~暗黒の魔女~ 三章・宴の終わり 「45.悪夢の世界」
オリバー一行に、レイモン隊長率いるフラレシア王国軍の小隊という心強い味方が加わりました。彼らは禁じられた洞窟を目指し、ランダール峠を越えて今は樹海の中の街道を進んでいます。
オリバーと仲間たち、そしてレイモン隊長率いるフラレシア王国兵50人は、ランダール峠を越え、ノーザリン地方の樹海に入りました。樹海の中は殺伐とした雰囲気で満たされています。アリスとエミリーが沈痛な面持ちなのは言うまでもありませんが、もう一人心配そうな表情をしている仲間がいます。ヘルガがその仲間に声をかけました。
「マチルド、どうしたの?何だか落ち着かないように見えるわ。」
マチルドは顔をしかめて言いました。
「いや、とっくに足を洗ったとはいえ、山賊団のみんなは無事かな、って思ってよぅ…。」
ヘルガは少し困ったような表情で言いました。
「そう…。あなたは山賊出身だったわね。」
マチルドは真剣な表情で言いました。
「王国や、商人の立場から言えば、そりゃああたいらはやっかいな存在だったと思うけどさ、あたいみたいなギル大臣のせいで両親を失った子どもの面倒を見たり、隊商から分捕った荷物の中の食糧なんかは樹海に住む貧しい人たちに分けてやったり、悪い連中ばっかりじゃないんだよぅ…。」
マチルドの言葉に、ヘルガは一瞬目を丸くしました。
「そう…。私は歴代の王に比べて外の世界に理解がある方だと思っていたのだけれど…まだまだ私の知らない現実はたくさんあるのね…。少しでも、貧しい人々を救わなければ…。」
ヘルガが言うと、マチルドは少し嬉しそうにしました。
「そうそう。そうすればあたいらみたいなやつらが活動することもなくなるしさ。基本的に山賊をやってるやつらは特に貧しい連中の集団で、普段は木こりなんかをやってるんだけど、どうしても生活が立ち行かなくなると山賊をやっちまうんだよ。だから、少しでもヘルガが頑張ってくれれば、その連中も安心して森の仕事に精を出せるのさっ。」
マチルドの言葉に、ヘルガはにっこり笑いました。
「そうね。この現状を知らされたのだから、私が動かないわけにはいかないわ。すぐにとは言えないけれど、きっといつか、すべての貧しい人々が救われる、そんな国を作ってみせるわ。」
ヘルガは決意に満ちた表情を見せました。
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オリバーはそのすぐ後ろで、レイモン隊長たちと話をしていました。
「さすがだな、ヘルガは。困っている人を見捨てられないんだろう。」
オリバーは感心したように言いました。一方、レイモンやフラレシア王国兵たちはヘルガがオリバーたちとともに戦っていることが信じられないようです。
「ヘルガ女王様ですら仲間に引き入れるとは…オリバーさん、あなたは相当な人格者なのでしょうね。」
レイモンは感服したように言いました。オリバーは苦笑いしました。
「はは、俺はそんな大したものじゃないよ。それに、ヘルガは自ら志願して俺たちの仲間になったんだ。ヘルガの行動力の方に驚きだよ。それと、『女王様』なんて言ったら、ヘルガに怒られるぞ?一緒に行動している以上、レイモン隊長も意識した方がいいと思うよ。」
レイモンはなるほど、と相槌を打った後で、オリバーに言いました。
「そうですね。それではオリバーさん、あなたも私に『隊長』などという肩書きは付けず、ただ『レイモン』と呼んでください。」
オリバーは思わず吹き出しました。
「ああ、こりゃあすまないな。言っている俺が徹底できていなかったよ。すまないな、レイモン。」
オリバーの言葉に、レイモンはにっこりと笑顔を見せました。
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やがて、樹海の木々が急に途切れ始めました。辺りには焼け焦げた木々が見えます。以前にシャロンが魔術で炎を放った焼跡のようです。
「この場所から吾れらの狩人小屋まではまだまだ距離は長い…。炎の燃えた範囲は尋常ではなかったようだな…。」
「幸い、この場所から氷の壁を作った地点までに集落はなかったはずですが…。」
アリスとエミリーは暗い表情をしています。一方、パトリックは周囲を眺めてモニカに言いました。
「アリスとエミリーには悪いことを言うようだけれど…、これだけ焼け野原が広がっていれば、魔獣が隠れる場所も少ない。しばらくは順調に進むことができそうだね。」
しかし、モニカは険しい表情をしています。パトリックは不審そうな表情を見せました。
「モニカ?どうしたんだい?」
しかしモニカはパトリックの問いに答えず、目をカッと見開くと、叫びました。
「そこです!ファイアーストーム!」
モニカが叫んだ瞬間、大きな火柱が立ち上りました。アリスは顔を真っ赤にしています。
「モニカ!それは吾れらへのあてつけか!このような光景の中で炎など見たくはないのだ!」
しかし、慌ててエミリーがそのアリスを押しとどめました。
「お姉さま!あれを!」
アリスがエミリーの指差した方を見ると、そこには焼け焦げた魔獣が横たわっていたのでした。モニカは申し訳なさそうにアリスに言いました。
「ごめんなさい、アリスさん。魔術を選ぶべきでした。でも、突然魔獣の気配を感じたので、思わず一番楽な炎の魔術を…。」
「む…いや、気にすることはない。吾れも感傷に浸りすぎていた。以後、気をつけるようにする。」
オリバーも今起こったことを見て、急に表情を険しくしました。
「参ったな…。今はモニカが気配を悟ってくれたから助かったけれど、まったく魔獣の姿は見えなかった…。この領域にはもっと魔獣が潜んでいるのか…?」
すると、イザベルが言いました。
「では、魔獣を強引に出現させましょう。幸い、いい風が吹いています。皆さん、私が魔術を唱えたら、三十秒数える間、息を止めてください。心配な方は体を地面に伏せた方がいいですね。さあ、ローズさんも手伝ってください。あなたが訓練の時に身につけた魔術を実践しましょう。」
ローズはコクンと頷きました。オリバーたちはイザベルの言葉に従うことにしました。イザベルの言葉だけでは安心できない兵士たちは、地面に伏せ、身構えました。イザベルは風の向きを読み取ると、ローズと声を合わせ、叫びました。
「ポイズンブレス!」
「ポイズンブレス…!」
すると、辺りは紫色の空気で満たされました。オリバーたちは、イザベルが周囲の空気を毒で満たしたのだと悟りました。毒の魔術を初めて目にしたであろう、レイモンをはじめとするフラレシア王国兵たちは目をまん丸に見開いて驚いていると同時に、顔を真っ赤にして空気を吸い込まないように頑張っています。
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やがて、イザベルは手をあげ、呼吸をしても構わないという合図を出しました。それを見ると、全員が大きく息を吸い込みました。
「ふあーっ、苦しかった…。」
ペーターが大きく深呼吸して言いました。
「うん、そうだねー。でもあたしたち、今はもっと苦しいんじゃないかなー?さ、そろそろ現実を見ようか、ペーター。」
ビアンカがやれやれと肩を落として言いました。イザベルの毒の魔術によって出現させられた魔獣に、オリバーたちは囲まれています。毒の魔術を食らったことで、魔獣たちの怒りのボルテージは最高潮のようです。今しも飛びかかってきそうです。オリバーもため息をつきました。
「どうやら、こいつらを全部倒さなければ安心して先には進めなさそうだな。まったく、悪夢だよ、これは。さあ、みんな!やるぞ!」
オリバーの言葉に、仲間たちはそれぞれの武器を構え、魔獣の群れに突進していきました。レイモンは彼らの切り替えの速さに圧倒されています。
「さすが、死線をくぐりぬけてきた戦士は格が違う、といったところでしょうかね。」
レイモンは苦笑いして言いました。オリバーも笑って言いました。
「まあ、確かにこれよりも厳しい状況なんていくらでもあったからな。さあ、俺もフラレシア王国兵のお手並みを拝見させてもらおうかな。」
オリバーが言うと、レイモンは不敵に笑いました。
「そうですね。…さあ、みんな!フラレシア王国兵の腕の見せ所だぞ!存分に戦ってきてくれ!」
「おおーっ!」
レイモンの言葉にフラレシア王国兵は一気に魔獣に突撃していきました。兵士たちは魔獣たちに一歩も引けを取らないどころか、圧倒的な力で魔獣たちを根こそぎ倒していきます。オリバーはびっくりしました。
「これは…フラレシア王国軍は、魔獣に対して特別な戦い方を身につけているのかい?」
オリバーに言われると、レイモンは笑って言いました。
「全員が全員というわけではありませんよ。中央には権力にしがみついて、いざ戦いとなると尻尾を巻いて逃げ出すような堕落軍人もたくさんいます。しかし、ブレーズ将軍に率いられた兵士はもともとリバー王国やシーガルン王国との国境付近の守りについていました。そのあたりでは、ギル大臣が生きていた時に両王国内に出現していた魔獣が、山脈を越えて流入するという事態が起きていました。つまり…彼らは魔獣との戦いにも手慣れているんです。」
オリバーはひどく感心しました。しかし、それと同時に一つの疑問も頭をよぎりました。
(とはいえ…魔獣と戦うにはある程度の知識が必要だ。それを兵士たちに教え込んだのはいったい…)
オリバーは考えこみましたが、その前にイザベルの声が聞こえてきました。
「オリバーさん!私も魔術での援護を始めています!オリバーさんも加勢してください!」
「ああ、わかった!モニカは…パトリックと一緒か。あれは降りてこちらへ来る暇はないな。あのまま戦ってもらおう。ようし、やろう!」
オリバーはイザベルとともに、魔術での援護を始めました。レイモンはそれを見て感服したような表情を浮かべると、フラレシア王国兵に混じって魔獣との戦いを開始しました。
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ローズはアンドレアスの力を借りず、ハンスのそばで短剣で戦い続けていました。魔獣に引けをとることはありませんが、しかし数が多いので少し苦戦しています。
「おーい、ローズ!アンドレアスの力を借りた方がいいんじゃないの?」
ハンスが魔獣の体を貫いた後でローズに言いました。しかし、ローズは冷たく突っぱねました。
「余計なお世話…。」
そう言ってローズは魔獣の方に目をやりました。しかし、一瞬のうちにハンスとローズはぐるりと魔獣に囲まれていました。ローズは恨めしげにハンスに言いました。
「ハンスのせい…。」
「お、俺のせいじゃないよ!ローズだって油断してたんじゃないか!」
「私が油断したのがハンスのせい…。」
「そんな、むちゃくちゃだ!」
二人が口論をしていると、誰かが魔獣の一部を切り崩して輪の中に入ってきました。
「だぁーっ!お前らバカか!こんな時に喧嘩してる場合じゃねぇだろう!」
レオンはそう言って、二人の頭をポカリと叩きました。そして、レオンはローズに言いました。
「おい、ローズ。アリスから少し話はきいたぜ?お前、いつまで意地を張ってるんだ?お前がアンドレアスを遠ざけてたら俺たちだってやれることもやれなくなっちまうことだってあるんだぞ。何より、この後でシャロンと戦う時にはアンドレアスの力は絶対に必要なんだ。いい加減に、意地なんて張ってねぇでアンドレアスと一緒に戦えよ。じゃねぇと、いざという時に連携がとれなくなっちまうぜ。」
ローズはレオンをじっと見ていました。そして、小さく息を吐くと、レオンの言葉には答えず、黙って自分の肩を三度叩きました。途端に、アンドレアスが姿を現しました。
「私のことを呼んだか。」
アンドレアスは少し不安げな声で問いかけました。ローズはアンドレアスに言いました。
「冷たい態度をとってごめん…。私と一緒に魔獣と戦って…。」
「よし、いいだろう。」
答えたアンドレアスの声は弾んでいました。その途端、周囲の魔獣は一気に吹っ飛びました。
「まったく、初めっからこうしとけば良かったのによ!」
レオンが快活そうに笑います。ローズは少し恥ずかしそうな表情を見せると、ハンスと一緒にまた別の魔獣に向かって走っていきました。レオンのところに、ホルストに乗ったアリスがやってきました。
「吾れも感謝するぞ、レオン。関係者として、あの二人が再び仲を取り持ったことは素直に嬉しい。」
「礼には及ばねぇよ。さあ、俺たちもさっさとこの辺りの魔獣を片付けようぜ!」
「うむ、それは貴様に言われるまでもない。」
二人は頷きを交わすと、それぞれ魔獣に向かって突進していきました。
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やがて、その辺りにいた魔獣はだいたい片がつきました。怪我をした仲間や兵士はいるようですが、全員何とか無事なようです。オリバーは一つ息をつきました。
「ふう…。とりあえず一段落だな…。思わぬ戦闘でみんな体力を使っただろう。一旦休憩しようか。」
オリバーはレイモンに言いました。
「ええ、賛成です。怪我人の手当てもしなければ…。」
「ああ、そうだな。それが終わったらまた出発することにしよう。みんな!一旦休憩しよう!」
「休憩だーっ!」
オリバーとレイモンの声に、仲間たちも兵士たちもホッとしたように腰を落ち着けました。
突然潜伏していた魔獣に襲われかけたオリバーたちですが、何とか退けることができました。シャロンはじっとオリバーたちが到着するのを待っているようです。
次話ではオリバーたちがアリスたちの狩人小屋があった付近を通過します。その時、彼らの前には異様な光景が広がるようですが…?どうぞお楽しみに!
ちなみに、これほどまでに屈強な兵士たちがフラレシア王国内で辺境警備に回されている理由は、中央のエリート軍人たちが自らの地位を脅かしかねない、ということで首都の近くから遠ざけているためです。どこの国でもありそうなことですね。
では次話をお楽しみに!




