~暗黒の魔女~ 三章・宴の終わり 「44.最後のチャンス」
オリバーたちはノーザリンからのルートで禁じられた洞窟を目指すことを諦め、シーガルン方面からアタックをかけることにしました。
ノーザリンでマチルドとアリスを救出した後、オリバーたちはシーガルンへ向けて歩いていました。オーベルクを経由し、今はシーガルンとの境にある峠に差し掛かっています。
「さて、この峠を越えたら、しばらく進むとノーザリン方面に行く街道との分かれ道だぜ。」
レオンがオリバーに言いました。オリバーは少し不機嫌そうな表情で頷きました。
「…どうしたんだ?」
レオンがいぶかしげにたずねると、オリバーはため息をついて答えました。
「アンドレアスがずっと俺に語りかけてくるんだ。あまり詮索されたくないことをな。」
「へぇ、そうかい。いったい何を聞いてくるんだ?」
レオンがたずねると、オリバーは一瞬残念そうな目でレオンを見ました。
「だから、詮索されたくない、って言ってるだろ。…それに、どうやらアンドレアスに俺のことを探らせているのはあの二人らしくてな。」
オリバーはそう言って後ろの方を振り返りました。レオンがオリバーの見ている方を見ると、ローズとアリスが、バツが悪そうに肩をすくめていました。
「あの二人のことだ、何かお前のことを心配しているんじゃねぇか?」
レオンが二人をかばうように言いました。オリバーは少しためらった後で言いました。
「それならそれで嬉しいが、このことに関しては、俺は他人を巻き込むつもりはないからな。…それに、アンドレアス個人が俺に『闇の魔術を使うのをためらうな』とずっと説いてくるんだ。もうやってられないよ。」
「ふーん…。別に俺は構わねぇと思うけどな。」
レオンの言葉に、オリバーはレオンを睨みつけました。
「ああ、誤解させちまってたらすまねぇ。だが、お前が闇の魔術師から足を洗っていることはみんな周知の事実だ。断りを入れたうえで、シャロンに対抗する手段としてそれが必要なら、使うのも止むを得ねぇんじゃねぇのか?だいたい、オーベルクの空にシャロンが作ったっていう変な印が打ち上げられた時、お前は闇の魔術を使ったんだろう?」
オリバーはそれを聞いて、困ったような顔をして考えこんでしまいました。レオンは笑ってオリバーの肩をポンと叩きました。
「まあ、それよりも有効な手段があるって言うんならそっちを使うに越したことはねぇがな。あんまり深く考え込むんじゃねぇぞ。」
「はは、そうは言われてもな。」
オリバーは遠慮がちな笑みを浮かべました。その時です、前の方から兵士の一団がやってきました。レオンが目を凝らします。
「あれは…フラレシア王国軍だな。シーガルン国内を見回っているようだな。」
すると、一番前を歩いていた兵士がこちらへ駆け寄ってきました。
「貴様ら、怪しい一団だな。見たところフラレシア王国軍ではないな。所属を述べよ!」
兵士の剣幕に、オリバーは苦笑いしました。
「あー、俺はオリバー・ローゼンハインだ。こっちにいるのは、ハングリアで市民兵の訓練師範をしているレオン・ブーランジェ。多分、隊長格の兵士なら、レオンのことなら知っているんじゃないかな。ブレーズ将軍にも俺たちは会っているしな。」
「…少し待て。」
兵士は不審げな表情を見せながらも、隊長格の兵士に報告に行きました。すると、隊長格の兵士が真っ青な顔をしてこちらへ走ってきました。その顔を見ると、レオンは顔をほころばせました。
「お前はレイモン!レイモンじゃないか!」
「レオン先生!お久しぶりです!私の部下が大変失礼な発言を…。」
「レオンの知り合いなのかい?」
パトリックがたずねました。
「ああ、そうだ。こいつは俺が二番目にシーガルン王国の正規軍に推薦してやったやつだ。よく生きていたな。」
レイモン隊長は笑って答えました。
「半年前からフラレシア王国の方に出向していましたので…。それより、ブレーズ将軍から兵士全体に指令が下っていまして、オリバー・ローゼンハイン様ご一行を見かけた者は、ランダール峠の麓に出向いているブレーズ将軍のところに連れてくるように、と…。」
すると、パトリックの後ろでモニカが疑わしげな表情を見せました。
「大丈夫なんですか?シャロンの罠ということは…。」
モニカの言葉を聞いて、レオンは少し考えた後、イザベルを呼びました。
「イザベル、レイモンが本物かどうか見破ってくれ。レイモン、お前には失礼なことをすることになっちまうが、許してくれ。」
「はは、かまいませんよ。お世話になったレオン先生のおっしゃることには逆らえませんからね。」
イザベルがやってきて、レイモン隊長の前で何かをつぶやきました。しかし、レイモン隊長の身には何も起こりませんでした。イザベルはにっこりと笑って言いました。
「大丈夫ですよ、レオンさん。この方は正真正銘、本物です。」
レオンはホッとしたように息をつきました。それはオリバーも一緒のようです。しかしその瞬間、レイモン隊長の後ろにいた兵士たちの中の三人が急に苦しみ出しました。
「ぐっ、ぐあああああああっ!」
兵士たちはどす黒い血を吐いたかと思うと、地面に倒れて息絶えました。オリバーはため息をついて言いました。
「…どうやら、兵士たちの中には偽物がいたらしいな。」
兵士だったはずの亡骸は、いつのまにか魔獣に変わっていました。レイモン隊長はぞっとしたような表情を浮かべました。
「こんな身近に魔術師の脅威が…。」
オリバーは冷静に言いました。
「ともかく、早くブレーズ将軍に会った方がよさそうだな。ランダール峠の麓にいるということは、俺たちの通り道でもある。…レイモン隊長、案内を頼みます。」
「はっ、了解しました。」
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オリバーたちはレイモン隊長の一隊に護衛され、ランダール峠に向けて歩き出しました。もともとは隣国の人々なので、兵士たちはオリバーたちがリバー王国を救った時の活躍話を聞きたがりました。ビアンカとラルフが兵士たちの相手をしています。
「マティアスの兵士たちとシュバルツ平原で戦った時は大変だったなぁー。生きてパカロンに帰れた時はホッとしたよ…。」
「僕はパカロン城に残っていましたけど…、みんなピリピリしていて、僕も戦場にいるんじゃないか、っていう気分になりましたからね。」
兵士たちは目を輝かせて二人の話を聞いています。
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一方、馬の上ではローズとアリスが肩身の狭そうな表情を見せていました。オリバーにアンドレアスのことを見抜かれてしまったからです。
「アンドレアス…。もっと工夫して聞いて…。」
ローズが文句を言いました。どうやらアンドレアスはオリバーに単刀直入に質問したようなのです。
「それに、あなたが闇の魔術のことをしきりに言うから、先生も機嫌が悪い…。」
アンドレアスは憮然としたような声で言いました。
「それは、私が親切心で言っているだけのこと。やはりどれほど思案を巡らせようと、シャロンには闇の魔術を使わなければ勝てぬ。」
ローズは怒りだしました。
「いい加減にして…。何度も言っている…。闇の魔術を使うことは私が許さない…。あなたの主人は、私…。主人の命令には絶対服従…。」
すると、アンドレアスも不快そうな声をあげました。
「その言い方は気に食わんな。確かに私の主人はそなただが、私はそなたに服従しているわけではない。我々のような高貴な魔神を、召使いのように認識されては困る。」
「無礼は謝る…。でも、それでも闇の魔術を使ってはいけない…。あなたのように高貴な存在なら、できないわけがない…。」
アリスはバツが悪そうに二人のやり取りを聞いていました。が、やがて口を開きました。
「二人とも、やめるのだ。…ローズ、オリバーのことを探るのは、もう不可能だ。オリバーが頑として話したくないというのであれば、もう詮索しないほうがよいだろう。…アンドレアス、オリバーは闇の魔術を使うことにある種のトラウマを抱いているのだ。オリバーの仲間として、オリバーを傷つけることはできぬ。」
二人の声が止みました。ローズは失望したような目でアリスを見ています。そして口を開きました。
「アリス…。先生が心配ではないの…?」
アリスはムッとしたように言いました。
「何を言うのだ、心配に決まっているだろう。だが、人には触れられたくないことというものもあって然りなのではないか?お前とて、一族のことを言われることは好まないことであろう?」
「それとこれとは話が別…。もういい…。アリスにも頼らない…。もちろんアンドレアスにも…。」
そう言うと、ローズはホルストから飛び降りました。そしてオリバーの方に走っていき、何かをオリバーと話していましたが、すぐにオリバーに追い返され、とぼとぼと歩きながらマチルドと話し始めました。アリスは心配そうな表情を見せ、ローズに話しかけようとしましたが、心の中でアンドレアスの声が聞こえてきました。
「やめておけ。そなたが行っては逆上するだけであろう。ローズは、心が大人になりきっていない。自分が何を目指しているのか、わからなくなって混乱しているのであろう。今はそっとしておいてやる方がよい。」
アリスは顔をしかめて言いました。
「時々、吾れには貴様が善人か悪人かわからなくなる。悪とは言え、貴様がオリバーに闇の魔術を勧めているのはあくまでシャロンを倒すためのことだ。」
ややしばらく沈黙があった後、アンドレアスの声が聞こえました。
「ローズを守れ、との願いが存在しなければ、私はそなたたちにとって忌み嫌われているはずの存在。あくまでそれだけの話だろう。」
「ふむ…、そのようなものなのか…。ともかく、今はそっとしておいてやる方がよいのだな。」
「ああ、そうだ。そうでいられなくなる時は間違いなく来る。それも…早くな。」
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オリバーたちはレイモン隊長たちの案内で、ランダール峠の麓の村に到着しました。彼らはすぐにブレーズ将軍と会うことができました。ブレーズ将軍たちは丁寧にオリバーたちを迎え入れました。
「お久しぶりです、オリバーさん。レバリーでのことは、こちらにも情報が入ってきました。ともかく、ご無事でなによりです。」
「ありがとうございます、ブレーズ将軍。ところで、ブレーズ将軍はどうしてここに?」
オリバーがたずねると、ブレーズ将軍は困ったような表情を見せ、言いました。
「ノーザリン方面から、魔獣たちがランダール峠を越えてシーガルンに流入してきているんです。他の境界には最低限の兵を残し、残りはここに集中させ、何とか魔獣の侵入を防いでいる状態です。」
「そうでしたか…。つまり、峠を越えた先は魔獣であふれかえっているということですね…。」
オリバーは苦い顔をしました。すると、ブレーズ将軍がオリバーにたずねました。
「オリバーさん、あなたは峠を越えてノーザリンへ行かれるおつもりですか?」
「ええ…。これが最後のチャンスです。きっとこれ以上時間をかけると、シャロンは力を限界まで蓄え、手出しができないレベルにまでなってしまうでしょう。」
オリバーの言葉に、ブレーズ将軍はしばらく目を閉じて考えていましたが、やがて言いました。
「わかりました。それでは私の兵士を五十名ほど同行させましょう。」
その言葉に、オリバーはびっくりしました。
「し、しかし、お気持ちは嬉しいのですが、それでは…。」
ブレーズ将軍は笑っています。
「シーガルン内での兵の統括は、すべて私に一任されています。それに、フラレシア王国はシーガルン王国とも、リバー王国とも友好国なのです。何より、シャロンが力を再び蓄えるとまたやっかいなことになるのでしょうからね。どうか、遠慮なさらずに。」
すると、レオンも言いました。
「オリバー、この隊にはレイモンのように、フラレシア王国に出向していた俺の教え子も何人かいるようだ。腕は確かだぜ。」
その言葉に後押しされ、オリバーは頷きました。
「ありがとうございます、ブレーズ将軍。ではお言葉に甘えさせていただきます。」
ブレーズ将軍はにっこりと笑いました。
「わかりました。…レイモン、オリバーさんに同行する兵士を集めろ。君が指揮するんだ。」
「はっ、心して!」
レイモン隊長は姿勢をただすと、その場を離れました。
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五十人の兵士はすぐに集まりました。中にはレオンの教え子も何人かいるようです。
「では、行ってきます、ブレーズ将軍。」
オリバーの言葉に、ブレーズ将軍は笑顔を見せました。
「本当は私も同行したいところですが、さすがにこの地を離れるわけにはいかないので…。ともかく、ご健闘をお祈りいたします。」
二人はがっちりと握手を交わしました。
「さあ、師匠、行こうよ!シャロンを倒しに!」
「俺たちの手で、絶対にやるんです!」
ビアンカとハンスが声をあげました。
「ああ…、行こう、みんな!」
「おおーっ!」
オリバーと仲間たち、そして五十人のフラレシア王国兵はランダール峠を登って行きました。ブレーズ将軍たちはその姿が見えなくなるまで見送り続けました。
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人物紹介
~レイモン・ダルトワ~
・「分隊長」
・24歳
・フラレシア王国軍の分隊長。もともとはハングリアにあるレオンの市民兵訓練場で武術を学んでいた。後にレオンによってシーガルンの正規軍に推薦され、その後フラレシア王国に出向する。強い心臓を持っていて、少々のことには動じない。レオン仕込みの武器の扱いのうまさはさすが。ブレーズ将軍にも頼りにされている。
ブレーズ将軍はオリバーたちに、レイモン隊長を始め、五十人のフラレシア王国軍を同行させてくれました。シャロンとの最後の戦いに向けて、貴重な戦力が増えたのです。
次話では禁じられた洞窟を目指すオリバーたちの前に、次々と魔獣が襲いかかります。旅は困難を極めるようです。どうぞお楽しみに!
ちなみにイザベルはブレーズ将軍たちの部下にも正体を見破る魔術をかけましたが、二十人余りの兵士が偽物でした。ブレーズ将軍はレイモン隊長同様、このことに大変驚きました。
では次話をお楽しみに!




