~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「33.覇王」
オーベルクの東の入り口の外に広がる平原で、オットー様と、動死体化したマティアス率いる敵兵が戦いを始めました。オリバーたちも北の入り口に到着したようです。
オットー様が動死体にされたマティアス率いる敵兵との戦いを始めた頃、オリバーたちはおびただしい数の動死体を前にしていました。
「くそっ、シャロンのやつ、時間があったとはいえ、これほどまでの動死体をそろえてくるとはな…。」
オリバーが苦い顔をしました。
「どっちにしろ、こいつらがただの動死体だって言うんならこっちは戦いなれたもんだぜ。さあ、さっさと片付けちまおうぜ!」
レオンが勇ましく声をあげましたが、その瞬間にシャロンの声が聞こえてきました。
「息巻くのは結構ですが、数の差というものを考慮していないようですね、レオン・ブーランジェ。」
オリバーたちがサッと顔をあげると、彼らの頭上にシャロンの姿がありました。レオンがカッとなって怒鳴りました。
「そろそろ、その上から見下すっていうのをやめてもらいてぇもんだな!まともに話もできねぇじゃねぇか!」
「もともと話すおつもりもないでしょうに…。それにしても、墓場の位置で攻めてくる方向を見当づけるとは…さすがですのね。お陰で街へ攻める道を完全にふさがれてしまいましたわ。」
「と、言うことはオットー様も今戦っていらっしゃるということか…。オットー様にも動死体を差し向けたのか?」
オリバーが言うと、シャロンは笑って言いました。
「半分は当たりですね。あなたがたの尊敬するオットー・フランツにはマティアスを差し向けました。」
「ま、マティアスだって!?」
マチルドが思わず大声を出しましたが、オリバーがすぐに制しました。
「落ち着け、マチルド。恐らくそれは単にマティアスの形をした動死体だ。本人ほどの指揮力や強さは持ち合わせていないはずだ。」
しかしシャロンは不敵に笑います。
「私の生成した芸術品をそこらのネクロマンサーがつくり上げた出来損ないと一緒にはしてもらいたくありませんわね。少なくともあのマティアス・ヌワールの動死体は私が今まで作り上げてきたものの中で最高の出来なのです。思考、動き、その他もろもろすべて本物と変わりません。私に忠誠を誓っているということ以外は。」
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その頃、オットー様は動死体化したマティアス率いる敵兵相手に戦っていました。
「突撃!」
マティアスが号令をかけるたびに、後ろの洗脳された兵士たちが一気に攻撃を仕掛けてきます。
「ううぬ…。さすがに国中に武勇と名声をとどろかせたマティアス、こうなってもやはり強い…。」
オットー様は舌を巻きました。
「しかし、いかにマティアスが強敵であるとはいえ、後ろの兵士たちは衛兵ではありません。キンフィールドでのギル大臣との決戦の時のような一糸乱れぬような統率力と迫力はないようです。」
パトリックが言いました。
「そうか…。ではこちらの素晴らしい統率力も見せてやろう。エミリー嬢、皆に伝達するのだ。これからしばらくの間、余の声が聞こえた瞬間にその行動に入れ、と。」
「はいっ、オットー様!」
エミリーはそう言って義勇兵たちの間を走り回り、オットー様の言葉を伝えて回りました。
「オットー様、伝達が完了しました。」
「かたじけない。」
その時、マティアスの号令が聞こえました。
「突撃!」
すると、洗脳された兵士たちがこちらへと突撃してきました。
「負けるな!こちらも突撃だ!」
オットー様の声に、義勇兵たちも敵兵に突撃しました。そして先頭同士がぶつかり合うギリギリのところで再びオットー様の声が響き渡りました。
「反転、退却せよ!」
その声に、義勇兵たちはクルリと方向を変え、一斉に退却しました。敵兵は面喰ったように一瞬、体勢を崩しましたが、そのまま義勇兵を追ってきました。しばらく進むと、三たびオットー様の声が聞こえました。
「反転、突撃!横から囲むように攻めよ!」
その声に、義勇兵たちは隊列を横に展開し、敵兵を囲むようにして一気に攻撃しました。敵兵の一角はあっという間に蹴散らされてしまいました。
「…ティボー殿の言うとおりだな。これならば本当にマティアスに率いられた衛兵隊と戦うよりもずっと戦いやすい。地道にでも少しずつ敵を減らしていくのだ。」
「もちろんです、オットー様。」
「敵が烏合の衆とわかった以上、こちらも恐れるわけにはまいりません。さあ、私たちも切り込みましょう!」
パトリックとエミリーもオットー様に賛成しました。
「うむ、そうだな。さあ、行こう!」
三人も馬を走らせ、敵兵の中に突っ込んでいきました。
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オリバーはシャロンに言い放ちました。
「仮にマティアスを模した動死体が本物に近かろうと、今のオットー様に敵うわけがない。今のオットー様は無敵といってもいいだろう。なぜか?それはオットー様には護るべきものがあるからだ。ただ破壊し尽くすだけのお前とは違ってな。」
シャロンは少しだけ気分を害したような表情で言いました。
「私に敵う者などいるわけがない。私はこの世界の覇王となるべき人間なのです。私はこの世で最強の存在なのです。あなた方に私が止められるわけがない。」
オリバーはバカにしたような表情を浮かべました。
「お前が覇王だって?笑わせるじゃないか。お前はただの破壊者だ。人々が安心して暮らすこの世の中を破壊しているだけだ。せいぜいが動死体の覇王といったところだろう。」
シャロンの顔が真っ赤になってきます。
「言わせておけば調子に乗って…。いいでしょう、では現段階で私が支配している、その動死体であなた方を葬って差し上げましょう。」
オリバーは憐みを含んだ目でシャロンを見て、言いました。
「…その動死体たちも、かわいそうなもんだ。もともとはそいつらも幸せな人生を送っていたに違いない。それなのに死んだ後に掘り返され、得体のしれないやつに操られ、挙句の果てには芸術品だの、できそこないだのと呼ばれる。彼らはお前にいくら賞賛されようと喜びはしない。ただ土の中で安らかに眠っていたかったはずだ。」
シャロンはこれほどまでに侮辱されたことがないのか、体を震わせていました。
「…ローゼンハイン、あなたは墓穴を掘りましたね。私を激怒させた…。そのことをとくと後悔させて差し上げましょう!進め!」
シャロンが叫ぶと、動死体の群れがこちらへ動いてきました。
「応戦だ!行け!」
オリバーの号令に、ビアンカ、レオン、マチルド、ロジェ、ヘルガ、そしてローズとアリスが動死体の群れに突撃して行きました。ローズは小さな声で呟きました。
「アンドレアス…。あなたはしばらく出てきてはいけない…。」
すると、ローズの心の中でアンドレアスの声が聞こえました。
「ほう、いったいどういうつもりだ?」
「今、あなたの存在をシャロンが知ると、いけない気がする…。大丈夫、必要な時には呼ぶから…。」
「そうか、そなたがそう言うのならば従うよりほかあるまい。私は息を潜めていることとしよう。」
それっきりアンドレアスの声は聞こえなくなりました。その瞬間、高笑いする声が聞こえました。
「ハハハハハ…!動死体なんて不気味だと思っていたけど、動きは鈍いし、アリスさんやエミリーさんの方がよっぽど怖いや!」
ロジェが嬉々とした表情で槍を振りまわし、動死体を打ちのめし続けています。ローズは少し驚いた表情でアリスを見上げました。アリスは矢を射ながらローズに笑いかけました。
「初めからこれが狙いだったのだ。吾れもエミリーも、お父さまからあのような訓練を受けていたのだ。ある種のショック療法とも言えるのだろうな。…受け取れ!」
アリスが放った炎の矢は、一体の動死体を焼き尽くしました。ローズもハッと我に帰り、魔術を使いました。
「ファイアーストーム…!」
ローズが唱えると、動死体は燃え上がりました。
「アリスと組むと戦いやすい…。」
「ふふ、そうか。正直、吾れはオリバーと組む方が戦いやすいのだがな。」
アリスが少し挑発するように言うと、ローズは頬をプクッと膨らませました。
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一方で、ヘルガはビアンカ、マチルドとともに動死体を相手にしていました。
「デビュー戦が動死体が相手なんて…ヘルガもついてないよなっ。」
こてをはめて戦っているマチルドが苦笑いして言いました。
「まったくだわ、マチルド。それに、使い慣れた突剣が使えないのは少しやりにくいわね。」
突きを活かした攻撃がほとんど通用しない動死体が相手とあって、ビアンカとヘルガは普段はあまり使わないサーベル型の剣を使って戦っているのです。ビアンカも口をとがらせました。
「ハンスみたいに槍だと体重をそのまま活かして大ダメージを与えられるからいいんだけど、剣だとね…。」
「不満を言っても仕方がないわ、ビアンカ。ともかく与えらえた武器でできる限りのことをしましょう。」
「うん、そうだね。…おっと、あっちでレオンがもたついているよ!さあ、助けに行こうよ!」
「ええ、そうね。マチルドも行きましょう。」
「あいよっ!合点だ!」
三人はレオンに助太刀するためにその場を離れました。
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一方、三人の魔術師たちは冷静に戦況を分析し、時々レオンやビアンカの張った包囲網を突破してきた動死体を魔術で倒したりしていました。
「いいぞロジェ!そのまま突っ込め!ビアンカ!ヘルガ!マチルド!一旦下がって姿勢を正してもう一度突撃だ!アリス!ローズ!その間にその動死体の一団を食い止めろ!」
オリバーの指示が矢継ぎ早に飛びます。
「ハンスの指揮も板についていましたけど、やはりオリバーさんの指揮はさすがに違いますね…。」
モニカがどこか安心したように言いました。
「感心している場合じゃないぞ。さあ、動死体が三体来た!よし、イザベル!」
「はいっ!ファイアーストーム!」
イザベルが叫ぶと、こちらへ向かってきた動死体は一気に燃え上がりました。すると、離れた所からシャロンの声が聞こえてきました。
「おやおや!魔術師たちは離れたところで高みの見物といったところでしょうか?」
オリバーも言い返します。
「それはお前のことだろう、シャロン!」
「まあ、否定はしません。私が手を下すでもないことですからね。それよりも、そのモニカとかいう魔術師、愚かしい話ではありますが、私よりも強大な魔力を秘めているというお話ではありませんか。パカロンへ向かう途中、あなたが話してくれましたね、ローゼンハイン。」
オリバーはニヤリと笑いました。
「ああ、そうだな。その強大な魔力の使い方は、お前とモニカでは正反対だがな。」
「…余裕を見せていられるのもここまでですよ、ローゼンハイン。私の一言でこの動死体たちはどのようにでも動かすことができるのです。さあ、覚悟なさい!猛攻せよ!」
シャロンが叫んだ瞬間、動死体の動きが数段ほども早くなりました。レオンたちも必死に踏みとどまりますが、数の差の前に、どんどん押されてきました。
「くっ…、オリバー!そろそろ限界だっ!」
レオンの必死な声が聞こえてきました。
「ようし、よく頑張ったぞみんな!あとは俺たちに任せておけ!ここまで退却して来い!」
オリバーの声に、レオンを始め、仲間たちが撤退してきました。しかし…、
「お、おい、ロジェのやつがいねぇぞ!」
レオンが顔を真っ青にしました。
「おいおい、見ろよ。あんなに遠くの方まで行っちまってるぜー?」
マチルドが呆れたように言いました。ロジェはオリバーの声が届かないほど遠くの方で槍を振りまわしています。
「あいつときたら…、おい、アリス!カトリーヌを借りるぞ!」
「うぬっ!?な、何をするのだ!」
「決まってるだろ!あいつを連れ戻すんだよ!」
レオンは半ば強引にアリスをカトリーヌから引きずりおろし、カトリーヌに飛び乗りました。
「行けーっ!」
レオンがカトリーヌのお腹を蹴ると、カトリーヌはものすごい勢いで走りだしました。
「ローズ!イザベル!レオンを援護するんだ!」
オリバーがの言葉に、二人は即座に応えました。
「ファイアーストーム!」
「ファイアーストーム…!」
燃え盛る動死体たちの間を割り、レオンはカトリーヌを走らせました。そして、ようやくロジェの元にたどり着きました。
「あ、レオンさん!レオンさんも馬に乗れるん、」
「このマヌケ!戻るぞ!」
そう言ってレオンはロジェの服をつかんで持ち上げると、そのままの体勢でカトリーヌを走らせてものすごい勢いでこちらへ戻ってきました。
「はぁ…。怪力というか、馬鹿力というか…。」
ビアンカが呆れたように笑って言いました。レオンはオリバーたちの後ろに来ると、ロジェをドサッと地面に落して叱り飛ばしました。
「調子に乗って指示が聞こえねぇようなところまで行きやがって!みんなが迷惑するんだぞ!反省しろ!」
「その前に貴様は吾れの愛馬を乱暴に扱ったことを謝るのだ!」
レオンの後ろでアリスも顔を真っ赤にしています。
「何だって?緊急事態なんだからしょうがねぇだろう!でなきゃ、お前がロジェを連れてこれたとでも!?」
「その点は貴様の言うとおりだが、それにしても最低限の心得というものがあるであろう!」
なぜか口論を続けるレオンとアリスを見て、オリバーは苦笑いしましたが、すぐに口元を引き締めて動死体側に向き直りました。
「…いよいよだ、モニカ。やれ!」
「はいっ!」
これまでずっと魔力を温存し続けてきたモニカは、意識を集中させ、自分の体から魔力を取り出しました。それは青白い塊となって宙に浮きました。レオンとアリスも今は口論を止め、固唾をのんでその様子を見守っています。
「アイスドゥーム!」
モニカが叫ぶと、頭上の魔力溜まりは一瞬で真っ白になりました。そこに雪が溜まっているかのようです。それを確認すると、モニカは今までで一番大きな声で叫びました。
「スノーハーム!」
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*自信をつけたロジェがパワーアップしました。
オリバーはいつもとは反対にシャロンを挑発し、そのまま動死体との戦いが始まりました。武器を使う仲間が退却し、いよいよこれからは魔術師たちの出番です。
次話ではモニカの新しい魔術「スノーハーム」がいよいよ実戦で炸裂します。シャロンはすぐにその対策法を見つけるようですが、しかし…?どうぞお楽しみに!
ちなみにシャロンは、オリバーの存在も目ざわりと思っていますが、モニカのことも同様に思っているようです。自分と匹敵するレベルの魔力を持っているということが我慢ならないのでしょう。
では次話をお楽しみに!




