~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「32.開戦」
いよいよシャロンとの対決の時がやってきました。オーベルクの街中はとてもピリピリした空気に包まれています。
夕方、武装した義勇兵128人がオーベルクの街中に架かる橋の上に集結しました。その集団の前に、一頭の馬が現れました。乗っているのはもちろんオットー様です。
「皆よく聞け。間もなく日が沈む。その時が戦いの始まりだ。…戦いを前にして冷静になった者もいるだろう。少しでもこの戦いに疑問や怖れを抱いている者はいざという時、足手まといになる。今のうちに立ち去った方がよいぞ。」
オットー様はそうおっしゃって男たちを見渡しましたが、全員が確固とした表情でオットー様を見て、誰も動こうとしませんでした。
「…さすがだ。皆は立派な戦士だ。余も安心して皆を率いることができる。オーベルクの命運は皆にかかっているのだ。心してかかれ!」
「おおおおおおっ!」
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その少し前、オリバーたちはヴォルフの宿を出発するところでした。オリバーはハンス、ペーター、ラルフ、そしてチュンフェイに声をかけました。
「頼んだぞ。ここの宿の守備はお前たちに任せた。何としてもここは守り通してくれ。」
「はいっ!」
ハンス、ペーター、ラルフは大きな声で返事をし、チュンフェイも頷きました。その時です、遠くから何か長いものを持ってこちらへ走ってくる人の姿が見えました。
「ん?オットー様のところからの使いかな?」
しかし、走ってきたのはリリーでした。持っていたのは奇妙な形をした槍でした。
「話は聞いたよ、オリバー。私もこの宿を守るのに力を貸すよ!」
「リリー…。リリーが戦うのか?いやその前に、その武器は…?レオンの斧槍ともどうも違うな…。柄の先にサーベルがついているのか…?」
「ああ、まあそんなとこだね。これが私の得物さ。これでもギル大臣の兵がクーデターの時にパカロン城に攻めてきた時は、これを振りまわして敵を振り切って逃げ延びたんだから。後で聞いた話では、敵兵には『鬼神』とか呼ばれてたらしいよ。」
リリーは快活そうに笑いました。オリバーは尚も心配そうです。
「…いいのか?ヴォルフのそばにいなくて。」
「ははは、あの人なら大丈夫さ。それに、こんなに長い武器じゃ『隠れ家』の中では戦えないよ。ヴォルフだってそこをわかってて私をここによこしたんだから。」
オリバーは苦笑いしました。
「そういうことなら仕方ないな。ようし、じゃあやっぱりラルフは『隠れ家』の守備に回るんだ。建物の中で少し調子が狂うかもしれないが、突剣なら室内でも振りまわせるからな。」
「わっかりました!」
「いいな、ハンスとペーターとチュンフェイもしっかりと頼むぞ。」
オリバーの言葉に、ハンスもペーターもチュンフェイも改めて頷きました。
「ようし、じゃあ今度は『隠れ家』に行こう。ヴォルフと打ち合わせをしなければならないし、クララ様ともお会いしなければな…。」
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オリバーたちはひっそりとしているオーベルクの街を歩き、イザベルの薬屋の前にやってきました。
「さあ、地下に降りようか。イザベル、頼むよ。」
「はい。」
イザベルが『隠れ家』への入り口を開けようとした時、どこからか男たちの大声が聞こえていました。
「おおおおおおっ!」
イザベルはビクッと体を震わせました。
「…橋に集まっている男たちの声だろう。オットー様が激励したに違いない。」
「え、ええ、そうですよね…。」
イザベルは引きつった笑みを浮かべて地下への扉を開けました。
(イザベルもさすがに平常心は保てないか…)
オリバーは苦笑いし、イザベルの後に続いて地下へ降りて行きました。
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『隠れ家』ではヴォルフとクララ様がオリバーを待っていました。ヴォルフも緊張しているようです。
「いよいよだな、オリバー…。」
「ああ…。ラルフとヨウフェイもここに残す。三人でクララ様をお守りしてくれ。」
「ああ、わかってる。だが、相手が街の中に攻め込んでこない限りは俺たちはここに居続けることにする。」
「もちろんだ。そうしてくれ。ヨウフェイも気をつけろよ。」
「じっとしているのは好きじゃないけど、クララのためネ。大丈夫ヨ。」
そう言ってヨウフェイは元気に短剣を振りまわしました。
「ラルフも頼むぞ。」
「わっかりました!僕にできる限りのことをしてみせますよ。」
「ヴォルフも、クロスボウの準備はできているか?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっとラルフが改造してくれてな、三発まで同時に発射できるようになったんだ。」
ヴォルフは得意げに自分のクロスボウをかざしました。
「広範囲への射撃が可能になった。ただし、味方との連携を確実にしないと相打ちになっちまうかもな。…普段でも複数本を同時に矢を射ることができるアリスの腕前が羨ましいよ。」
ヴォルフが言うと、アリスも笑い返しました。
「できるように努力したまでだ。正直、こんなことが起こらぬ限り、吾れも使う機会はないのだがな。」
ラルフがヴォルフに注意をしました。
「少し構造が複雑になっているので、矢が詰まったりしやすくなっているかもしれません。いざという時にそういうふうにならないように、十分に注意してくださいね。」
「はは、わかった。気をつけるようにするよ。」
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笑いながら話す仲間たちを残して、オリバーはクララ様のいらっしゃる奥の部屋に入りました。中で座っていらっしゃったクララ様も、緊張されている様子です。
「ローゼンハイン殿…。ついに時がやって来たのですね…。」
「はい…。ヴォルフの他、私の仲間も二名、護衛に残します。ラルフとヨウフェイです。ですので、どうかご安心ください。」
「わかりました。ありがとうございます。私が弱気ではいけませんね。ともかく皆さんのご活躍をお祈りします。」
「もったいなきお言葉…。」
「ヘルガ様のこともよろしくお願いします。」
「ええ、心得ております。無理はさせないようにいたします。」
「くれぐれもよろしくお願いします。…オリバーさんもどうぞお気をつけください。」
オリバーは以前のヘルガに続き、クララ様まで『オリバーさん』と呼んだので、びっくりしましたが、クララ様は少しだけいたずらっぽく笑っておっしゃいました。
「…少しでも気をやわらげられるかと思って…。驚かせてしまって申し訳ありませんね。」
オリバーは苦笑いしました。
「いえ、確かに少し落ち着きました。ありがとうございます。…驚いたことも然りですが…。」
「ともかく、頑張ってください。私はここで祈ることしかできませんから…。」
「わかりました。では行ってまいります。…みんな!行こう!」
「おおーっ!」
仲間たちは元気よく返事をし、『隠れ家』を後にしました。
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オリバーたちは橋の上にやってきました。そこではオットー様と義勇兵たちが待っていました。
「おお、ローゼンハイン殿。参られたか。」
「お待たせしました、オットー様。」
「なに、大したことはない。たった今、皆の結束を深めさせたところだ。…ところで、戦力の配置だが、ローゼンハイン殿はどのようにすればよいと思う?」
オリバーはしばらく目を閉じて考えていましたが、やがて少し自信なさげに言いました。
「私は戦術家ではないため、あくまで素人の意見となってしまいますが…。シャロンはある種の動死体や合成魔獣を操る、闇の魔術師です。闇の魔術にはその素となる死者の魂や、怨念が必要となります。」
「ほう…。ということは…。」
「ええ、シャロンは戦力を整えるのに墓地を使うと思われます。ですから、大きな墓地がある東側と北側に戦力を集中するのがよいのではないか、と…。」
オットー様は大きく頷かれました。
「もっともな意見だ。それに従うこととしよう。」
「では…私たちは街の東側に待機します。」
オリバーが言うと、オットー様がおっしゃいました。
「いや、東側は余が守ろう。…勝手なことを言って申し訳ないのだが、東側の街道はパカロンに直接通じておる。
パカロンは余が生まれ育ち、これまでずっと治めてきた土地、そのパカロンの方から攻めてくる敵ならば、余は何としてもこの手で撃滅したいのだ…。」
オットー様は申し訳なさそうに肩をすくめられましたが、オリバーは頷きました。
「わかりました。では私たちは北側を守ります。パトリックとエミリーもそちらへ回します。必要に応じてローズとアリスもそちらへ回すかもしれません。ともかく、東の守備はよろしくお願いいたします。」
「かたじけない、ローゼンハイン殿。」
オットー様はオリバーと固く握手をされました。その後、オットー様はヘルガにおっしゃいました。
「ヘルガ女王、今だけは女王としてのあなたに許可していただきたいことがございます。…この義勇兵たちをこの戦いの間、リバー王国の正規軍とし、私をその指揮官として欲しいのです。」
ヘルガは驚いてオリバーを見ました。オリバーは笑って言いました。
「私からもお願いいたします、女王様。」
「もう、オリバーさん…。…わかりました。あなたのおっしゃる通りにいたしましょう。」
ヘルガはそう言って義勇兵たちに宣言しました。
「たった今よりあなた方をリバー王国の正規軍として採用します!指揮官オットー・フランツ殿の元で、敵を打ち破るのです!」
義勇兵は一気に沸き立ちました。太陽はもう半分見えなくなっています。オットー様は号令をかけました。
「皆のもの!ついに決戦の時だ!オーベルクの東の平原に陣を築くぞ!余に続け!」
「おおーっ!」
オットー様とパトリック、エミリーは馬をゆっくりと走らせ、義勇兵たちはその後を追いかけて行きました。後にはオリバーたちが残されました。
「…さあ、俺たちも北側へ急ごう!」
「おおーっ!」
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いち早くオットー様たちが所定の位置に到着しました。
「隊列を組め!」
オットー様が号令をかけると、義勇兵たちは素早く三つの隊に分かれました。一晩で仕込まれたとは思えないほどの無駄のない統率力です。
「待機!」
オットー様は再び号令をかけ、それから沈む太陽を見送りました。そして太陽が完全に沈んだ瞬間、遠くの方から大勢の人間が歩く音が聞こえてきました。
「…来るぞ!」
オットー様も義勇兵たちも身構えました。やがてたくさんの兵士の姿が見えてきました。オットー様はその姿を見て苦い顔をされました。
「あれは…パカロン襲撃の際にナンジューマ方面に派遣していた兵士たち…。」
「オットー様!あの兵を率いているのは!」
オットー様の横にいたパトリックが驚きを隠せずに叫びました。
「うむ…間違いない。あの漆黒の鎧、キンフィールド城の衛兵隊長、マティアス・ヌワールに間違いない…。」
「きっと…、これまであったように魂を抜かれて動死体にさせられているのでしょう…。」
エミリーが唇をかみしめて言いました。兵団はオットー様たちの目と鼻の先で止まりました。やはり、先頭に立っているのは初めのキンフィールド襲撃以来、行方不明になっていた衛兵隊長、マティアスです。
オットー様がマティアスに話しかけようとした瞬間、どこからともなくシャロンが現れました。
「あらあら…。私に歯向かう命知らずがローゼンハインの他にいるのかと思えば…、負け犬のオットー・フランツではありませんか。」
義勇兵たちは途端に怒りの声をあげましたが、オットー様が手をあげてそれを制しました。
「…いかにも、余は負け犬のオットー・フランツだ。だが…貴様はその負け犬がこうして戦いに出てくることを予想していたのではないか?余のために、これほどまでの贈り物をしてくれるとは。」
シャロンが不敵に笑いました。
「負け犬とは言え、判断力はさすがですのね。ええ、この衛兵隊長の率いるパカロン軍はあなた方が心おきなく黄泉の国へ旅立つことができるようにという、私からの心からの贈り物です。」
シャロンが言った瞬間、マティアスの後ろの兵団が不気味な雄たけびをあげました。オットー様がシャロンにたずねました。
「…一つだけ答えてくれ。この兵士たちに、意思はあるのか?」
「ええ、もちろん。マティアス・ヌワールはもう死んでいますが、他の兵士たちは生きています。私が術をかけ、自分の意思であなた方を攻撃するようにしています。意思のない奴隷など、面白くありませんもの。」
「そうか、それならむしろ好都合だ。」
オットー様は不敵に笑い、義勇兵たちに宣言されました。
「皆よく聞け!敵は自分の意思を持って攻撃してくる。つまりそれは、正規軍のわれらに、リバー王国そのものに反旗を翻した謀反人どもの集団ということになる!国を転覆しようと企てるものどもに容赦は不必要だ!完全に殲滅せよ!」
「おおおおおおっ!」
義勇兵たちは沸き立ちました。
「突撃だ!余に続け!」
オットー様の号令に、義勇兵たちは一気に突撃しました。シャロンはその様子を見てフッと笑うと、姿を消しました。
ついに戦いの幕が開きました。オットー様の率いる義勇兵は、動死体化しているマティアスの率いる敵兵との交戦を開始しました。
次話ではオリバーと仲間たちがシャロンが直々に指揮をする動死体軍団と戦います。今回はいつもとは逆で、オリバーがシャロンを挑発するようですが…?どうぞお楽しみに!
ちなみにリリーが以前ヴォルフを探しに行った時に槍をもって来なかったのは、重いものを持ってついて行くとオリバーたちの足手まといになると考えたためです。仲のいいビアンカでもリリーが戦うところを直接見たことはありませんが、実際のリリーはとても強く、オリバーたちの仲間になっても堂々と戦えるほどの腕前です。
では次話をお楽しみに!




