~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「26.ただひたすらに」
オリバーたちはシャロンに対抗するための訓練を続けていました。彼らがいつも疲れてもどってくるので、オットー様は心配そうです。
オリバーたちが訓練を始めて五日が経ちました。オットー様は毎日疲れた表情で『隠れ家』に帰ってくるイザベルとハンスたちを見てたいそう心配されました。
「大丈夫か、訓練は相当に厳しいようだな。」
「はい…、レオンさんもビアンカも厳しくて…。」
ハンスがため息まじりに言いました。
「イザベル嬢も疲れがたまっているように見える…。イザベル嬢はどこにいるのだ?」
「恐らくはクララ様のところです。」
「ああ、なるほど…。」
「クララ様がヨウフェイたちに文字を教えることに協力して下さるということを聞いて、ペーターも喜んでいました。チュンフェイもヨウフェイも少しずつ文字を覚えているようです。」
「そうか、それは本当によかった…。」
オットー様はかすかに笑い、それから激しく咳きこみました。
「オットー様?大丈夫ですか?」
ハンスが心配そうに言いましたが、オットー様は笑っておっしゃいました。
「心配は無用だ。環境が変わり、少し体調を崩しただけだ。」
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チュンフェイにはペーターが、ヨウフェイにはイザベルとクララ様が二人がかりで文字を教えていました。
「…これが『お腹がすいた』、これが『疲れた』、これが『眠い』っていう意味。覚えた?」
ペーターがチュンフェイに聞くと、チュンフェイはペンをとり、ペーターが書いた文字をじっくり見ながらゆっくりと書き、自分と文字を交互に指差しました。
「『疲れた、眠い』…。いや、まだ始まったばかりだからね?」
ペーターが困ったように言うと、チュンフェイは不機嫌そうにしました。それを見てイザベルは思わず笑ってしまいました。クララ様はヨウフェイが書いた字をご覧になっています。
「そうそう、上手ね…。あなたはとても良い字を書くわ、ヨウフェイ。」
「褒められたネ!ヨウフェイ嬉しいヨ!」
イザベルが困ったようにたしなめました。
「ヨウフェイさん、クララ様に失礼ですよ。言葉をお慎みなさい。」
しかし、クララ様は気になさっていないようです。
「いいのよ、イザベル。気にしないで。私も楽しいの。娘ができたみたいね。ともかく、文字を覚えるにはただひたすら手を動かすことが大切なのよ。この調子で続けなさい。」
クララ様はそうおっしゃって熱心に文字を書き続けるヨウフェイを見て目を細められました。
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戦闘訓練は今日も続けられています。今日も試合が行われている横でロジェはアリスとエミリーに鍛えられています。
「むー…、鍛えられているって言うかさ…、もう一方的に痛めつけられてるだけに見えなくもないよね…。」
ビアンカが眉をひそめて言いました。その瞬間もロジェはエミリーに吹っ飛ばされました。
「あたい、なんだかロジェの方が気の毒になってきたぜ…。」
マチルドでさえも憐みの目を向けています。ラルフはもう目も当てられないようです。
「ああ、ロジェくんが紙くずのように…。」
「あの程度、どうということはない。それに見るのだ。ロジェも初めよりよい動きをするようになったではないか。」
ラルフの横でアリスが満足げに頷きました。
「それにしたって厳しすぎますよ!パトリックさんやレオンさんは何も言わないんですか?」
ラルフが祈るような目で、猛烈な勢いで試合をしているパトリックとレオンを見ながらたずねました。
「レオンはハンスとペーターの指導に集中できるから助かるとか言ってたし、パトリックは実際に効果が出ているんならそれはそれでありだ、ってよ…。」
マチルドがため息をつきながら言いました。それを見てアリスが笑いました。
「まあ、そう責めるでない。吾れらがこのように厳しく指導しているのは何もいたずらにあやつを痛めつけたいからではないのだ。そこは理解してもらいたいものだ。」
ロジェがまたエミリーに突き飛ばされました。エミリーはやれやれとため息をつくと、言いました。
「相変わらずのへっぴり腰ね。このようなことが続くようなら、間違いなく一ヶ月後に死ぬと思うよ。…とにかくもう少ししたらお姉さまが相手をしてくれることでしょう。それまで休んで待っていなさい。」
ロジェはその言葉を聞いて真っ青な顔になりました。しかし呼吸が上がり、言葉を発することができないようです。エミリーはクルリとロジェに背を向けると、アリスの元へ戻ってきました。エミリーがフッと漏らした一言に、ラルフたちは表情が凍りつきました。
「ふう…。すっきりしました。」
「よく頑張ったな、エミリー。あやつも徐々に動きが素早くなってきた。これもひとえに吾れらの訓練の成果だろう。今後もただひたすら頑張るのだ。」
「はいっ、お姉さま。」
ビアンカが大げさに顔をしかめて言いました。
「むー…。ここにローズがいないだけまだましなのかな…?」
「確かに…。ローズだったら間違いなくロジェを殺しにかかってたぜ?」
マチルドも大げさに目を見開きました。
「まあ、ローズも今なかなか大変らしいけどね…。」
「ああ、イザベルさん、魔術を教える時はとても厳しくなるらしいですもんね…。」
ラルフが苦笑いしましたが、ビアンカは首を振りました。
「いやさ、どうも厳しいのはイザベルだけじゃないんらしいんだよね…。」
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ミニエー家の一室、オリバーの大声が響いていました。
「また失敗だ!集中できていないようだな、ローズ!」
「ごめんなさい…。」
しゅんとするローズを見て、オリバーはため息をつきました。
「お前はもとが魔術師じゃないから魔力の消費が俺たちよりも激しいんだ。同時に回復にも時間がかかる。だからこそ短い間に覚えてほしいんだ。少なくともゼロの状態から魔術を覚えた一年半前よりはずっとやりやすいはずなんだがな…。」
「ごめんなさい…。もう一度やらせてほしい…。」
ローズは立ち上がりましたが、オリバーが押しとどめました。
「だめだ。魔力を消耗した状態で無理に魔力を使うのは危険だ。もう少し休め。」
オリバーの言葉に、ローズは少し不満そうにしました。
「先生もイザベルもモニカも疲れていても魔術を使っている…。私も…。」
「だめだ。俺たちだって緊急の時にしか使わないからな。モニカが魔力を使い果たした時に気を失ったのを見ているはずだろう?」
「今だって緊急事態…。一ヶ月後にシャロンが襲ってくる…。」
不満顔でこぼすローズに、オリバーも少しイライラしているようです。
「ずいぶんと今日のお前は突っかかってくるな。だが、だめだと言ったらだめだ。それでしばらく魔術を使えないようになったら元も子もないだろう。今はじっとして体力と魔力が回復するのを待て。」
ローズはまだ不満そうでしたが、それ以上、反論することはしませんでした。
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一方モニカはオリジナルの魔術のため頑張っていました。しかし、第一段階の防護の魔力線を張るところでつまづいているようです。イザベルはそれをただ座って見ています。
「さあ、頑張ってください、モニカさん。」
イザベルがモニカを励まします。しかし魔力をどんどん使ってしまい、モニカはまた座り込んでしまいました。
「リバイバル!」
イザベルが叫ぶと、モニカは急に力が湧いてくる感覚がしました。足もともふらつかず、しっかりと立ち上がることができました。
「さあ、これでまたできるはずです。今のはとてもいい感じでしたよ。」
笑顔のイザベルに、モニカは少し機嫌を損ねたように言いました。
「イザベルさん!そんなにかまってもらわなくても私は大丈夫です!そんなことよりも、イザベルさん自身の訓練をした方が絶対にいいはずです!」
イザベルはモニカの剣幕に驚いたようですが、その後で困ったような笑顔を見せました。
「お気を悪くしてしまったようですね。しかし、これが私の特訓なんです。」
「えっ?」
モニカが目を丸くすると、イザベルが話しだしました。
「今、私がかけた魔術は消耗した魔力や体力を完全に復活させる魔術です。しかし、同時に私も一度に魔力の半分近くを消費してしまいます。ですからこれは、誰かが大きなダメージを受けた時の緊急用です。そのためにできるだけ体力や魔力を消費しないように、ここにじっと座っていたわけです。」
イザベルの話を聞いてモニカは申し訳なさそうに肩をすくめました。
「ごめんなさい、イザベルさん。何も知らないで勝手なことを言ってしまって…。」
しかしイザベルは首を横に振りました。
「いえ、どうぞお気になさらずに。私も説明していませんでしたからね。さあ、これでしばらくはまた続けて魔力線の特訓をすることができるはずです。
正直、魔力線を張ることよりも魔力を体外に取り出したり、それを自在に操ったりすることの方がはるかに困難です。当然、私もまだそんなことはできませんし、オリバーさんにもきっとできないでしょう。ですが、まずは魔力線を張るという壁を乗り越えなければその先の展望はいっさい開けません。さあ、ただひたすらに頑張ってください。」
「はいっ!」
モニカは元気に返事をし、魔力線の特訓に専念しました。イザベルは笑顔でそれを見つめ続けていました。
厳しい訓練はまだまだ続くようです。そしてイザベルは緊急回復術を習得することができたようです。それにしても、ロジェが報われる日は来るのでしょうか…?
次話では魔術の訓練の仕方をめぐってオリバーとローズが口論になり、ローズは怒ってお屋敷を飛び出してしまいます。しかし、気持ちが落ち着いてきてお屋敷に戻ろうとしたローズの身に、何かの異変が訪れるようですが…どうぞお楽しみに!
ちなみに訓練時の武器組は、試合をするとき以外はだいたいレオンはハンスとペーターの相手をし、パトリックは半ば強引にチュンフェイの相手をさせられています。それぞれになかなか大変なことなので、二人ともロジェにかまっている余裕などないのです。かわいそうに…。
では次話をお楽しみに!




