~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「30.決戦前日」
オリバーと仲間たちはパカロンが襲撃されてからの一ヶ月、シャロンと対決するための訓練を続けてきました。そんなある日、ついにシャロンが動き始めたと思われる現象が起こりました。
ある夜、夜空に緑色に怪しく光る文字が浮かび上がりました。
『決戦は、明後日の夜。』
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翌朝、オリバーは『隠れ家』を訪れました。中ではイザベルやヴォルフたちとともに、オットー様とクララ様がいらっしゃいました。
「おお、ローゼンハイン殿、待っていたぞ。」
「オットー様…。お怪我の具合はいかがですか?」
「イザベル嬢の治療は本当によく効いた。体力はもう完全に回復したようだ。」
オットー様は嬉しそうにおっしゃいましたが、やがて真剣な表情をされました。
「…ローゼンハイン殿、ついに明日、シャロンとやらがここへ攻めてくるようだな。」
「はい。間違いはないようです。街の住人の避難も進んでいるようです。」
ヴォルフとリリー、そしてビアンカの実家であるヴァルトシュタイン家が街の人たちへ避難を勧告したので、人々は速やかに街の外へと出ていました。
「それでも、お前たちと一緒に戦うと言ってきかない男たちがまだ街中にたくさん残っているがな。」
ヴォルフは困ったように言いました。
「ああ、どうもそうらしいな…。」
オリバーも少し困ったように眉をひそめました。すると、オットー様がオリバーにおっしゃいました。
「ローゼンハイン殿、それでは余がその者たちの旗頭となる、というのはいかがかな?」
「えっ?すると、オットー様がオーベルクの民を、率いる、と…?」
オリバーは驚いてオットー様に聞き返しました。
「そうだ。恐らくその者たちは、オーベルクからてこでも動きはしまい。だが所詮は烏合の衆、シャロンに太刀打ちできるとも思えない。そこで、余が統率者としてその者たちを指揮するのだ。そうすればその者たちは義勇兵として存分に戦え、逆に撤退も速やかにできる。良い考えだとは思うのだが…。」
オリバーはしばらく考えていましたが、やがて言葉を発しました。
「わかりました、オットー様。よろしくお願い申し上げます。」
オットー様はオリバーがすんなりと受け入れたことに少し驚かれたようです。
「これはこれは…、少しは反対されると思ったのだが…。」
オリバーは苦笑いして言いました。
「失礼な話ですが、てこでも動かないのはオットー様も同じかと…。目がらんらんとしていらっしゃいます。それに、やはりシャロンに復讐したい気持ちもおありでしょう。」
オットー様は笑顔を見せておっしゃいました。
「恥ずかしい話だが、まったくもってそのとおりだ。余の肉体をこのように傷つけ、余の街の民たちをことごとく踏みにじったシャロンが許せないのだ。
それに、ヘルガ女…ヘルガ嬢もあなたの元で必死に訓練を続けている様子を見ると、余がここで黙っているわけにもゆかぬ。そう思ったのでな。無論、今までここに匿ってもらった身としては、大々的に外へ出てゆくことには気が引けてしまうのだが…。」
イザベルは困ったようにため息をつきましたが、オットー様に文句を言うことはしませんでした。もう諦めがついているようです。
「ただしオットー様、あまりに戦況が不利な時には強制的に退却していただくこともあります。その点だけはご理解ください。」
「もちろんだ。魔術師が相手の戦い方はあなた方のほうがずっと詳しい。その指示に逆らうことなどありえないからな。」
オットー様は笑顔でおっしゃいました。オリバーも笑顔を返しました。
「くれぐれもよろしくお願いします。…よし、そうと決まったら急がないとな。ヴォルフ、街に残っている男たちを街の広場に集めてくれ。今回のことを伝えよう。」
「わかった、すぐに行ってくる。」
ヴォルフはそう言って慌ただしく外へ出て行きました。それと入れ替わりに、クララ様が部屋に入ってこられました。どこか不安げです。
「クララ様…。いかがなされましたか?」
「ローゼンハイン殿、一つお願いがあるのです。」
「何なりと。」
「今晩もチュンフェイとヨウフェイをここによこしてほしいのです。少しでも平常心を保ちたいのです…。」
オリバーはここまで不安げな表情をされているクララ様を見たことがありませんでした。
「わかりました、クララ様。仰せのとおりにいたします。どの道、今夜は作戦会議のためここに集まるつもりでいました。」
オリバーの言葉を聞いて、クララ様は少し安心されたようです。
「ありがとうございます、ローゼンハイン殿。少し気が楽になりました。」
クララ様はそうおっしゃると、オットー様に一礼して部屋を出て行かれました。オットー様は何か意味ありげな表情でその様子をご覧になっていましたが、すぐに激しく咳きこまれました。
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街の広場に、多くの男たちが手に武器を持って集まりました。ヴォルフが小さな木箱の上に上がりました。
「ヴォルフさん、みんなを集めて一体どうしようって言うんだい?」
「俺たちを避難させようったって、ここから去るつもりはないぜ!」
「俺たちの街は俺たちで守るんだ!」
男たちは口々に叫びました。ヴォルフはそれに負けない大声で叫びました。
「おい!静かにするんだ!…俺ももうみんなを避難させることは諦めた。そこでだ、みんなを指揮して下さる方をお連れしてきたんだ。」
男たちは途端にざわざわと動揺し始めました。ヴォルフは苦笑いを始めました。
「やれやれ…、状況が変わった途端に右往左往なんて、先が思いやられるよ…。そうですね、オットー様。」
「まったくだな、ヴォルフ。」
顔の半分を包帯で巻かれたままのオットー様がオリバーとイザベルに支えられ、ヴォルフの代わりに木箱の上に上がりました。街の男たちはあまりのことに口をポカンと開けたままです。オットー様は苦笑いしたままおっしゃいました。
「皆聞いてくれ。このような姿にはなってしまったが、恥ずかしながら余はオットー・フランツ、パカロン城主のオットー・フランツだ。シャロンによって壊滅させられたパカロンから辛くも逃げ出し、今まで身を隠していた…。
だが、余は執念深い。必ずシャロンに復讐を果たそうと心に誓っていた。そして今、その機会が与えられたのだ。
…もし皆がこのオーベルクを救いたいというのならば、余の元で戦ってはくれぬか?ローゼンハイン殿たちほどではないが、少なくとも皆よりは余の方が戦いについての知識はある。余とともに剣を取り、義勇兵として、このオーベルクを守ろうではないか。」
男たちは夢を見ているかのような表情をしていました。やがて、一人の男が武器を高く突き上げ、つぶやきました。
「オットー様、ばんざい…。オットー様、ばんざい…。」
それに呼応するように、声の輪はどんどん広がっていき、最後には広場を大合唱が支配しました。
「オットー様ばんざい!オットー様ばんざい!」
オットー様はホッとしたような表情を浮かべられました。そして高らかに宣言されました。
「皆の覚悟は余がしかと受け取った!余もオーベルクを守る戦いに死力を尽くすことを誓う!」
「うおおおおおおっ!」
広場に大歓声が響き渡りました。
「これから夜まで通して作戦を練ることとする。皆、自らの持ち回りを心にしっかりととどめるように!」
オットー様はそうおっしゃった後、ヴォルフを呼び寄せました。
「ヴォルフ、お前は戦いには参加するな。」
ヴォルフは驚いたような顔でオットー様を見ました。
「なぜです、オットー様。古傷を引きずっているとはいえ、私はこれまで最もよくオットー様に仕えてきたと自負しております。それに私はクロスボウの使い手、傷は関係ありません。オットー様のおそばから離れることは…、」
「余もお前がもっとも余に忠義を尽くしていると思っている。だからこそ頼みたいのだ。…万が一に備え、『隠れ家』でクララを守ってほしいのだ。」
ヴォルフは黙ってオットー様を見ています。オットー様は続けました。
「お前にも黙っていたことだが…クララは余の子を身ごもっている。イザベル嬢には見抜かれてしまったがな。シャロンは強敵だ。どんなことが起こるかまったく想像できない。だから万が一の時に備えてクララを守ってほしいのだ。頼む。」
オットー様はヴォルフに深々と頭を下げました。ヴォルフは戸惑いながら、今度はオリバーとイザベルの方を見ました。二人は笑顔で頷きました。
「心配ないさ、ヴォルフ。俺たちだって重要な本拠地の一つを失うわけにはいかないんだ、初めから『隠れ家』の守備に何人か置くつもりでいた。その役をあんたがやればいいだけの話さ。」
オリバーの言葉に、ヴォルフはようやく意志を固めたようです。
「…わかりました。ヴォルフ・ザックス、この命に代えても『隠れ家』、そしてクララ・フランツ様をお守りいたします。」
「ありがとう、ヴォルフ。それでこそ余の一番の忠臣だ。」
オットー様はしっかりとヴォルフの手を握りました。オリバーとイザベルはそれを穏やかに眺めていましたが、やがてイザベルがハッとしたように言いました。
「いけません、ミニエー家のお屋敷で皆さんが待っています。」
「おっと、そうだった…。オットー様。」
「わかっている。さあ、一刻も早くあなたたちの最後の訓練をまっとうしてくるのだ。余はここで待っている。」
「わかりました。イザベル、急ごう。」
オリバーとイザベルは急いでミニエー家のお屋敷に向かいました。
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今日はミニエー家のお屋敷に仲間たちが全員集合しています。建物の中ではローズとモニカが魔術の練習をし、建物の外では他の仲間たちが全員が入り乱れて戦闘訓練をしています。とはいえ、アリスとエミリーはその中でもロジェばかりを集中攻撃していました。
「うわああああっ!」
ロジェはエミリーに突き飛ばされました。
「前日でこれ?今日のうちに遺言を残しておきなよ。」
「隙ありっ!」
ロジェを見下すエミリーの背後からマチルドが飛びかかりました。しかしエミリーはサッと体を反転させると、マチルドの攻撃をしっかりと受け止め、逆に跳ね飛ばしてしまいました。
「うおぅ!?やられちまった!くそーっ、不意打ちが決まったと思ったのに…。」
「ロジェになど意識を置いているわけではないのだから、当然の結果ね。」
ロジェは何か言いたそうでしたが、背後からゆらりと現れたチュンフェイの攻撃をまともに食らってしまいました。
「うがあああああっ!」
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少し離れたところではパトリックとレオンがものすごい勢いで戦っていました。二人とも相手の攻撃を的確に読み、相手の攻撃を正確に避けています。
「格段と腕が上がっているね、レオン!」
「そっちこそ!お前だけは敵にまわしたくねぇぜ!」
そのすぐ近くでラルフは仲間たちの荷物を見張っていました。しかし、時々隙をついて誰かがラルフを攻撃してきます。ラルフが荷物を守るための訓練です。
「おっと!危ない危ない。」
ヘルガがラルフに向かってきましたが、ラルフはしっかりとその攻撃を受けとめました。
「うーん、お見事!」
ヘルガは笑顔でそう言い残すと、今度はハンスとペーターのところに走って行きました。
「あの人が女王様なんて…今となっては信じられなくなってきたなぁ…。」
「やったネ!荷物はいただきヨ!」
死角からいつのまにか近づいてきていたヨウフェイが荷物の前で踊りまわっています。
「あっちゃあ…。油断したなぁ…。」
ラルフは思わず膝をポンと叩いて悔しそうに笑いました。
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一方、建物の中ではローズとモニカが対峙していました。
「スノーハーム!」
モニカが叫ぶと、モニカの頭上の魔力溜まりから吹雪がローズめがけて襲いかかってきます。ローズが負けじと魔術を使いました。
「ファイアーストーム…!」
ローズの放った炎は雪を溶かし、ローズの元にとどく前に水となって床を濡らしました。
「うーん、やっぱりこうなりますか…。」
モニカは少し残念そうです。炎の魔術は氷の魔術にとっての天敵です。
「大丈夫…。相手が炎の魔術を使うより先に凍らせてしまえば…。早さと強さが課題…。とにかく練習…。」
「そうですね。イザベルさんたちが来るまで、もう一頑張りしましょう。」
「わかった…。あ…ちょっと待って…。」
ローズは自分の肩を三度叩きました。すると、アンドレアスが出てきました。
「私を呼んだか?」
「アンドレアス…。あなたは炎の魔術に耐えられる…?」
「魔術のレベルによるな。ただし、そなたが今使っている程度のものならば何ら影響はない。」
「そう…よかった…。私が炎の魔術を使ったら、少しだけその進路を妨害してほしい…。威力も弱められるなら最高…。」
「やってみよう。」
そう言うと、アンドレアスの影はスッとローズとモニカの前に割って入りました。モニカはそれを確認すると、表情を引き締めました。
「では行きますよ!スノーハーム!」
「ファイアーストーム…!」
ローズの放った炎はモニカの吹雪に向かいました。しかし、アンドレアスによって威力を弱められ、吹雪は炎を乗り越えてローズに向かってきました。吹雪がやんだときには、凍って動けなくなったローズがそこにいました。
「やった!やりました!」
モニカは小躍りしてローズの周りの氷を溶かしました。
「やりましたね、ローズさん!」
「喜ぶのは早い…。今のはあくまでアンドレアスのおかげ…。条件がそろわないとなかなか成功しない…。」
ローズの正論に、モニカは少し肩を落としました。
「この魔術を編み出したのは無駄だったのかな…。」
「大丈夫…。苦労が報われないことなんて許されることじゃない…。力を落としてはいけない…。少なくとも相手に見抜かれるまでは最強の魔術だと思う…。」
「その通りだ。そなたはよいことを言う。」
アンドレアスに褒められ、ローズは少し嬉しそうにしました。
「それにしても、余もそなたのような魔術を扱う者を初めて見た。感服している。」
アンドレアスがモニカに語りかけました。モニカは顔を真っ赤にしています。
「別に、あなたに褒めてもらわなくてもっ…。」
「ふむ…。ところで、そなたの作り上げた魔力溜まりに魔術をかけても、そなたの体に何も異変は起こらぬのか?もしそうならば、他の者にも協力してもらってはいかがかな?」
「…あっ!」
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やがて、オリバーとイザベルが部屋に入ってきました。
「いやぁ、すまない。すっかり遅くなってしまったよ。」
「さっそく最後の訓練にとりかかりましょう。お二人とも体力を回復する必要はありますか?」
「私たちは大丈夫です。それよりも、オリバーさん、イザベルさん、協力してもらいたいことがあります。」
「え?」
「はい?」
モニカは二人に何かを耳打ちしました。オリバーもイザベルも緊張した表情で聞いていましたが、最後にはしっかりと頷きました。
いよいよシャロンとの対決が間近になってきました。ほんの少しだけ自信をなくしかけたモニカも、アンドレアスの言葉で何かを思いついたようです。そしてオットー様は義勇兵たちを率いると同時に、クララ様のことをヴォルフに任せました。
次話では戦いの前の夜、最後の作戦会議が行われます。その後、オットー様は自分の胸に秘めた覚悟をオリバーに語ります。それを受けて、他の仲間たちにも何らかの心境の変化が現れるようですが…?どうぞお楽しみに!
ちなみにクララ様はこの段階で子どもを身ごもって約三ヶ月目です。その事実を知った時、オットー様は普段の落ち着きようからは想像できないほどに喜び、お城の中を走り回ったとのことです。
では次話をお楽しみに!




