~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「27.見えざる手」
今日もオリバーと仲間たちはシャロンと戦うための訓練を続けています。しかし、ローズの魔術は思った以上にうまくいかず、本人もオリバーも少しイライラしてきているようです。
ミニエー家のお屋敷では、今日も言い争う声が聞こえてきます。
「だから、何度も言っているように魔力を消耗した状態で魔術の訓練を続けることは危険なんだ。どうしてわかってくれないかな…。」
オリバーは心底残念そうな表情をしました。しかし、今日はローズも負けじと食い下がります。
「先生たちは特訓している時にイザベルに回復術をかけてもらっている…。でも私はかけてもらえない…。こんなことは不公平…。」
「それも説明しただろう?イザベルの今やっている緊急回復術は連発できないんだ。魔力を大量に消費しちまうからな。同時に俺やモニカはお前よりもはるかに多い魔力を体に蓄えている。魔力を消費するサイクルはお前よりもずっと長いんだ。お前にたいしてイザベルが緊急回復術を使うとなるとイザベルは必要以上の魔力を消費してしまい、逆にイザベルが危険な状態になってしまうんだ。」
オリバーの言葉には何とか納得してほしいという願望が込められていましたが、その願いは叶わなかったようです。
「私だってみんなのためになるように頑張りたい…。魔力が戻るまでただじっと待つだけなんて我慢できない…。」
「だから、魔力を消費してしまった場合、今のお前にはじっと休んでいることが一番早い、」
「もう、いい…。今の先生には頼りたくない…。過保護…。」
ローズはプイッとそっぽを向くと部屋を飛び出しました。
「おい、待て、ローズ!」
オリバーは慌ててローズを追いましたが、廊下の角を曲がった途端に見失ってしまいました。
「どうしたんですか!」
騒ぎを聞きつけて別の部屋からイザベルとモニカが飛び出してきました。氷の魔術が少し失敗したらしく、二人の髪の毛は少し凍りついていて、唇も真っ青でした。オリバーはそれと同じくらい青い顔をして言いました。
「ああ、二人とも。実はローズが…、」
オリバーは平常心を失ったようにさっきのことを話しました。イザベルとモニカは初めのうち焦った表情で話を聞いていましたが、やがて安心したような表情に戻りました。
「心配はありません、オリバーさん。ちょっと平常心を失ってしまっただけです。その時も、今も。そして、オリバーさんもローズさんも。」
イザベルはオリバーを落ち着かせるように言いましたが、オリバーはまだ混乱しているようです。
「だがローズはこの角を曲がった瞬間に姿を消したんだ。もしかしたらシャロンに連れ去られたり…、」
「オリバーさん、このお屋敷は魔術による防護線が幾重にも張り巡らせています。私の魔術がどこまでシャロンに通用するかわかりませんが、少なくともローズさんをこのお屋敷から消し去るようなまねは絶対にさせませんよ。」
外に出てしまった場合は保証できない、とイザベルは言いかけましたが、オリバーを安心させるために彼女はただ胸を張りました。
「あ、ほら、オリバーさん。この絵の裏、隠し通路になっていますよ。きっとローズさんはこれを使ったんですよ。小さい頃に住んでいたわけですから、こういったものの存在を知っていたんだと思いますよ。」
モニカも安心させるように言いました。オリバーはようやく気持ちが落ち着いてきたようです。
「少なくとも私はしばらくしたらローズさんは間違いなくここに戻ってくると思いますよ。さあ、私たちもそれまで訓練を続けましょう。オリバーさん、モニカさんの魔力線の上達ぶりを見てください。ついにお部屋の中くらいの広さなら魔力線を張ることができるようになったんですよ。」
イザベルとモニカはオリバーを引っ張って部屋の中に戻って行きました。
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一方ローズは、モニカが見つけた通りの隠し通路を通って外に出ていました。そのままローズは走り続け、森の奥の方にやってきました。そして手頃な木の切り株を見つけるとそこに腰掛けました。
ローズはしばらくの間、疲れと怒りで、肩で荒い息をしていましたが、だんだんと呼吸が整ってくるとだんだん心細くなってきました。そして、あまりに突然飛び出してきたせいで短剣をお屋敷に置き忘れてきてしまったことに気がつきました。
心細さがより一層増すと同時に、ローズの心の中には少しずつ後悔も生まれてきました。ローズはのろのろと立ち上がると、ゆっくりとお屋敷へ今来た道を歩き始めました。
しかし、ローズが何歩も歩かないうちに、低いうなり声が聞こえてきました。ローズがサッと顔をあげると、狼のような魔獣がローズににらみを利かせていました。しかしローズはまったくひるまず、魔獣にピッと指を向けました。
「カースアタック…!」
しかし、何も起こりません。自分に魔力がまったく残っていないのだということが分かった瞬間、初めてローズは恐怖で表情をこわばらせました。
「ポイズンラース…!ファイアーストーム…!」
ローズは知っている限りの魔術を唱え続けました。魔獣は今にも飛びかからんばかりに身構えています。
「フィクセイション…あっ…。」
ついに魔獣が飛びかかってきました。ローズは観念し、目をギュッと閉じました。
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数秒後、ローズは自分がまだ目を閉じたまま立っていることに驚くと同時に、背中に奇妙な感覚があることに気づき、恐る恐る目を開けました。
目の前で、なぜか自分を襲ったはずの魔獣がもだえ苦しんでいます。まるで首を絞められているかのようです。
と、ローズは自分の背中にある感覚は、そこから見えない腕のようなものが生えているのではないかと思いました。ローズは魔獣に加える力をより強くするように念じました。すると案の定、魔獣はいっそう苦しみました。やがて魔獣は息絶えました。
ローズは今度は見えない手が高いところにある木の実を取るように念じました。すると、瞬きをする間もなくローズの手元に果物が届けられました。ローズは怒って飛び出してきたこともすっかり忘れ、早くこのことを伝えようとお屋敷に向かって走り出しました。
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ローズがお屋敷に戻ると、玄関のところで待っていたオリバーが申し訳なさそうに言いました。
「ローズ!さっきは本当にすまなかった。俺ももう少ししっかりとお前の気持ちを理解して、」
「そのことはもう大丈夫…。それよりも先生に見てもらいたいものがある…。イザベルにもモニカにも…。すぐに魔獣を召喚してほしい…。」
オリバーは少し面喰ったようでしたが、黙ってうなずくとローズを連れて中に入って行きました。
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部屋の中ではモニカが氷の壁を完成させていたところでした。
「イザベル、モニカ、ローズが何か見てほしいものがあるそうだ。ちょっといいかな?」
オリバーの言葉に、イザベルとモニカが近寄ってきました。オリバーはローズに促されるままに魔獣を召喚しました。
「フィクセイション!…さあ、ローズ。動きを止めたぞ。」
ローズは頷くと、また背中の見えない手に魔獣を絞め殺すように強く念じました。すると先ほどと同じように魔獣は苦しみ出しました。そしてしばらくするとぱったりと動かなくなりました。
次にローズは部屋の端の方にあった小さな小瓶を手元に持ってくるように念じました。果たして小瓶は、すぐさまローズの手元に収まりました。ローズは小瓶を手にしたままオリバーたちの方を振り返りました。
モニカは感激したような目でローズを見ていましたが、一方でオリバーとイザベルは真っ青な顔をしています。ローズは直感的に、モニカの反応が間違いで、オリバーたちの反応が正しいのだと悟りました。
「先生…、イザベル…、これはいったいどういうことなの…?」
オリバーはローズからの問いに答えず、逆に震えながらローズに質問しました。
「ローズ…、お前、いつから『魔神憑き』になったんだ…?」
「魔神憑き…魔神憑き!?」
モニカがおびえたような声を出しました。
「私はてっきり言葉を発しなくても魔術ができるようになったのかと思っていたのに!」
「ええ、無言術ならばどれほどよかったことでしょう…。まさか魔神憑きとは…。」
「さっきから何を言っているのかわからない…。魔神なんとかが何なのか私にはわからない…。」
ローズが少しイライラしたように言いました。
「…すまない、ローズ。だが俺たちも今のお前の状況について詳しく知る必要があるみたいだ。とりあえず、屋敷を出てからのことを詳しく教えてくれ。」
ローズはお屋敷を飛び出してからのことを事細かにオリバーに話しました。
「ううん…。今までローズが魔神憑きでなかったことを考えると、その途中のどこかで魔神にとりつかれたか…。」
オリバーは弱った顔で考え込むような顔をしました。ローズは少しイライラした口調で言いました。
「先生…、さっきから言っている魔神憑きというものが私にはわからない…。」
「ああ、魔神憑きとは、まあその名の通りに魔神にとりつかれた人間のことを言う。一般的に魔神はとりついた人間の願いを三つ叶えると、命を奪うとされているんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、ローズは顔を真っ青にしました。しかし、すぐに不思議そうな表情をしました。
「先生…。私はもう四つお願いを叶えてもらった…。」
「なっ、何だって?」
オリバーはローズの言葉に驚きました。
「魔獣に襲われた時に一回…、果物を取ってもらう時に一回…、召喚した魔獣を倒す時に一回…、小瓶を持ってきてもらう時に一回…。」
オリバーは恐ろしげにローズをまじまじと見ましたが、ローズの身に何も起こっていないことを確認すると、不思議そうに首をかしげました。
「確かに…、そもそも魔神が素直にとりついたものの言うことを聞くとも思えない…。だがローズに魔神が憑いていることは間違いないようだな…。」
オリバーは恐る恐るといった様子でローズをながめました。ローズはさらに不機嫌そうです。
「どうやら魔神について詳しく調べる必要がありそうですね。今日はもう帰りましょう。そして魔神に関する記述を研究しましょう。」
イザベルの提案にオリバーは賛成し、四人はオーベルクの宿屋に帰ることになりました。
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宿に帰るとオリバーとイザベルは部屋にこもり切ってさまざまな書物を読みあさりました。それに加え、夕方になって帰ってきたビアンカに頼み、実家の書庫にあった参考になりそうな書物をたくさん持ってきてもらっていました。
ローズはというと、むっつりと押し黙ったまま宿の一階にポツンと座っています。オリバーたちとは違い、魔術を使わない仲間たちはローズに感心しているようです。
「すごいぜ、ローズ!モニカから聞いたけど、何かお前、すごいんだってな!」
マチルドがニヤニヤしながら言いました。
「そんな魔神なんとかになれるなんて、大した奴だぜ!」
レオンも興奮しています。
「皆さん!これは危険な状況なんですよ!ローズさんは魔神に命を奪われる可能性もあるんです!魔神は魔術師の間では信用できないものの筆頭として扱われてきているんですよ!」
モニカがぶんぶん手を振りまわしながら怒ったように言いました。
「そうは言っても、ローズはすでに四度、魔神とやらに願いをかなえてもらっているのだ。この時点で本来ならば考えられぬことがおこっているのだろう?では大丈夫なのではないか?」
「アリスさん!そんな悠長なことを言って…パトリックさん!パトリックさんも何か言ってあげてください!」
「いや、私は人外の力を自在に操ることができるローズには敬意を払いたいと思うよ。こんなことは私たちには無理だろうからね。」
「もう、パトリックさん!」
すると、二階からオリバーが疲れた顔で降りてきました。
「はぁ…。どうしようもないよ。記述によれば、『魔神はとりついた対象が命を落とすまで離れることはない』だとさ…。普段なら魔神は三つ願いをかなえた瞬間に命を奪うから、こんなことは全く想定外だし、どうしたらいいのかもさっぱりわからん…。」
「そ、そんな!」
モニカは絶望したようにうなだれました。
「それではローズさんがいつも命を奪われる危険と隣り合わせだということではないですか!」
ローズはただうつむいています。すると、バタバタと音を立ててイザベルとビアンカが階段を駆け下りてきました。
「オリバーさん!ローズさん!興味深い記述を見つけました!魔神と対話する方法です!」
訓練を続けていたオリバーたちですが、突然思いもよらない事件に見舞われたようです。果たしてこれはシャロンのワナなのでしょうか、それとも…。
次話ではオリバーたちがローズにとりついた魔神と対話することに成功します。はたして魔神がローズにとりついた理由とは…?どうぞお楽しみに!
ちなみにモニカも言っていた通り、魔神という存在は魔術師の間では忌み嫌われている存在です。魔術師たちは、魔神は高慢で信用ならないと考えており、逆に魔神は、魔術師たちをただの人間と変わらない下等な存在と認識しているのが一般的です。
では次話をお楽しみに!




