~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「23.パカロン落城」
オリバーと仲間たちは魔獣を退治し、シャロンとも対峙し、ようやくのことでオーベルクへの帰路についていました。しかし、どこか様子がおかしいようです。
オリバーと仲間たちは、オーベルクに向かって歩いていました。しかし、オーベルクに近づくにつれ、人々の姿が減ってきました。
「いったい、これはどういうことだ?普通は街に近づくにつれて人通りは多くなるのに…。」
レオンが首をかしげています。近くで畑を耕している二人の農夫は顔を見合わせ、ひそひそと小声で話をしています。アリスが声をかけました。
「そこの農夫、少し聞きたいことがあるのだが。」
「な、何だい?」
「うむ、吾れらはレバリー方面から旅を続けてきたのだが、オーベルクに近づくにつれてどんどん人通りが減ってきているようだ。何か起こったのか?」
「おや、何もご存じないので…?実は、パカロンの街が壊滅したんですよ。」
「な、何だって!?」
横からオリバーが思わず大声を上げました。他の仲間たちも顔を真っ青にしています。
「前に襲ってきた動く死体がパカロンを襲撃したらしいんですよ。女王様たちも行方不明らしく、今後、他国が攻め込んできてしまうのではないかと心配していたところです。」
仲間たちは言葉を失っています。
「…どうしたんですかい?何だか皆さん顔色が悪いようですが…。」
「何でもありません。目的地の一つがパカロンだったものですから。さあ、みなさん。とにかく次の目的地のオーベルクに向かいましょう。それからのことはオーベルクに着いてから判断しましょう。さあ、さあ!」
イザベルが仲間たちをせかし、ようやく彼らはのろのろと歩き出しました。
「…ともかく、イザベルの判断は正しいね。ひとまずオーベルクに帰るんだ。そしてヴォルフたちの宿へ行こう。二人はいないかもしれないけれど、逆に残っていれば女王様やオットー様たちのことも何か知っているかもしれないしね。」
パトリックが緊張したような表情で言いました。
「ああ、そうだな。みんな、オーベルクへ急ごう。急げば夕方にはオーベルクに着けそうだからな。」
オリバーの言葉に、仲間たちは足を早めました。
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夕方、オリバーたちはオーベルクに到着しました。街の中はやはり騒然としています。オリバーたちはまっすぐヴォルフの宿に向かいました。
「ヴォルフ!リリー!」
中にいたのはリリーだけでした。リリーはオリバーたちの顔を見た途端、ホッと息をつきました。
「ああ、よかった…。オリバー、帰って来たんだね。」
リリーは思わず涙をこぼしました。
「ヴォルフは?どこにいるの?」
ビアンカが心配そうに聞きました。
「パカロンへ行ったよ…。女王様たちをお迎えにね。無事に救い出してくれればいいけど…。」
リリーはしゃくり上げながら言いました。
「リリー…。」
仲間たちは心配しましたが、リリーは姿勢を正して言いました。
「とにかく疲れただろうから、みんな休みなよ。部屋はきちんと掃除してあるからね。後で私も話をしに行くよ。」
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オリバーたちが部屋で休んでいると、やがてリリーが入ってきました。パトリックがリリーにたずねました。
「リリー、パカロンが陥落したのはいつなんだい?」
「ああ、三日前だよ。報せを聞いてヴォルフはすぐに飛んで行った。馬を走らせ続ければ半日くらいでパカロンに着くから、まだあの人が帰ってきていないってことは、女王様たちがお亡くなりになられたっていうことはないと思うけど…。どこかに隠れ場所を探しているのかもしれないね。」
「そうか…。とにかく、ご無事だといいんだが…。」
オリバーは心配そうに首を振りました。
「おい、オリバー。あたいらも助けに行かなくてもいいのか?」
マチルドがそわそわしながら言いましたが、オリバーは首を振りました。
「パカロンが壊滅してからもう三日も経ったんだ。今さら行ってもきっと何もできないだろう。それならヴォルフが帰ってくるのを待って、その話を聞いてから行動した方がいい。…イザベルとビアンカ。ヴォルフが帰ってくるまではこの宿に待機していてくれるか?」
「ええ、わかりました。いざという時に連絡に時間がかかってしまっては取り返しがつかなくなる可能性がありますからね。」
「リリーの宿で寝るのは初めてだけど…それも悪くないね。わかったよ、師匠。」
「よし、みんな。とにかく休んでいる時も武器を手元から離さないようにしろ。食事の時も、寝る時もだ。」
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その夜も、翌日の日中も、街の人々がざわついているだけで、これと言った変化は何もありませんでした。しかし夜、日付が間もなく変わろうとする頃、一気に状況が変わりました。宿にこっそりとヴォルフが帰って来たのです。オリバーはその時リリーとパトリックとレオンと話をしていました。リリーはヴォルフを見た瞬間、大声を上げました。
「ああ、ヴォルフ!帰って来たんだね!」
しかし、ヴォルフは慌ててリリーを黙らせました。
「しーっ!静かにしてくれ。…オリバー、大事な話がある。みんなをここに集めてくれないか?」
「ああ、わかった。でもいったい何があったんだ?」
「わけはみんなが揃ってから言うよ。とにかく急いでくれ。」
「わかった。すぐにみんなを起こしてくるよ。」
「私が女の子たちを起こすよ。オリバー、一緒に行こう。」
リリーもオリバーとともに二階へ上がって行きました。
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すぐに仲間たちが宿の一階に下りてきました。ヨウフェイは眠気を必死にこらえているような様子です。オリバーがヴォルフに言いました。
「さあ、みんな揃ったぞ。そろそろ話してくれ、ヴォルフ。」
「ああ、わかった。…パカロンは壊滅だ。城も焼け落ちた。俺が到着した時にはもう動死体は姿をくらましていたんだが…。」
「女王様たちはご無事だったのかい?」
パトリックが心配そうに聞きました。
「ああ、女王様たちはいざという時のための地下の抜け道を使って城の外に脱出されていた。だが…、お城の崩れた天井のせいで、オットー様は片目が見えなくなられてしまわれた上に、右足も動かなくなられてしまったんだ…。」
「何だって!?」
「そんな、オットー様が…。」
仲間たちは悲痛な声を上げました。更に、ヴォルフは追い打ちをかけるように言いました。
「更に悪いことに、その時に天井の下敷きとなって、セザール様がお亡くなりになってしまわれたんだ…。」
「なっ、何だって!?」
レオンは思わず立ち上がり、ヴォルフの肩を掴んで揺さぶりました。
「どうするんだよ!セザール様はシーガルン王国の復興の象徴だったんだ!シーガルン国民は希望を失っちまうじゃねぇか!」
「おいレオン、ヴォルフを責めたってしょうがないだろー?」
マチルドの言葉に、レオンはうつむいていましたが、すぐにヴォルフに謝りました。
「…すまねぇ、取り乱しちまって…。」
「いや、無理もないさ…。…話を戻すよ。今ヘルガ女王様とオットー様、クララ様はオーベルクの外の森に隠れていらっしゃる。そこで三人を匿って差し上げようと思うんだが…、イザベル、『隠れ家』に三人を滞在させることは可能か?」
「ええ、もちろんです。恐らくオーベルクでは『隠れ家』が最も安全な場所ですからね。」
ヴォルフは心の底からホッとしたようです。
「よかった…。オットー様は傷ついていらっしゃって体力の消耗も激しい。すぐにでも『隠れ家』にご案内したいのだが…。」
「だが、女王様たちがいるということがわかると民衆は大騒ぎするだろうな…。このことを大げさにするわけにはいかないな。
よし、俺とアリスとエミリーで女王様たちをお迎えに行く。ヴォルフ、案内してくれ。イザベルとビアンカ、ハンスとペーターは『隠れ家』で待っていてくれ。リリーもそれについて行ってくれ。四人は今後『隠れ家』で寝泊まりして、女王様たちを護衛するんだ。
後のみんなはとりあえずここに残っていてくれ。もしかしたら呼びだすかもしれないから、寝ないで待っていてくれ。パトリック、レオン、留守の間みんなをまとめておいてくれよ。」
すると、ローズがおずおずと進み出てきました。
「先生…、私も連れて行ってほしい…。」
「それはできないぞ、ローズ。馬が足りなくなるだろう?」
オリバーが言いましたが、ヴォルフが笑いました。
「大丈夫だ、女王様は馬に乗っていらっしゃる。それに俺の馬もあるしな。きっと女王様もローズに会ったらいくらか気分も落ち着かれるだろう。ローズも連れて行けよ。」
「そうか…。よし、ローズ。お前も来るんだ。」
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ヴォルフの案内で、オリバーたちは目立たないよう静かに馬を歩かせました。川に架かる大きな橋を渡り、やがて彼らは街の外へと出ました。そしてヴォルフは馬を森の中へと進ませました。
果たして、森の奥の方に三人の人影と、一頭の馬の影が見えました。オリバーは思わずエドゥアルトから飛び降りると、そちらの方へ駆け寄りました。
「ヘルガ女王様!オットー様!クララ様!」
「ローゼンハイン殿!」
三人はオリバーの姿を見てホッと息をつかれました。見ると、オットー様は顔の半分に包帯を巻かれています。クララ様の顔にもたくさんの傷跡が見えます。
「オットー様、お怪我の方が…。」
「うむ…まったく不覚であったよ。」
オットー様は力のない笑顔を見せられています。
「ともかく、オットー様には応急手当しか施して差し上げることができておりません。一刻も早く治療を施して差し上げなければなりません。」
クララ様が厳しい表情でおっしゃいました。
「わかりました。すぐに手当てができる場所までご案内いたします。どうぞお乗りください。」
オットー様はアリスの後ろに、クララ様はエミリーの後ろにお乗りになりました。女王様はその場にいた馬にお乗りになられました。ローズが心配そうにしているので、オリバーはエドゥアルトを女王様の馬に近づけました。
「まあ、ローズ。あなたも迎えに来てくれたのね。少し安心したわ。」
女王様は笑顔を見せられました。
「オリバーさん、よろしければローズとお話がしたいので、こちらの馬にローズを乗せてもかまいませんか?」
オリバーは女王様が自分のことを『オリバーさん』と呼んだので、とても驚きました。
「え、ええ。ローズ、女王様のところへ。」
ローズも目をまん丸にしていましたが、オリバーの言葉に頷き、エドゥアルトを降りました。オリバーは一人になってしまったので、今度はオットー様を乗せたカトリーヌにエドゥアルトを近づけました。
「オットー様…。よろしければパカロンが陥落した時のことをお教えいただきたいのですが…。」
「わかった、お教えしよう。とは言え、余も突然のことであまり詳しいことは把握できていない。わかるのは、真夜中に突然城が燃え始めたことと、街の中に無数の動死体がいた、ということだ…。
余もシャルパンティエ殿も崩れてきた天井の下敷きとなってしまった。余は何とか這い出すことができたが、御覧の通りのありさまだ。シャルパンティエ殿はとても救い出すことができなかった…。
その後、緊急用の地下通路を抜け、出口のところに避難用に建ててあった掘っ立て小屋に身を隠し、ヴォルフの到着を待っていた、というわけなのだ…。」
「そうでしたか…。くそっ、俺たちをノーザリンに釘づけにしておいて、その隙にパカロンを…。」
「余もまんまとシャロンとやらの策略にはまってしまったのだ…。ナンジューマ地方との境付近で魔獣の大群が出現したという情報が入り、兵士の多くをパカロンから遠ざけてしまったのだ…。偽の情報だったことが後に判明したのだがな…。結果、パカロンに住む民を大勢死なせてしまった…。」
オットー様は無念そうに言った後、少し苦しそうな咳をしました。が、すぐに顔を上げて言いました。
「ともかく、ヘルガ女王が無事でよかった。クララが危機を何とか救ったようなのだがな…。余は負けぬぞ。この無念は必ず晴らす。余は執念深いのだ…。」
オットー様は屈辱に耐えているような目をしていました。
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薬屋の前で、イザベルが心配そうに待ち構えていました。馬の隊列が到着すると、イザベルは全員に向かって何か魔術を唱えました。オリバーにはそれがかつてイザベルがロジェにかけた、本物かどうかを見破る魔術だということがすぐにわかりました。しかし、何も起こりませんでした。
「…どうか無礼をお許しください。ただ、シャロンの手の者がまぎれていては大変なことになってしまうので…。すぐに傷の手当てをいたします。中へどうぞ。」
オットー様はオリバーとヴォルフに支えられ、薬屋の地下の『隠れ家』へと入られました。オリバーたちはそっとオットー様をベッドに寝かせました。クララ様はリリーが手当てをしているようです。
イザベルが手当ての支度を済ませて中に入ってきたので、オリバーはその場を立ち去ろうとしました。すると、オットー様がオリバーを呼びとめました。
「ローゼンハイン殿、一つお願いがある。」
「いかがいたしましたか、オットー様。」
「…恐らくこの後、ヘルガ女王があなたにある頼みごとをされることになると思う。その頼みごとを了承して差し上げてほしいのだ。余はそのことについて初めは猛反対したのだが、ヘルガ女王の熱意と粘りに折れてしまってな…。どうかお願いしたい。」
「は、はあ。心得ました。」
オリバーは首をかしげながらその場を後にしました。
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部屋の外ではビアンカが待っていました。
「イザベルが、あたしはもう宿に戻っていていいってさ。実際ここに残っても邪魔になるだけだろうからね。」
「そうか…。まあ、ハンスとペーターもここに残すからな、心配はいらないだろう。じゃあ、お前は俺と一緒に戻ろうか。」
「うん、そうするよ。」
「いいなぁ、ビアンカ。俺たちしばらくここに釘付けだもんな…。」
「何を言ってるんだよ、ペーター。俺たちの仕事は大切なんだぞ?オットー様たちや女王様も護衛しなきゃならないんだ。」
ハンスがたしなめるようにペーターに言いました。
「そりゃあそうッスけど…。でもそう言えば、女王様の姿が見えないッスね。」
「まだ外にいるのかな?」
「危険だから中に入るようにお伝えしてくるよ。ビアンカ、行こう。」
「ほいよー、師匠。」
二人は『隠れ家』からの階段を上って行きました。
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外に出ると、ヘルガ女王様はまだ馬の上に乗っておられました。その横で、なぜかアリスとエミリーが顔を真っ青にしています。
「…どうしたんだ、二人とも。」
二人が答える前に、ヘルガ女王様がオリバーに言いました。
「オリバーさん、フランツ殿からお話はお聞きになられましたか?」
「はい、何か女王様から私に頼みごとがあるとか…。その内容はお聞きしておりませんが…。」
女王様は真剣な表情でおっしゃいました。
「そうですか…。では私が直接お頼みします。…私もシャロンを倒す旅に連れて行っていただけますか?」
女王様の言葉に、オリバーは雷にうたれたような表情でその場に立ち尽くしました。女王様はなおも続けられます。
「私は我慢ならないのです。罪もない民が傷つき、命を落としてゆくことが。私は許せないのです。リバー王国の豊かな国土が汚されてゆくことが。ですから私自身も武器を取りたいのです。私自身もリバー王国の剣となり、盾となりたいのです。」
アリスとエミリーはオロオロしています。しかし、ローズは女王様の決意を受け入れているようです。
「…とにかく、みんなのところに戻ろうよ。ここでこの話をするのはよくないからね。」
ビアンカが驚きながらもオリバーを見て言いました。
「ああ、そうだな。…女王様、ともかく仲間たちのところへ案内いたします。このことは私の独断で決めるわけにはまいりません。」
オリバーはそう言うと、エドゥアルトに乗りました。ビアンカもカトリーヌに乗せてもらい、彼らはヴォルフの宿へと戻って行きました。
オリバーたちの隙をついて、シャロンはパカロンを攻撃し、陥落させてしまいました。オットー様たちはしばらく『隠れ家』に身を寄せることになりそうです。そして女王様がオリバーの仲間になりたいと言っているようですが…?
次話では女王様が仲間と認めてもらうため、自分の剣の腕を披露します。そして、クララ様はパカロンが落城した日、空に何かの文字が浮かんでいた、とオリバーに伝えます。どうぞお楽しみに!
ちなみに偽の情報のために出撃していったパカロンの兵士たちはなぜか行方不明となってしまっています。その真相とは…?
では次話をお楽しみに!




