~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「24.ヘルガ・ディートリヒ」
パカロンがシャロンの手によって陥落したことにより、オットー様たちはオーベルクの『隠れ家』に身をひそめることになりました。そして、ヘルガ女王様がオリバーたちとともに戦いたいと志願してきました。
ヴォルフの宿、呆然とする仲間たちの前で、オリバーは話を終えました。
「と、いうわけなんだ。」
「何ぃーっ!?」
レオンが素っ頓狂な声をあげました。
「女王様が俺たちと一緒に戦うなんて…、しかも、最前線でなんて…、あまりに危険すぎる!俺は反対だ!」
しかし、女王様は熱のこもった声でおっしゃいました。
「私はみなさんが頑張ってこの国のために戦ってくださっているのに、私自身はただじっとしていなければならないということが我慢ならないのです。ですから私自身も剣を取り、ともに戦いたい、と…。」
「オットー様は何とおっしゃっていたんですか?」
ラルフがオリバーにたずねました。
「オットー様は初めは猛反対されたらしいんだが、女王様の熱意に打たれ、認められたらしい。だから判断を下すのは俺たちなんだ。」
「いざという時のために、幼少の頃より武器の訓練も欠かさず行ってきました。剣も弓矢も、人並み以上に扱える自信はございますわ。」
女王様はそうおっしゃって、キラキラとした突剣を抜きました。レオンは女王様のあまりのやる気に唖然としてしまいました。
「だが…、俺たちでもシャロンが創りだした魔獣と戦うのには一苦労するんだ。生半可なやる気だけではどうにも…。」
「あら、ブーランジェ殿。先ほども申しましたように、私は幼少の頃より剣と弓矢の訓練を続けてきましたわ。その腕はフランツ殿のお墨付きなのですよ?信用できないようでしたら、一つお手合わせ願いたいのですが?」
女王様の不敵な笑みに、レオンは思わず後ずさりしてしまいました。
「いえ、あの、その。自分には恐れ多くてとても…。」
「…ねえ、師匠。勝ち負けとか別にどうでもいいから、あたしにやらせてよ。女王様と試合をさせていただけるなんて、こんな光栄なことはないからね!」
ビアンカが目をキラキラさせてオリバーに言いました。オリバーはビアンカの意思とは裏腹ではありますが、彼女の実力をもってすれば女王様の決意も揺らぐのではないかと考えました。
「わかった、ビアンカ。女王様、このビアンカと試合をしていただけますでしょうか?それが終わってから判断したいと思うのですが…。」
「ええ、かまいません。楽しみですわ。」
女王様はにっこり笑っておっしゃいました。
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さて、ビアンカと女王様は訓練用の剣を構えました。
「女王様もビアンカも突剣使いだ。より正確な判断ができそうだね。」
パトリックがそっとオリバーに耳打ちしました。オリバーは頷き、そして号令をかけました。
「試合開始!」
オリバーの声と同時に、ビアンカは一気に剣を構えて女王様に向かって行きました。しかし、女王様はぎりぎりまでビアンカを引き付けると、ビアンカの剣を想像以上の手さばきで払いのけました。
「うひゃあっ!」
ビアンカはいきなり体勢を崩され、もんどりうって床に倒れこみました。しかし、ビアンカもこれまで何度も戦いをくぐりぬけてきた実力があります。すぐに飛び起きると、向かってきた女王様の一撃をヒラリとかわした、かのように見えました。
「うわあわっ!」
女王様はビアンカの行動を読んでいたかのようにビアンカの足元をすくいました。ビアンカは予想外のことに、ころころ転がってレオンの足元でようやく止まりました。レオンもオロオロしています。
「お、おい、ビアンカ。お前、いくら女王様相手だからって手を抜き過ぎじゃないのか?」
「むー!違うんだよ!あたしが本気を出していないんじゃなくて、女王様が本気を出す隙を与えてくれないんだよ!」
その後も女王様はビアンカを圧倒し続けました。オリバーが試合を止めるように指示した時にはもうビアンカは肩で息をしながら床に転がっていました。
「はぁ…。無理…。絶対…、勝てない…。」
一方で女王様は余裕たっぷりです。
「どうです?考えていただけました?」
オリバーはびっくりした表情のままでしたが、ハッと我に帰り、パトリックにたずねました。
「…どう思った、パトリック。」
「驚いたなぁ…。一流の剣士レベルだよ、女王様は。私だって勝てるかどうかわからない。」
「まあ、ご謙遜を。」
女王様は笑っていますが、パトリックも度肝を抜かれたままのようです。他の仲間たちも女王様の実力に圧倒されたようです。オリバーは決断しました。
「…わかりました、女王様。私たちとともに、シャロンと戦いましょう。これからどうかよろしくお願いいたします。」
女王様は心から嬉しそうになさっています。
「ありがとうございます、オリバーさん。…もう仲間に入れていただいたのですから、私のことはヘルガ、と呼んでくださいね。」
「そ、そんな!恐れ多くて、」
「いいのです。他の皆さんも、私のことはヘルガと呼んでください。…それでも呼びにくいのだとしたら、これはシャロンを倒すまでに女王として私が出す最後の命令です。私のことはヘルガと呼んでください。」
あまりのことに仲間たちも唖然としています。オリバーは意を決して言いました。
「…わかったよ、ヘルガ。これから力を合わせて頑張ろう!」
オリバーの言葉に、ヘルガは本当に嬉しそうにしました。
「部屋はどこでもかまいません。誰と一緒でもかまいませんわ。」
「じゃあアリスたちの部屋に入ってもらうことにしよう。アリス、エミリー。ヘルガを案内するんだ。」
アリスとエミリーはしばらく口を開けていましたが、やがてハッと我に帰り、ヘルガを二階へと連れて行きました。
「女王様…ヘルガさんがあれほどの剣の使い手だったなんて…本当に驚いたなぁ…。」
ロジェがつぶやきました。
「…ローズ、お前はあまり驚いていないようだったな。」
オリバーに言われると、ローズは頷きました。
「女王…ヘルガのおてんばは今に始まったことじゃない…。お勉強の時間は逃げ出していつも剣と弓矢の練習ばかりしていた…。」
ローズは昔を懐かしむように言いました。
「何はともあれ、心強い仲間がまた一人加わったことは嬉しいね。…私たちの方が慣れるまでには相当な時間がかかりそうだけれど。」
パトリックの言葉に、仲間たちは思わず苦笑いしました。
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翌日、オリバーはオットー様たちのお見舞いに行きました。イザベルの介抱もあって、二人ともたいそう元気そうに見えました。オットー様はヘルガがオリバーたちの仲間になったことを知ると、ため息まじりの笑みを浮かべました。
「確かに、ヘルガ女王は昔からおてんばなお方だった。余やアズナヴール殿はヘルガ女王が十歳の時から教育係を引き継いだのだが…いつも野を駆けまわっておられたような気がする。
…あなたには大変な気苦労をかけることにはなると思うのだが、ヘルガ女王は目的もなしに行動されることは絶対にないお方だ。このたびのことも、相当に思うところがおありになられたようなのだ。どうかよろしく頼みたい。」
オットー様はそう言ってから咳をなさいました。オットー様の言葉にオリバーはうなずくよりほかありませんでした。
「クララのところにも行ってやってほしい。クララも怪我をしたのでな。」
「はい、わかりました。」
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クララ様にはイザベルとリリーが付き添っていました。クララ様はオリバーを見て笑顔を見せられましたが、すぐに真剣な表情に戻りました。オリバーがそれを察しました。
「いかがなされましたか、クララ様。」
「ローゼンハイン殿…。一つお見せしたいものがございます。」
そう言ってクララ様は何か紙きれのようなものをオリバーに渡しました。オリバーは見た瞬間、ハッとしました。そこにはチュンフェイたちの国の文字が描かれていたのです。
「パカロンが陥落した夜、夜空に緑色の炎がこのような模様を描いていました。見たこともないものでしたが、何やら文字のように見えたので模写したのですが…。」
「ありがとうございます、クララ様。私どもの仲間の一人がこの文字を読み解くことができると思います。これはシャロンの次の行動を読む手掛かりとなりそうです。」
「それはよかった…。私たちもシャロンには憤りを感じております。どうかよろしくお願いいたします。」
「わかりました、クララ様。」
「ヘルガ女王様のこともよろしくお願いいたします。…そちらの二人はまだ許容しがたいようですけれどね。」
オリバーが後ろを振り返ると、イザベルとリリーが不満を押し殺しているような顔をしていました。オリバーは苦笑いして言いました。
「…まあ、気持ちはわかるよ、二人とも。」
「オリバーさんがいいと判断し、決定したことですから私は逆らうつもりはありません。しかし、やはり危険が伴うので…。」
イザベルは困ったような笑顔を見せています。
「私はそれでも反対だよ。危険すぎる。前に傷ついて血まみれになっているハンスを見てるからね…。それを考えると、ああ、恐ろしい!」
リリーは大げさに身震いして言いました。
「ともかく、早くこの紙をヨウフェイに見せないとな。…リリー、イザベルたちを連れて行っても大丈夫かな?」
「ああ、いいよ。私もヴォルフもいるからね。心配しないで。」
「わかったよ。イザベル、宿に行こう。ハンス、ペーター、行くぞ!」
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イザベルたちとは違い、ハンスとペーターはヘルガが仲間になったことで興奮しているようです。
「すごいなぁ!女王様が仲間になるなんて!」
「ビアンカがころころ転がる姿、見てみたかったッスね!」
「お二人とも、お静かに。そんなことを大きな声で話してはいけません。」
イザベルが少し気分を害したような表情で二人をたしなめました。
「あ…、すみません。」
二人は肩をすくめました。
「お二人は事の重大さを理解できていないようですね…。特にペーターさん、あなたは一年以上も衛兵として王室に関わり続けて来たんでしょう?今の浮かれようは感心できませんね。」
「はい、すみません…。」
その後もイザベルは二人をガミガミと叱り続けました。オリバーはだんだん二人がかわいそうになってきました。
「オリバーさんも何か言ってください。」
「まあまあ、イザベル。少し大目に見てやろうじゃないか。この二人くらいの年だと、そりゃあうかれもするさ。」
イザベルは珍しく厳しい表情を見せました。
「オリバーさん…。少し悠長すぎますよ。私は今回のことに関しては先ほど言ったとおり、納得はしています。しかし、否定的な気持ちも強いということを理解してください。」
強い口調のイザベルに、オリバーは思わず肩をすくめました。
「ああ…、わかってるよ。でも…、」
そこまで言って口ごもってしまったオリバーを見てイザベルは困ったような笑顔を浮かべ、小さくフッと息をつきました。
「…しかし、私もいつまでもカリカリしていては何も始まりませんね。皆さんが納得しているのに、私だけ協調性を乱すようなことを言っているわけにもいきません。今後は気をつけます。」
「いや、イザベルが気にすることじゃないさ。とにかく今は、早く戻ってこの紙をヨウフェイに見せよう。」
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紙を見せられたヨウフェイは少し困ったような表情をしました。
「だいたいは解読できたネ。でも、一か所読めないところがあるヨ。」
「その他のところには何て書いてあるんだ?」
「『これはほんの余興、一ヶ月後、次は』…この次が読めないヨ。」
「ヨウフェイたちの文字には一つ一つに意味があるんだろう?」
レオンが言いましたが、ヨウフェイは首を横に振りました。
「だめネ。この文字は組み合わせても意味が全く通じないネ。オー、ビェン・ル・クー…。」
ヨウフェイは頭を抱えながらつぶやきました。すると、ラルフが何かに気づいたようです。
「ねぇ、ヨウフェイちゃん。今のをつなげて読んでみて?」
「わかったヨ。オー・ビェン・ル・クー、オービェンルクー、オービェンルクー…。」
すると、モニカがハッと息をのみました。
「オーベルク!シャロンはきっと一ヶ月後にオーベルクを襲うと言っているんですよ!」
オリバーの顔に緊張が走りました。
「ヨウフェイ、もしその文字が『オーベルク』と読むとしたら、文章はちゃんと通じるんだろうな?」
「そうネ。『これはほんの余興、一ヶ月後、次はオーベルク』…。というふうになるネ!」
「また余裕を見せてきやがって…気にくわねぇぜ!」
レオンが荒々しく声をあげました。
「しかし、何はともあれ、次のシャロンの襲撃までには一ヶ月の猶予があるんだ。私たちはその間に、以前のように訓練をして技を磨いておくべきだと思う。」
パトリックが言いました。
「ああ、そうだな。よし、明日からまたそれぞれ訓練を再開することにしよう。ヘルガも実戦形式の訓練を繰り返して経験を積んでいかなければならないしな。よし、明日からに備えて、みんな今日は早めに休むんだ。」
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人物紹介
~ヘルガ・ディートリヒ~
・「女王様」
・22歳
・突剣で戦う。弓矢も扱える。
・一人称は「私」
・リバー王国の女王様。ローズとは幼いころに遊んだ仲。一年半前まではギル大臣の手によってキンフィールドの塔の牢獄に幽閉されていた。意外と行動的で、定期的に武術の訓練もしているし、馬に乗って駆け回るのも大好き。そのため剣の腕も弓矢の腕もかなり上。オリバーたちがリバー王国のために一生懸命になって戦っている姿に心を打たれ、自分も国のために役立ちたいと考えるようになった。とても芯の強い女性。
強い意志と、素晴らしい剣の腕前をくんで、オリバーはヘルガを仲間に引き入れることに決めました。そしてクララ様によって、シャロンの次の攻撃予告ももたらされました。
次話ではシャロンの襲撃に備え、オリバーたちは訓練を再開します。オリバーは新しい魔術を習得するようですが…?どうぞお楽しみに!
ちなみにヘルガはローズとよく遊んでいた、7~8歳のころからすでに剣の訓練をしていました。教育係がオットー様やレバリー城主のアルベール様になった10歳ころからは本格的に剣術などを学んでいました。
では次話をお楽しみに!




