことをリラと呼んでください』
「…リラ」
「はぁい、お呼びですか?」
思い浮かべた本物の名を呼べば、反応したのは偽物。
「呼びたかっただけだ」
「やだぁ、デルフィ様ったらぁ」
聞こえてきた声にうんざりしながら、いつわりの饗宴の準備を偽物の王女と打ち合わせするのだった。
「ライラちゃ…あ、えっと、リラ王女、その、私、こんな所に、いて大丈夫?」
「ライラで大丈夫よ、スミカちゃん。今までのお礼と、今度城で行われるパーティーで協力してほしくて」
「あらあら、まぁまぁ、あなたどうしましょう」
「もうちょっとマナーの練習しておくんだった…」
恩人のファムス家をルーシュ国に招待し、豪華な料理でおもてなしをしている。
卒業式の際に影武者となった、ファムス母子の演技で、深夜に国を逃亡したことになっている。
「危険な目に遭わせてしまって…本当にごめんなさい」
「そんな、大丈夫…私たちだって、今までかばうことができなかったから、ちょっとでも手助けできたなら良かったぁ」
お互いがお互いを思いやる会話、この光景にイリスはほっこり心が温かくなる。
(まさか学校以外でリラとスミカが友人になるなんて…2人のつながりを、感じて涙がでそう)
マリーのこざかしい妨害は、学園の友人をなくしたものの、唯一無二の親友としては本来の小説と変わっていない。
(これがズッ友ってやつか、もう、お母さん泣いちゃう)
といいつつほんわかした光景を、優しい笑顔で見つめつつ、メイドとして目一杯おもてなしをした。
そして時間が過ぎ、ついに明日は饗宴。
「アイビーさん、お待たせしました」
ルーシュ国の城門前にて、大きな荷物を抱えたリラが、アイビーに近づく。彼は近づき、何も言わずに荷物を持ち上げた。
「あ、ありがとう、ございます」
「いえ」
短くそう言いながらリラを見ると自分を見上げて、にこりと笑っている。
(もし)
アイビーはこっそり思う。
(もし、リラ様が断罪された時に、笑わなければ)
それは最近想像すること。
(もし、デルフィ様が、リラ様に気が付かなかったら…)
そこまで考えて首を振る。
(いや、イリス様に指摘されないと、偽物だって気付かなかった俺が、何言っても説得力ないな)
ずっと胸に突き刺さっていた、比べるものではないが、デルフィの愛は自分よりも深いことに。
「今日は満月ですね」
ふと、リラがそう呟く、月に照らされた彼女の表情に、アイビーは今諦めた気持ちが口から出そうになる。
が。
「まるで、デルフィ様のようです…全てを照らして、真実をはっきりさせるところが」
リラの言葉に、アイビーの言葉はどこかへ消えた。
「…リラ王女は、詩の才能がおありかも知れませんね」
「ふふっ、そうでしょうか」
アイビーは仕事を全うすべく、カイン城へと、リラを連れて瞬間移動するのだった。
デルフィは城のバルコニーで1人空を見ていた、石造の城は夜の風景だと冷たく感じる。しかし月の柔らかい光に照らされれば、ガラリと雰囲気が変わる。
「まるで、リラ王女のようだ」
そう呟くと。
「そうでしょうか」
と背後から声が聞こえる。
振り向くと、そこにはリラ本人がいた。
「っ、どうして」
「饗宴は明日ですから、アイビーに連れてきてもらいました」
そういうリラの背後にアイビーがにっこりと微笑み、片手を胸の前で拳を握り。
『頑張ってくださいっ』
と口パクしながら。
「それでは荷物を運んでおきますので、お2人はゆっくりしていてください」
と、客間へと荷物を運んでいった。
(余計なことを…)
デルフィは困っていた、リラへの気持ちは変わっていない。しかし。
(俺はリラ王女に相応しくない)
全く違うのに偽物に気づかなかった。
マリーは昔のリラによく似ていたし、本人しか知るはずのない思い出を話していたのだから、間違えてもしょうがない。
(自分が許せない、違和感に目を瞑って、目の前の餌に飛びつくなんて)
そんな気持ちがあったから、リラのそばにいたいが、距離を置こうとしてしまう。
そんな相反する感情を、抱え込んでいた。
「私は全てを照らして、真実を見つけてくれる月の光が、デルフィ様のようだと思いました」
「…俺は、そんな壮大な男ではない」
「そんなことありません、私を見つけてくださいました」
リラはまっすぐデルフィを見つめる。
「デルフィ様が偽りに気付いて、私達を迎え入れてくれなければ、明日を迎えることはできなかったかもしれません」
確かにデルフィが受け入れたからこそ、こうやってカイン国に容易く入れて、調査も進められた。
「デルフィ様はご立派です」
偽りのないリラの存在、全て素直で悩んでいてもまっすぐな光で照らしてくれる。諦めていた気持ちが溢れてくる、一言だけ、誤魔化すように口に出した。
「……月が、綺麗ですね」
『これはとある国の、奥ゆかしい告白なんです、私の知識では、この国では絶対バレない告白ですね』
イリスに教えてもらった、諦め切れないならこれを呟けばいいと。
隠せない気持ちは解消されるし、相手にバレることはない。
そう思って口に出したのだが。
「いいい、いま、いま、なら、きっとと、手が、届く、でしょうぅ」
顔を真っ赤にしながら答えるリラの反応、デルフィは顔を引き攣らせて、口を開く。
「え、もしかして、意味、知って…」
「は、はいっ! イリス、様に、教えていただきましたっ」
デルフィは目眩がした、瞼を閉じればイリスが親指をグッと立てながら、イタズラっぽい笑顔になっている姿が、容易に想像できる。
(やられた――)
伝えるつもりはなかった感情に、リラは答えてくれた。
『これの答え方もわかりづらくて【今ならきっと手が届くでしょう】…これは同じ気持ちですっていう意味なんですよ』
(イリス様、やってくれたな)
ここまでお膳立てされれば、抗う方が馬鹿らしい。
「いいんだろうか」
(また、リラ王女を愛しても)
確信は言葉に出さず、ポツリと呟けば。
「いい、ですよ」
と、リラが答えてくれる。その答えにデルフィは喜び、照れ臭そうに笑った。
「それじゃあ、明日の作戦、一つ付け加えよう」
そう言ってとある提案をするデルフィ。
「それ、とってもいいですね」
リラも頬を赤らめて笑い、その作戦に賛同した。
月明かりの下、二人の想いは確かに重なっていた。




