~暗黒の魔女~ 三章・宴の終わり 「37.ヘルガの決断」
オーベルクでの激しい戦いは終わりました。オリバーたちはオットー様のお葬式のため、パカロンにやってきていました。
一晩中かけてシャロンと対峙したオーベルクでの戦いから二日、パカロンにあるフランツ家の墓所にて、オットー様のお葬式が執り行われました。
クララ様とリリーを先頭に、オットー様のご遺体が納められた棺が静かに進んでいきます。棺を担いでいるのはオリバー、パトリック、レオン、ハンス、ペーター、そしてヴォルフです。オリバーたちや、オットー様の家来たちの後を、大勢のオットー様を慕う市民が泣きながらついて行きます。
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レオンが墓所を見渡しながら言いました。
「立派な墓石ばかりだ…。シーガルン王家の墓所にも、こんなに立派なものはそうなかったぞ。」
レオンの横を歩いていたヘルガが言いました。
「ええ、そうよ。何しろロンドランドを治めていたフランツ家は、リバー王国の本流の王家よりも歴史が古いのですもの。」
レオンはそんなヘルガを見て困ったような顔をしました。
「ヘルガ…、そんな格好していたら、俺はどういう対応をしたらいいのか…。」
ヘルガは久々に女王様の正装を着ているのです。
「気にすることはないわ、レオンさん。少なくともあなたたちはこれまで通り接してくれてかまわないわ。」
「そ、そうか…。じゃあ、そうさせてもらうぜ…。」
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やがて、先頭のクララ様とリリーが歩みを止めました。オリバーたちも、そこで棺をゆっくりと降ろしました。彼らの正面には、周りの豪華な墓石とはうってかわって、とても小さな、ささやかな墓石がありました。
「…オットー様は、生前から豪華な墓石は必要ない、とおっしゃられていました。」
クララ様が笑顔でおっしゃいました。オリバーたちがそっと棺を墓石の前に掘られた穴におさめると、墓守たちがそっと土をかけ、棺を隠していきました。リリーはヴォルフの腕にしがみつき、ヴォルフはそっとリリーの肩を抱いています。ビアンカやエミリーは目にいっぱい涙をためています。
やがて墓守たちの作業が終わると、イザベルがそっと前に進みだしました。
「イザベル…どうしたんだい?」
パトリックが問いかけましたが、イザベルはそれには答えず、墓石の前で何かを唱えました。イザベルは少しよろめきましたが、満足そうな笑顔を浮かべました。その瞬間、墓石のまわりに色とりどりの花が咲き乱れました。青白い顔のイザベルは笑顔で言いました。
「私の命がある限り、この花々が枯れることはありません。…魔力を使いきる魔術は、こういうことに役立てたいものですね…。」
暗い顔をしていたオリバーたちも、この光景を見て思わず表情を明るくしました。クララ様は感謝を表情に浮かべられ、イザベルに頭を下げられました。
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城主がいなくなったパカロン城の大広間で、オリバーと仲間たち、そしてクララ様とヴォルフ、リリー、そしてパカロン市街の十三の地区の長老たちが会議を開きました。ヴォルフが会議を取り仕切っています。
「さて…、まずはこのパカロン城の所有権だが…。オットー様がお亡くなりになられた今、所有権はクララ様、もしくはクララ様のお腹の中にいらっしゃる、オットー様のご子息のものとなるのだが、長老たちもその点については納得しているな?」
十三人の長老たちは深く頷きました。
「我々はクララ・フランツ様とそのご子息がこの街を治めることとなっても、これまで通り一致団結して協力していく所存でございます。」
十三人の長老たちは意見をともにしているようです。しかし、クララ様は首を縦に振ることはなさいませんでした。
「皆さんが私を慕っていただいているのは大変嬉しいのですが…、私はもともとオットー様に仕える特殊伝令兵、政治のことにはまるで知識がありません。仮にオットー様のお子を正当な後継ぎとするにしても、成長するまでは私が補佐しなければなりません。しかし、政治に関しての素人が政治を執り行ったところで、民は混乱するだけです。私にその役目は…できません。」
十三人の長老たちは残念そうな顔をしています。
「そんな…。民たちはオットー様と同じように、クララ様のことをお慕い申しております。」
「クララ様は子どもたちのため、パカロンの十三の地区一つ一つに学校を建ててくださいました。子どもから老人まで、民たちは自ずからクララ様についてくるでしょう。」
必死に長老たちは懇願しますが、クララ様のお気持ちは変わらないようです。すると、マチルドがサッと手をあげました。ヴォルフがそれに気づきました。
「どうしたんだ、マチルド。」
マチルドは長老たちに聞きました。
「仮にクララ様がこの街を治めないとしたらよぅ、あんたたちがこの街を治めりゃいいんじゃないのか?そうすりゃクララ様に負担をかけることもないし。」
「いや、しかしこの中から指導者を選ぶとすると…。」
「どうやって決めるんだ?地区の大きさか?それならば我々のジョーレ地区が、」
「いや、住民の数が多いのは我々のゼルトラム地区だ。」
「待て。その住民たちの食糧のほとんどをつくっているのは我らのニフォール地区だ。」
長老たちは口々に口論を始めました。マチルドはその様子を見てイライラしているようです。
「ああもう、めんどくさいやつらだな!どうせなら全員が指導者になっちまえばいいんじゃないのかよぅ!」
その言葉にはオリバーが反応しました。
「なるほど…!十三人の長老たちによる合議制か…。他の国には成功例もあると聞く。マチルド、なかなか良いことを言ったな。」
クララ様も笑顔を見せられています。
「ええ、私もそれがいいと思うわ、マチルド。…長老の皆さん、どうでしょうか?」
長老たちは顔を見合わせています。
「なるほど…。我々で会議を行い、それで政治の方針を決めるのか…。」
「各地区で意見をまとめ、それを我らが最終的にまとめれば、うまくいくかもしれん。」
「そうなれば、各地区にも方針を決める組織が必要だな…。」
額を寄せて話し合う長老たちを見て、クララ様もオリバーたちも笑顔を見せました。
「どうやら、うまくいきそうだね。」
ビアンカが嬉しそうに言いました。
「ああ、そうだな。みんなオットー様の治世に満足していたんだ。きっとその政治方針を受け継いでいけるだろう。あとは…ヘルガ、君が女王としての意思を示すだけだ。」
オリバーが言うと、女王様の正装をしているヘルガはにっこりと笑い、そしてクララ様と長老たちを見渡しました。
「…十三人の長老たちによる合議制、この意見に反対する者は?」
ヘルガの問いかけに、手をあげる者はありませんでした。
「わかりました。ではこれより、パカロンはリバー王国から分離、市民による自治都市として認めることにします。」
クララ様、そして十三人の長老たちはヘルガに深々と頭を下げました。
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長老たちが去った後、オリバーたちはまだ大広間に残っていました。ヘルガが仲間たちに相談がある、と言って彼らを残らせたのです。
「ヘルガはいったい、何を相談しようとしているんだろう。」
ペーターが首をかしげました。その言葉を耳にして、大広間の見張りについている衛兵たちが険しい顔をしました。
「心配するな。彼らに対しては、女王様がご自分をお名前で呼ぶことを許していらっしゃるんだ。」
ヴォルフが衛兵たちに笑いかけました。すると、後ろの方からも声が聞こえてきました。
「そうよ、気にすることはないわ。」
オリバーたちがサッと声がした方を見ると、ヘルガが普段の格好に着替えて戻って来たのでした。
「…もうあの服を着ると、肩がこってしまうわ。」
ヘルガは笑いながら言うと、オリバーのとなりに座りました。オリバーは何となく、ヘルガが何を言い出すのか見当がついた気がしました。
「ヘルガ…。わざわざ着替えて戻ってきたということは、もしかして君は…。」
ヘルガは苦笑いして答えました。
「ええ…。私は王位を退こう、と決めました。」
オリバーを除く、その場にいた全員がびっくりしたようにヘルガを見ました。
「あ、いえ、正確にはしばらくの間、王位から離れるだけです。来るべき時が来れば、再び王位に戻るつもりです。それまではリバー王国そのものを一度停止させるつもりです。」
「…どのようなお考えなのか、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか、女王様。」
ヴォルフがヘルガに聞きました。
「もちろん、フランツ殿の弔い合戦に参加したい、という気持ちもありますが…、現実問題を考えると、この国にはもう軍隊と言えるものがほぼ消滅してしまいました。このパカロン程度の範囲ならば、傭兵をやとえば治安と防衛も可能ですが、さすがに一国の領土の範囲ともなれば、それだけでは補いきれません。やはり国を治めるために、最低限の軍隊は必要ですから…。」
ヘルガの言葉に、その場にいた誰もが納得せずには居られませんでした。一番初めのキンフィールド襲撃でキンフィールドの守備隊や衛兵隊は壊滅、シーガルン王国軍も直後のハングリア襲撃で四散しています。オットー様の直属軍も、今回のオーベルクでの戦いで散り散りになったばかりです。この国にはもう軍隊と呼べるものはほとんど残っていないのです。
「でも…、今後の統治はどうするつもりなの?統治者がいないまま国を放置すれば、他国に完全に侵略されてしまうよ。」
ハンスが厳しい表情で言いました。
「ええ。ですから、このリバー王国の北にあるフラレシア王国に委任統治を頼もう、と考えているの。」
「なるほど…。フラレシア王国の王家はシーガルン王家の遠縁にあたる。セザール様もギルにシーガルンを占領されていた時にはフラレシア王国に亡命していたしな。」
「国王陛下のクリストフ様も名君と名高いようだしね。悪くない判断じゃないかな。」
レオンとパトリックが賛成しました。どうやら他の仲間たちも異存はないようです。
「国家の重大な相談を、俺たちが受けているっていうのも何だか妙な感じだけどな…。」
オリバーは苦笑いしました。
「あなたがたは良き相談相手、良き友人、そして良き仲間ですから…。
ヴォルフ、これから書をあなたにしたためます。フラレシア王国への使者となり、クリストフ国王陛下にお渡ししてほしいのです。行ってくれますか?」
ヴォルフはすぐさま跪きました。
「女王様の仰せのとおりに。」
ヘルガはにっこりと笑いました。
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その頃、ノーザリンの樹海でボロボロになってさまよう姿がありました。
「魔力が…魔力が足りない…ん?どこかから魔力が漏れ出ている…。この巨石の裏…?」
シャロンはその場所にあった巨石の裏に回りこみました。
「封印の気配がある…。この場所にいったい何が…?…朔時!」
シャロンが唱えると、彼女の目には一年半前の光景が見えました。オリバーや仲間たちと、闇の魔術師プレグーが対峙している場面です。やがて火山が噴火し、プレグーはその溶岩の中に飲みこまれていきました。シャロンはその光景を見て残虐な笑みを浮かべました。
「この場所が伝承にあった『禁じられた洞窟』…。この場所には底知れない魔力が…!フフフ…。今度こそローゼンハインを!あはははははは!」
パカロンは今後、十三人の長老たちによる合議制で政治が行われることとなり、リバー王国は隣国フラレシア王国に委任統治されることになりました。そして、シャロンは一年半前にオリバーが封印した『禁じられた洞窟』を見つけてしまったようです。
次話ではオリバーたちがまた本拠地であるオーベルクに戻ります。シャロンとの戦いによって大損害を受けた街も、ほんの少しずつ復興し始めているようです。どうぞお楽しみに!
ちなみにフラレシア王国は、ギル大臣の治世からの解放後も、リバー王国に多大な資金援助をしてくれていました。リバー王国の国民も悪い感情は特に持っていないようです。
では次話をお楽しみに!




