~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「31.オットー様の覚悟」
シャロンとの対決は明日の夜です。オリバーたちは『隠れ家』で最後の作戦会議を開くことになりました。
夜、オリバーと仲間たちは宿に戻らず、『隠れ家』にやってきました。シャロンと直接対決するにあたって最後の作戦会議を開くためです。オットー様はオリバーたちを心待ちにしていらっしゃいました。
「よくぞ来た、ローゼンハイン殿。早速、作戦会議を開くこととしよう。」
「わかりました、オットー様。…まず義勇兵の訓練状況ですが、どのように進行しているのでしょうか?」
「皆、街を守るために真剣なため、訓練も楽に進んだ。今は余の代わりにヴォルフが訓練を続けているはずだ。」
「わかりました。それならば安心です。では簡単な合図の確認です。戦闘時に万が一のことが起こった場合は、イザベルが黄色い火柱を立てます。それが退却の合図です。逆に、一気に攻勢を仕掛けていただきたいときには緑の火柱が立ちあがります。」
「黄色が退却、緑が猛攻だな。よくわかった。」
オットー様は頷きました。
「そこだけを守っていただければ、残りの行動はオットー様にお任せいたします。」
「わかった。あなた方の邪魔にならぬようにだけは気をつけるとしよう。」
オットー様は笑っておっしゃいました。
「後は俺たちの組みわけだな。アリスはローズをカトリーヌに載せて戦ってくれ。エミリーとパトリックは単独で戦ってくれ。」
「今回は君たちとのタッグはないわけだね。少し調子が狂うかもしれないなぁ。」
パトリックが苦笑いして言いました。
「すまんな。だが今回のモニカの新しい魔術を使うには、俺とイザベルが近くにいた方がいいらしいことが分かったからな。アリスもパートナーが変わって少し調子が狂うかもしれないが、しっかりとローズと連携して頑張ってくれ。」
「うむ…。お前と組めぬのは非常に残念で仕方がないが…、それが勝利につながるのであれば仕方があるまい。ローズ、よろしく頼む。」
ローズはじっとアリスを見ていましたが、慌てて頷きました。
「そして…、ヨウフェイはここに残るんだ。ヴォルフと一緒に『隠れ家』を守ってくれ。」
「ううー…、つまらないヨ…。でもクララを守るためならヨウフェイも頑張るネ!」
ヨウフェイが元気いっぱいに答えました。
「ハンスとペーター、ラルフは宿を守るんだ。入口の外に待機していてくれ。」
すると、チュンフェイが静かに歩みよってきました。そして、紙を取り出すと何やら文字を書きました。
『ペター、戦う、私、一緒』
オリバーはその紙を見て少し考え込みましたが、やがてその意味を悟り、笑いました。
「はは、わかったよ。チュンフェイ、お前はペーターたちと一緒に宿の入り口を固めるんだ。ハンスもいいな?」
「わかりました。」
ハンスも笑って答えました。
「チュンフェイ、俺たちで宿を守り通してやろうぜ!」
ペーターはチュンフェイに手を差しだしましたが、チュンフェイはプイッとそっぽを向いてしまいました。
「さて…。パトリックたちはその時の状況に応じて俺たちに加勢したり、オットー様たちに加勢したりしてくれ。基本的にはオットー様たちの方に加勢した方がいいかとは思うが…。」
「わかりました、ではそのようにしましょう。」
エミリーが答えました。ローズとアリスはまた少し残念そうな表情をしました。
「…お姉さま、ローズさん、後でお話が…。」
エミリーが怖い顔をしてローズとアリスを睨んだので、二人はおびえたような表情をしました。
「残りはみんなでシャロンと直接対決だ。やつが何を繰り出してくるかはわからないが…。」
「敵の実態が読めないことなんて、これまでに何度もあったでしょ?大丈夫だよ、師匠。」
ビアンカが励ますように言いました。
「ああ…確かにそうだな。ありがとう、ビアンカ。」
「えへへー、こちらこそ。」
オリバーは笑顔を見せた後、仲間たちに向き直りました。
「ともかく、これはとても重要な戦いだ。ここでシャロンを倒すか、あるいは勢力を弱めれば、リバー王国に限らず、今後他の国をシャロンが襲うことはなくなるだろう。逆に俺たちが負ければ、世界が暗黒に包まれる可能性がある。シャロンに別の呼び名をつけるとしたら、それはまさしく『暗黒の魔女』だ。」
「暗黒の、魔女…。ああ、まさしくそうだ。」
レオンは身震いしました。
「何だよ、レオン。ビビっちまったのか?」
マチルドが冷やかすように言いました。
「そうじゃねぇ…。ただ…、武者震いじゃねぇことも確かだな…。いや、やっぱり心の中ではビビっちまっているのかもしれねぇ…。」
「おいおい、マチルド、その辺にしておけ。俺だって恐怖心はある。他にも恐怖心を持っている仲間もいるだろう。だが…、戦いのときはその恐怖心を捨てなければシャロンには勝てない。とにかく今日は平常心を保つように心がけてゆっくり休むんだ。…とにかく、作戦会議は以上だ。何か質問は?」
誰も手をあげる仲間はいませんでした。
「よし、じゃあ作戦会議は終わりだ。宿に帰ってゆっくり休むんだ。チュンフェイとヨウフェイは残ってクララ様の授業を受けるんだ。ペーターも残れよ?」
「はいっ。」
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オリバーはチュンフェイとヨウフェイがペーターやクララ様から文字を習っている様子を眺めていました。
「そう…。そう。そうよ。とても上手になったわ、ヨウフェイ。」
「ありがとネ、クララ!」
「おいおい、まったく…。」
オリバーは苦笑いしました。チュンフェイもペーターの傍らで手を真っ黒にして文字を書いています。
「チュンフェイもかなり文字を覚えたんだな。」
「ええ、細かい文法はまだ覚えられないみたいですけど、それでも知っている単語を並べて簡単な筆談くらいならできるようになりましたよ。」
「ああ、さっきもそうだったもんな。お前は正しく名前を覚えられていないようだったがな、ペター。」
オリバーがおかしそうに言うと、ペーターもチュンフェイもまったく同じように脹れっ面をしました。
「はは、冗談だよ、冗談。そんなに気を悪くしないでくれよ。」
オリバーが笑いました。すると、そこへオットー様が顔をのぞかせました。真剣な表情をなさっています。
「ローゼンハイン殿、あなたと少し話がしたいのだが…。」
「オットー様…。かしこまりました。」
「では…外に出よう。夜の空気を吸いたい気分だ。」
「はい。」
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オリバーとオットー様は夜中のオーベルクの街をゆっくりと歩きました。オットー様は右足を引きずっていらっしゃるので、時々オリバーがその体を支えます。
「すまないな、ローゼンハイン殿。」
「いえ、これしきのことは…。しかし、イザベルの魔術でも治すことができないというのは非常に残念な限りです。」
「はは、心配することはない。余にとってはたいした問題ではない。皆に迷惑をかけてしまうことは無念でならないが…。」
オットー様はそこで一呼吸置くと、またオリバーに話しかけられました。
「ローゼンハイン殿、今まで本当に世話になった。」
オリバーはびっくりしてオットー様の顔を見ました。
「オットー様、それではまるで…、」
オットー様はオリバーに笑いかけようとされましたが、その前に激しく咳きこまれ、思わず地面にうずくまってしまわれました。
「オットー様…。」
オットー様がようやく顔をあげると、その場所には真っ黒い血がたまっていました。
「…見ての通りだ。余はもう長くはないのだ。」
オリバーはハッとしました。
「では最近、調子を崩されていたのも、環境が変わったのが原因ではなく…。」
「そうだ…。予兆はかなり前からあったのだ。あなたと初めて会った時、そう、余がリバー王国の救国の依頼のために余の隠れ場所に呼び寄せたときに病床に伏せていたのも、その頃から病を患っていたためだ。だが救国の戦いの時にはその使命感からか、一度は余の体から病魔はなりを潜めた。
だが、平和な世の中になった途端、再び余の体の中で病魔が暴れ始めたのだ。」
「イザベルは…何と?」
「イザベル嬢も、パカロンでの余の主治医も、余に気を遣ってか、何も言いはしない。だが余にはわかる。余の命はまもなく燃え尽きる…。」
オリバーは黙ってオットー様のお話を聞いています。
「…このまま座して死を待つのも一つの手段だ。だが余は、シャロンに一矢を報いるまでは死んでも死にきれんのだ。平和を乱し、余の民たちを苦しめたシャロンが、余はどうしても許せん。余は文字通り、死力を尽くしてこの戦いに臨むつもりだ。
戦って死ねるなら本望、生きながらえたとしてもシャロンを倒すことができるならそれはそれで満足して死を待つことができる。…もう一度言う。余は死力を尽くして戦うつもりだ。」
オリバーはじっとオットー様の顔を見つめました。そして、しばらく経ってから口を開きました。
「…オットー様のお覚悟、しかとお受けいたしました。ですが…オットー様、限られたものとはいえ、どうかご自身のお命を無駄にだけはなさらぬように…。」
オットー様は笑っておっしゃいました。
「わかっている。余とて犬死するつもりはない。死ぬならばアルフォンソ三姉妹のごとく、気高く戦って死ぬ、そう心に誓っただけだ。生き延びた暁には国を建て直すまで何としても生き続けるつもりだ。」
オリバーは一年半前、武人として華々しく最期を遂げたユーラン砦のアルフォンソ三姉妹のことを思い出しました。
「ぜひ、そうしていただきたいと存じます。復興にはオットー様の存在は必要不可欠なのですから。」
「そう言っていただけると、嬉しいものだな。…余が話したいことはこれですべてだ。さあ、ローゼンハイン殿も宿に戻り、体力を蓄えるのだ。余も『隠れ家』に帰って休むこととする。…リリーとイザベル嬢にこの出歩きをとがめられそうで気が進まぬのだがな。」
オットー様は笑っておっしゃいました。オリバーもかすかに笑いました。
「そうですね。では『隠れ家』までお送りしましょう。」
「そうしていただけるとありがたい。」
オリバーはオットー様を支え、『隠れ家』へと戻って行きました。
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少し離れた建物の物陰に、人影が二つ見えました。
「フランツ殿…。まさかそのようなお体とは…。」
「泣かないで…ヘルガ…。大丈夫だから…。」
ローズは座り込んでしまったヘルガを何とか励まそうとしました。
「幼少のころからフランツ殿は私によくしてくださったの…。一年半前にアズナヴール殿が亡くなり、その上フランツ殿もいなくなっては、私、私…。」
「アンドレアス…。何とかできないの…?」
ローズは訴えかけるようにアンドレアスに話しかけました。
「私とてこの運命を変えることは不可能だ。それにあの者は死を受け入れている。ならばその意志を尊重することが本人にとっても一番よい選択だ。」
「あなたは冷たい…。ヘルガを励ましてあげることもできない…。」
ローズが不満そうに言ったので、アンドレアスは少し申し訳なさそうにしました。
「正直に言ったのだが…、私は退散したほうがよさそうだな。迷惑をかけた。」
そう言ってアンドレアスの影は姿を消しました。ローズはすすり泣くヘルガの肩を抱き、言いました。
「大丈夫…。私はヘルガのそばからいなくなることはない…。私たちは昔も今も未来も友だち…。だから力を落としてはいけない…。」
ヘルガは濡れた瞳のままローズを見つめていましたが、やがて立ち上がりました。
「…そうね…。明日は大事な戦いだというのに、こんなことではだめね。ローズ、ありがとう。励ましてくれて。
それと…嬉しかったわ。そう、私たちはずっと友だち。これからもずっと…。」
ヘルガの言葉に、ローズはしっかりと頷きました。
「宿に戻る…。みんなが心配するから…。」
「ええ、そうね。さあ、戻りましょう。」
二人は静かにその場を離れました。
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オリバーはオットー様を『隠れ家』にお送りした後、ヴォルフの宿に戻ってきました。入口にはレオンが斧槍を傍らに置いて一人で座っていました。落ち着かない目をしています。
「お?レオンか。どうしたんだ?」
「ん?ああ、いや、どうも寝られる気がしねぇんだ…。」
「そうか…。明日は大事な戦いだもんな。」
「ローズとヘルガも散歩しに行って、ついさっき帰ってきたぜ。あの二人は吹っ切れたのか、清々しい顔で帰ってきたがな。…なあ、少し話でもしねぇか?」
「ああ、いいよ。」
オリバーとレオンは宿の入り口でしばらく話していました。オリバーは誰にも言わないという条件を付けたうえで、レオンにオットー様のことを話しました。
「そうか、オットー様が…。確かに何となく最近、激しく咳きこんだりされていたし、顔色もよろしくないように見えたが…。」
「オットー様はご自分の死を受け入れる覚悟ができている。普通の人間にはできないことだな。」
「ああ、そうだ、まさしくそうだ…。なあ、オリバー。俺は、オットー様と真逆の気持ちでいるんだ。」
「真逆の?」
「そう、真逆の気持ちだ。俺は絶対にこの戦いで生き延びてぇ。まだ死にたくねぇ。そう考えているんだ。
…正直、今オットー様の話を聞く、その瞬間までは生き延びるためだったら戦いの途中に全部投げ捨てて逃げ出してもいい、そう思っていた。お前らとの絆もすべて、な。
だが…、本来俺たちみたいに戦うべきじゃねぇオットー様でさえ覚悟を決めて戦おうとしているんだ。俺がそんな気持ちでいてはみんなのためにも、自分のためにもならねぇ、今はそう思っている。…もちろん、俺は臆病者だと自覚してる。」
「いや、そんなことはないよ。人間として当然の感情さ。」
「はは、やっぱりお前はいいやつだよ。…だが、俺はさっき言ったことを曲げるつもりはねぇ。俺は絶対に生き延びる。だがそれは戦いから逃げて生き延びるんじゃねぇ。正面から敵にぶつかって、戦って戦いぬいて、敵をぶち破って生き残ってやるんだ。」
レオンの目は今はらんらんと輝いています。そんなレオンを見て、オリバーは安心しました。
「ああ、そうだな。みんなで戦いぬいて生き残るんだ。」
「おう!…そう思うと、血がたぎってきたぜ!逆の意味で寝れねぇかもな。ようし、このありあまる気力を無駄にするわけにはいかねぇ。ちょっと裏で相棒を振りまわしてくるぜ。」
レオンはそう言って斧槍を担ぎ、夜の闇に消えて行きました。
「…これだからあいつは単細胞でいけないぜ。」
オリバーは後ろから聞こえてきた声に振り向きました。
「マチルド…。起きてたのか?」
「お前らの話し声で目が覚めちまったんだよ。あ、心配すんなよ。他のやつらは全員寝てるから、オットー様のことは聞いてねぇよ。」
「おいおい、それはお前が聞いてたってことを白状しているようなもんじゃないか。」
「あ、いっけね。」
オリバーとマチルドは顔を見合わせて笑いました。それがおさまると、マチルドは少しだけ恥ずかしそうに言いました。
「あたい、いっつもレオンや他のやつらをからかってるけどよぅ…、本当はあたいだって怖いんだ。何とか自分の気を紛らわすために強がってるだけなんだよぅ…。」
オリバーは苦笑いしました。
「おいおい、わざわざそんなこと言わなくたってよかったのに。お前はいつでも強気でいると思っていたのに、知りたくないことを知ってしまったなぁ。」
マチルドはオリバーを驚きを含んだ目で見ました。
「ええっ?お前ならとっくにお見通しだと思ったのに…。」
「何を言ってるんだよ、そんなことできるわけがないじゃないか。俺の仲間のことなんて、知らないことだらけだよ。」
(ああ、そう言えば、考えてみればこいつは救いようもない朴念仁だった…)
マチルドはがっかりしたような表情を見せました。
「何だよぅ…、言って損したぜ…。でもまぁ、レオンがあんなやる気出してるのに、からかってたあたいがふがいないようじゃ示しがつかないもんな。ようし、あたいも本気出すぜ!」
「はは、そうしてもらえると助かるよ。お前もレオンのところに行ってくるか?」
「まさか!戦いの前の夜にバカをうつされちゃかなわないからな。あたいはもう寝るぜー。お前は?」
「ああ、俺も寝るかな。じゃあ、また明日の朝にな。」
「あいよっ。じゃあな。」
オリバーは部屋に入ると、ベッドになだれ込み、すぐに眠ってしまいました。
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※奮起してヘルガがパワーアップしました。…本格的な実戦経験はまだないのですが。
決戦前夜に、オリバーはオットー様の覚悟と、オットー様自身の命が間もなく燃え尽きようとしていることを知りました。その事実は、他の仲間たちにも影響を与えることになったようです。
次話ではいよいよシャロンとの対決が始まります。相談の結果、オリバーたちは街の北側で、オットー様たちは東側で敵を待ち構えることにするようです。どうぞお楽しみに!
ちなみに、オットー様が病気を患っていたのは、具体的には二年前からです。それでも救国の戦いのときには病気がなりを潜めたということは、それだけオットー様の気が張り、同時に精神力も強かった、ということなのでしょうか。
では次話をお楽しみに!




