~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「22.善の証」
オリバーたちは北の樹海でシャロンと対峙しました。今回は戦うことはありませんでしたが、それでもオリバーは完全に精神的に打ちのめされ、パトリックもあまり元気がないようです。
夜遅く、オリバーたちはレバリーに到着しました。彼らは何日か前に泊まった宿をたずねました。ハンスが主人に声をかけました。
「すみません。こんな夜遅くなってしまって申し訳ないんですけど、部屋は空いていますか?」
すると主人が驚いたように言いました。
「あなたはオリバー・ローゼンハイン様たちでは…。ええ、今日はどのお部屋も空室です。樹海が火事ということで、ほとんどの旅人がこの街道を
避けてしまうようになってしまって…。」
「そうなんですか…。じゃあ、一泊でお願いします。」
ハンスは手続きを済ませると、オリバーたちのところに戻ってきました。
「さあ、部屋に行きましょう。今日はゆっくり休まないと…。」
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パトリックは背負っていたモニカをそっとベッドに降ろしました。
「すまないね…、女性たちの部屋に長居するのは非常によくないのだろうけど、せめてモニカが目を覚ますまではここにいさせてくれないだろうか?」
パトリックが申し訳なさそうに言うと、ビアンカが笑って言いました。
「いいよいいよ、気にしないで!パトリックはペーターやレオンと違って紳士だからね。誰も心配なんかしてないよ。何だったら朝までいてもいいよ?」
ビアンカが冗談まじりに言いましたが、パトリックは元気なさげに微笑むだけです。ビアンカは心配そうです。
「むー…、こんなにパトリックが落ち込むなんて…。」
「しょうがないって。パトリックだって疲れてるんだろ?」
マチルドが言いました。
「そんな言葉だけで片付けるんじゃねぇよ…。イザベルも言ってたけど、膨大な魔力を持っていたモニカがそれをほとんど使い果たしたんだ、目を覚ますまでには相当な時間がかかるかもしれねぇんだろ?ずっと一緒に旅をしていたパートナーがそうなっちゃあ、気分も落ち込むってもんだ。」
「…レオン、何でいるの?」
ビアンカが白い目をレオンに向けました。
「え…?的確なこと言ったつもりなのに、その反応…?いや、パトリックが元気ねぇから付き添ってやろうかと…。」
「よくまぁ女の子の部屋にぬけしゃあしゃあと…。また窓からつるしてあげようか?」
「う、うるせぇ!だいたいお前、さっきひでぇこと言っていたな?俺のことが紳士じゃねぇって!?」
「あんたが紳士だったらパトリックはもう聖人だね。一生追いつけないでしょ。」
「何だって!?ちくしょう、いい気になりやがって!やるか!?」
「望むところだねっ!」
ビアンカとレオンは取っ組み合いを始めました。マチルドがパトリックの肩をポンポン叩いて言いました。
「気にすんなよ。二人ともお前が元気出るようにああやってるんだぜ?…いいぞービアンカ!やれやれ!」
賑やかな三人の様子を見て、パトリックは少しだけ表情を緩めました。
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一方、別の部屋ではベッドに横たわっているチュンフェイをヨウフェイ、ハンス、ペーター、イザベル、ラルフが囲んでいました。イザベルがチュンフェイの顔を覗き込みました。
「…だんだん顔色も良くなってきました。もうしばらくしたら目を覚ますのではないでしょうか?」
イザベルがみんなを安心させるように言いました。
「…感謝するヨ。」
ヨウフェイが少し沈んだ声で言いました。
「元気出せよ、ヨウフェイ。」
ハンスがヨウフェイを励ましました。
「大丈夫ネ、ヨウフェイは平気ヨ。…心配なのは姉さんネ。シャロンに操られていたということを知ったらもう収拾がつかなくなりそうネ。」
「しかし、事実をしっかりと話すことが大切です。厳しい言葉にはなってしまいますが、チュンフェイさんの心の弱さを狙ってシャロンは操りの魔術をかけてきたんですからね。」
「イザベルさん!そんなこと言って、イザベルさんだって魔術をかけられたら操られて先生を襲ったりしたかもしれないじゃないですか!そんな言い方って!」
ペーターの言葉にイザベルはびっくりしました。そしてすぐに申し訳なさそうに言いました。
「…ごめんなさい、ペーターさんの言うとおりですね。私でもどうなるかはわかりません。お気を悪くしてしまったようなら謝ります。」
しかしヨウフェイは首を横に振りました。
「大丈夫、気にしていないヨ。それが事実には変わりないネ。」
「で、でも、」
ペーターは尚も何か言いたそうな顔をしていましたが、ラルフがそれを制しました。
「まあまあ、納得しているんだからいいじゃないか。でも実際、本人には事実をちゃんと正しく伝えるべきだと思うよ。君が言ったとおり、誰でもあんな風になる可能性はあるんだ。裏を返せば、これは全員に関係する問題だからね。」
ペーターはしぶしぶ納得したようです。ヨウフェイが怪訝そうにペーターを見て言いました。
「…オマエ、姉さんに気があるネ?」
「ブッ!お、おい!何を言ってるんだ!」
「なるほど…。やけにチュンフェイの肩を持つと思ったら…。」
ハンスはニヤニヤしながらペーターの顔を覗き込みました。
「バ、バカにしないでくださいッスよ、先輩!もう頭に来た、俺は外に出てくるッス!もしかしたらシャロンが襲ってくるかもしれないから、外で警備するッス!」
ペーターはバタバタと音を立てて部屋を出て行きました。
「…わかりやすいやつネ。」
「図星だったようだね。」
ヨウフェイとラルフが笑いました。
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そして最後の部屋では…、
「信じられない…。オリバーさんが悪い人だっただなんて…。」
ロジェが黙りこくって座っているオリバーのそばで言いました。心配そうにオリバーに付き添っていたローズ、アリス、エミリーがギロリとロジェを睨みました。
「すごい人だと思っていたのに…、そんな虐殺行為をしていたなんて…。」
「ロジェ、ちょっと黙って。」
エミリーがイライラしたように言いました。
「悪い意味ですごい人だったなんて…。」
「貴様、エミリーの言ったことが聞こえなかったのか?黙れと言っているだろう。」
アリスも心底、不機嫌そうです。
「他の人たちもよくあんな事実を知って黙ってついてこれるよなぁ…。」
ついに辛抱できなくなったローズが短剣を引き抜いてロジェの首筋につきたてました。
「これ以上黙らないと血の雨が降る…。」
その瞬間、ロジェは顔を真っ青にして口をつぐみました。
「ローズ…、やめろ…。」
オリバーがポツリとつぶやきました。
「でも、先生…。」
「いいんだ。ロジェの言うとおり、俺は極悪人だ。お前たちも俺のことが信用できなくなったら、」
言葉を続けようとするオリバーを、アリスが強引に遮りました。
「お前もいい加減にするのだ、オリバー。ビアンカの言葉を忘れたのか。吾れらは全員お前の過去はすべて受け入れているのだ。…いや、ほとんど全員、だな。」
そう言ってアリスは再びロジェを睨みつけました。ロジェはローズに短剣を突き付けられたままで、ぶるぶる震えています。
「…臆病者。」
エミリーがロジェに白い目を向けて言いました。
「ともかく、だ、オリバー。たとえこれからどうなろうと、たとえこれからお前の過去がどう暴かれようと、吾れはお前が来るなと言おうとついて行く。何があろうともな。」
アリスは確固とした表情で言いました。
「アリス…。」
「お姉さまったら…。でも私もちゃんとついて行きますよ。オリバーさんが私たち仲間を信頼しているのと同じように、あるいはそれ以上に私たちはオリバーさんを信頼しきっているのです。シャロンを倒すまでは私たちはオリバーさんの手足も同然です。切り離そうとしても切り離すことはできないのです。」
エミリーもしっかりとオリバーを見つめて言いました。
「…ありがとう、二人とも。嬉しいよ。だが…、俺の過去を知って間違いなくロジェは俺に不信感を抱いている。それは紛れもない事実だ…。
ロジェ、ここはお前の自由にしてくれて一向にかまわない。仲間を抜けるのもありだ。…ローズ、もういい加減にロジェを離してやれ。」
ローズは何か言いたそうでしたが、黙ってロジェを解放しました。ロジェはまだ青い顔をしていましたが、やがて小さな声で言いました。
「一晩…もう一度考えさせて下さい。僕は先に自分の部屋に戻っています。」
ロジェはそう言い残し、オリバーたちの部屋を出て行きました。
「自分から連れて行けってねだったくせに…。甘すぎる…。」
ローズはまだ怒りが収まらないようです。
「そう言うなよ。ロジェに俺自身の過去を語らなかった俺にも原因はある。」
「何を言っているのだ。お前はいつもそのようにすべてを背負い込む傾向がある。自分自身を追い込んでどうするのだ。」
アリスは呆れたように言いました。
「オリバーさんは今、リバー王国のためにと一生懸命に働いているのです。その行為を否定することは誰にもできはしません。」
エミリーも熱く言いました。
「先生が悪い人だったのはあくまで昔の話…。今の先生はいい人…。じゃないと今こんなことはしていない…。」
ローズが言った途端、誰かが部屋の扉を開けて入ってきました。
「そうですよ、オリバーさん、心配しないでください…。」
パトリックとビアンカに支えられたモニカでした。
「オリバーさんの腕には真っ黒な傷があります。前に私をかばってローズさんの攻撃を受け止めてくれた時のものです。もしオリバーさんが悪人だったらあの時も私をかばったりしなかったはずです。」
「その話をされると私が気まずい…。」
ローズは恨みっぽくモニカに言いましたが、オリバーの方を振り返ると笑顔を見せました。
「その腕の傷は、君の善の証なんだ。誇らしく思ってもいいと思うよ。」
パトリックも言いました。オリバーはようやく気持ちが落ち着いてきたようです。
「みんな…。ありがとう。うん、ようやく安心できたし、少し元気も出てきた。とにかく今はシャロンと戦い続けなければならない。俺がこんなに元気をなくしていたんじゃみんなもやりにくいもんな。俺はまた頑張るよ。」
「それでこそ師匠だねっ!」
ビアンカも満足そうに頷きました。
「とにかく、オリバーの問題も解決したようだし、モニカも目を覚ますことができたようだ。もう夜も遅い。各自部屋に戻ってゆっくりと休むことにしようではないか。」
アリスの提案に、仲間たちは頷きました。そしてそれぞれおやすみを言って自分の部屋に帰って行きました。
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翌日、オーベルクに帰るためにオリバーたちは宿の外に出ました。まずはチュンフェイがおずおずとオリバーの前に進み出ました。
「どうしたんだ、チュンフェイ。」
チュンフェイはぶっきらぼうにグイッと頭を下げました。そして強引にオリバーの手を掴むと、ブンブンと振りまわしました。オリバーがそれが握手だと気づいたのはややしばらくしてからでした。
「もう、チュンフェイはやっぱり素直じゃないなぁ。」
ビアンカが笑って言いました。それからロジェが仲間たちの真ん中にやってきました。この時は多くの仲間たちがロジェを冷たい目で見ていました。
「…一晩考えてみました。でも、何だかんだ言ってもギル大臣の悪政からリバー王国を解放してくださったのはオリバーさんです。今もリバー王国のために戦ってくださっているのはオリバーさんです。だから…、僕は今後もオリバーさんについて行きたいと思います。」
オリバーは笑うと、自分から手を差しだしました。しかし、ロジェはムッとしたように、しかしどもりながら槍を構えて続けました。
「た、ただし、もしもオリバーさんが何か悪いことを考えていたら、ぼ、僕が、この、や、槍で、オリバーさんを、殺して、その、」
オリバーは驚いたようにロジェを見ていましたが、先ほどと同じように笑って言いました。
「ああ、そうしてくれ。それならば俺も変なことはできないからな。」
仲間たちもぶるぶる震えながらオリバーに槍を構えているロジェの様子を見て思わず笑い出しました。レオンはニヤニヤしながら言いました。
「威勢のいいこったな、ロジェ。だがそんなへっぴり腰じゃ、オリバーの寝込みを襲ったって到底勝てねぇよ。」
一方、ローズはロジェに敵意をむき出しです。ローズは短剣を引き抜くと、オリバーをかばうように立ち、言いました。
「もし先生を襲うようなことがあったら…、私がどんな手段を使ってでも止める…。」
「や、やってみればいいです!僕はどんなことがあっても!」
二人は火花をバチバチと散らせました。オリバーも仲間たちも、その様子を見て大笑いしました。
「じゃああたいはロジェに加勢するぜ!何だか面白そうだからな!」
マチルドが笑い転げて言いました。
「え、いや、ぼ、僕は、」
「二対一では歩が悪いだろう。吾れはローズに加勢するぞ。」
アリスがローズの肩に手を置きました。
「だから、僕は、」
ローズは怒ったようにアリスの手を払いのけました。
「アリス…。私は真剣…。」
「何を言っているのだ。吾れも真剣だ。そしてオリバーを守り通した後に、吾れらも決着をつけるのだ。」
「う、う、ううーっ、僕を無視するなぁーっ!」
ロジェが泣き出しそうな顔をしています。
「…何はともあれ、みんなまた一つにまとまってくれてよかったよ。さあ、もうオーベルクに帰ろう。」
オリバーの言葉に、仲間たちは大騒ぎしながらレバリーを後にしました。
何とかオリバーも元気を取り戻し、仲間たちも元の結束を一応取り戻せたようです。
次話では、オーベルクに戻ろうとするオリバーたちですが、途中でなぜか人通りが少なくなっていることに気づきます。道端の農夫に話を聞くと、なんと、パカロンが陥落したというのですが…?どうぞお楽しみに!
ちなみに今回の火事で北の樹海の7分の1ほどが燃えてしまいました。しかし、オリバーたちが文字通り魔力を絞って炎の進行を食い止めたため、炎にまかれた村は一つもありませんでした。
では次話をお楽しみに!




