~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「36.最期の夜明け」
オリバーたちはシャロンの繰り出してきた『数増やしの術』の前に苦戦しています。次々に増えてくる敵を前に、身動きが取れないのです。
このお話で二章「オットー様の覚悟」はおしまいです。次話からは三章「宴の終わり」に入ります。
オリバーと仲間たちは、シャロンの繰り出してきた『数増やしの術』の前に苦戦を強いられていました。向かってくる敵を倒しても、すぐにその二倍の数になって復活してくるのです。それでも攻撃をやめるわけにはいかないので、彼らは終わりの見えない戦いを続けているのです。
「くそっ、シャロンを倒せばこんないまいましい術なんて消えちまうんだろうが…。」
ヴォルフが明らかにイライラしながら言いました。
「こんなにたくさんの数の動死体や兵士がいるんじゃ、とてもシャロンのところまでなんか近寄れないよ!」
ビアンカも悔しそうです。
「何とかしてシャロンに近づかなければ…、このままでは私たちはいずれ全滅するだけですよ。」
ヘルガは厳しい表情です。
「だが…いったいどうすれば…。」
オリバーが困った表情をした時、オリバーの心の中で声がしました。
「お困りのようだな。」
「アンドレアス…。ああ、困ってるよ!まったく、いったいどうすればいいんだ!」
オリバーはもう半分やけになっています。
「…私が力を貸してやれんことはない。」
アンドレアスがオリバーに語りかけました。
「何だって?」
「だが、あのシャロンという者は、余も対等に渡り合えると断言はできぬ。どのような方法でかは知らぬが、あの者は人間ごときが身につけて許されるものではない力を備えている。高貴なわれわれ魔神すらも寄せ付けないようなものだ。」
「ああ、君の魔神と人間の優劣に関する持論は大いにわかった。そんなことより、これからどうするつもりなのか教えてくれ。」
オリバーはイライラしたように言いました。
「あの者の気をそらせさえすれば、何とかなるやもしれぬ。だが、そなたたちはこの場に釘づけになっているのだからあの者の気をそらすことは難しいだろう。」
「ああ…。あ、そうだ。ローズとアリスは馬に乗っているんだ。突破して何とか陽動をしてくれれば…。」
「いや、そのくらいのことはあの者も恐らく予測しているであろう。しかし、まだこの近くにその行動が可能な者がいるのではないか?」
オリバーは少し考え込むような顔をしましたが、やがてハッと顔をあげました。
「オットー様…。パトリックとエミリーもいる。義勇兵たちもだ!」
「そなたが良いというのなら、私はすぐにでもオットー・フランツの元へ行って参る。ローズはそなたの許可をとらないといけないと、私に説教してきたのでな。」
オリバーはすぐに答えました。
「やるならそれしかない。頼むよ、アンドレアス。」
「了解した。では私はオットー・フランツの元へ向かうとしよう。」
そう言ったきり、オリバーの心の中でアンドレアスの声は聞こえなくなりました。
「頼むぞ…アンドレアス…。」
「先生!こっちが徐々に押されてきています!加勢していただけますか!?」
近くでハンスの悲鳴に近いような声が聞こえてきました。
「ようし、待ってろ!すぐに行く!レオン!この辺りは頼んだぞ!」
「おう!任せとけ!」
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その頃、オットー様と義勇兵たちはオーベルクの街を目指して進軍していました。
「急ぐのだ!きっとローゼンハイン殿たちによくないことが起こっているに違いない!」
オットー様は義勇兵たちに声をかけます。
(黄色かった合図の炎が突然緑色に…。これは間違いなく何かが起こったに違いない)
オットー様がそう思われた瞬間、オットー様の心の中に声が聞こえてきました。
「オットー・フランツ…。オットー・フランツ…。」
(むっ?)
オットー様はとっさに辺りを見渡しましたが、パトリックにもエミリーにも義勇兵たちにも変わった様子は見受けられません。オットー様はこの声が聞こえてきているのは自分だけだと確信されました。
「余に語りかけてくるのは…誰だ?シャロンの手のものか?」
「そうではない。私の名はアンドレアス。ローズ・ミニエーと行動を共にしている魔神だ。」
「ほう…。話には聞いていたが。人の心に直接話しかけることができるとは、まことなのだな。
…ローゼンハイン殿たちの戦況はどうなのだ?」
「…厳しい。いたって厳しい。シャロンは『数増やしの術』というやっかいな術を繰り出してきた。そのせいでローゼンハインたちはシャロンに近づくことができない。」
アンドレアスはオリバーたちが苦戦している状況を詳しくオットー様に伝えました。オットー様は表情を険しくされました。
「何と…。余にできることはないのか?」
「ある。だが、そなたの命を危機にさらすことにはなる。そなたには、自分の身を呈してまでもオリバー・ローゼンハインたちを援護し、国を救う覚悟はあるか?」
アンドレアスからの問いに、オットー様は確固とした表情でお答えになりました。
「無論だ。国を救うことができるならば、どのような手段でも使うつもりだ。それに、もう余の命は長くないのだ。命を捨てる覚悟など、とうにできている。」
「…気持ちに偽りはないようだな。よし、あとはそなたの判断に任せよう。最善の策を練ってほしい。」
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やがて、オーベルクの街の入り口が見えてきました。パトリックが隊列をいったん止めてから、オットー様に問いかけました。
「オットー様!オーベルクへの入り口です。一気に突撃しますか?」
オットー様は手招きをしてパトリックとエミリーを呼び寄せました。そして、何かを小さな声でおっしゃいました。途端にパトリックとエミリーが顔を真っ青にしました。
「オットー様!それではまるで…。」
「かまわぬ。シャロンに勝つには現段階ではそれしかない。それに、アンドレアスとやらの作戦が成功しさえすれば、余も命を落とすことはあるまい。大博打ではあるが、ここは打って出る必要があるだろう。…さあ、兵を連れて市街に突入するのだ。」
パトリックとエミリーはそれでも不安げな顔をしています。オットー様は業を煮やし、義勇兵たちに叫びました。
「皆のもの!市街地ではローゼンハイン殿たちが戦っている!シャロンは『数増やしの術』とやらを使っている。敵を倒すと、その二倍の数となって復活してくるそうだ。」
オットー様がおっしゃると、義勇兵たちは顔を見合わせて口々に不安を口にしだしました。
「…聞くのだ!この場で余の隊は解散する!危険を冒して市街地で戦おうという者はティボー殿とエミリー嬢に続いて突撃するのだ!参加したくない者はこの場にとどまるように!キンフィールド方面には危険な魔力線が張られているとのことだ。さあ、市街地へ突入する者は誰だ?」
オットー様が義勇兵たちを見渡した瞬間、義勇兵たちは一斉に武器を掲げ、大声をあげました。目はらんらんと輝いています。
「…全員突入するのだな。『数増やしの術』とやらに十分注意するように。…さあ、ティボー殿!エミリー嬢!行くのだ!」
二人はまだじっとオットー様を見ていましたが、意を決したように頷くと、義勇兵たちに向き直りました。
「さあ、みんな!これがオーベルクでの最後の戦いだ!気持ちを引き締めるんだ!」
「勝負の時は今です!さあ、突撃!」
「おおーっ!」
パトリックとエミリーは義勇兵たちの先頭に立ってオーベルクの市街地へ突撃していきました。
「…さあ、これでよい。余も腹をくくるとしよう。」
オットー様は笑顔でパトリックたちを見送っておられましたが、やがて表情を引き締めると馬を走らせてどこかへ走り去って行かれました。
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パトリックとエミリーが率いる義勇兵たちは街の中央広場に到着しました。広場を埋めつくさんばかりの動死体や兵士たちの中心で、オリバーと仲間たちが必死に戦っています。
「オリバーたちが苦戦している!さあみんな、頑張ろう!」
「おおーっ!」
男たちは奮起し、動死体や敵兵の背後から襲いかかりました。
「エミリー!私たちも行こう!」
「はいっ、パトリックさん!」
パトリックとエミリーも敵兵の後ろから攻撃を仕掛けました。
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オリバーたちもパトリックたち義勇兵が到着したことを知りました。一番初めに気づいたのはアリスです。
「む?オリバー!エミリーとパトリックが帰ってきたようだ!義勇兵たちもいる!」
「本当か!助けに来てくれたか!」
オリバーは嬉しそうな声をあげました。
「これで戦局が有利に進めばもうこちらのものです。」
イザベルも嬉しそうに言いました。仲間たちも嬉しそうです。しかし、ただ一人ヘルガは心配そうです。
「フランツ殿は…アリス!フランツ殿はいらっしゃるの?」
アリスはヘルガに言われ、辺りを見渡しました。しかし、オットー様の姿は見えません。
「オットー様のお姿は…見えぬ。」
「何ですって!?フランツ殿…いったいどちらに!?」
ヘルガは戸惑いを隠せないようです。オリバーは厳しい顔をしています。
「ヘルガ!落ち着くんだ!…アンドレアス!アンドレアス!」
オリバーはアンドレアスの名を呼びました、
「…呼んだか、ローゼンハイン。」
「戻ってきた義勇兵たちの中にオットー様のお姿が見えないぞ。いったいどういうことなんだ!」
「…勘違いしてもらっては困るから先に言っておくが、私はなにもオットー・フランツをけしかけたわけではない。あくまでお前たちの現状を伝えただけだ。オットー・フランツはそれを踏まえたうえで、自らが最善と思える行動をとっただけなのであろう。」
「何だって…。オットー様…。」
「案ずるな。作戦が成功すれば、オットー・フランツが死ぬことはない。だが…あの者はすでに死を覚悟している。どのような結末になるか、私にもわからぬ。」
「無責任…。アンドレアス…。」
ローズもアンドレアスに苦言を言っています。
「ええい、仕方がない!ともかく今はオットー様やアンドレアスを信じるしかない!さあ、みんな!もう一度集中しなおせ!」
「おおーっ!」
仲間たちも再び元気を盛り返し、数が増え続ける敵を相手に果敢に立ち向かいました。
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その頃オットー様は、街の外をぐるりと回り、街の西側の入り口に到着しました。街の中の方からは激しい物音が聞こえてきます。
「ローゼンハイン殿たちが…。余も頑張らねばならぬ。」
オットー様は一つ大きな声を出して気合を入れると、街の中へ突入していきました。
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一方シャロンは余裕の表情で、少し離れた所から戦局を見守っていました。
「さあ、さあ、恐怖しなさい!いくら味方の数を増やしたところで、敵の数も次から次へと増えて行くのです。いくら戦おうと、いずれは滅ぶ運命なのです!」
シャロンは高笑いしました。しかし、それが収まるとある異変に気づきました。
(それにしても…オットー・フランツの姿が見えない…。マティアスの動死体を撃破した後、こちらへ向かっていないのか…。怖気づいて逃げた?いや、オットー・フランツが敵に後ろを見せるとは考えにくい。あるいは…)
「シャロンーッ!」
背後から聞こえてきた叫び声に、シャロンはサッと後ろを向きました。馬に乗ったオットー様が猛然と突撃してきているのです。しかしシャロンは余裕の表情を見せると、サッと空中に浮き上がりました。
「あら、ずいぶんと愚直なことね、オットー・フランツ。ローゼンハインや多くの兵たちを囮に突撃してくるには、ずいぶんと単純すぎる奇襲だわ。」
しかし、オットー様も余裕の表情です。
「案ずるな、貴様のその表情はすぐに驚愕へと変わる。なぜなら、余こそが囮なのだ!さあ行け!」
オットー様が叫んだ瞬間、シャロンの体は空中から地面に叩きつけられました。オットー様の言ったとおり、シャロンの表情は驚愕に変わりました。
「何ということ…?目に見えない力が私を…。」
シャロンはサッと表情を変え、再び空中に舞い上がりました。そして何かを叫びました。
「現姿!」
すると、空中に何やらもやもやしたものが姿を現しました。
「魔神…。まさか魔神がローゼンハインの味方に!」
険しい表情のシャロンに、アンドレアスが語りかけました。
「そうだ、私は魔神、アンドレアス。願いをかなえるため、そなたと戦う必要がある。」
そう言った瞬間、アンドレアスはシャロンの周りを取り巻きました。オットー様には何が起こっているのかはよくわかりませんが、シャロンが苦しんでいる様子は確認できます。
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その頃、オリバーたちは状況が変化していることに気がつきました。倒した動死体や敵兵たちが復活してこなくなったのです。たまに復活してきても、体の大きさが半分だったり、どこかの部位が欠けている不完全なものばかりなのです。
「これは…、シャロンの力が弱まってきている証拠でしょう。」
イザベルがオリバーに言いました。
「ああ、アンドレアスが頑張ってくれているようだ。…ようし、みんな!あとはこいつらの数を減らしていけばいいだけだ!もう一頑張りだ!」
「ああ、頑張ろうぜ!」
レオンもニヤリと笑って応えました。
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オットー様が見守る中、アンドレアスはシャロンを苦しめ続けました。
「あ…、う…、くっ…こざかしい!炎上!」
シャロンは力を振り絞って叫ぶと、炎が広がりました。驚くべきことに、もやもやしたアンドレアスの姿にも炎が乗り移っています。今度はアンドレアスの苦しそうな声が聞こえます。
「くっ…、魔神である私にそのような下級の魔術が通用する、だと…?」
シャロンは苦しそうな表情を見せながらも、目には怒りをいっぱいにためています。
「…当然です。私は世界の覇王となるべき存在、魔神ごときに屈する私ではない!雲散!」
シャロンが叫んだ瞬間、アンドレアスの姿はフッと消えてしまいました。オットー様はアンドレアスの奇襲が失敗したのだと瞬時に悟りました。オットー様は槍をシャロンに向けて構えました。しかし、シャロンはオットー様のことなど忘れているようで、完全に冷静さを失っているようです。
「魔神、魔神、魔神!今は撃退することができたが、魔神は不死の存在、すぐに復活してくる…。魔神がいるということは、魔神憑きとなった者がいるはず…。どこだ、どこダ、ドコダ!」
シャロンは空中から辺りを見渡しました。そして、笑みを浮かべました。その笑みは、思わずオットー様でさえも背筋に寒気が走るような残酷な笑みでした。
「…いタ。魔神憑き、ローズ・ミニエー…。あの者ヲ倒せバもう心配はイラナイ…。サァ、死ネ!」
オットー様はシャロンの危険性を察し、思わず大声で叫ばれました。
「ローズ嬢!逃げるのだ!」
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ローズはオットー様の大声を聞きました。それは、一緒にカトリーヌに乗っていたアリスも同じようです。
「オットー様の声…。」
「いったい何が起こったのだ…むっ!?ローズ!あれを見るのだ!」
アリスが指差した方をローズが見ると、空に浮かんだシャロンがこちらにその指を向けているのです。そのシャロンが叫びました。
「裂殺!」
ローズとアリスはとっさにカトリーヌから飛び降りました。シャロンの指から放たれた光は、カトリーヌに命中しました。その瞬間、カトリーヌの体から次々と血が噴き出してきました。カトリーヌは苦しそうな啼き声をあげると、地面に倒れこみました。
「チッ、仕損ジたカ。だが次ハ必ズ…。」
「カトリーヌ!カトリーヌ!」
アリスは愛馬の元に駆け寄りました。そしてその身体を抱きしめましたが、カトリーヌはぐったりしたままピクリとも動きません。愛馬の亡骸の横で泣き崩れるアリスを、ローズは茫然と見ていました。
その時、再び空から声が聞こえてきました。
「裂殺!」
ローズがハッと顔をあげると、シャロンの指から放たれた光がいましもローズに命中しようとしていました。ローズは目をギュッとつぶりました。
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ローズは右半身に強烈な痛みを感じました。そして、自分が地面に倒れこんだことに気づきました。ローズの体に、何か生温かいものが降りかかります。恐る恐る目を開けると…、
「先生…!」
オリバーが血まみれになってそこに立っていました。ローズを突き飛ばしてシャロンの攻撃を受けたようです。しかしオリバーは、今にも倒れそうになりながらニヤリと笑うと、シャロンに向かって叫びました。
「…ブラッドアロー!」
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血の色のような光がシャロンめがけて真直ぐに飛びました。シャロンはその光を体のど真ん中に受けました。
「あああああああっ!」
シャロンは空中でもだえ苦しんでいます。それと同時に、広場にまだたくさん残っていた動死体や敵兵が一瞬にして消え去りました。
「リバイバル!」
イザベルがとっさに緊急回復術を唱えました。オリバーの傷はある程度はふさがりましたが、それでもふさがりきっていない傷から血が出てきています。
「緊急回復術でも完治できないなんて、何て強烈な魔術なんだ…。」
オリバーは痛みに顔をゆがめながら言いました。シャロンは相変わらず空中で、苦痛に耐えながらうわごとのようにつぶやいています。
「私が負ける?そんなはずはない。私は強い。ただの魔術師や人間に負けるような私ではない。それなのに今このざまは…?
…そうカ、私がこれ以上に強くなれバいいのダ…。今の私に必要なモノ…。
…そうダ、魔力ダ。もっと魔力ヲ。魔力を手にスるニハ人を殺ス…。そうスレバ私ハより強大二!」
シャロンは真っ黒な笑みを浮かべたまま、今度は一番近くにいたオットー様に向き直りました。
「まずいぞ…!オットー様!お逃げください!」
オリバーはとっさに叫びました。その声はオットー様にも聞こえていました。しかし、オットー様は動かれませんでした。
(この距離では逃げても無駄だ。下手に逃げると、今度はローゼンハイン殿たちを狙いかねない。それならば…余も一矢報いる!)
「裂殺!」
シャロンが叫びました。同時に、オットー様は槍を思い切りシャロン目がけてお投げになりました。オットー様の全身から血が噴き出すのと、槍がシャロンの左腕を貫き、吹き飛ばすのとはほぼ同時でした。
「ぐっ…。」
オットー様は崩れ落ちるように地面に倒れこまれました。シャロンは狂ったように喚いています。
「たかガ人間が私ノ腕ヲ奪っタ!何たル屈辱!そうダ、もっと魔力ヲ…。モット魔力ヲ!ウアアアアアアアアアッ!」
シャロンは絶叫すると、瞬く間に赤い光となり、北の方へと消えて行きました。
「オットー様!」
オリバーも、仲間たちも、義勇兵たちもみなオットー様の元に駆け寄りました。特にヴォルフとヘルガはオットー様のそばにすがりつきました。
「オットー様…このようなところで亡くなられてはなりません!イザベル!早く回復術を!」
ヴォルフの声に、イザベルは慌てて緊急回復術を唱えようとしましたが、オットー様はそれを制止されました。
「…よいのだ、余はもう助からぬ…。それよりも、現段階でのシャロンの撃退を喜ぼうではないか…。」
オットー様は表情はどこか満足そうです。オリバーは跪きました。
「オットー様…。」
そんなオリバーに、オットー様はおっしゃいました。
「…ローゼンハイン殿、シャロンはどうやら魔神に対して何か特別な感情を抱いている可能性がある…。アンドレアスを撃退した後から突如冷静さを失ったのだ…。
シャロンはまだ死んだわけではない。だがこのことは今後の戦いにおいても有効になるのではないだろうか…。」
「シャロンが魔神に…そのようなことが…。」
オットー様は頷かれると、こんどはヴォルフとヘルガの方を向きました。
「ヴォルフ…。余の忠臣…。長いようで短い付き合いだったが、余のことをこれまでよく助けてくれた…。心から礼を言おう。」
「オットー様…。もったいなきお言葉…!」
「クララにも伝えてくれ。余は、オットー・フランツは敵に果敢に立ち向かい、戦いに勝利して満足して死んだ、と…。」
ヴォルフは涙を必死にこらえながら頷きました。
「ヘルガ女王…。あなたはとても聡明なお方だ…。きっとこの戦いが終わった後、この国に対してもっとも最良の判断を下すと信じております…。」
「フランツ殿…。」
ヘルガは流れ出る涙をこらえきれないようです。そしてオットー様はもう一度オリバーと仲間たちの方を向きました。
「皆、これまで本当にこの国のためによく戦ってくれた。礼を言おう…。シャロンとの決着はこれからつけることになろう。その戦いに余が参加できぬことはとても残念だが…余はあなた方を心から信じている。」
「オットー様…。」
オリバーも目に涙をためています。仲間たちも同じようです。
「そうそう…。アリス嬢、あなたの愛馬のことは心から遺憾に思う…。そこでだ、黄泉の世界では余があなたの愛馬の世話をしたいと思う。その代わりに、余の愛馬、ホルストをあなたに譲りたいと思う。いかがかな…?」
アリスは目を真っ赤にはらし、頷きました。
「わかりました。しばらくの間、オットー様の愛馬をお預かりいたします。」
「うむ、頼んだ…。」
その時、山の陰からまぶしい光が見えてきました。長い夜を越え、太陽が昇って来たのです。
「綺麗な朝陽だ…。最期にこのような朝陽を見られて、余も嬉しい。早く皆が安心してこの朝陽を見られる日が来てほしいものだ…。」
オットー様はそう言って笑顔を見せたきり、目を閉じてぐったりと頭を垂れました。ヘルガとリリーの泣き叫ぶ声が辺りに響き渡ります。そんな彼らを朝の光がやさしく包み込みました。
シャロンはオリバーやオットー様たちの決死の攻撃でついに敗れ、どこかへ消えてしまいました。しかし、その代償としてアリスの愛馬カトリーヌ、そしてオットー様自身もまた命を落としてしまいました。
次話では、今後の方針についてオリバーたちが話し合います。そして、ほとんどの魔力を失ってしまったシャロンは、魔力を求め、あの危険な場所へ行ったようですが…。どうぞお楽しみに!
ちなみにシャロンが唱えた「裂殺」という魔術は、相手を切り裂く闇の魔術で、とても威力の強いものです。シャロンが浮遊術とともにもっとも得意としている魔術の一つです。
では次話をお楽しみに!




