~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「25.訓練再び」
新しくヘルガが仲間に加わったオリバーたちは、一ヶ月後に迫ったシャロンとの対決のため、訓練を再開します。まずはミニエー家のお屋敷にいるオリバーたちから見てみましょう。
オリバー、イザベル、モニカ、そしてローズは以前に訓練に使ったミニエー家のお屋敷に来ていました。
「さて、訓練を始めたいわけだが…、何から始めよう…?」
オリバーが少し困ったように首をかしげました。すると、モニカが言いました。
「オリバーさん、少し考えたんですけど…。シャロンは私たちのことをいろいろ調べてから襲ってきているように感じます。例えばオリバーさんの過去だったり、例えばチュンフェイさんがオリバーさんに良い感情を抱いていなかったことだったり…。
だから、新しいことを始めるべきだと思います。例えば今までに使っていなかった魔術であったり…。あ、だから、今までに教えあってきた自分の専門外の魔術を極めることも一つの手だと思います。」
オリバーは驚いたように目を丸くしました。
「なるほど…。いい考えだな。最近のモニカは本当に頼りになるよ。」
モニカは嬉しそうに顔を赤らめたので、ローズは少しだけムスッとしました。イザベルが続けました。
「ローズさんに魔術を覚えてもらうことも重要ですね…。ではこうしましょう。一日ずつ交代で一人、ローズさんに魔術を教えます。残りの二人はそれぞれ自分が覚えたい魔術を覚えるんです。どうですか?」
「うん、それでいいと思う。ローズはどうだ?」
オリバーからの問いかけに、ローズは慌ててコクンと頷きました。
「ようし、決まりだ。」
「では今日は私がローズさんに教えましょう。初歩の毒の魔術はもう使いこなせているようなので、一段階だけ上級の『ポイズンブレス』を教えましょう。この魔術は対象の周りの空気を毒で満たすものですが、風向きによっては毒が自分の方に流れてくる可能性があるので、正確な観察力がなければ難しいものです。魔術そのものは簡単なものなので、さっそく始めましょう。」
イザベルはローズを連れて別の部屋に入って行きました。
「オリバーさんはどんな魔術を覚えるつもりなんですか?」
モニカが聞くと、オリバーが答えました。
「ああ、昨日たまたま文献を読んでいて発見したものなんだが…、なかなか強力なものを見つけた。魔術の名前は『ブラッドアロー』だ。」
「血の矢…。やっぱり呪いの魔術ですか?」
「そうだ。だが威力は絶大なようだ。通常の動死体にさえもそこそこのダメージを与えられるらしい…。早速やってみよう。」
オリバーはそう言って、魔獣を召喚し、動きを止めました。
「ようし、行くぞ。」
オリバーが呪文を唱える直前、モニカはオリバーの顔が少し歪んだことに気づきました。
「ブラッドアロー!」
すると、どす黒い赤い色、まるで血のような色の光が魔獣に向かって飛びました。魔獣は苦しそうに鳴き声をあげましたが、しかしそれでもそこに立っていました。
「くっ、やっぱりこれだけでは威力が足りないか…。」
オリバーはそう言ったかと思うと剣を引き抜き、自分の腕に深く突き刺しました。傷口から血がとめどなく出てきます。モニカは顔を真っ青にしました。
「お、オリバーさん!いったい何を!」
しかしオリバーは痛みに顔をゆがめながらも叫びました。
「ブラッドアロー!」
すると、先ほどのような不気味な色の光が、さっきよりもずっと強い勢いで魔獣に向かって飛びました。魔獣は叫び声をあげる間もなく絶命しました。
「はぁ、はぁ…。モニカ、回復術を…。」
「は、はい!リカバリー!」
モニカが唱えると、オリバーの傷口はきれいにふさがりました。オリバーは苦笑いして言いました。
「回復術もうまくなったじゃないか。…今見てわかった通り、この魔術は使う者が血を流していなければ使えないものだ。その量が多ければ多いほど威力が大きくなる…。初めは口の中を噛んでみたんだが、それでは全然、威力が足りないみたいだったよ…。」
「危険、ですね…。」
「ああ。でも逆に、自分自身がとても危険な状況になった時には強力な術になる。まあ、完全な反撃用の魔術だな。」
オリバーはそう言うと、椅子に座りました。
「でもたったこれだけの回数で成功して良かったよ。少し休んだらあとはしばらく毒や氷の魔術を練習することにしようかな。…モニカはどういう魔術を覚えるつもりなんだ?」
モニカは緊張したような表情を見せました。
「私は私オリジナルのものをつくりだしてみたいと思います。この前、樹海の炎を食い止めるのに使った氷の壁を応用してみようと思います。」
「ほう、詳しくきかせてくれよ。」
「はい。魔力線というものは自分の魔力を体の外にそのまま出したものらしいんです。ですから、訓練次第では魔力を線や膜のような感じではなく、塊として取り出すことも可能なようです。」
「なるほど、初耳だな…。それで、どうするんだ?」
「自分自身から取り出した魔力ですから、それを自在に操ることも可能です。私は塊として取り出した魔力に前のように氷の魔術をかけ、それを敵に対して自在にぶつけるようにしたいと思います。」
「なるほど…。それはおもしろいな。」
「弱点は炎の魔術をかけられたら一気に溶けてしまうことですが…時間稼ぎにはもってこいだと思います。まずは魔力を体の外にとりだすこと、というよりも、まずは魔力線を張ることから練習しようと思います。ですから時間がかかってしまうかもしれませんが…。」
「応援しているよ。お互いに頑張ろう。」
「はい、がんばりましょう!」
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その隣の部屋では…、
「モニカ…。パトリックがいるのに…ぜいたく…。」
「はいはい、ローズさん!もう一度やり直しです!まったく、私に毒の耐性がなければ私はとっくにこの世とお別れをしています。」
「ごめん…、がんばる…。」
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一方、他の仲間たちは短剣を使うマチルドたちも含めて一緒に森の中で訓練をすることになりました。同じ武器同士で戦うのではなく、すべての武器を使って試合をしています。もっとも、弓矢を使うわけにはいかないので、アリスとエミリーに関しては短剣を使っています。
「吾れらは訓練後に狩りをするからな、弓矢の練習はその時でも十分にできるのだ。」
「ようっし、次はパトリックとヘルガで試合をして!みんな、二人からは参考になることがたくさんあると思うからね。」
ビアンカは元気に、しかし少しだけ悔しそうに言いました。仲間たちは輪を作り、パトリックとヘルガはその中心で剣を構えました。チュンフェイはどこかバカにしたような目でヘルガを見ています。
「何だよ、チュンフェイ。パトリックと勝負できるのは自分だけ、とでも言いたそうだな。」
レオンが笑うと、チュンフェイは得意げに鼻を鳴らしました。
「まったく、お前だって一度もパトリックに勝てたことがねぇじゃねぇか。おあいこじゃねぇかよ。」
レオンの言葉にチュンフェイはジロリとレオンを睨みました。
「ようい、はじめ!」
ビアンカの号令で、パトリックとヘルガは礼儀正しく一礼すると、突然、試合を始めました。二人の剣さばきは驚くほど速く、剣先の残像が見えるほどです。チュンフェイでさえもあんぐりと口を開けています。パトリックもヘルガも、顔を真っ赤にして戦い続けています。しかし、何分たっても決着はつきませんでした。ビアンカが再び号令をかけました。
「やめ!引き分け!」
パトリックもヘルガも荒い息をしながら、また丁寧にお辞儀をしました。
「ふう、驚いたね。前に見た時もすばらしい剣さばきだと思ったけれど、いざ戦ってみると改めてそのすばらしさを実感できた…。貴重な体験だったよ。」
「私もとっても良い経験をさせてもらったわ。ありがとう、パトリックさん。」
すると、チュンフェイが怒ったように輪の真ん中に躍り出ました。パトリックに対して失望した、とでも言いたそうな表情をしています。パトリックもそれを悟ったようです。
「チュンフェイ、私は別に相手がヘルガだから手を抜いたとか、そう言ったことは一切していないよ。そんなことをするのはヘルガにも失礼だしね。」
「さすが、パトリックさんは紳士的だなぁ。」
「モニカがいなくて残念だぜ…。」
ハンスとマチルドがニヤニヤしながら言いました。しかしチュンフェイはまったく気にすることなく、今度は鋭い目でヘルガに睨みをきかせました。
「…姉さん、戦いたがってるヨ。勝負してくれるネ?」
ヨウフェイがヘルガに頼むと、ヘルガはにっこり笑いました。
「ええ、いいわ。さあ、チュンフェイ、勝負しましょう。」
ヘルガの言葉に、チュンフェイは号令をかける間もなくものすごい勢いで突進しました。しかしヘルガは落ち着いてチュンフェイの攻撃を避けると、一気に反撃に出た、かに見えました。しかしヘルガはサッと身を低くすると、チュンフェイの足を払い、転ばせました。チュンフェイはころころと転がり、剣も落としてしまいました。
「私の勝ちね。ごめんなさいね、とても疲れていたからこんな戦い方しかできなくて…。また改めて万全な時に勝負しましょう。」
ヘルガはそう言うと、木陰に座りました。
「何だかずるい戦い方だなぁ…。あんなの訓練用の剣じゃないとできないじゃないか。」
ペーターが少し不満げに言いました。しかしレオンはそんなペーターにあきれ顔です。
「何を言っているんだ。お前はろくに見ていなかったんだろうが、ヘルガは的確に足の腱を狙って攻撃している。訓練用どころか、本物の剣であれをやられたら場合によっては二度と立ち上がれなくなるぞ。きっとヘルガは相手の動きを封じることに長けているんだ。あれは敵に回したくねぇな…。」
レオンは感心したように頷きました。ペーターは心配そうにチュンフェイに近寄り、手を差しだしました。
「チュンフェイ、大丈夫か?」
チュンフェイは恨めしげにペーターを見ていましたが、やがてペーターの手を借りて立ち上がりました。
「さあさあ、次はハンスとレオンの試合だから、二人ともどいたどいた!」
ビアンカにせかされ、二人は広場の隅に追いやられました。チュンフェイはすぐにヨウフェイの元に歩いて行きました。すると入れ替わりにアリスとエミリーが歩み寄ってきました。
「本当にチュンフェイのことが気にかかるのだな、ペーター。」
「ほっ、ほっといてよ…。」
ペーターは顔を真っ赤にしてうつむきました。
「まあまあ、そんなに冷たく扱わないでよ。いい話を持ってきたよ。」
エミリーの言葉にペーターはサッと顔をあげました。
「いい話って?」
アリスが説明しました。
「聞けば、チュンフェイとヨウフェイは吾れらの言葉は話せるが、文字は読めぬのだという。だが話すことができぬチュンフェイが文字を覚えたらどうなるのだ?」
「なるほど…!チュンフェイと筆談でもっといろいろ言葉を交わせる!」
ペーターの目がキラキラと輝きました。
「ヨウフェイは文字を覚えたがっていたよ。きっとヨウフェイが教わればチュンフェイも一緒に覚えたがると思う。これは一つ考えてみる必要性があるかもね。」
「うん、わかったよ!」
ペーターはサッと立ち上がるとチュンフェイたちの方へ走って行きました。アリスとエミリーは苦笑いしました。
「考えるも何も、即決ではないか…。」
「ペーターらしいですね。」
「うむ、まったくだ…。しかしそれにしても、ロジェの阿呆はどこへ行ったのだ?どうも姿が見えぬのだが…。」
アリスが少し不機嫌そうに言うと、エミリーは小馬鹿にしたように言いました。
「まあ、戦力としてはいようがいまいが変わりはありませんからね。」
「ひ、ひどいなぁ…。」
二人の後ろから泣き出しそうな声が聞こえました。二人はその声の方にさめたような顔を向けました。
「…何だ、いたのか。」
「みんな必死に訓練しているのに遅れてくるとは…いい度胸だね。」
「あはは、僕が悪いんですよ。僕がロジェくんのために訓練用の槍をつくってあげていましたからね。」
ロジェと一緒に来たラルフが頭をかきながら言いました。
「ふむ、そうなのか…。ご苦労だな、ラルフ。」
アリスはラルフに笑いかけました。ロジェは何やらふるえているようです。
「さっきから僕に対する態度だけ冷たすぎる…!頭に来た!ぼ、僕と勝負してください!」
ロジェはラルフから槍をひったくると、アリスたちの方に向けました。それを見てアリスは鼻で笑いました。
「ふむ、いいだろう。戦いの基本も知らぬ者に負けるわけにはゆかぬな。ようし、貴様が一度でも吾れに勝つことができたなら、少しは貴様に対する態度も改めてやろう。では行くぞ!」
アリスは訓練用の短剣を手に、ロジェに向かって突進しました。瞬きをする間もなくロジェは槍を取り落とし、地面に転がりました。アリスはまるで楽しむような目でロジェを見ています。
「レオンはペーターやハンスの訓練にも忙しいようだからな、この際、吾れとエミリーで徹底的に貴様を鍛えてやる。さあ、立つのだ!」
ラルフは引きつった笑顔でアリスを見ていましたが、隣のエミリーも邪悪な笑みを浮かべてロジェを見ているのを確認すると、その笑顔さえも消えてしまいました。
オリバーたちは訓練を再開しました。さっそくオリバーは危険なものではあるとはいえ、強力な反撃魔術を身に付けたようです。
次話では訓練が続きます。アリスとエミリーによるロジェの訓練は過酷なものになっているようです。また、イザベルも新しい魔術を覚えたようです。どうぞお楽しみに!
ちなみに以前の描写でもありましたが、チュンフェイは『無言の呪い』をかけられているとはいえ、オリバーたちの言葉はしっかりと理解しています。ですから文字を覚えると、ペーターの言った通り意思の疎通もいくらかスムーズになるのです。
では次話をお楽しみに!




