~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「28.魔神・アンドレアス」
どういうわけかは謎ですが、ローズの体に危険な存在である魔神がとりついてしまいました。しかし、イザベルが古い書物の中から、魔神と対話する方法を見つけたようです。
イザベルの言葉に、仲間たちは一斉にイザベルに注目しました。オリバーは急き込んでイザベルにたずねました。
「ま、魔神と対話できるだって!?」
「ビアンカさんの実家の書庫から持ってきてもらった本に書いてありました。早速、試してみようと思います。」
そう言ってイザベルは床に何かの模様を描き始めました。
「むー…、どうしてあたしの家の書庫にはこんな本まで眠っているんだろう…?」
首をかしげたビアンカに、オリバーが笑顔で声をかけました。
「ビアンカの実家の書庫は、本当にものすごい種類の蔵書があるようだな。由緒ある古い家系なんだし、もしかしたら傍系に魔術師もいたんじゃないのか?…とにかく、おかげでローズを救う方法が見つかるかもしれない。感謝するよ。」
「えへへ、そう言われると嬉しいな。」
オリバーたちが話している間にイザベルは本に書かれている図を正確に床に書きました。ロジェが近づくと、イザベルは慌てて押しとどめました。
「いけません!今この線の中には強力な魔力が閉じ込められています。魔力を持たない人がこの中に入るとどうなってしまうか想像もつきません。」
「え、あ、はい!すみません…。」
ロジェは顔を真っ青にして後ろに下がりました。それからしばらくイザベルは線を描き続けていましたが、やがて書き終えました。その瞬間、描かれた線が青白く光り始めました。
「さあ、ローズさん。中心にある円の真ん中に立ってください。」
ローズは少しおびえたような表情をしていましたが、やがて意を決したように線の内側に足を踏み入れました。ローズは一瞬よろめきましたが、それでも円の中心にたどり着きました。
「いいですね、いきますよ。」
イザベルの呼び掛けに、ローズは青ざめた顔で頷きました。イザベルは神経を集中させていましたが、やがて高らかに叫びました。
「魔神、出でよ!」
その瞬間、ローズが円の中で力なく倒れこみました。魂を吸い取られたかのようです。ハンスとペーターが思わず駈けだしそうになりましたが、さっきのイザベルとロジェのやり取りを思い出し、足を止めました。
ローズの体からはまるで煙のような何かモヤモヤしたものが出てきました。そしてそれは間もなくうすぼんやりと人の形にまとまりました。オリバーは緊張した様子で話しかけました。
「お前は、魔神か。」
すると、低い威厳のある男の声が聞こえてきました。
「いかにも。私は魔神だ。名はアンドレアスという。」
オリバーは勇気を出して魔神にたずねました。
「どうしてローズにとりついたんだ?そのわけを教えてくれ。」
「これは以前に私がとりついた者の願いだ。私はそれをかなえている。」
「以前にとりついていた者だって?」
レオンが驚いたように声をあげました。
「以前とりついていたのはどんな人間だったんですか?」
イザベルがたずねると、魔神からは驚くべき答えが帰ってきました。
「あの屋敷の住人だ。名はガブリエル・ミニエーといった。」
オリバーは目を丸くしました。
「何だって?ミニエー家の人間が…。そのガブリエル・ミニエーという人はローズとはどのような関係なんだ?」
「知らん。この者がローズという名前だというのも初めて知った。」
「じゃあ、ガブリエル・ミニエーはお前に何を願ったんだ?」
「あの絵画の裏の隠し通路を初めて通った者を生涯にわたって守護せよ、との願い、ガブリエルの二つ目の願いだった。あの男はあの屋敷の設計者だった。あの隠し通路を通るのは最後の手段だ。
だが、あの男は私に最期の願い、三つ目の願いを言づける前に、謀略によって命を落としてしまった。私でもこの一族を襲った不幸はあまりにむごいように思う。」
仲間たちはアンドレアスが言っているのはギル大臣によるミニエー家狩りのことなのだと理解しました。アンドレアスは心底、残念そうな声でつけたしました。
「私が命を奪う前に命を落としてしまうとは…何とも残念な限りだ。」
アンドレアスの言葉に、モニカがかみつきました。
「ちょ、ちょっと!それって結局はあなた自身、人の命を奪うことを楽しみにしているということじゃないですか!」
「当然だろう。たった三つとはいえ、私のような高貴な存在である魔神が人間なぞの願いをかなえなければならないのだ。そのくらいの楽しみがあってもいいだろう。」
モニカはギラギラした目でアンドレアスを睨んでいます。
「…だがそなたたちに都合よく解釈するとすると、魔神という存在は間違いなく願いをかなえる存在だ。さらに、今回のことを私に願ったのはガブリエルだ。つまり、私はその願いをかなえなければならない。」
「つまり、ローズに危害を加えることはいっさいしない、というわけか…。」
「そうだ。私自身の尊厳は傷つくことにはなるが、魔神という存在の尊厳を傷つけることにはならないため、私も特に問題は感じていない。
…さて、そろそろこの者の体に戻るとしよう。その者の魔力が尽き果てようとしている。」
オリバーが辺りを見渡すと、イザベルがフラフラになりながら立っていました。今の間、ずっと魔力を送り続けていたのです。
「今後はこのような大掛かりな儀式を開かずとも、そなたたちの求めに応じて姿を現すこととしよう。私を呼びたい時はこの者の左肩を三度叩け。ではごきげんよう。」
アンドレアスはそう言ってスッと姿を消しました。それと同時に線から光が失われ、ローズがスッと立ち上がりました。
「ローズ!大丈夫!?」
ヘルガがローズに駆け寄りました。オリバーが慌てて押しとどめようとしましたが、ヘルガが線の内側に足を踏み入れても何も起こりませんでした。他の仲間たちもローズの元に駆け寄りました。
「先生…。私は死ぬの…?先生たちに悪いことが起こるの…?」
ローズは諦めたような顔でたずねました。しかし、オリバーは笑顔を見せて言いました。
「安心しろ、ローズ。魔神は危害を加えない。お前にも、俺たちにもだ。」
オリバーはローズに今あったことを話しました。ローズは少しだけ安心したようにホッと息をつきました。
「ガブリエル・ミニエーは私の大伯父…祖父の兄…。|両親と同じか、あるいはそれ以上に私のことを大事にしてくれた…。あの隠し通路のことを教えてくれたのも、ヘルガと引き合わせてくれたのもガブリエル伯父様…。」
オリバーがヘルガの方を見ると、ヘルガは微笑んで頷きました。
「ガブリエル伯父様がしたことならば、私は信じる…。」
そう言ってローズは自分の左肩をポンポンポンと三度叩きました。途端に、白いモヤモヤしたアンドレアスが現われました。オリバーたちはギョッとしましたが、ローズはアンドレアスに言いました。
「アンドレアス…。これからよろしく…。私はローズ・ミニエー…。ガブリエル・ミニエーは私の大伯父…。」
「そうか、ではよろしく頼む。」
「私は多分あなたをこき使う…。覚悟して…。まずはテーブルにみんなが食べる分のお皿を用意して…。」
「いいだろう。」
アンドレアスはどこか嬉しそうな声で言うと、またスッと消えました。そして気づいた時にはテーブルには人数分のお皿が並んでいました。
「晩御飯の用意…みんな手伝って…。」
ローズはそう言って厨房の方に歩いて行きました。その後ろ姿はどこか嬉しそうでした。慌ててハンスとペーター、アリスがその後を追って行きました。
「何はともあれ、ローズはある意味、自分の家族にとても近しい存在と常に一緒にいられるようになったんだ。嬉しいんだろうね。」
パトリックが言うと、オリバーは無言でうなずきました。その表情にはどこか安心したようなものさえありました。
「それでも…私は魔神がとりついていることには反対です。今更どうしようもできないということはもちろんわかっていますけど…。」
モニカは不満そうです。
「どうしてそう思うんだ?アンドレアスだってローズにも俺たちにも危害は加えねぇって言ってたじゃねぇか。」
レオンが怪訝そうに言いましたが、モニカの剣幕に気おされてしまいました。
「レオンさん!魔神が口にしていたのを覚えているでしょう!魔神は自分こそが高貴な存在で、人間は下等なものとしか認識していないんです!人の命を奪うことを生きがいとしている、むしろ、そのために生まれてきたような存在なんです!」
「わ、わかったわかった!わかったからそんなに大きな声を出すなよ。」
レオンは思わず肩をすくめました。パトリックはそれを見て苦笑いしました。
「まあまあ、モニカ。落ち着くんだ。彼はただ単に前の主人の願いをかなえているだけだ。ローズ自身も納得しているんだし、とりたてて騒ぐほどのことでもないと思うけどな。」
「パトリックさんまで…。イザベルさん!あなたなら…、」
「…モニカさん、何でもかんでも疑ってはいけません。私も最近、そのことを学びました。私もとりあえずはあの魔神は安全だと思います。ただ、あの魔神のことはもっとよく理解しなければなりません。もっと接触を試みましょう。」
そう言ってイザベルはローズたちが消えた厨房へと消えて行きました。
「そんな、イザベルさんまで…。」
モニカはひどく落胆したようです。パトリックとレオンはそれを見て苦笑いしました。
「パトリックさん、馬たちに餌をやってこようと思うのですが、一緒に来ますか?」
エミリーがパトリックに声をかけました。
「ああ、いいね。行こうか。」
パトリックは立ち上がりました。するとレオンが口をとがらせました。
「おいおい、パトリック。俺とチェスをする予定だったろう?せっかく夕食までの空き時間があるんだ、やろうぜ。」
「はは、悪いね。最近フランソワにかまってやれていないから、へそを曲げられているかもしれない。モニカ、私の代わりにレオンとチェスをしてくれ。」
「ええ?何だよ、お前じゃないのかよ。何だかつまらないなぁ…。」
「はは、安心するんだ。モニカには私がみっちりとチェスを教え込んだ。相手にとって不足はないはずだよ。」
そう言ってパトリックはエミリーとともに宿を出て行きました。モニカは脹れっ面をしています。
「もう、誰にも私の心配をわかってもらえないし、パトリックさんはエミリーさんにとられるし!もう頭に来た!レオンさん!そこに座って下さい!完膚なきまでに叩きのめしてやります!」
「お、おう…。」
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夕食の席は賑やかでした。ただ一人、レオンだけはチェスで完全にモニカにやり込められ、魂が抜けたようになっていました。
「お姉さま、ヘルガさん、先ほどパトリックさんと相談したのですが…、明日は四人で狩りに行きませぬか?馬たちも久しぶりに外を走りたそうにしておりました。」
エミリーが言うと、アリスもヘルガも嬉しそうにしました。なぜかロジェも嬉しさを隠せないようです。
「ええ、いいわ。森の中を走るのなんて、私、初めて。楽しみだわ。」
「うむ、吾れもたまにカトリーヌに乗って走り回りたいと思っていたところだ。…ちなみに言っておくが、ロジェ。狩りに行くのは訓練の後だ。それまでは今まで通り吾れらがみっちり訓練をする。覚悟をしておけ。」
ロジェは絶望に打ちひしがれたような表情をしました。ラルフが慰めるように肩をポンと叩きました。
「ラルフも最近はあたしたちと試合ができるくらいにまでになったんだよ。」
ビアンカが自分のことのように胸を張りました。オリバーも嬉しそうです。
「すごいじゃないか、ラルフ。」
「みなさんの指導が素晴らしいからですよ。」
ラルフは謙遜しましたが、それでも笑みがこぼれてくるのは隠せないようです。一方でペーターはひどく落ち込んだ表情をしています。
「あー…、ペーター、ラルフと試合やって負けたんだよね…。」
ビアンカが気の毒そうに、しかしどこか楽しそうに言いました。
「オマエはいつも油断しすぎネ。普段から怠けていたから自業自得ネ。油断大敵ネ。」
ヨウフェイが難しい言葉を使ったので、オリバーはびっくりしました。
「ヨウフェイ、ずいぶんと難しい言葉を知ってるな。」
「クララに教えてもらったヨ!クララはいい先生ネ!」
ヨウフェイは無邪気に言いました。横でチュンフェイも微笑んでいます。
「ああ、そう言えば二人とも文字を習っているんだったな。そういうことは場合によって新しい技を覚えることよりも重要だったりするからな。これからもがんばれよ。」
「もちろんネ!」
ヨウフェイは元気いっぱいに返事をしました。それからオリバーは仲間たちに声をかけました。
「さあ、そろそろ夜も遅い。もう寝るとしよう。アリスたちも明日になったら狩りをするんならなおさらだ。今日もいろいろなことがあったからな、みんな疲れただろう。ゆっくり休むんだ。明日に備えよう。」
オリバーの言葉に、仲間たちは次々と立ち上がりました。イザベルは薬屋に戻るようです。
「ほら、レオン、立つんだ。ほら、言っただろう?モニカには私がチェスを指導した、と。」
「立てって、ペーター。明日の訓練で頑張ろうよ。ラルフさんだって真剣だったんだから、そりゃあ油断したらやられるって。」
パトリックとハンスがそれぞれレオンとペーターを引っ張り上げて立たせました。オリバーはその様子を苦笑いしながら見ていました。
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人物紹介
~アンドレアス~
・「魔神」
・年齢不詳、数千歳と思われる。
・人外の力で戦う。
・一人称は「私」
・ローズにとりついた魔神。ローズの大伯父、ガブリエル・ミニエーの二つ目の願いによって、ローズを守護することとなった。基本的には他の魔神と変わらず、魔神は高貴な存在で、人間の命を奪うことも楽しみの一つと考えているが、人間とかかわりを持つことも嫌いではない。実は少しいたずら好き。ガブリエルのことは一人の人間としてはとても気に入っていたので、その一族であるローズにもかなり好感を持っている様子。
ローズにとりついた魔神アンドレアスは、ローズに危害を加える存在ではなく、逆にローズを守ってくれる存在だということがわかりました。オリバーたちも嬉しそうなローズを見て、ひとまず安心したようです。ただ、一人ほど状況に溶け込めない仲間もいるようですが…。
次話ではいよいよ訓練も大詰めとなります。仲間たちの技術も格段に上がり、ついにモニカの新しい魔術も完成するようです。どうぞお楽しみに!
ちなみに大げさな儀式を開かずとも召喚することができるのに、アンドレアスが出てこなかった理由は、少しいたずら心が芽生え、イザベルが正確に召喚用の図を書けるかどうか試してみたいと思ったためです。
では次話をお楽しみに!




